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誰にマラリア予防内服を勧めるか?

2011-02-05 | Malaria
年間、8000-9000万人の旅行者がマラリア流行地域に渡航する
マラリアに罹患するリスクはマラリアの種類、罹患率、滞在期間、旅行のスタイル、予防方法、旅行者の特性による。

旅行者がマラリアについてまず知らなければならないことは
・疾患の情報、感染経路、潜伏期間、症状
・防蚊対策
・高度流行地域に行く場合の予防内服
・状況に応じた迅速な診断及び自己治療についてのアドバイス

マラリア感染のリスク
スウェーデンの研究では、渡航者100,000人当たりのマラリア罹患のリスクは西アフリカを訪れた場合302人、南アフリカでは46人、南アメリカでは7.2人、タイランドでは2人と報告している[Askling, EID 2005]。

イギリスの過去20年旅行者の記録では、親類や友人を訪ねるために(VFR)ガーナを訪れた渡航者100,000人に1300人がマラリアに罹患したとされるが、渡航地が南アメリカに変わるとリスクは渡航者100,000人に1人まで低下する[Phillips-Howard, BMJ 1990]。

デンマークの旅行者の報告ではガンビアに滞在した渡航者100,000人に158 人が、インドネシアでは76人が、タイランドでは1.7人がマラリアに罹患した[Kofoed K, JTM 2003]。

また近年南アフリカでのマラリア罹患率減少も報告されている。

現地人の感染率(1/1000): メキシコ、南アメリカの一部、ビンディン以外のベトナム→旅行者100,000人・1週間当たりの罹患率1.9
現地人の感染率(10/1000): ベトナムのビンディン地区→旅行者100,000人・1週間当たりの罹患率19.2
現地人の感染率(20/1000): インドの一部(アッサム、グジャラート、オリッサ、ラジャスタン)→旅行者100,000人・1週間当たりの罹患率38.4 →旅行者100,000人・2週間当たりの死亡率1
現地人の感染率(50/1000): 南アフリカの一部→旅行者100,000人・1週間当たりの罹患率96.1 →旅行者100,000人・2週間当たりの死亡率4
現地人の感染率(100 /1000): 西アフリカ→旅行者100,000人・1週間当たりの罹患率192.3 →旅行者100,000人・2週間当たりの死亡率8(ヨーロッパにおいて交通事故で死亡するリスクと同等)

マラリア予防内服による副反応
623人の渡航者に対して行った、マラリア予防内服の二重盲検試験では、クロロキン・プログアニルを使用した45%、メフロキンを使用した42%、ドキシサイクリンを使用した33%、アトバコン・プログアニルを使用した32%に軽度から中等度の副反応を認めた[Schlagenhauf P, 2005]。重篤な副反応は、メフロキン使用者の11%、クロロキン・プログアニル使用者の12%、ドキシサイクリン使用者の6%、アトバコン・プログアニル使用者の7%に認めた。これらの副反応は抗マラリア薬によるものだけでなく、薬剤使用期間中の全ての併発性のイベントを含んでいる点で注意が必要である。
メフロキンの副反応に関するコントロールスタディの報告では、メフロキンで重篤な副反応が生じる確率は低いことが示されているものの、特に女性において精神神経症状が多いことが取り上げられている [Chen L, JAMA 2007]。

短期渡航者の予防
現地のマラリア罹患率が年間1000人に10人を越えない流行地域(Annual Parasite Index: API <10)では予防内服を行わない。根拠として、このレベルでの流行地域で1人のマラリア発症を予防するために、2600人の渡航者が予防内服を行う必要があり、死亡率を2%とすると130,000人の渡航者がマラリア予防内服を行う必要がある。
蚊帳の使用では副反応なしに、マラリア罹患率を50%下げることができる[Arguin P, 2008]。
ただし現地ではマラリアに対する免疫から発症を認めない場合もあり、発症数ではなくて、寄生率でリスクを判断されるべき。
スタンバイ緊急治療(SBET)は短期旅行者に勧められる場合もあるが、潜伏期間よりも短い6日以内の渡航では勧められない。

