テニスとランとデジカメと

私の趣味3点+その他の紹介です。
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赤坂離宮・迎賓館 特別参観 

2012年07月31日 | 散歩
 迎賓館の特別参観のお知らせがあり、応募したら参観はがきが届いた。
どうやら毎年一日しか参観日がないようで、今日の日がその参観日である。
朝から真夏の炎天下、10時の開始時間にできるだけ合わせ、比較的涼しい時間に参観しようと出向いた。

 迎賓館は、外国の元首や首相などの賓客に対して、宿泊その他の接遇を行うために設けられた国の施設で、
明治42年(1909)に東宮御所(後に赤坂離宮となる)として建設されたもの。日本における唯一のネオ・バロック様式の西洋風宮殿建築である。
 戦後は国立国会図書館として使用された時期もあり、私も学生時代に何度かこの図書館に通った経験がある。
その時は正面玄関から入れて中央の階段(現在は赤い絨毯が敷かれている)を2階に出入りしていた。
改装前で古びていたが、さすがに重厚で気品を感じさせる佇まいだったように記憶している。


迎賓館前の通りから


正門・塀


西門から入場


すぐ荷物検査があり、バッチをもらって入る


参観 案内図

<迎賓館 外観参観>


本館入口


迎賓館全体
ネオバロック様式の壮麗な洋風建築で、緑青の屋根、花崗岩の外壁、各種の装飾類などが調和のとれた美しさをかもし出している。


前庭から正門をながめる


正門玄関
正面中央にはバルコニーのついた玄関がある。緑青の屋根には日本の甲冑を形どった装飾が左右対称をなし、中央部には菊の紋章が飾られている。


屋根 天球儀と霊鳥という独特の飾り


本館内部への入り口へ

<迎賓館 内部参観>
(内部は撮影禁止だったので、内閣府サイトの写真を借用した)
各部屋の説明は参観パンフレットより引用。


彩鸞の間
10枚の鏡が部屋を広く見せており、明るく気品が感じられる。
晩餐会の招待客が国・ 公賓に謁見したり、条約・協定の調印式や国・公賓とのテレビインタビュー等に使用されている。


花鳥の間
重厚でやや暗い感じがする。
名は天井に描かれた36枚の油絵や、欄間に張られた錦綴織、壁面に飾られた30枚の楕円形の七宝などに花や鳥が描かれていることに由来。明治期の七宝焼の天才・涛川惣助が焼いたもの。
この部屋は、主に国・公賓主催の公式晩餐会が催される大食堂である。


中央階段・大ホール
2階大ホールから見下ろすと中央階段の床に赤じゅうたんが敷かれている。


朝日の間
天井に描かれた「朝日を背にして女神が香車を走らせている姿」の絵に由来する。周囲の16本の円柱はノルウェー産の大理石で、色といい形といいこれはみごと。
この部屋は国・公賓用のサロンとして使われ、ここで表敬訪問や首脳会談等の行事が行われている。


羽衣の間
謡曲の「羽衣」の景趣を描いた300平米の曲面画法による大絵画が、天井に描かれていることに由来。3基のシャンデリアは迎賓館で最も豪華なものだそうだ。正面の中2階はオーケストラ・ボックスとなっており、かつて、この部屋が舞踏会場として設計されたことが偲ばれる。この部屋は、雨天の際に歓迎行事を行ったり、レセプションや会議場等として使用されている。

<迎賓館 裏庭・噴水参観>



裏庭に行く


迎賓館の裏手に大きな噴水がある


松越しに噴水を望む


裏から見た迎賓館


噴水を背にした迎賓館


鮮やかな赤いサルビアと噴水


噴水
私が国立国会図書館の時に出入りしていたおりに、見た噴水がこれだと、記憶がよみがえった。大変懐かしい。


グリフィンの像が水を噴いている


植木が並べられていた


裏側を一回りして出たところ

12時過ぎに参観を終え退場した。
内部は鮮やかに蘇り絢爛豪華な印象をもった。かつてウィーンのシェーンブルン宮殿を訪れたが、その時と同じくらい目の保養を得た気分であった。
35度を超える真夏日、そうそうに自宅へ戻ることにした。

信州 諏訪湖・諏訪大社

2012年07月27日 | 旅行
 信州の旅、3日目。
最終日は余裕をもった行程を心がけようと、諏訪湖近辺から
まず初めての諏訪湖遊覧・次に妻の買い物に付き合いSUWAガラスの里へ・そして諏訪といったら諏訪大社ということで、
参詣して旅を締めくくった。

