数日前ですが、4月27日の朝に撮影したハイビスカスです。若者ならばこの写真をみて「やばくない?」なんて言葉を使って表現することがあるかもしれませんが、まさに「やばい」くらい成長しはじめたハイビスカス。ちなみにこの「やばい」は、「すごい」に置き換えられます。ちなみに「やばい」は、近年、「美味しい」にも使えるので、日本語の変化には目をみはるものがあります。
4月28日の朝早く神戸に仕事に出かけ、翌日はそのまま東京、そして昨晩おそく浜松に戻ってきました。本日30日の写真はもっと「やっべー」くらい成長したんですが、とりあえず27日のものから始めましょうね。あせらない、あせらない。
国立音大時代から沖縄、そして浜松とこれまで各大学のガムラングループで指導を続けている。指導というとなんだかものすごく上から目線であるが、簡単に言えば、自分のガムラン演奏実現のためである。仲間がいなければガムランはできない。だから仲間を作るのだ。そう考えると、ある意味では「自己中」なのかもしれぬ。それでも演奏仲間が身近にできることはとても嬉しい。学生とはいえ、そのときばかりは「演奏仲間」なのである。
そのガムランサークル、その名はスアラ・チャンドラなのだが、これがなかなか人が集まらない。やはり音楽のサークルといえば定番は、吹奏楽、コーラス、軽音楽であり、その中で「ガムランやろうかな…」なんて悩んでくれる学生はほとんどいないのである。そういう意味で、今、それを続けてくれている学生はまことにありがたい。
学生たちが作ってくれた勧誘のチラシ。一生懸命勧誘してくれているのであるが、今年はまだ0人である。今年度末には鴨江アートセンターで2年ぶりに自主で大イベントを開催しようと考えているのだが、このままだとできないねえ。ということで自分のブログを通して、顧問がメンバー勧誘である。「ガムラン、やりましょうね。」
先週の日曜日4月22日、浜松のあちこちで凧の糸目付が行われていました。凧にとっては、この糸目付がとても重要だそうで、これがうまくいかないと大きな凧は飛ばないそうです。私がちょっと覗いた糸目付は、指導する人が大きな声を出して指揮をしながら糸目付の作業に大勢でとりくんでいました。それにしても糸を引っ張るのがとてもたいへんそうでした。糸とは言っていますが、実際は「紐」です。
日々、法被を着ている人たちとすれ違い率が増えてくるのを感じます。、毎日、夜にはさまざまな準備でたいへんなんでしょうね。一昨日、夜デニーズで打ち合わせをしていたのですが、やっぱりファミレスにも法被姿の方々が何か所かに座っていました。
あと10日もすればもう浜松はハレの世界です。コミュニタスな状況に突入します。街の人々はすでに少しずつ儀礼への敷居をまたぎ始めているようです。
先週のブログに、ハイビスカスの鉢植えのことを書いたばかりですが、その剪定したハイビスカスの木からかわいい緑の葉が芽吹き始めたのです。これはもう大事件です。このまま芽吹いて大きな葉がでてきてくれれば、今年も大輪の花が咲くかもしれません。このすばらしい出来事を誰かに伝えなければ気が済まない、そんな心境です。
やはりまだ寒暖の差がはげしくて、ハイビスカスの成長には厳しい時期だったのでしょうね。浜松まつりの時期はまだまだ夜は寒いのですが、それでも昼は日々20度近くなるわけで、やっと目を覚ましたのでしょう。幹の中ではずっとこの時期を待ち続けていたんですね。植物というのは外見ではまったくわかりませんね。樹木の生命というのは本当に神秘です。
気が向いたら成長を記録して、ブログに掲載したいと思います。せいぜい1週間おきですね。今は携帯でもきれいな写真が撮影できるので本当に便利です。ちなみにこの写真も携帯で撮影したもの。枯れないで成長することを祈るばかりです。そうしないと成長日記が続かなくなりますから。
1年が巡り、再び「まつり」の季節がやってきました。あちこちの自治会では会所開きも終わり、毎晩、あちこちでラッパやお囃子の練習が聞こえてきます。浜松が一番賑やかな季節、そう、浜松まつりまであと、12日となりました。
マンションのエレベーターにのると、おばさま方は「今年も嫌な季節ね、どこに逃げようかしら」とか「孫が帰ってきてにぎやかになるわ」などさまざま。そりゃ、浜松の街中の人々が皆心待ちしてしている祭りでないことは百も承知ですが、私のようによそ者にとっては、ドキドキする季節の到来です。
街中にも「浜松まつり」の文字が飾られました。この通りがあと12日すると、法被をきた人々で埋め尽くされるわけです。ラッパの音でカオスな状況がうまれるわけです。いやはや、待ち遠しい。授業もないし、でも原稿はあるけど、それでも首を長くして待っています。
この三月に卒業したゼミ生4人が、卒業前になぜか私にコーヒーメーカーをプレゼントしてくれた。お世話になりました、といって持ってきれてくれたのがこのコーヒーメーカーである。「先生はとてもコーヒーが好きだけど、コーヒーメーカーはなくて、いつもインスタントコーヒーを飲んでいるから」という理由だそうだ。あまりにも「ごもっとも」すぎて「ありがとうございます」以外に言葉の返しようがない。
それにしても実にありがたいプレゼントだった。ぼくはその日から、大学で上品な香りの味わい深いコーヒーが飲めるようになったのである。インスタントコーヒーにクリーマを入れて飲むのが悪いというのではなく、やっぱりその香りと味ではレギュラーコーヒーの方に軍配があがる。今は丸福コーヒーを美味しく飲んでいる。
