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マラリア感染の予防と対策(総論) update

2010-10-14 | Malaria

ハマダラ蚊によって媒介される原虫疾患
通常はヒト-ヒトによる感染は起こらないが、極稀に院内感染したとされる報告もある。
Koeran J Parasitol 2009. A locally acquired falciparum malaria via nosocomial transmission in Korea.
EID 2005. Nosocomial malaria and saline flush.
Lancet 1997. Plasmodium falciparum malaria transmitted in hospital through heparin locks.


マラリア対策は抗マラリア薬の予防内服、それ以外の対策(DEET, permethrin, 夕暮れ以降の外出を控える)
予防内服をしていても予防効果は90%程度であるため、マラリア流行地域で38℃以上の発熱を認めたら必ず医療機関を受診することが必要(健康な成人でもマラリア罹患後4-7日で死亡することもある)

渡航外来を受診の上で、渡航地域、渡航時期、渡航期間、活動内容によって適切な予防対策を検討する

国内で処方可能な抗マラリア薬はメフロキン、ドキシサイクリン。マラロンも2013年より国内で販売が開始された。

予防のための抗マラリア薬はバランスから一般にマラロン、メフロキン、ドキシサイクリンの推奨度が高い[Clin Infect Dis. 2001 Jul 15;33(2):226-34. Epub 2001 Jun 14. PMID 11418883]

予防内服の適応を判断する際に必要となる情報
渡航する国以外の都市、宿泊施設、季節、旅行スタイル等によってリスクは異なる
妊娠・授乳の有無、マラリアの薬剤耐性についても考慮する 
VFRでのリスクは高い
VFRs′s definition(Yellowbook 2014 p236): first- second-generation immigrants living in non-endemic countries who return to their contries of origin to visit friends and relatives.
内服薬がある場合には薬剤の相互作用についても検討が必要となる 

処方時には費用についても考慮する必要がある。 

マラリアの流行地域の情報Malaria Atlas Project

予防に用いられる抗マラリア薬
・Mefloquine hydrochloride(メフロキン)
商品名:Lariam, Mephaquin(メファキン)
剤形:250mg
予防内服量:250mg once weekly
時間がない場合は最初の2-3日はdaily、その後にweeklyといった方法が取られる場合もある
小児の使用:OK (米国では添付文書上20kg以上の小児に使用可能、CDCの推奨では5kg以上での使用が可能)
妊婦の使用:OK (FDAでは全期間で承認あり)
予防内服期間:リスク期間の2-4週間前から4週間後まで(副作用は最初の1-3回目までの内服で起きやすいため国内で数回内服できると副反応を観察できる)
長期での服用も可能(海外では2-2.5年の使用も報告されている[Lancet. 1993 Apr 3;341(8849):848-51.]が、日本での最大処方期間は添付文書上3ヵ月…)
東南アジアの一部の地域でメフロキン耐性マラリアあり(タイ・ミャンマー国境、カンボジア西部、ミャンマーと中国の国境、ラオス・ミャンマーの国境、ミャンマー頭部、タイ・カンボジア国境、ベトナム南部)
副作用:胃腸障害(悪心・嘔吐・腹痛)、精神症状、頭痛、不眠
心臓電導異常(不整脈)がある場合には推奨されない 

授乳婦
禁忌(添付文書):
1. 本剤の成分又はキニーネ等の類似化合物に対して過敏症の既往歴のある患者
2. 低出生体重児、新生児、乳児
3. 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人
4. てんかんの患者又はその既往歴のある患者[痙攣を起こすことがある。]
5. 精神病の患者又はその既往歴のある患者[精神症状を悪化するおそれがある。]
6. キニーネ投与中の患者
7. ハロファントリン(国内未承認)投与中の患者

2013/7/29 FDAが神経症状の副作用の警告を強化
神経症状は持続、永続しうる。神経症状はめまい、ふらつき、耳鳴り等を含む。精神症状は不安感、落ち込み、幻覚等を含む。 