<諏訪湖>


諏訪湖一周遊覧船に乗る
子供の頃に遠足に行った時のような気分かな? 湖面に流れる風が心地よかった。


上諏訪温泉街を望む


美ヶ原(左)と霧ヶ峰(右)を望む


8月の諏訪湖湖上花火大会の花火台が用意されていた
毎年8月15日に行われている県下最大の花火大会だそうだ。また8月いっぱい毎日15分間花火が打ち上げられるという。
いつか花火を見物がてら来てみたいものだ。

<SUWAガラスの里>
ガラスショップと北澤美術館 新館が併設されている。


SUWAガラスの里


世界最大のクリスタルボール
光が反射して神秘的な色彩を見せる


国内最大級のガラスショップ
多種多彩な工芸品・雑貨を扱っており、見るだけでも楽しい感じがする。広さと品数の豊富さにはびっくり。


雑貨やアクセサリーや


大人に人気の酒器など


ランプコーナーも


<諏訪大社本宮>
諏訪の御柱祭りで有名な神社。雨や風、水の守り神として龍神信仰の厚い神社である。
諏訪神社は日本各地にあるが、まさにその本社が諏訪大社。国内にある最も古い神社の一つとされている。
上社(2社)と下社(2社)の4社からなり、上社(本宮、前宮)は、諏訪湖の南部に位置している。


諏訪大社北参道


案内図


北参道の大鳥居


手水舎(左手)・天流水舎(右)・布橋(右奥)


一之御柱
御柱は本宮に4柱、他に前宮・春宮・秋宮それぞれ4柱あり、諏訪大社全体で16柱になる。


神楽殿の大太鼓
一枚皮からなる太鼓では日本一だそうだ。


神楽殿(右)・五間廊(左)


二之御柱
左側のは樹齢1000年の大欅(けやき)


入口御門(中央)、こちらが正式の正面だそうだ。 右隣に二之御柱がみえる


入口御門と奥に布橋


布橋からのながめ 
長谷寺の回廊のような尊厳を感じる


布橋を過ぎ拝殿にかかるところ


拝殿


拝殿前にある穀(かじ)の木
諏訪大社のシンボルで神紋に使われている由緒ある木。平安時代の醍醐天皇の頃(約1000年前)に伝わったとされている。


拝殿(拝所と幣拝殿)


勅願殿


絵馬
お舟祭(右)の絵馬は数が少なかった


諏訪大社参拝のあと、近くで昼食 12時20分


山佐屋(左)、天せいろ
そばもおいしく、特にてんぷらが揚げたてでからっとして美味かった。

諏訪ICから中央高速に乗り、自宅に帰る。


途中の「八ヶ岳PA」


八ヶ岳の写真を撮る

中央高速は順調だったが、首都高がかなり渋滞し、自宅に着いたのは6時過ぎだった。
3日目は余裕をもった行程だったので、渋滞しても明るいうちに帰宅できた。
そのため疲れもそれほどしんどくは感じない。
旅行の最終日は余裕を持った行程に限るようだ。





信州 駒ヶ根千畳敷 絶景を歩く

2012年07月26日 | 旅行

 信州の旅2日目。
戸倉上山田温泉を8時出発。更埴ICから長野自動車道・中央自動車道で駒ヶ根ICで降りる。
ほどなく菅の台バスセンターに着く。駒ヶ根千畳敷へは一般車両の乗り入れが禁止になっており、ここから駒ヶ岳ロープウェイしらび平駅へバスに乗り換え40分。ロープウェイで千畳敷駅まで7分。
ロープウェイ千畳敷駅に着くと、目の前に駒ヶ根千畳敷の絶景が広がっていた。これには妻も感動していた様子。
ここから約1時間弱の八丁坂分岐点を経由する散策路を雪渓を踏みしめ、高山植物を愛でながらゆっくり歩く。
今日は梅雨明け一週間が過ぎ、すばらしい好天に恵まれた。このような好天の絶景はなかなか見る機会が少ないようだ。
千畳敷の高山植物も可憐な花を咲かせていた。次回はぜひ秋の紅葉の頃に来てみたいと思う。