このコーヒーメーカー、実はかなりのすぐれものである。出来上がった入れたてのコーヒーは象印の魔法瓶の中に入るために、冷めにくく香りも飛びにくい。大目に作った2杯目も美味しく飲むことができる。こうなると、もう誰かにコーヒーを振舞いたくてしかたなくなり、昨日は4年のゼミ生と至福のコーヒーでの一服の時間を楽しんだ。今更だが、卒業したゼミの皆にTerima Kasih(ありがとう)である。
昨年の9月17日にアップしたベランダで育てていたハイビスカスの鉢植だが、冬になって葉も落ちてしまい、あまりにも巨大になったので剪定した。とはいえ鉢に何もないのはかわいそうなので、ハイビスカスが咲いている時期から少しずつ、花を買ってきてはハイビスカスの根本に植えていたのだった。それがいつの間にか熱を帯び、真冬にはシクラメンまで植えてしまったために、ものすごい色合いの花壇になってしまったのだった。もう4月半ばだというのにいまだシクラメンは満開、当然この時期の花々、ナデシコやらビオラも咲き乱れている。
美的感覚、センスなどを問われると微妙だが、何もなければそっけない14階のベランダもこれだけ花が満開だと明るく感じるもので、特に晴れた日なんぞは花を見るだけで、目がハレーションを起こしそうになるほどである。春爛漫、春満開、春最前線がいまわが家のベランダに存在しているのだ。
しかし、この鉢植えをよく見てほしい。灰色の一本の幹である。これはこの鉢植えの中心に存在すべき100均で購入したハイビスカスなのだ。しかしまだ葉が出てこないではないか。春満開なのになぜ応答してくれないんだ!「もしもし、もしもし…」。何も答えてくれないじゃないか。君はその幹の中にまだ籠っているのか、それとも魂がなくなっちゃったのか?いや、まだわからないのだ。だからまさに今の心境はこうである。
「ハイビスカス(花)はどこへいった?」
土曜日、久しぶりに息子と会うため渋谷に来た。浜松からだと品川で降りて山手線に乗れば、渋谷駅までならそれほど苦ではない。大事なのは最後の一文だ。渋谷駅までなら苦ではないのである。問題なのは渋谷駅に降り立った瞬間から、人の渦の中に巻き込まれ、そこから歩行するのがつらいのだ。
思った通り、午後7時の渋谷は、それはもう言葉を絶するほどの賑わいで、わかってはいるもののたまに街に出てくる「おのぼりさん」には物珍しいを超え、相当につらい風景である。どうしてもハチ公前交差点を渡らなくてはならず、国際的観光名所となったその交差点で信号が青になるのをしばし待つ。このとき、交差点の向こう側を携帯や一眼レフで撮影する外国人観光客がいるわ、いるわ。ついでに自分や友達まで写ってしまおうと努力する方も多い。観光名所なんだからあたりまえである。ぼくらがイギリスのアビーロードスタジオの前の横断歩道で車の迷惑も省みず、写真を撮影するようなものである。
じゃあ、ボクも撮影してみようかな、と携帯のシャッターを押した写真の一枚がこれ。昼間のように明るいネオン、道路の反対側に待つ人々の黒く不気味なかたまり。どうということもないだろうが、私にはかなりシュールである。誰も撮影していなければ、自分ひとりが写真を撮る勇気はないのだが、ぼくは数百分の1に過ぎないと思った瞬間、急に気持ちが大きくなってパチリ。まさにみんなで撮れば怖くない、である。そんなノリで、撮影禁止のコンサートを撮影されると困るのだが。
今の私の生活に欠かせないもの。当たり前だけれどまずはリバティー柄の手帳。もう何年もこのリバティー柄と決めています。黒い手帳よりも私は前向きに予定を書き込むことができるし、ゴタゴタの資料の中に埋没した場合にも、カラフルなので見つけやすいという利点があります。それに小さいから予定も自分にしかわからない省略形をつかって、ごたごたと書き込む必要がないわけです。
さて、今の季節に必要な必需品はもう一品。そうなんです。こののど飴です。私はこの森下仁丹ののど飴は、自分の中では最も最強だと信じています。しかもノンシュガーで後味爽快タイプですから常に太らないようにしている私には言うことなしです。とにかく今年の花粉症は症状が重く、ついには鼻がつまりすぎて、口呼吸のせいで喉が荒れてしまい、もう喉の痛みも咳も出てたいへんです。花粉症は咳も併発するそうです。
今ほど花粉のない場所に行きたいと思う時はありませんが、そんなときにも容赦なく電話やメールがあり、リバティーの予定表にペン先が0.05のサインペンで「予定の省略形」が次々に書き込まれていきます。もう勘弁してほしい、と思うわけですが、私の忙しさなんて国会答弁の原稿を用意する財務省のお役人なんぞに比べれば仕事量のうちには入らないんでしょう…。だから自分に甘えないようにします。
本日、ガムランの練習で学生達がバースデーケーキを用意してくれました。4月8日のワヤンの日でいただきましたが、今回、二つ目のケーキです。ガムランの学生の皆に感謝です。
4月からまた練習が始まりました。今はルジャン・デワのレヨンの特訓中。正直、クビャルの方がずっと覚えるのは簡単です。アンクルンは叩く音が一人二つしかありませんから、リズムの変化がたいへんで覚えるのも一苦労。それでも学生たちは文句も言わず、一生懸命に取り組んでいます。私が忙しくなるとなかなか教える時間も作ることができないので、今のようにまだ少し余裕のあるときに教えようと、こちらも必死です。
今年度は、一昨年に鴨江アートセンターでやったようなコンサートを開催しようともくろんでいます。そのためにメンバーも増えないとできないので、あとは学生達の一年生勧誘にかかっています。教員の僕は静かに彼らを見守りたいと思います。