Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

見守られているという安堵

2009年05月31日 | 東京
 祖母の四十九日の法要で昨日から東京の実家に戻る。まだ梅雨に入っていないのに鬱陶しい天気。幸いにも小平霊園での納骨のときには雨に降られなかった。この時のお坊様の話は、当たり前のことに気づかせてくれるもので、ありがたく聞かせてもらった。
 四十九日に祖母は仏様になったそうで、これから私たち親族を守ってくれるのだという。そのことは知っているのだが、話はその次。一周忌、三周忌などと続いていく儀礼は、死後の年月ととらえるのではなく、仏様となった祖母が私たちを守ってくれている年月としてとらえ、そのことに感謝の念をこめて、今後は墓前に、そして位牌に手を合わせなくてはいけないというものだった。その通りである。同じ年月でもその捉え方によっては儀礼の意味のようなものが大きく変わるというもの。そして、私はそうした人々に見守られているということに安堵する。