・Doxycycline hyclate(ドキシサイクリン)
商品名:Vibramycin®(ビブラマイシン)
剤形:25mg, 50mg, 100mg
予防内服容量:100mg once daily
小児の使用:NO(米国では8歳以下(9歳以上でも体重45kg以下では容量調整)、英国では11歳以下(体重25kg未満でも禁忌)では禁忌)
妊婦の使用:NO(催奇形)
予防内服期間:リスク期間の1-2日前から4週間後まで
通常治療には用いられない
レプトスピラ症、リケッチア症、性感染症、アクネにも予防効果があると考えられる
副作用:消化器症状(嘔気・下痢)、光線過敏症
小児・妊婦・授乳婦には禁忌、癲癇・軽度の腎機能障害にも適応があることが利点。最大投与期間は2-3年。
禁忌(添付文書):
本剤の成分又はテトラサイクリン系抗生物質に対し過敏症の既往歴のある患者
8歳未満の小児・妊婦・授乳婦
安価な薬剤であり、費用を抑えられるメリットがある

・Atovaquone/Proguanil(アトバコン/プログアニル)
商品名:Malarone®(マラロン)
国内でも2012年12月25日に承認、2013年2月22日に薬価収載・販売開始となった。
ただし、国内での体重40kg未満の小児に対する予防、体重11kg未満の患者に対する治療適応は取得していなかった。
その後、2016年3月28日に一部変更が承認され、体重5kg以上11kg未満の小児のマラリア治療及び体重11kg以上40kg以下の小児のマラリア予防について承認された(GSKプレスリリース)。
薬剤耐性のマラリアにも有効の新薬、副作用が少なく小児も服用可能
薬価が高いこと、毎日服用する必要があること、長期使用による安全性のデータが多くないこと(日本では使用期間の制限はなし)等がデメリット
高度の腎機能障害がある場合(GFR<30ml/min)にも使用禁忌
剤形:250mg of atovaquone/100mg of proguanil(成人用)、62.5mg of atovaquone/25.0mg of proguanil(小児用)
予防内服容量:250mg/100mg once daily
小児の使用:OK  (米国では添付文書上11kg以上の小児に使用可能、5kg以上での使用推奨の記載もあり)
妊婦の使用:NO (データなし、CDCでは推奨されず)
授乳婦での使用:NO (CDCでは乳児体重5kg以上で適応あり)
予防内服期間:リスク期間の1-2日前から7日後まで(帰国後3日でも十分とする専門家もいる)
脂質と経口内服することで吸収効率が上がる。
アトバコンは代謝を受けずに胆汁中に排泄、半減期は66-70時間。
ミトコンドリア電子伝達系を阻害して、結果、ジヒドロオロト酸→オロト酸の経路を阻害。
プログアニルは、肝臓で代謝され、腎臓から排出(GFR<30ml/min未満では使用できない)、半減期は20時間。
プログアニルが代謝によりシクログアニルとなりDHFRを阻害、結果、ジヒドロ葉酸→テトラヒドロ葉酸の経路を阻害。
メトクロプラミド(プリンペラン)や止痢薬、テトラサイクリン、アシクロビル等の抗ウイルス薬、アセトアミノフェンで血中濃度の低下が生じうる。ワーファリンの効果を減弱することがある。


(para-acetylaminophenol=アセトアミノフェン para-acetylaminophenol =パラセタモール)


・Chloroquine phosphate(クロロキン)
商品名:Aralen, Avlochlor, Nivaquine, Resochin
剤形:500mg(300mg chloroquine base), 100mg, 150mg
予防内服容量:300-500mg once week or 100mg/dx6/w
小児の使用:OK
妊婦の使用:OK(全期間で使用可能)
予防内服量:300mg(成人), 1回/週
予防内服期間:1週間前から4週間後まで
治療容量:25mg base/kg divided in daily dose(10, 10, 5mg base/kg) for 3day
副作用:胃腸障害(悪心・嘔吐・腹痛)、頭痛、めまい。内服量60g以上で眼の障害
禁忌(マラリア予防ガイドライン):けいれんの既往、乾癬 
関節リウマチで既に内服している人への使用は避ける
熱帯熱マラリアの耐性がない地域:カリブ海、パナマ湾西の中央アメリカ、中東の一部の国(薬剤耐性の地域が多い)
三日熱マラリアに耐性がある地域:パプアニューギニア、インドネシア (Yellow book 2014)

・プログアニール(Proguanil)(100mg)
商品名:Paludrine
予防内服量:200mg/d or 3mg/kg daily
予防内服期間:1日前から4週間後まで
治療には用いられない。
副作用:胃腸障害(悪心・嘔吐・腹痛)
禁忌(マラリア予防ガイドライン):肝傷害、腎障害
単独での使用は勧められない