菅の台バスセンターからバスに乗る 10時20分


駒ヶ岳ロープウェイしらび平駅から千畳敷まであっという間


後ろを見ると、天竜川をはさんで南アルプスが望めた


駒ヶ根千畳敷駅に到着
駅舎の上はホテル千畳敷になっている


宝剣岳(2931m)が目に前に


宝剣岳を主峰に、これが駒ヶ根千畳敷カールだ!
千畳敷カールの一周約45分の散策コースが見える。今回はここを歩く。


駒ヶ岳神社
ここからが散策コースの出発点 11時40分


散策路わきには高山植物が点在している


宝剣岳の下の雪渓上を歩く


宝剣岳の切り立った岩盤が印象的だ


八丁坂分岐点付近の雪渓


雪渓を下る


印象的なお花畑


すこしガスがかかってきた


急にガスが晴れ、飛行機雲が宝剣岳にかかるのを眺める


雪渓を下る途中で、一休み


剣ケ池に到着 12時40分
ここで持ってきたパンで軽く昼食をとる。


千畳敷カールの大看板のある撮影スポット


剣ケ池の広場


ここからは登り坂


宝剣岳てっぺんをアップ

散策路一周終了!


駅舎のうらから南アルプスを眺めながら、しばし休憩 13時40分


ロープウェイで下る際の一瞬を撮る


ロープウェイの下に複数の滝が連なる

ロープウェイを降り、バスでもと来た菅の台バスセンターに戻り、マイカーで諏訪に向かう。
駒ヶ根IC=諏訪IC=諏訪湖SAに着く 16時15分


諏訪湖SA


諏訪湖を望む

今夜は上諏訪温泉のRAKO華乃井ホテルに泊まる。
夕食の中華バイキングは、20品目の中から注文すると作るので、出来立てで座席に運んでくる。
味も申し分なくたくさん食べても飽きない味だった。またリピートしたいと思った。


<千畳敷カールの花々>
今日この日に咲いていた高山植物11種を写真に収めた。


ミヤマキンバイ


ヤマハハコ


ミヤマキンバイ


シナノキンバイ


ミヤマクロユリ


クモマスミレ


ショウジョウバカマ


チングルマ


コイワカガミ


ミヤマシシウド


アオノツガザクラ

信州 上田・千曲 万葉ドライブ

2012年07月25日 | 旅行
                  (上田・千曲ドライブマップ)

 夏の信州へ2泊3日の夫婦二人のドライブ。
7時30分に松戸を出発、三郷南ICから高速に乗り、上田菅平ICで降り、
1日目は上田市・千曲市をドライブし、主に万葉故地を巡った。

上田菅平ICを降りしばらくすると到着。11時30分頃。

<蚕養国神社(こがいのくにじんじゃ)>
(上田市中央北3丁目2478-2)
上田市の蚕糸業界の尊祟神として建立された大星神社の摂社。


大星神社


大星神社の摂社である蚕養国神社(左)と万葉歌碑(右)
養蚕に関係する歌ということで取り上げられたようだ。
足乳ねの 母がそれ養(か)ふ 桑(くはこ)すら 願(ねが)へば衣(きぬ)に 着(け)すといふものを (巻7-1357)
    →万葉アルバムへ

<上塩尻神社>
(上田市上塩尻1296)
村落の山道を登ったところに、あまり人が来ないのか、石畳に雑草が生えたまま放置されていた。


上塩尻の家並み


狭い道を登って行くと・・・


小高い山懐に神社が見えてくる、社殿左手の祠の中に歌碑がある。
江戸時代の建立で、万葉仮名の小さな文字で刻まれている。


祠の中の万葉歌碑
この歌の作者がこのあたりの防人だとみられる。
唐衣 裾に取り付き 泣く子らを 置きてぞ来のや 母なしにして 信濃国防人部領使国造小県郡他田舎人大島 巻20-4401
    →万葉アルバムへ

<会地早雄神社(おうちはやおじんじゃ)>
(坂城町南条31)
鼠宿の上田方面の端にある神社。本殿は背後の巨岩に埋め込まれるように建っていること古来からの自然崇拝的な信仰があったようだ。


会地早雄神社
手前右手の小屋根の中に歌碑がある


万葉歌碑
万葉歌碑は当地出身の滝沢公庵により天保年間に建立されたものという古いものである。
ちはやふる 神(かみ)の御坂(みさか)に 幣(ぬさ)奉(まつ)り 斎(いは)ふ命(いのち)は 母父(おもちち)がため (巻20-4402)
    →万葉アルバムへ


