摂氏911

自然な生き方をめざす女性が、日々のできごと、感じたことなどをつづります。

20日の動き~考えを整理する方法についても少し・・・

2005-10-21 14:24:11 | 社会活動
昨日はこのブログを始めてから、
初めて記事を書けなかった。
例の講座の宿題の期限が
昨日だったことを朝講師からのFAXで思い出した(汗)
情報がたくさん集まってきてはいるものの、
論点整理が遅れていたので、
どの情報が論点の補強に役立つのか、
これからさらにどんな調査をすればいいのか、
よく分からない状態だったので、焦った。

こんなときは、とりあえず思いつくことを
片っ端から紙に書き出してみる。
そして矢印で項目同士を結びつけたりする。
似たようなことをパソコン上でやる人もいるようだが、
私は紙の上に書き出す作業を通じて、
頭と目と手を一緒に働かせることに
意味があると思っている。

コンサルティング会社時代の上司は、
私がA4の裏紙にいろいろ書くのを見て、
「もっと大きな紙に書け。
筆記用具は、太いマジックを何色か使って書くように」と注意した。
A4の小さな紙に書いていると、
考え方もその枠に収まってしまう、というようなことを言われた。
それから、もう一つよく言われたのが、
思いついたこと、説明したいことをマンガで描けということ。
産業振興の事業を企画したとき、
その企画全体を1枚のマンガにしたことがある。
そうしたら、「あれが君の作った資料の中で一番分かりやすかったよ」と
プロジェクトの別の上司に言われた。
(文章にした企画書の出来はそんなに悪かったのかなぁ?)


さて、そんなわけで昨日の私は論点整理をしただけだった。
一方、運動としては大きな動きがあった。
広瀬社長が、県や岐阜市、周辺市町の担当者との意見交換会に出席し、
事業計画を提示したのだ。
(中日新聞の記事はこちら。10日以上経過したら、こちらからご覧を)
夜、事務所に顔を出したら、その事業計画書が一部
机の上に散らばっていた。
それを見ていたら、ワクワクしてきた。
夢がある話ってやっぱりいい。

だが、夢で終わらせたくはない。
これからその事業計画をさらに精緻化しなければいけない。
私はその作業をできる範囲でお手伝いしつつも、
これまでのことを検証しながら、
市民運動を広げる方を行うつもりだ。
これまでの仕事と市民運動で培ったノウハウをみんな注ぎ込んで。
だけど、無理せず、持続可能な形で。

陳情と請願

2005-10-20 00:41:59 | 社会活動
昨年9月の路面電車存続の陳情と
今年9月の路面電車再生の陳情の公文書が
公開されることになったので、閲覧に出かけた。
今年の陳情に関しては議会のホームページで見られたし、
先週土曜日の会合で陳情したご本人にも話を聞けた。
陳情の場合、それを受けた側が特に回答したり
処理したりする義務はないので、
陳情がどう取り扱われたかは知らないとのことだった。

今年の9月の陳情に関しては
陳情の審査が行われた総務委員会の議事録が
まだできていないらしく、12月1日以降に再度文書公開について
検討するとのことだった。

一方昨年9月の陳情については、
総務委員会の議事録も公開された。
その内容は、たったの4行だった。

委員長「次に、陳情第5号について何か御意見はあるか。」
副委員長「聞きおく程度でよいのではないか。」
委員長「ほかにないか。」
(「なし」と呼ぶ者あり)
委員長「それでは、本件についても内容を了知する程度にとどめる。」

今回私がその取扱について情報公開請求した陳情2件も
提出までにどの程度の労力を費やしたのか分からないが、
陳情ではこの程度の扱いしかされないことが予想される上、
結果も知らされない。

一方、請願は憲法で保障された権利であり、
採択、不採択を知らされるのはもちろん、
採択した請願については極力それが実施されるよう
行政は努力すべき政治的・道義的責任を負う。

こうして比べてみると、わざわざ苦労して署名を集めたりするなら、
回答責任の伴わない陳情やただの要望で終わらせてしまうのは、
署名してくれた人や集めてくれた人たちに申し訳ない気がする。