長期渡航者の予防
6か月以上の滞在となる長期渡航者の場合には、マラリアのリスクが低いこと、発症した時の対応方法が分かること、副作用の問題があることから、マラリア予防内服を中止する傾向にある。また偽薬の使用も問題となりやすい。
医療従事者が長期渡航者にすべき大切なことはマラリアに対する教育を行うこと。
高度流行地域においては、長期になっても予防内服をするべきで、その場合には長期使用でも副作用が少なく、コンプライアンスが保たれやすいメフロキンの使用が推奨される。
ドキシサイクリンを皮膚疾患の治療で数か月使用することがあるが、女性では腟カンジダ症が問題となりやすい。アトバコン・プログアニルに関しては、CDCは最大使用期間に上限を設けておらず、イギリスのガイドラインでは12カ月までの使用は安全であるとされる。
マラリア予防内服以外の防蚊対策も重要。
孤立した場所に滞在する場合には迅速診断検査の利用も考慮されるが、事前にトレーニングを受ける必要がある。

三日熱マラリア・卵形マラリアの予防
東南アジア、南アメリカ、東アフリカでみられる。
インドネシア、パプアニューギニア、イラク、アフガニスタンではクロロキンやプリマキンに耐性度の高い三日熱マラリアが報告されている。
518人の三日熱マラリア患者に関するヨーロッパの報告では、60%が発症後平均4日間の入院治療を受け、7人に重篤な合併症(肝脾腫3人、脾臓破裂1人、汎血球減少1人、肉眼的血尿1人、精神疾患1人)を認めた[Muhlberger N, 2004]。
潜伏期間が長いため、予防内服を終了する帰国後3カ月を経過して発症するとの報告がある。
プリマキンによる予防内服や渡航後に感染を想定した治療は行われない。
プリマキンの耐性報告は、インドネシアのイリアン・ジャヤ州、パプアニューギニア、イラク、アフガニスタンで報告されている

妊婦、授乳婦のマラリア予防
熱帯熱マラリアは胎盤の血液に感染し、母子の予後に大きな影響を与える。
母親のマラリアに対する免疫状態が予後に関連する。
DEETは安全で有効性が高く、ピレスロイドを配合した蚊帳の使用も推奨される。
DOXY, プリマキンの使用は禁忌、A-Pも使用するべきでない
メフロキンの使用が推奨され、状況によって妊娠初期にも使用が考慮される
クロロキンも使用可能であるが、三日熱マラリア感染による影響は少ない
授乳婦も同様に、クロロキン、ヒドロキシクロロキン、メフロキンが使用できるが、乳児の体重が5kg以上あればA-Pも使用可能。
母乳に移行するアトバコンは30%との報告もあり、乳児に予防が必要な場合には、別途予防内服を行う必要がある。

乳幼児のマラリア予防
小児の輸入感染症例はVFR等の渡航者増加に伴い増えている。
生後2か月以上ではDEETの使用が推奨される。
ピカリジンも2歳以上では推奨される。
メフロキン、A-P:体重5kg以上、併用する場合には11kg以上
アーテメター・ルメファントリンはシロップタイプのものがあるが、適応は治療のみ
DOXYは8歳(イギリスでは12歳)以上

3週間ベトナムのハノイからホーチミンシティまで海岸沿いに旅行する
→リスクは低い、罹患率が10/1000を超える地域はベトナムでは中央高原地帯のみであり予防内服は推奨されない

南アフリカ共和国でクリューガー国立公園に3日間滞在し、2週間かけてケープタウンまで旅行する
→クリューガー国立公園内でのみリスクがあるので予防内服を行う

メキシコでパレンケやサンクリストバルデラカサスを含むユカタン州を2週間旅行する
→低リスクであり、予防内服を必要としない

タンザニアで田舎に3カ月滞在している学生が妊娠12週であることが分かり、あと6週間滞在を予定している
→高度流行地域であり、メフロキンで予防内服を行う(ドキシサイクリンは禁忌)

生後12週の乳児を連れてガーナのクマシ北部にある実家に帰省したい
→高度流行地域であり、体重が5kg以上あればメフロキン、(アトバコン・プログアニル)で予防を行う

Reference:Clin Microbiol Rev. 2008 Malaria Chemoprophylaxis: Strategies for Risk Groups

100,000人当たりの旅行者に1人以上のマラリア感染率がなければ予防内服を推奨しないとの報告もある[Behrens RH, 2010]

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