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WHOによるマラリアワクチンのポジションペーパー

2016-01-30 | Malaria

Malaria vaccine: WHO position paper - January 2016

WHOの初めてのマラリアポジションペーパーであり、主に2015年7月のEMAによるマラリアワクチン承認によって予防接種を実施する可能性のある国を対象としてる。
この熱帯熱マラリアに対するワクチンの推奨は2015年10月に開催されたMPACでの議論に基づき、その根拠はSAGE meetingで示されている。
参考:EMAによるアフリカでの小児へのマラリアワクチンの使用の評価

 背景:
WHoによると2015年に43万8000人がマラリアによって死亡し、その90%以上がサハラ砂漠以南の地域で、それ以外の地域では東南アジアと南アメリカで起きている。
マラリアによる死亡のほぼ全てが熱帯熱マラリアによる感染であり、アフリカでの死亡のほとんどが5歳未満の小児で起きている。
世界中でマラリアと新規に診断された症例数は約2億1400万人と推計される。 

マラリア感染リスクはEIR the entomological inoculation rate (1年間に何回スポロゾイトを唾液腺にもった蚊がヒトを吸血するかを示す指標で、吸血回数とスポロゾイト保有率に基づいて算出する)によって示される。
EIRが20-30以上の高度流行地域では、ほとんどの小児の血液に1年を通してマラリア原虫が見られる。

疾患:
熱帯熱マラリアの潜伏期は免疫がない場合には8-14日だが、基礎免疫があると長期化する。
重症化や死亡の原因となるのは、感染赤血球による合併症や臓器不全であり、中枢神経に関わる微細血管の梗塞、赤血球の大量の破壊に伴う重症貧血に合併する代謝性アシドーシス、低血糖、循環不全、そして幼少期以降や成人例では腎不全や肺水腫等である。
小児によく見られる重症マラリアの病態は、重症貧血(特に高度のマラリア侵淫地域)、脳マラリア、代謝性アシドーシスであり、それぞれが個別に複合して生じうる。
脳マラリアは最も致命率の高い病態であり、典型的には幼少期以降の小児に重度の呼吸不全(代謝性アシドーシスに影響する)を伴って生じる。
妊婦のマラリアは流産、低体重出生児、死産、妊婦貧血の主な原因であり、免疫を持たない後期妊婦の重症熱帯熱マラリアによる致命率は非常に高い(~50%)。

ワクチン:
30以上の開発中のマラリアワクチンがあるが、臨床第三相試験を完了し、肯定的な評価を規制当局から受けている製剤は前赤血球段階及び赤血球段階のマラリア原虫を標的にした組み換えワクチンである、RTS,S/AS01ワクチンのみである。 

臨床第三相試験は2歳までの小児が対象となり、生後6-12週、生後5-17月にワクチン接種を開始する2つのグループがある。
サハラ砂漠以南の11の地域で被験者は、ワクチン4回接種群(R3R)、ワクチン3回接種後にコントロールワクチン1回接種群(R3C)、コントロールワクチン4回接種群(C3C)に1:1:1で無作為に割り付けられた。
3回の初回接種は1月おきに接種され、最後の追加接種は3回目の接種から18月の間隔で接種された。
生後5-17月に接種を開始するグループは平均4年間、生後6-12週に接種を開始するグループは平均3年間経過観察された。
用いるコントロールワクチンは、生後5-17月に接種を開始するグループでは狂犬病ワクチンを間、生後6-12週に接種を開始するグループでは髄膜炎菌ワクチンを持ちいた。
コントロール群を含めて、被験者の多く(約80%)は長期残効型蚊帳(LLINs)を使用し、診断および治療への良好な医療アクセスを確保された。

免疫原性:
マラリアの自然感染でRTS,Sワクチンによる免疫に追加免疫の効果があることを示したエビデンスはない。
RTS,Sワクチンの効果のマーカーとして、抗CS igG抗体が提案されているが、正確な予防の指標は確立されていない。
第三相試験では、RTS,Sワクチンの接種を受けた両年齢のグループにおいて98%以上の抗CS igG抗体の陽転化(ELISAで0.5EU/mL以上と規定)を認めた。
非常に稀にワクチンに抗体反応を示さない被験者がいた。
初回3回目の接種1月後が最も抗体価(GMT)が最も高く、4回目の追加接種後の抗体価はピーク値よりも低かった。
抗体価はどのポイントの接種後検査でも生後6-12週のグループよりも、生後5-17月のグループでより高かった。 