明日は、まちづくりセンターで
市民交通会議の分科会が開かれるそうだ。
覗いてみようと思う。


追記:
また県庁から電話があり、
第3者に公開して差し支えないか確認しなければならない
情報があったので、公開の日を延期させてほしいとのことだった。
11月の上旬くらいまで公開がずれこむ可能性が出てきた。



18日の活動

2005-10-19 04:30:35 | 社会活動
息子に添い寝していて、そのまま眠ってしまったらしい。
いつ眠ったか、何をしていたかさえ覚えていない。
まず自分が「持続可能な」活動をしていかないと
いけないなと思った(苦笑)
とりあえず昨日の動きだけでもまとめよう。

おとといの交通総合政策室との話し合いの席で、
税金投入による路面電車存続に反対する陳情を
確認させてもらうことになっていた。
Sさんからその件で電話があり、
16時にうかがうことにした。
行ってみると、陳情だけでなく、
路面電車存廃の検討資料など、
私が当初請求した情報のリストの(ア)から(カ)まで
とりあえず揃えていた。
もちろん、それで十分かどうかは確認しなければならないが。
入手した資料の詳しいリストと内容は、また後で作りたい。

夜になって、県庁の総合交通室のMさんから電話があり、
請求した資料を閲覧したい日時を聞かれた。
公文書公開申請決定の通知を発送し、
申請者はそれを持参の上、閲覧するため
月曜以降で設定をと言われたので、
月曜の14時でお願いした。
水曜発送であれば、岐阜市内なのだから
金曜でも間に合うはずだけど。。

市民運動の活動に関しては、Hさんから頼まれていた
これまでに路面電車に関して録画したDVテープを探していた。
ちょっと探しただけでも20本以上あった。
Hさんに確認したところ、今年の3月に開いた
藻谷浩介さんの講演会(資料はこちら)と
先日の尻毛での会合のテープが
取り急ぎ必要とのことだった。
これはすぐに用意できる。

それから、このブログを使って
もっと運動を広げるため、
告知したいグループなどを探した。

いろいろ動いてはいるが、
手元の情報も多くなってきたので、
もう一度論点と活動の方向を整理する必要がある。
路面電車が廃止された経緯の検証は続けるが、
一番重要なのは路面電車が再生されること。
再生が求められる根拠、
反対者を納得させる材料が必要なのだ。
それを得るためにもっと効率的に動きたい。

第3回尻毛・又丸周辺の公共交通を考える会 2

2005-10-18 00:17:42 | 社会活動
(「第3回尻毛・又丸周辺の公共交通を考える会 1」からの続き)
K審議監に対する私の質問は以下の4つだった。
●1.富山県高岡市が万葉線の存続を決めたときには、
存続しても廃止しても、行政の負担は変わらないと試算したそうだ。
岐阜市では高岡市の事例を財政面から検討したのか。
●2.将来的には、LRTを含めた軌道系の公共交通を検討することを
総合交通政策案に明記したとのことだが、
私が8月4日の市民交通会議を傍聴した際の配布資料では、
市民交通会議が中間取りまとめで含めていた「LRTを含む軌道系の交通」
という言葉が総合政策案では消えていることが示されていた。
もし明記されたというのなら、その部分を教えてほしい。
●3.配布資料の8月11日付の中日新聞記事によれば、
市長は「路面系を否定しているわけではない。
市では無理だったが、民間でやるのであれば。。」と言っている。
今、関市の「サン・ストラッセ」の広瀬社長が
名鉄に路面電車の資産譲渡を求めているが、
名鉄は行政が窓口にならなければ民間へは資産を譲渡しないと言っている。
そうであれば、岐阜市が名鉄と広瀬社長の仲介をしてもいいのではないか。
●4.「市民の声が盛りあがらなかった」と言うが、
他の方がすでに言われたように、14万人の存続を求める署名もあった。
これは市民の声の盛り上がりではないのか。
行政が考える市民の声の盛り上がりとは、
具体的にどういう状態を指すのか。

