逃避行
枚方島の穏やかなたたずまいの砂浜に舟を着けた、八之進は舟を引き上げると、先に駆け出した平太と可奈が彼らの縁戚を連れてくるのを、其処で待つことにした。
海まで迫り出し、そのまま断崖となる小高い山に両脇を、守られるような地形の港口で、この入り江の中央に砂地の浜辺があった。
浜辺には、漁から帰った漁民の舟が二,三十艘引き上げられていた。
この数からすると、この村の住民は相当数に上るとみえる。
波打ち際から見ると砂浜が小高く盛り上がっており、干潮も重なり、その先の人家が在るであろう辺りの様子は、見えない。
四半刻も過ぎて、可奈と平太が伴って現れたのは、大柄で頑丈そうな体躯を、人の良さそうな笑顔で包み込んだような人物であった。
武吉と名乗り、この枚方の網元を務める五十前後の好漢である。
武吉の丁重な挨拶の中に、八之進は探るような目配りと、射すくめるような鋭い眼光を見てとった。
武吉に伴われ、網元屋敷に通される道々、各家々の物陰から、不安げな視線が八之進を射たのを感じたのは、思い過ごしだろうか。
自分が五島の住人であること、
昨夜の嵐で舟が流され辿り着いた事、
朝になり助けを求めに村に入ろうとしたら異変に気付いたこと、
平太を見つけ出し、可奈の事を聞いたこと
多久島藩役人が火を着けて、村を焼き払っていたこと等、この朝の出来事を話した。
何故このような狼藉が公役人の手で行われたのか理解出来ない事だし、現地に平太や可奈を置くことは、危険であり、事情が許せば匿ってほしい事を率直に話した。
「八之進様はお武家でございますな。
何ゆえ、舟に乗られたのじゃ?」
黙して八之進の物語るのを聞いていた武吉は、話しが一段落したのを機に、質問を発した。
「いかにも私は武家の出です。姓は平島と申す、五島の平役人の四男坊です。
ご存知のとおり、平役人の生活は武家とは申せ、あなた方漁民と変わらぬ生活です。ましてや四男坊です。
部屋住みでは向後、何の見通しも無い故、陶芸の技でも磨きたいものと、藩の了解を得て知己を求めて出て来たものです。 何かご疑念ありや」 と。
「失礼申し上げました。話しの内容が内容だけに、俄かには人の話しに乗るわけには参りません。
多久島の村に居たのは、私達の縁に繋がる者達ばかりで、この報せに枚方の郎党一同、驚愕し又、哀しみに包まれております。
平太や可奈のことは大層お世話になりました。八之進様がいらっしゃらねば,命を落としていたやも知れません。
多久島の者たちが斯様な難儀に遭ったのは何故なのか、私共にもわかり申しません。急ぎ探らせようと存じます。」
武吉の慇懃なもの言いように、八之進は警戒心を解いていない気配を感じていた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます