テニスとランとデジカメと

私の趣味3点+その他の紹介です。
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松戸 祖光院の彼岸花

2015年09月22日 | 散歩
 松戸テニス倶楽部近くにある租光院。
院内の樹林地に彼岸花の赤いじゅうたんが拡がっている。
同寺の檀家が一九九三年、九千九百平方メートルの樹林地を整備し、球根を植えたのが始まりだそうだ。
赤色の他に白や黄色、薄いピンクの花も見られ、彩りを添えている。
新聞記事にも取り上げられ、年々見物客が多く見られるようになってきた。
寺院の裏に臨時駐車場もあり、マイカーで見に来るのに、ちょうど良いところだ。
今日は、多少花は終りかけていたが、木立の合間から陽射しを浴びて、
いつもとは違う表情を見たような気がした。






鎌倉文学館から長谷寺へ

2015年09月16日 | 散歩

JR鎌倉駅から鎌倉文学館から長谷寺を歩いて巡る旅。
今日は一日曇り空模様、雨が降らないことを願いつつ。
松戸駅 8時20分


JR鎌倉駅 9時50分着


御成通り
鎌倉駅の西口から、由比ケ浜通りに向かって伸びる商店街。
通りのある一帯が「御成町」で、「大正天皇が鎌倉の御用邸(現在の御成小学校があった場所)にいらした=お成りになった」ことが由来だとも言われている。
味わい深い建物が点在している通りでもある。


街灯につけられた「家紋旗」が立ってゐる。
鎌倉にゆかりのある源頼朝にちなみ、鎌倉幕府にかかわりの深い武将の名前と家紋が書かれている。


江ノ電線路を渡る


江ノ電「大町」旧駅
プラットホームがあり、そこにベンチが置かれていた。休憩場所に最適。


フクちゃん号バスが走る
横山隆一だったか、鎌倉ゆかりの漫画家か。


六地蔵
踏切を渡り200m余り行くと六地蔵の交差点があり、右手角に6体の石地蔵が祀られている。鎌倉時代この近くに刑場があり、そこで処刑された罪人の霊を弔うために祀ったもの。


由比ガ浜通にあるかっての銀行か
BANKという文字と、由比ガ浜出張所という看板の跡がみえる。


鎌倉彫の寸松堂
寺院風の建物と、城郭風の建物が合体したような建物

 六地蔵から由比ガ浜通りを500m西へ行き右へ細い通りに入る


吉屋信子記念館
ここは作家 吉屋信子が晩年の10年間過ごしたところだそうだ。


 右折すると鎌倉文学館が遠方にみえてくる

<鎌倉文学館>
鎌倉には大正末期から多くの作家が住んだ。そんな作家たちの写真・原稿・書簡・書籍などの資料が沢山収蔵し、万葉集以来の古典文学と共に常時展示されている。
 建物は、元加賀藩主前田侯爵が昭和11年に別邸として建てたものを鎌倉市に寄贈され、昭和60年に文学館として開館したもの。南庭にあるバラ園が素晴らしい。


入口(チケット売り場)
うっそうとして奥が深そう。


玄関近くの文学館


玄関
元加賀藩主前田侯爵の東京駒場の別邸と同じような玄関の作りのようだ。


展示室1


展示室2


展示室3
常設の展示室をじっくり見て回る。


2階テラスからの眺め
由比ヶ浜が一望できる、ベンチもあり小休止。

 館内を出て、庭園にまわる。


庭園からみた文学館
なかなか美しい建物だ。参観者も少なく、気持ちが良いところだ。


バラ園ごしの文学館
バラは少ししか咲いていなかったが、風情は残っていた。


彼岸花
真白ばかりは珍しいかも。


外灯1(源実朝)
大海の磯のもとどろに寄する波割れて砕けて裂けて散るかも (金槐和歌集)
鎌倉幕府は北条が実験を握り実朝はお飾りだった。そんなおりに彼がこの国を去り、新世界または中国の藩王(日本国王)の称号を得るということは必然と考え、実際浄土が浜(由比ヶ浜だったかも)に大船を作らせている。大きすぎと北条の妨害でダメになったとか。


外灯2(万葉集)
歌文はこれから行く甘縄神明社の歌碑と同じなので、そこで説明。

 鎌倉文学館から由比ガ浜通に出るところに食事処をみつけた。
「茜屋」という民家を利用した和カフェ。


入口


釜揚げしらすとカリカリ梅の竹篭ご飯
なかなか味もしっかりして美味しかった。


長谷子ども会館
明治41年の建築。関東大震災にも耐え、鎌倉に残る明治期の建物としては貴重なもので、国の有形文化財として登録されている。
今は子供たちが自由に遊べる子ども会館になっているが、一般の見学は出来ない。

 道なりに西へ進み、突き当りを右に折れるとすぐに神明社がある。

<甘縄神明社>
 社伝によると、和銅3年(710)土地の豪族染屋時忠が創建したと伝える古い神社。祭神は天照大神で、伊勢神宮の別宮であったとも言われている。
 源氏との関わりも深く、頼朝・政子・実朝も度々参詣していたという。長い石段を登った本殿前からは由比ガ浜辺りが望まれる。


石段の上が拝殿、左手に万葉歌碑


万葉歌碑
鎌倉の 見越の崎の 岩くえの 君が悔ゆべき 心は持たじ   巻14-3365 東歌

歌の意味は、鎌倉の見越の崎の岩が崩れるように、あなたが後悔するようなそんな心を私は持ちません(心変わりはしません)、ということだが、何故ここに建てられたのだろうか。



長谷寺交差点
長谷寺は名所だけあって、さすがに人通りが多い。

<長谷寺>
 正式名称は、海光山慈照院長谷寺という浄土宗系のお寺。長谷観音の名で親しまれており、坂東三十三カ所観音霊場の第四番札所となっている。
 本尊は十一面観音菩薩像で、像高は9.18m。木彫りの仏像としてはわが国最大級のもの。観音山の麓から中腹にかけての境内には、本堂をはじめ、阿弥陀堂、地蔵堂、大黒堂、弁天堂などの堂宇が並ぶほか、四季の花が目を楽しませてくれる。


長谷寺全景


山門脇の椨(タブ)の木
なぜか長谷寺には、このタブノキがあちこちに多く植えられている。


山門


子地蔵と彼岸花


本堂


見晴らし台からの眺め
材木座海岸(左手)から由比ヶ浜海岸(右手)まで一望できる


絵馬





弁天窟

 長谷寺参詣を終え、帰りは江ノ電で。徒歩わずか。


江ノ電「長谷駅」

JR鎌倉駅に出て、松戸へ帰る。
幸い座席が開いていて、どうにか座ることができた。
多少、強行軍のところがあったが、予定通りコースをこなすことができ、満足!



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