・クロロキン・プログアニールは乾癬・癲癇に禁忌、小児や妊婦にも使用可能で比較的安価で長期投与可能(眼科チェックを受ければ6年まで)なことが利点
網膜症発症率は10年で2-3%程度[Arthritis Care Res (Hoboken). 2010;62(6):775]
初期では可逆性だが、進行すると非可逆性

・サルファドキシン+ピリメサミン(500mg+25mg)
商品名:Fansidar
予防内服には用いない
治療量:1500mg+75mg at once
副作用:日光過敏症、骨髄抑制(無顆粒球症)、多型紅斑症

・Primaquine phosphate(プリマキン)
剤形:26.3mg(15mg primaquine base)
容量:30mg base once daily
小児の使用:OK
妊婦の使用:NO(胎児赤血球に対する毒性の可能性)
初期予防内服期間:リスク期間の1週刊前から7日後まで
再発予防内服期間:リスク期間の1日前から7日後まで
卵形マラリア・三日熱マラリアに対しても予防効果あり、初期予防内服としては有効なデータに乏しく2nd lineとなる。
ヒプノゾイト(hypnozoite)による再発のタイミングは3-45週間が多い(WHO malaria treatment guideline)
ヒプノゾイトはLiver stageでスポロゾイトより分化する(CDC malaria parasite life cycle

治療に用いられる抗マラリア薬
・Quinine (キニーネ)(300mg)
予防内服には用いない
治療量:8mg base/kg 3times daily for 7days(1800mg3x7day)
副作用:血小板減少、網膜変性、出血傾向
禁忌(添付文書):
1. アステミゾールを投与中の患者
2. 妊婦または妊娠している可能性のある婦人
3. キニーネに対し過敏症の既往歴のある患者

*キニーネは海外のトニックウォーター(®Schweppes)にも含まれていて、熱帯地域では植民地時代に西欧人に好んで飲用されていたとのことだが、コップ1杯(約170ml)中のキニーネ含有量は20mgとのことで効果は定かではない。


現地でのマラリア治療の問題点
現地での予防薬剤購入は偽薬の可能性や入手が困難である場合があり避けて、渡航前に入手することが望ましい
現地(タンザニア)での血液塗抹検査では39% が偽陽性 [BMJ. 2004 Nov 20;329(7476):1212. Epub 2004 Nov 12.]
ラオスの薬局では販売されていたアーテスネートの88%が偽薬だった[Malar J. 2009 Jul 28;8:172.]

抗マラリア薬以外による予防
・忌避剤(DEET)
抗マラリア薬内服以外の方法として忌避剤DEETの使用が有効
DEETの作用機序は、人蓄から発散している炭酸ガスを感じて寄ってくる吸血性の害虫の触覚に作用して、炭酸ガスを感じなくさせることで、結果として、蚊は吸血対象と判断できなくなる(忌避効果)と考えられている。
効果のある対象:蚊、ブユ、サシバエ、アブ、南京虫、ノミ、イエダニ、ツツガムシ、マダニ (muhi ムシペールが効く吸血害虫
長く日本で市販されている薬剤でDEET含有率が高いのははムシペールα®で12%であったが、2016年9月8日よりDEET30%の製剤サラテクトEXWミストプレミアム30が国内で発売された。
厚生労働省は「ディートを含有する医薬品及び医薬部外品に関する安全対策について(薬食安発第0824003号)」を発出して製品の表示にディート濃度及び使用方法の目安等を記載を求めているが、濃度に関する規制は行っていない。
公益社団法人福岡県薬剤師会の発行するくすりQ&A 20.「虫よけ剤」ディートの毒性と安全対策によれば、DEET濃度による作用持続時間は、濃度10%で3時間、5%で2時間程度とされる。
日焼け止めクリームを先に塗ってから忌避剤を塗ることが一般的に推奨される

DEET20%で予防効果は4時間程度[N Engl J Med. 2002]
DEET10-30%で予防効果は4-6時間[J Am Acad Dermatol. 2008]
10%未満のDEETの効果は短時間(1時間程度)であり限定的、50%以上での効果はプラトーとなる
妊婦では20%以下、小児(生後2か月以上)では30%以下[RED book]での安全とされている

・忌避剤(その他)
ペルメトリン(permethrin)を寝具や衣類に用いることも有効
DEETと同様に有効で、小児に対する使用制限のないイカリジン(Icaridin)による忌避剤も2014年度に製造販売承認された

 