神社裏手の奇石

<鼠橋>


千曲川にかかる鼠橋から上田方面


千曲方面


<住吉公園>
(千曲市上山田温泉4-32)
上山田温泉街に入る手前の住宅街の一角にある公園。


住吉公園


万葉歌碑
春の苑(その) 紅(くれなゐ)にほふ 桃(もも)の花 下照(したで)る道に 出で立つ少女(をとめ) (巻19-4139)
    →万葉アルバムへ
住吉(すみのえ)の 岸を田に墾(は)り 蒔(ま)きし稲(いね) さて刈るまでに 逢はぬ君かも (巻10-2244)
    →万葉アルバムへ


昼食
戸倉駅近くの蕎麦料理処「萱」で、天ぷらつき冷やしそばを食す。さらしなの里が近くにあるせいか、そばはさすがにうまい。


<倉科地区へ>


倉科地区は「日本一のあんずの里」と呼ばれている。
倉科の地は千曲市の中でも大変古くから栄えた郷で、万葉集の東歌に倉科の地を詠んだ歌(詠み人知らず)が伝えられている。


大日堂園地(倉科91)
この地にゆかりのあるいろんな時代の歌人の歌碑が点在している。


万葉歌碑
人皆の 言(こと)は絶ゆとも 埴科(はにしな)の 石井(いしゐ)の手児(てご)が 言(こと)な絶えそね (巻14-3398)
    →万葉アルバムへ


大日堂
初代松代藩主真田信之の娘、見樹院の建立。

倉科公民館(倉科1412)
ここに大日堂園地にある万葉歌碑と同じ歌の歌碑がある。


万葉歌碑
人皆の 言(こと)は絶ゆとも 埴科(はにしな)の 石井(いしゐ)の手児(てご)が 言(こと)な絶えそね (巻14-3398)
    →万葉アルバムへ

<千曲市役所戸倉支所>


千曲市役所戸倉支所(千曲市戸倉2388)


戸倉支所脇の歩道場に花にちなむ万葉歌碑が4基置かれている。
一般の歩道脇になにげなく歌碑が置かれているのも、地元の歌心が感じられ良いものだ。


万葉歌碑のひとつ
    →万葉アルバムへ


大正橋を渡る、三峯山が見える


大正橋欄干


佐良志奈神社
佐良志奈神社の正確な創建年代は不詳だが、433年頃といわれている。一説には仁徳天皇の皇子、允恭(いんぎょう)天皇が命じて建てさせたともいわれている。社殿の名称は明治の町村合併に際し、「更級(さらしな)村」の名を許される根拠となった。


<千曲川萬葉公園>
干曲川に架かる万葉橋のたもとに広がる萬葉公園には、古く万葉の時代から現代に至るまでの信濃を題材とした27の歌碑が建っている。一茶や虚子をはじめとした代表的歌人の歌碑は直筆で刻まれている。
    →万葉歌碑マップ探訪へ


万葉橋


萬葉公園<南側>


奥の東屋と歌碑群


万葉歌碑(犬養孝 書)
中麻奈に 浮き居る舟の 漕ぎ出なば 逢ふことかたし 今日にしあらずは (巻14-3401)
    →万葉アルバムへ


萬葉公園<北側>


万葉歌碑(犬養孝 書)
信濃なる 千曲の川の 細石も 君し踏みてば 玉と拾はむ (巻14-3400)
    →万葉アルバムへ


千曲川の歌の碑
ボタンを押すと五木ひろしの歌が流れる。千曲川の風景を眺めながら夫婦で口ずさんでしまった。

この日は戸倉上山田温泉のホテル圓山荘に泊まる。


翌朝、千曲川の河原で体操する若者たち
川幅が広く静かな川面で、豊かな水量が感じられないくらい静かな流れだ。

テニス 夏模様

2012年07月09日 | テニス
 5日(木)は木曜勉強会の初めての大会。
まだ梅雨真っ盛りなので、多少日は陰っていても湿度が高く蒸し暑い。
熱中症にならないように、水分を小まめに取り、プレーした。
16名が参加し、各ダブルスを5ゲームづつこなした。
12時から3時間かけたので、休み休みだったが、蒸し暑さには閉口した。
15時に事務所2階で成績発表し、景品を授与。
今回は優勝のほか、ラッキー賞に重点をおいた。
優勝は3勝あげた4人がジャンケンをしてKさんに決まり。
ラッキー賞はくじ引きをして3つとも女性が持ち帰った。

 9日(月)、梅雨の合間だが、からっと晴れ渡り、思いのほか過ごしやすい。
いつものメンバーがけがもなく、病気もなく集まり、元気にプレーした。
空には白い雲がいくつか浮かび、綿帽子のようにみえる。
まだ入道雲にならないので、夏本番は未だだが、もうそこに来ているようだ。

