那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

世相雑感

2013年06月01日 | 集団ストーカー被害者を救う会

主権回復を目指す会」からメルマガがありました。下の記事、ぜひお読み下さい。

酒井信彦の日本ナショナリズム「愚劣な現代史の象徴としての成田空港」(2013年5月21日 )
http://sakainobuhiko.com/2013/05/post-226.html#extended

また「パチンコ廃止を求める会」http://paper.li/pachinkoaboliti/1337554896もあわせてご覧下さい。

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私はほぼ毎日西村修平さんと瀬戸弘幸さんのブログは読み、ついでに経済関係のメルマガにも目を通しています。最近瀬戸さんのブログのコメントに次の文章を見つけました。

 

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52964352.html

某巨大宗教団体がやっている、信者を使った組織的な嫌がらせについてひと言。

年寄りから小学校低学年あたりの子供まで、実に多くの人間が工作に参加している。工作とは、もちろん組織が標的と定めた人物に対する執拗な精神的追い込みである。標的とされた人物にとっては誰が工作員信者か分からない一方、工作員信者は組織を通じて情報を共有し、標的の相手は当然認識できている。この不特定多数を装った工作員信者が、商行為における不作為から付け回し、悪評の流布、個人情報のほのめかし、脅迫などを長年にわたり行う。

この組織的な嫌がらせを実施するにはけっこうな人数が必要であり、想像以上に多くの信者が加わっていると推察される。現在その被害者の存在は、徐々にではあるが社会的に認知されつつあるものの、まだまだ関心度は低い。
これ以上の被害者を出さないためにも、またその団体の思い上がりをただすためにも、なんとしてもその団体の非道な行為を表沙汰にする必要がある。そのためには、かつてその団体に属し、組織的な嫌がらせ行為に関わっていた人たちの協力が必要だ。どうか心当たりのある方は怖がらずに手を挙げ、社会正義のために協力してもらいたい。被害に悩む人たちを助けてもらいたい。それこそが真に宗教に沿う人としての道ではないか。

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この投稿者が語っている事実は、先日紹介したフリーメーソンの内部告発で暗殺された人間が語った内容と比べると、加害者・被害者という立場の違いこそあれ類似点が非常に多い。

赤文字にした部分が投稿者の主意だが、色んな意味で無理だろう。工作員と称する人間が動画で証言しているのを見たことはあるが、誰の命令でどういう手口で誰を具体的にどう陥れたか実名で内部告発したら殺されることは、誰よりもその工作員たちが一番よく知っているからだ。但し、彼らはお金で動くので、絶対に命の危険が無くて罪に問われずお金をもらえるのなら告発する人間はいるかもしれない。

話題が一転するが、今日、月刊の「五行歌」誌が届いた。全国の会員の作品にも、イジメ問題、政治や世相に対する失望、日本人の美徳の喪失などを詠んだものが多い。ある先輩に「生きているうちにこんな末世を味合うとは思わなかった」とメールしたら「同感です」と返事が来た。もうギリギリのとこまで来ている、という危機感は普通の判断力があれば誰もが抱いている。

同時に今日「呉竹会」から「青年運動」という新聞と諸資料が送られてきた。私にとってはこれも意味のある偶然の一致だった。

 

某巨大カルト宗教に対する私の認識と処方箋は既に何度も書いたので繰返さない。が、この問題は、私は逆説や極論異論が好きだと断った上で言えば、最も弱いと社会通念上考えられている、女性、子供、老人の意識と行動が一つのカギになると思う。数多くの犠牲者が出て、日本がとことん堕落し、観客が傍観者になり、傍観者の中でも一番気の弱い人たちが居ても立ってもいられなくなったときに、柿の実は熟して落ちる。だから私は「どうか工作員たちが健康で幸せになって、もっともっと大きな仕事をしてくれますように」と祈っている。

以下、山本玄峰師の言葉より。

 「時世には流れと勢いというものがある。これに逆らってみたところでどうにもならん。人が東に走る時には、共に東に走り、西に向かう時には、共に西に向かわねばならんが、泥棒と巡査のようなもので、同じ方向に走っていても、心掛けはそれぞれ違っていなければならん。それと同様に、同じことをしていても、心の置き場所が違わねばならぬ」。

 「人間は手足を大切にせねばならぬ。炊事や風呂の世話をしてくれる人が旅館の手足じゃ。この人たちが一番大切な人じゃ。『車の功を云うときは輪は与らず』と云って、車で一番大切なものは輪であるのに、人は輪の有り難味を忘れがちである。輪を大切にすることを、よく考えねばならぬ」。