小児用量について
日本で承認されていない体重でのマラリア予防薬の使用用量については下記を参照
Guidelines for malaria prevention in travellers from the UK: 2017
Table 3-10. Drugs used in the prophylaxis of malaria
マラロンは粉砕時の体内動態等のデータないが、実際に用量調整等が必要な場合には粉砕して用いられることもある。


治療/予防薬剤について下記の内容は用法等を保証するものではないのでReference等を参照のこと
References:
International travel and health 2007
David O. Freedman, et al. Malaria Prevention in Short-Term Travelers. New England Journal of Medicine. 2008 Aug;359(6):603-12
Interesting facts about quinine in drinks: http://www.chm.bris.ac.uk/webprojects2002/jeffrey/interesting.htm

 

マラリアは血液型A型で重症化しやすく、O型で重症化しにくいとの報告がある[Nat Med. 2015 Mar 9]。
熱帯熱マラリア原虫はRIFINというタンパク質を分泌し、これが細胞表面に移動して接着剤の働きをする。
さらに、A型の血液の赤血球表面に強く結合するのに対して、O型の血液とは結合が弱かった。
疫学的にも、マラリアが多い地域でO型が多い。ナイジェリアでは人口の半数以上がO型だとされる[Karolinska Institutet News]。


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4 コメント

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マラロン ()
2013-12-28 18:49:36
はじめまして。
マラリア予防薬について調べていて、こちらのサイトにたどりつきました。大変詳しくまとめられていて、参考になります。ありがとうございます。

一点質問なのですが、マラロンについて、

>薬価が高いことと最大投与期間が4-6週と短いことがデメリット

とありますが、予防薬として1日1錠飲む場合、6週間までが限度という意味でしょうか?
添付文書にはこの記述が見当たらないのですが(私の見落としかもしれませんが)。
副作用が少ないので、できればマラロンを予防薬として使いたいと思っていますが、3ヶ月以上の長期旅行の予定なので、長期服用の可否について、詳細が知りたく、質問させていただきました。
長期服用の場合の注意事項について、何か情報をお持ちでしたら教えていただけますか。よろしくお願いします
返信する
マラロンの長期の使用について (氏家)
2013-12-29 00:43:13
ご質問いただき、ありがとうございます。
ご指摘のように日本で承認されているマラロンは使用期間に上限は設けられていません(米国も同様)。
この記載は、下記URLの論文(Prevention of Malaria in Long-term Travelers. BMJ, 2006)の中で、欧州では1-3カ月に使用期間が制限されているとの情報を参考に記載しました。
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=203969
マラロンは他の抗マラリア薬と比較して価格が高く、当時は新しい薬剤であったためあまり長期に内服した場合のデータも豊富ではありませんでした。
上記の論文では、英国HPAの推奨を挙げて3か月までは安全、6か月以上も可能、市販後調査の最長内服は34週間まで確認されていると記載されています。

以上のことから、ご質問いただいた回答については希望があれば3か月以上の長期の内服は可能です。
ただし、費用が高くなるということと、そういった使用方法は、当時は一般的ではなかったという内容です。
特にマラロンの長期使用で重篤な有害事象が生じたという報告も見たことがありませんし、実際に国内でも長期間の服用のための処方を出すことはあります。

ご指摘いただき、ありがとうございました。記載ぶりを少し修正させていただこうと思います。
返信する
Unknown ()
2013-12-30 15:53:39
ご丁寧に返信いただきありがとうございます。

日本と米国では、使用期間の上限はないけれど、ご紹介いただいたURLでの、使用期間について書かれた論文、大変参考になりました。

費用が高いことはさておき、マラリア発症の怖さを考えると、予防薬を飲みたいと考えておりますが、いくら副作用が他剤と比べ少ないとはいえ、何ヶ月も服用を続けるのは、どうなのか、と思っておりました。
(メフロキンは精神系副作用があること、ドキシサイクリンは抗生物質なので、長期服用は避けたいことから、飲むのであれば、マラロンと思ってます)

とりあえず、3ヶ月程度であれば、問題ないようですね。あとは価格の問題ですが・・・

大変参考になりました。ありがとうございました。

返信する
Unknown (氏家)
2013-12-30 20:50:46
ドキシサイクリンは長期の使用データも豊富ですし、マラリア以外の疾患を予防できるといったメリットもあります。
また少し記載してありますが、DEET等による予防方法もあります。
最終判断はトラベルクリニック等の処方医としっかり相談して決められるのが良いと思います。
安全に楽しく旅行されてきて下さい。
返信する

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