生後6-12週の乳児が母体からの移行による抗CS igG抗体を持つ程度は様々であるが、ほとんどがマラリアに感染する以前に母体からの移行による抗CS igG抗体を持たなかった。
またワクチン接種前に母体移行によると考えられる抗CS igG抗体が陽性の乳児では、干渉効果により予防接種後の抗体価が低かった。

生後6-12週の乳児が予防接種を3回受けた1月後の抗CS igG抗体とマラリア感染との関連性が示唆された。
このような関連性は生後5-17月の乳幼児には認められなかったが、初回接種後に生後6-12週の乳児よりも3倍以上高いIgG抗体が誘導された。
免疫マーカーと疾患予防との関係についてさらなる調査が実施されている。

効果:
臨床診断のマラリアに対して
生後5-17月のグループで、R3R群とR3C群を併せた全地域における臨床診断のマラリアに対するワクチンの予防効果は、3回接種後1年以上の観察期間において51.3%(95%CI 47.5-54.9)であった。
18月以上の経過観察期間での、3回接種後の予防効果は45.7%(95%CI 41.7-49.5)であった。 
全観察期間(観察期間中央値48月)での予防効果はR3C群で26.2%(95%CI 20.8-31.2)、R3R群で39.0(95%CI 34.3-43.3)であった。
32月までの予防接種の効果の男女差は、R3C群で37% vs 32%、R3R群で43% vs 35%と、女児よりも男児でわずかに高かった。

ワクチンの予防効果はどの観察点においても、生後6-12週のグループよりも生後5-12月のグループで高かった。
生後6-12週のグループで、R3R群とR3C群を併せた全地域における臨床診断のマラリアに対するワクチンの予防効果は、3回接種後1年以上の観察期間において32.9%(95%CI 26.3-38.9)であった。 
18月以上の経過観察期間での、3回接種後の予防効果は26.6%(95%CI 20.3-38.9)であった。 
全観察期間(観察期間中央値38月)での予防効果はR3C群で18.2%(95%CI 11.4-24.5)であった。
R3R群では、3回接種後の予防効果は26.7%(95%CI 20.5-32.4)であった。 
32月までの予防接種の効果の男女差は、R3C群で10% vs 30%、R3R群で19% vs 32%と、男児よりも女児で高かった。

最新の情報によれば、マラリア原虫の遺伝子型に対するワクチンの効果はRTS,S抗原に含まれるものと一致していない。
現時点での推計では、遺伝子型が一致しない臨床マラリアに対する予防効果は、一致するものに比較して僅かに低下する(HR p=0.06)。
初発のマラリアのみが解析対象となっているので、公衆衛生的な結果の解釈は困難である。

重症マラリアに対して
生後5-17月のグループで、R3R群とR3C群を併せた全地域における重症マラリアに対するワクチンの予防効果は、3回接種後1年間において44.5%(95%CI 23.8-59.6)であった。
18月以上の経過観察期間での、3回接種後の予防効果は37.7%(95%CI 18.0-52.6)であり、R3C群における全観察期間における全体の有効性は-2.2%(95%CI -31.3-20.4)であった。
この結果により、最初の18月は明らかな予防効果が認められるものの18月以降から研究の終了までの期間では相対的に重症マラリアが増えて、3回のみの接種では重症マラリアの全発生率には効果がないことが示唆された。
R3R群における、重症マラリアに対する研究終了までの有効性は31.5%(95%CI 9.3-48.3)であった。

重症マラリアに対するワクチンの有効性は一貫して、生後6-12週のグループよりも生後5-12月のグループで高かった。
生後6-12週のグループで、R3R群とR3C群を併せた全地域における重症マラリアに対するワクチンの有効性は、3回接種後1年間の観察期間において38.5%(95%CI 7.8-59.0)であり、R3C群における全観察期間における全体の有効性は16.0%(95%CI -14.5-38.4)であった。
R3R群における、重症マラリアに対する研究終了までの有効性は20.5%(95%CI -9.8-42.5)であった。 

その他の結果
生後5-12月のグループにおいて、R3R群とR3C群を併せた3回接種18月以上の経過観察期間で、マラリアによる入院が41.7%減少した。
R3C群では、全研究期間において、マラリアに関連する入院の有効性は12.1%(95%CI -5.0-26.4)であった。
R3R群では、全研究期間において、マラリアに関連する入院の有効性は37.2%(95%CI 23.6-48.5)であった。
生後5-12月のグループにおいて、、R3R群とR3C群を併せた3回接種18月間の経過観察期間で、全入院に対する有効性は19.1%(95%CI 8.7-28.2)であり、R3R群のみでは14.9%(95%CI 3.6-24.8)であった。
マラリアを入院の原因から除外すると、ワクチンの有効性は優位差を示さなかった。
細菌性敗血症、肺炎、マラリアの致命率はワクチン接種群とコントロール接種群ともに低く、ワクチンの有効性は論証されなかった。
参考:マラリアワクチン 第三相試験結果