これらの質問に対するK審議監の回答は以下のとおりである。
●1.高岡市の事例については、RACDA高岡などは調べたが、
財政面からは検証していない。
財政面から検討したのは、
中部運輸局から提示された全国の軌道系の事業者についてである。
●2.まずお断りしておきたいのは、中間取りまとめは
あくまでも市民交通会議のまとめであり、
総合交通政策案とは全く別物である。
政策を作るために市民交通会議の報告などをいただいて、
政策案の中に反映している。
軌道系については、政策案の12ページに記載した。
●3.当初は助役が「(広瀬社長の資産譲渡を求める)動きがありますよ」と
名鉄に話に行ったこともあるが、現在市は名鉄に対しての働きかけはしていない。
市長が言うように、民間と民間同士の話なので、
第一義的には名鉄と広瀬社長の間で話し合ってもらいたい。
しかし、私個人が考えるには、監督官庁である中部運輸局が
仲を取り持つべきだと思う。
また、広域的な交通のことなので、県にもがんばってもらいたい。
そう言っていくのが市の役割かと思う。
●4.市民の理解ということについて、まず一つには
平成15年から16年にかけて総合型社会実験というものをやった。
市民や事業者も一緒に取り組んだ。
また、沿線市町村対策協議会が中心になって、
乗って残そう運動もやったが、乗客が増えなかったことが
存続断念の判断の理由の一つである。
もう一つは、皆さんを前にこんなことを言うのは大変恐縮だが、
当時岐阜市に聞こえてくるのが本当に市民の声ではなく、
一部の鉄道に関心のある人達の声に感じられた時期があったことだ。
(※この部分で会場どよめく)私が考える市民の声の盛り上がりとは、
今日のこの会のようなもの。
このような会が1つ2つと増えてくればと思う。

会場でのやり取りの時間がもうなかったので
最後に私が弱者の声は待っていても聞こえないから、
積極的に拾い上げてほしいということをお願いして
私の発言を終わらせた。
本当はまだ「再質問」したいことはあったけど。


さて、今日のお昼頃、交通総合政策室のSさんから電話があり、
先日私が情報公開請求した資料の一部が用意できたとのことだった。
そこで、産廃問題の再生ビジョン部会を傍聴した後、
16:30に交通総合政策室に立ち寄ることにした。
この時のやり取りについては、また明日以降に書く。
同じく議会事務局からも、情報公開請求の決定通知を送った上で
説明をしたいので都合のいい日時を教えてほしいと電話があった。
こちらは水曜日の午後に取りに行くことにした。


<ぎゃらりー 路面電車の線路は今…> その1

旧揖斐線の下方駅脇の鉄橋。場所はこちら

公共交通のダイエット効果

2005-10-16 13:42:26 | 社会活動
私が東京の会社に勤めていた頃の上司Sさんは、
前の会社(某大手企業)にいたときは、
常勝のトップセールスだったそうだ。
彼が移動するときは、いつも運転手付きの車か
タクシーが用意されていたらしい。
それが、私がいた会社は勢いのある会社が
新たに立ち上げる子会社とは言え、
1セールスマンにそこまでさせる余裕はなかった。
東京に来てからの彼は、
公共交通と徒歩で営業に回らなければならなかった。

だが、そのことが彼に幸いすることになった。
私が彼に会った頃、
彼が転職してからまだ1年足らずだったが、
その間に彼は10キロの減量に成功したのだ。
お昼にお弁当を2つ食べていても、である。
「こんなになっちゃったよ」とちょっと自慢げに
サスペンダーで吊るしたぶかぶかのズボンを
見せてくれた。
公共交通と歩くことの効果は、
減量だけではなかっただろう。
筋肉や心肺機能を強化したり、
血液の諸指標を正常値に保つのに役立ったに違いない。

公共交通を利用する人と
車で通勤する人の健康診断結果を比べたら、
交通政策が医療費の抑制につながるという可能性が
見出せるかもしれない。


追記:
第3回「尻毛・又丸の公共交通を考える会」の報告を書くため、
昨日録画したビデオテープから一部を議事録におこした。
だが、今日は旧美濃町線と旧揖斐線の現状調査と撮影に行っただけで
疲れてしまったので、明日以降あらためて書きたいと思う。


第3回尻毛・又丸周辺の公共交通を考える会 1

2005-10-16 00:35:49 | 社会活動
第3回「尻毛・又丸周辺(旧揖斐線)の公共交通を考える会」が開かれた。
今回は行政との懇談会ということで、
岐阜市からは交通総合政策室のK審議監が出席したが、
出席予定だと聞いていた北方町総務課からは誰も来なかった。

