7月7日は七夕。七夕とは五節句のひとつで、この日は、天の川を挟んで離ればなれになった織姫と彦星が、1年に一度だけ逢えるというロマンチックな日。そして、願い事を書いた短冊を笹の葉に吊るせば、その願いが叶うとも言われている。
誰でも知っている七夕伝説、ネットに、小さな子ども向けの「織姫と彦星伝説」があった。童心に返った気になり、懐かしく読んだ。
天の神様には、娘がいました。
娘の名前は織姫といって、機織り(はたおり)が上手な働き者でした。
しかし ひとりぼっちだったので、神様は天の川の向こう岸にいる彦星と結婚することを許しました。
織姫も彦星も、最初はよく働きましたが、結婚させたら怠けてしまって、働かなくなってしまいました。
そんな二人を見て天の神様は怒りました。
罰として、二人を天の川の両岸に離ればなれにしまいました。
織姫は悲しんでしまったので、天の神様は一年に一度7月7日だけ会うことを許しました。
七夕の日に雨が降ると、天の川の水が増えて渡れなくなります。そのときはカササギの鳥が羽をひろげて橋を作ってくれました。
ところで、この物語には、「怠けてばかりいたら好きな人と遊ぶこともできなくなるよ」「一生懸命働く(頑張る)ことで良いことがあるよ」というような、子ども達へのメッセージが込められているという。これを保育園や幼稚園で子どもたちに聞かせるときには、「好きなことだけをしていてはダメ!何事も一生懸命やること!」「ちゃんと頑張っていれば、願いはかなうんだよ」と教えるそうである。こんなメッセージが込められているとは知らなかった。ババも肝に銘じよう!。
先日、読者投稿欄に七夕飾りについての投稿があり、子どものころを思い出して懐かしかった。(一部抜粋)
【七夕の日は早起きして、里芋の葉についている露を集めて廻った。そーっと葉を丸めるようにして傾けると、露が集まって小さな水玉になる。そうして集めた水を硯に移して墨をすり、小筆を使って短冊に願いごとを書いた。
短冊をササ竹に結ぶのはこよりだった。こよりは、柔らかい和紙などを細長く切って両手の指先を使ってひものようにするのだが、子どもには難しいので父が作ってくれた。
夜は庭に縁台を出して兄姉たちと並んで座り、天の川を眺めながら織姫とひこ星の話を聞いて想像を膨らませたものだ。】
私は小学4年のとき、姉弟とともに3年間ほど母の実家に預けられていた。その3年間は、色々な遊びや風習を体験し、家族みんなで過ごす楽しさを十分味あわせてもらった、人生で最も楽しかった年月である。
この投書の主と同じように、七夕の日は朝早く祖母に起こされ、寝ぼけまなこをこすりながら茶わんをもって畑に行って葉っぱから露を集めて廻った。従姉妹たち5人で廻るのですぐに溜まった。
家に帰るとその水を硯に移し、順番に墨をすった。そして、筆で短冊に願いことを書いて、祖父が用意してくれたササに吊るした。こよりも作ったが、太くてかっこ悪いのしか作れなかったことを覚えている。
夜になるとみんなで縁台に座り、スイカを食べながら夜空を眺めたり、花火に興じたものである。いくつになっても忘れられない思い出、何だか目頭が熱くなってくる。
オールドレディさんの豊かな感性はきっとこの体験がはぐくんだのでしょうね。
里芋の葉っぱに置いた露を集めて墨をすり
願い事満載の短冊を、紙縒りで笹に付けるなんて。!遠い昔からの風情が伝わる残しておきたい行事NOワン。
天の川伝説はあちらこちらで花咲いてます。
全然七夕の記憶がなくて、幼稚園でも
しなかったと思い、寂しいです。
今 願い事を一つ書くならさて何でしょうか?もう容姿でもなし、お金でもなし・・
祖父母、叔父夫婦のおかげで、子供時代の楽しい思い出がたくさんあります。子供時代の家庭環境がいかに大切か。両親は反面教師でしたから…。でも、人は色んな経験をして成長してゆくのですね。
今の子どもたちが大人になった時、思い出として残るのはどんなことでしょうか。楽しい思い出って人生の財産ですね。
私は幼稚園へは行けませんでした。私の幼児期の楽しい思い出はみんな祖父母、叔父夫婦が与えてくれたもの。この年になって昔の思い出に浸ることができるのは幸せです。
今、願い事を短冊に書くとすれば、「認知症になりませんように」「寝たきりになりませんように」でしょうか? 何だか味気ないですね(笑)