費用対効果:
高度流行国における1980-1995年でのマラリアの経済的負担は740億米ドルと推計され、国のGDPにも影響を及ぼすとされる。
RTS,S/AS01ワクチンを4回接種した時の費用対効果を評価した4つのモデル解析の平均値は、1回接種に5米ドルの費用と仮定して、熱帯熱マラリア原虫の寄生率(PfPR)が10-65%の状況下では、1DALYを回避するのに必要な金額(ICER)は87米ドルであったが、寄生率が10%以下になるとICERは増加した。
参考:マラリアワクチンのアフリカにおける費用対効果

その他のマラリアの予防策とRTS,S/AS01の費用対効果を比較した1つのモデル解析では、予防介入パッケージとして検討したところ、5米ドルでのワクチン接種費用では、LLINsの使用率が60-80%の時の5歳未満の小児のマラリア罹患の減少データを用いたLLINsの使用または使用が可能な場所での季節的なマラリア予防内服(SMC)よりも費用対効果が低かった。
殺虫処理済みの蚊帳(ITNs)使用によるICER中央値は27米ドル(8.15-110)であった。
LLIN使用率が60-80%以上となれば、更に比例的に費用対効果は改善し、LLINを使用することによる費用の増額分を打ち消すことになる。
モデル解析からは、もし高い割合でLLINの使用や利用が可能な地域でSMCが実施された後にRTS,Sワクチンが導入されれば、中等度から高度のマラリア流行地域において、RTS,Sワクチンが非常に費用対効果が高く、公衆衛生上の重要な影響を示すことが示唆される。 

WHOの政策方針:
WHOはマラリアの特にサハラ砂漠以南における熱帯熱マラリアによる患者及び死亡症例の主な原因としてマラリアの重要性と、また近年のマラリアの疾病負荷が著しく減少していることにマラリアをコントロールする手段が果たす重要な役割を認識している。
しかしながら、多くの流行地域の状況では、かなりの大規模な対策にも関わらずマラリアの感染、患者、そして死亡症例が多く残っている。
予防をさらに強化する必要があり、新たな予防法が必要とされている。

この報告で検討されたRTSS/AS01ワクチンは大規模な第三相試験で評価を受けて規制当局の検討で前向きな結果を受けた。
しかしながら、このワクチンを広く使用するために導入することを勧める評価をするためには解決すべき不確かなことがある。 
非常に重要な問題は、第三相試験で生後5-17月の乳幼児に実施された予防効果が、特に新たな予防接種の規定で4回の接種を必要とするかどうかの観点から、どの程度通常の医療制度の環境で再現できるかどうかである。
WHOはそのため、さらに広い国のレベルで導入を検討する前に、いくつかの知見の差に対して、このワクチンの試験的導入における更なる評価を推奨する。

第三相試験による有効性の評価に基づき、WHOはRTS,Sワクチンの生後6-12週での使用は有効性が低いため推奨しない。

第三相試験では致命率が非常に低かったため十分に評価することができなかった致命率の男女差や第三相試験で認めた髄膜炎や脳マラリアの超過症例がこのワクチンの接種に付随しているかどうかなど、どの程度このワクチンを接種することが全ての原因による死亡に影響を与えるのかを含め、試験的導入の中でその他の疑問を解決する必要がある。

WHOは、マラリアの流行が中等度から高い状況にある、サハラ砂漠以南で疫学的状況の異なる3-5の地方で、この試験的導入にあたりRTS,S/AS01ワクチンの4回接種を行うことを推奨する
この試験的導入は、LLINsの使用や迅速診断検査(RDT)やアルテミシニン併用療法(RCT)へのアクセス、SMCなど、既に効果が実証されているマラリア予防対策を継続しつつ実施すべきである。
加えて試験的導入のための環境の選択として、髄膜炎菌予防接種プログラムと関連した場所で、Hib、肺炎球菌ワクチンが使用されていることを考慮する。

試験的導入では十分な数の対象者を有し、厳格な評価が可能な十分な期間経過観察する必要がある。
初回の3回接種は4週間以上の間隔を置いて実施し、追加接種は3回目の接種から15-18月後に行う。
最初の接種はできるだけ生後5月から遅れないように実施して、3回の接種は生後9月までに完了すべきである。 

 

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