モーツァルトCDの風景17:ロココ美術の画家たち

2012年07月03日 | モーツァルト
 ロココ美術は、18世紀ルイ15世統治下のフランスを中心に、欧州各地を席巻した優美な装飾様式。「ロカイユ(貝殻装飾)」が語源で、曲線を多用した装飾性の高い形体、明瞭かつ軽快な色彩、優雅でありながら甘美性も備わる表現、雅宴画と呼ばれる独自の絵画様式などが特徴として挙げられる。また神話的主題や統治者の栄光を称える作品が典型例であるも、肖像画、風俗画、静物画などでもロココ独特の様式美が示されている。
 モーツァルトの音楽はロココ美術の世界と重なるものを持っている。


プーシェ<田園の情景>

<モーツァルト:歌劇「羊飼の王様」(全曲)K.208 サッカ(T),マレイ(S) アーノンクール指揮/ウィーン・コンツェントス・ムジクス (TELDEC 4509-98419-2 輸入盤)>
歌劇「羊飼の王様」は十九歳の作品。マリア・テレジアの末の皇子がザルツブルクを訪問した際、歓迎の出し物として作曲された。


プーシュ<エウロペの掠奪>

<モーツァルト:交響曲第40番K.550・第41番<ジュピター>K.551 アバド指揮/ロンドン交響楽団 (Composers GCP-1002)>
「ジェピター交響曲」はモーツァルト最後の交響曲。モーツァルトが長生きしてもこの作品を越えることはできなかったであろうといわれている。


ド・トロワ<狩りの昼食>(1737年頃)
ロココ萌芽期の画家。装飾的で演劇性に富んだ画面展開と、光輝性を帯びた独特の色彩描写で貴族好みの絵画作品を制作。

<モーツァルト:セレナードNo.7<ハフナー>K.250・セレナードNo.6<セレナータ・ノットルナ>K.239 コープマン指揮/アムステルダム・バロック・オーケストラ (ERATO 0630-13737-2 輸入盤)>
「ハフナー・セレナード」はハフナー家の婚礼の前夜、夏の庭園で演奏された素敵な曲。ヴァイオリンのソロも楽しい。
「セレナータ・ノットルナ」は二つの小オーケストラの掛け合いが面白い。


ルーベンス<愛の庭 -当世風社交-> 1635年頃

<モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」(ハイライト)・歌劇「ドン・ジョバンニ」(ハイライト) クレンペラー指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、クレンペラー指揮/ニューフィルハーモニア管弦楽団 (F.MINC.TC-007)>


ランクレ(1690-1743)<遊んでいる子供>

<モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番K.467・第27番K.595・セレナードNo.13「アイネ・クライネ」K.525 グルダ(P)、スワロフスキー指揮/ウィーン・フォルクスオパー管弦楽団 (PREISER RECORDS 90021 輸入盤)>
「ピアノ協奏曲 第21番」は第二楽章の絶妙な美しさで知られる名作。名演が多く選択に迷う。
「ピアノ協奏曲 第27番」は夕映えのような愛らしい傑作、「春のあこがれ」コンチェルト。


ヴァトー<シャンゼリゼ(エリュシオンの園)> 1716-1717年頃

<モーツァルト:セレナード第13番K.525・第8番K.286・第6番K.239 ホグウッド指揮/エンシェント室内管弦楽団 (L'OISEAU-LYRE F35-21020)>
セレナード No.13「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」K.525は誰でも知っている曲。
セレナード No.8<ノットゥルノ>K.286は四つの小オーケストラの掛け合いで、こだまのように響き交わすという特異な位置を占める作品。第1楽章はアンダンテのゆったりとした旋律。
セレナード No.6<セレナータ・ノットルナ>は二つの小オーケストラの掛け合いが面白い。


ヴァトー<シテール島の巡礼> 1717年
ロココはヴァトーから始まる。彼の絵は優雅な中に哀愁があり、まだ17世紀風ではある。

<モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番K.466・第21番K.467 ゼルキン(P),アバド指揮/ロンドン交響楽団 (Composers GCP-1029)>
「ピアノ協奏曲第20番」は有名な傑作。ドラマティックな第一楽章が特にすばらしい。
「ピアノ協奏曲第21番」は第二楽章の絶妙な美しさで知られる名作。名演が多く選択に迷う。

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