最初の30分ほどは、尻毛・又丸周辺の住民を中心に
市民から電車廃止後の不便や不安を訴える声があがった。
例を挙げてみる。

●雨の日にバスを15分待っても来なかったので、
子どもが「迎えに来て」とメールをよこした。
それから間もなくバスが来たので、バスに乗って帰ってきた。
●お年寄りはバスの乗り方が分からず、運転手に叱られてしまう。
先日、あるお年寄りが両替しようと何度か試したがうまくいかず、
「もう、よろしいわ!」と言って、お金を放り込んで降りていってしまった。
●電車の運賃は北方から忠節まで460円だったのに、
バスになってから760円になった。医者にもいつまで通えるか分からない。
●バスは遅れるだけでなく、早く行ってしまうこともあり、悔しい思いをする。
電車は1時間に4本あったのに、バスは1時間に1本になってしまった。

これらの声に対し、K審議監はまず法律が変わり、
公共交通の事業からの撤退が許可制から届け出制になったことと
岐阜市の総合交通政策を市民の協力で作っていることを話した。
その後、路面電車について以下のことを述べた。
●路面電車を便利にすべく、岐阜駅コンコースへの乗り入れ案、
増便などいろいろな方法を検討した。
●だが、岐阜市を含めた沿線市町の財政的に、
路面電車を支援することが厳しかった。
●岐阜市も「乗って残そう運動」や総合型交通社会実験などを行い、
市民の理解を求めたが、利用者数の減少を止められなかった。

これらの説明を聞きながら、次々に疑問が浮かんできた。
私はそれを4つにまとめてぶつけてみた。
そのやり取りについては明日書くこととする。

ロードレーサーも走れる並木道

2005-10-15 01:07:19 | まちづくり
久しぶりに神戸町の産院で開かれている
ママヨーガに参加するため、車で出かけた。
西濃方面へ出かけるときは、たいがい本郷町通りを通る。
ここには大きなけやきの並木が車道の両側に連なり、
四季を通じた美しさから、「ぎふ三十六景」にも選ばれた。

このけやき並木と歩道の間にはさらに道がある。
この道は何を意図して設けられているのかわからないが、
ロードレーサーに乗る私にとっては、
とても都合のいい道である。
軽くこいでもすぐに時速20キロは超えてしまう
ロードレーサーが歩道を走るのは、本当は危険だからだ。

今日のような秋晴れの日は、ロードレーサーで
遠乗りに出かけたくなる。
でも、さすがに赤ちゃんをおんぶしては走れない。
アメリカにいた頃は、よく自転車に子ども用のキャリアをつけて
乗っている人を見かけた。
日本では見たことがない。

自宅前の金華橋通りも以前は本郷町通りのような並木道だったそうだ。
だが、車道の拡幅のため、並木はなくなったらしい。
いつかまた並木道をよみがえらせて、
キャリアをつけた自転車も走れるようにしたいものだ。


明日は、「尻毛・又丸周辺(旧揖斐線)の公共交通を考える会」が
岐阜市と北方町の担当課職員を招いて開かれる。
この会が9月議会に出した陳情は採択されなかった模様だ。
岐阜市の職員が何を話すのか注目したい。

バスを使って得したこと

2005-10-14 00:32:30 | 社会活動
今日はまた若草幼稚園へ出かけた。
お母さんたちが環境を語る会が開かれるからである。
どんなことを話すのかは分からないが、
路面電車のことを話せるよう、これまでの資料を読み返し、
8日の朝日新聞の記事のコピーも持った。
(昨日、市立図書館分館でコピーをとっておいた。)
もちろん、チラシも。

10人くらいのお母さんたちが集まった。
今日の主なテーマは、ダイオキシン。
話をふられたので、昨年関わっていた
椿洞の産廃不法投棄問題について簡単に話した。
他にもトピックは多岐にわたったが、
自動車の話が出たところで、
ようやく路面電車についても少し言及できた。

私が、「路面電車の運動に関わっているのに
あまり車ばかり乗れないから、バスで来ました」と言ったら、
「えーっ?」「すごーい」という声が上がった。
確かに、片道440円と40分かけた上、
バス停から赤ちゃんを抱えて300メートル歩くのは、楽ではない。
でも、街中では味わえない豊かな秋の風景を楽しんだ。
負荷をかけて歩くのは、山歩きの練習にもなっただろう。
それに、実際にサービスを利用して初めて
浮かんでくるアイディアがある。

