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7・7盧溝橋事件77周年 大阪城のこま犬に不戦の誓いをたてる集い

7・7盧溝橋事件77周年
大阪城のこま犬に不戦の誓いをたてる集い


 大阪城の西ノ丸北門に一対の狛犬(こまいぬ)がある。この狛犬は、1937年(昭和12年)7月7日、日本軍が中国へ全面的な侵略戦争を開始した盧(ろ)溝(こう)橋(きょう)事件のすぐあとの7月29,30日、天津市を爆撃した時、天津市役所前にあった狛犬が爆風で台座から転げ落ちたものを、「戦利品」として略奪してきたものである。日本軍は同年の12月には南京に侵攻し、大虐殺という蛮行をはたらいた。

 この狛犬は翌1938年(昭和13年)4月、西宮球場で行われた「支那事変聖戦博覧会」(朝日新聞主催)に「凱旋記念の戦利品」として出展された。この会場の入り口に通じる道路には南京市政府楼門が本物そっくりに再現され、そこに現地から略奪してきた「南京市政府」の看板が掲げられた。
 その後、狛犬はアジアで最大規模の兵器製造工場、大阪砲兵工廠があった大阪城に移されたらしい。

 1983年、大阪城築城400年祭りのとき、当時天守閣の裏にあった狛犬の由来を調べたところ、中国から略奪されてきたらしいということがわかった。平和を願う大阪市民が立ち上がり、「略奪してきた狛犬は中国へ返還しよう」「侵略戦争への戒め、平和のシンボルとして狛犬の複製品を作ろう」という「狛犬運動」がはじまった。一年足らずで1万5千筆の署名が集まり、この声におされて大阪市は中国に狛犬の返還を申し出た。すると中国から「返還の申し出は日本の人々の友誼の気持ちのあらわれだ」として「友好の証」として改めて寄贈された。

 しかし、この狛犬の説明板には「中国から運んでこられた」とあるだけで、略奪されてきた経緯、侵略戦争への反省などがありません。(当時まだ天津から略奪してきたことなど詳しいことはわかっていなかったという事情もある)5月22日、こうした言葉を入れて説明板を書きかえるよう、大阪市長や大阪市議会に陳情、要望しました。

 2014年7月5日、この大阪城のこま犬の前で「7・7盧溝橋事件77周年 大阪城のこま犬に不戦の誓いをたてる集い」を行います。

 集いにさきだち、12時半から環状線京橋駅南口から狛犬のある西ノ丸北門まで、戦跡フィールドワークを行います。平和を願う市民の皆さんの参加を歓迎します。
安倍首相も、戦争首謀者をまつった靖国神社に参拝して「不戦の誓い」をするのでなく、大阪城の狛犬の前でこそ不戦の誓いを立てるべきです。そうすれば平和憲法を変えるとか、「集団的自衛権の行使容認」などということは決して言えるはずがないのです。                          
                          大阪城狛犬会

7・7盧溝橋事件77周年
   大阪城のこま犬に不戦の誓いをたてる集い
日時:2014年7月5日(土)午後1時30分
場所:大阪城のこま犬前(大阪城西の丸北門外)
   (地下鉄・京阪「天満橋駅」下車徒歩10分 )
連絡先:大阪市西成区天下茶屋2-9-16  tel/fax 06-6653-8283
    伊関(090-4640-7638) 
    山橋(080-6175-7067)

ミニフィールドワーク
7/5午後12時30分 IR環状線京橋駅南口集合
京橋駅南口からこま犬まで、大阪城に残る戦跡を巡り、「大阪城のこま犬に不戦の誓いをたてる集い」に参加します。





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