たとえば、バス停にベンチがないと
子どもを抱えている人やお年寄りにはつらいことが分かった。
雨など降っていたら、なおさらだろう。
そうであれば、屋根付きのベンチを整備するのも
一つのサービス向上策になり得るだろう。

ただ屋根付きベンチを置くだけでなく、
その傍らで地域の菜園で採れたばかりの
野菜を売るスタンドも作ったらどうだろう。
私だったら、新鮮な野菜を求めて
野菜スタンドを回るためだけに
バスに乗って出かけてしまいそうだ。

思いついたアイディアがお金を生むかどうかはともかく、
ただ考えること自体が私には楽しい。
車に乗っているときに、
そんな余裕が生まれることはない。

閑話~ピーター・ジェニングスからのメッセージ

2005-10-13 00:18:53 | エッセー
私がこのテーマについて調べようと思ったのは、
実はある地方自治の講座の課題として取り上げようと思ったからである。
でも、課題の締め切り前の2週間ほど体調があまりよくなくて、
講座に出るのもやめようかと考え始めていた。
地方自治の問題には他の誰かが取り組めるけど、
息子の母親業は私しかできない。
「なぜ私が?」と思っていた矢先に、
NHKのBS1で「ピーター・ジェニングスからのメッセージ 後編」
という番組を見た。

ピーター・ジェニングスはアメリカの3大ネットワークの一つ、
ABCのニュース番組のキャスターを22年も続けた人物である。
落ち着いた彼の語り口にひかれて、
彼の出演するニュース番組を見るのが
アメリカにいた頃の私の日課だった。
彼は今年の8月7日、惜しまれながら亡くなった。
上記の番組は、別の番組(今年3月に放送された「イラク戦争とメディア」)での
ジェニングスへの長時間インタビューをもとに、
追悼番組として制作されたようだ。

私は録画したこの番組を流しながら、
重い気分で課題の企画書を書いていた。
その時、急に画面の中から、「何もしないことにもリスクがある」という
声がしたのである。
自分の心を見透かした誰か、いやピーター・ジェニングスその人が、
画面を通じて語りかけてきたという感じがした。
番組の名前も「ピーター・ジェニングスからのメッセージ」だったし、
本当に不思議な感じだった。

偉大なジャーナリストの魂からじきじきに声をかけてもらったと
勝手に思いこんで、私は俄然やる気が出てきた。
彼の仕事には遠く及ばないが、
彼の言う「政府の見張り役」というメディアが果たすべき役割に
近い役どころを担ってみようかと、大それたことを考えている。

芥見の若草幼稚園

2005-10-12 00:51:07 | 社会活動
芥見の若草幼稚園へ行ってきた。
バスで行こうと思っていたが、
乗り遅れてしまったので、連れ合いに車で送ってもらった。
旧美濃町線の岩田駅からは1キロ強はあるのではないか。
事前にバスでのアクセスを尋ねた時、
バス停は岩小学校前だと言われた。
でも、その路線(尾崎団地線)は、
1時間に1、2本しかバスが通らない。

幼稚園の周りを歩いてみた。
小さな山々に囲まれ、
すぐそばに川も流れている。
街中の自宅と比べたら、ずっと心地よい場所だ。
だが、田んぼや畑が広がり、
車がないと不便そうなところでもある。

保母さんに電車を使っていたか聞いてみた。
使ってはいたそうだが、
車に乗っている彼女は特に不便を感じていないようだった。
でも、路面電車再生の運動についても知っていて、
路面電車が好きだった友人からチラシをもらっていた。
周りの人も、「電車は残ったほうがいいけど、
お金がないなら仕方ない」という感じだったそうだ。
彼女自身は、四年制大学を出た教養のある女性だが、
それでも、8日(土)の朝日新聞の路面電車特集を見るまで、
全国で路面電車が存続されたり、新設が計画されたりしていることを
知らなかったとのことだ。

やはり高岡市での万葉線の存続運動のように、
キャラバンなどで分かりやすく
路面電車の意義を繰り返し刷りこむ必要があるのではないか。
私が調べていることも役に立つかもしれない。