goo blog サービス終了のお知らせ 

世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

メドゥサ

2013-12-19 10:02:57 | 詩集・空の切り絵

長い時を待っても
だれも本当のことを言ってくれないので
わたし自らが話すことにしました

わたしは 人を
石にしたことはありません
蛇のように恐ろしい
怪物ではありません

ただ 普通の人間の女で
美しかったというだけだったのです
それだけで人は わたしを見ると驚いて
こんな女はいやだと言って
石をぶつけて みんなでわたしを殺したのです

人が 恐れたのは
わたしではなく
わたしを殺した罪の影です
それが蛇のように
暗闇から這い出てくるような気がして
人はわたしを 伝説の中で
洞窟の中に住む怪物にして
ペルセウスに殺させ
安心しようとしたのでした

わたしは なにも
悪いことをした覚えはありません
ただ 少し
人より美しかっただけなのです



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベテルギウス

2013-12-19 04:45:16 | 画集・エデンの小鳥
ベテルギウス
2013年




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ペルセウス

2013-12-18 08:47:07 | 詩集・空の切り絵

男の
女に対する欲望は激しい
それは
セックスによって得られる喜びが
女よりもずっと強いからだ

男の
肉体的な性の喜びは
激しく強い
それは時に
男を支配してしまうほどだ

だが
女が得られる喜びは
それほどではない
もし セックスによって
女も強い喜びを得られるなら
女は男から
あれほど逃げたりはしない

女は 男が怖いので
いつも逃げる
男は 逃げる女をつかまえるために
あらゆることをする
時には命さえかける

男は淫らということばを
女にくっつけたがるがね
本当は男の方が
よっぽど淫らなのだ

すべては
性欲のためにやっているからだよ



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

月の船

2013-12-18 05:02:45 | 詩集・試練の天使

白い月の船が
下りてきていると
聞いたので
わたしはそれに乗るために
遠いところを旅して来た

話しに寄れば
船に乗るのには
乗車券も なにもいらないそうだ
ただ 乗りたいとだけ
言えばいいと言う

わたしは
にわかには信じられなかったが
乗れるものなら乗りたいと
やってきたのだ

白い月の船は
何げない どこにでもありそうな
郊外のゆるやかな丘の上にあった
だが わたしは
遠目にそれを見たとたん
呆然となった

船は それに乗りに来た
多くの獣たちによって
壊され 汚され
もはや 空にも海にも
乗り出せないほど
壊れ果てていたからだ

なんと
みな
白い月の船が
あまりに美しかったので
こんなものは嘘にちがいないと
励みに励んで
もっぱら船を壊すことだけに
生きていたのだった

わたしは
悲しみに打ちしおれた
たとえ 船がまだ
乗りなさいと言っても
もはやだれも
乗ることはできない

わたしは
白い月の船に
一礼をすると
その丘に背を向けて
歩きだした

自分で船を作るしかない

わたしは
背中に浴びる月船の光が
作る自分の影を見ながら
帰途についたのだった



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヘレネー

2013-12-17 08:53:53 | 詩集・空の切り絵

最初にアテナが来たが
パリスはその知性と力に驚いて
彼女を殺してしまった

次にアフロディテがやって来て
彼に美しい薔薇を与えたが
パリスはそれを馬鹿にして
彼女とともに海に捨ててしまった

最後にとうとう
アルテミスがやってきて
パリスに言った

アポロンはダフネーを追いかけて去った
待っていても来はしない

おまえには ヘレネーのような
きつい女がお似合いだ

二度と 愛の園に
帰って来るでない



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奏楽の天使

2013-12-17 05:13:09 | 虹のコレクション・本館
No,37
メロッツォ・ダ・フォルリ、「奏楽の天使」、15世紀イタリア、初期ルネサンス。

これは美しい天使の絵である。過去にもとりあげたことがあるが、コレクションに加えないわけにはいかない。

明るい色彩は天国の香りを思わせる。邪心のない瞳が美しい。これは、人間存在が、天使に対して思い描く一般的イメージを抽出したものだ。純真で、善良で、まぶしいほど美しく、かわいらしい。

わたしもこの絵はたいそうよいと思う。実に美しい。
だが、こういうのが天使だと思うと、大きく間違うぞ。甘い。

われわれは、もっと大人のきびしい顔をしている。人間にとっては、親の親の親のようなものだ。
男ばかりだ。

こういう女性のようなかわいらしい顔をした天使は、ごくごくごく、まれだ。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

福音

2013-12-16 08:52:57 | 詩集・空の切り絵

この世界はすべて
主たる神のものとなった
主はとこしえに統治される
主をほめたたえよ
ハレルヤ!
    (黙示録11,25)

一日おのれに克ちて礼に復れば、天下仁に帰す。仁をなすはおのれに由る。而して人に由らんや。
    (論語・顔淵)

わかりましたか、それが本当の幸いです。自分が、自分であること。すべてはみな、最初から持っていたのです。何もかもは、すでに与えられていたのです。少女よ。伝えなさい。苦しみの中にも、人々に伝えなさい。人々は今まで、双子のように自分を裂いて生きてきた。そして、本当の自分ではない自分をずっと生きてきた。それゆえに、あまりにも生きることが苦しかった。あらゆる不幸はここから起こったのです。けれどももう、あなたは、あなたになった。たったひとりの、あなたになった。少女よ、この世界には愛以外のものは存在しない。すべては、素晴らしい愛の存在のみであり、真実の幸福はその中にこそあると、伝えなさい。
   (月の世の物語・余編、「私」)

やあ、やっと会えたね。わたしが、ずっとそばにいたことに、気がついていたかい?
    (ばらの“み”)

     ***

ほんとうの福音が
とうとうやってくる

宝石にちりばめられた
法王の服を脱ぎ
一枚の粗末な麻の衣だけをまとって
広場に集まって来い

民衆を支配する
金の玉座を下り
たった一足のサンダルのみを
足の下にして
広場に集まって来い

偽りの富につながれた
牛のくびきから己を解き放ち
真の自由の風の中を泳いで
広場に集まって来い

嘲弄の武器を捨て
命をもてあそぶ前線から撤退し
徒手空拳のみを従えて
広場に集まって来い

歌い 踊り 喜べ
主が永遠に統治する世界とは
己自身が統べる己のことだったのだ

本当の福音がとうとうやってくる

それが解脱だ



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エラスムス

2013-12-16 04:37:02 | 虹のコレクション・本館
No,36
ハンス・ホルバイン(子)、「エラスムス」、16世紀ドイツ、北方ルネサンス。

北方ルネサンスの絵は好きだ。陰る光の中で編まれる静謐な雰囲気がよい。貴族趣味に流れない職人的な生真面目さがよい。

この絵は、本物の人間、真人間を描いた、数少ない絵の一つである。

顔を見れば、すばらしい男だとわかる。シーシキンのように、女性の助けも必要としない。むしろそれが邪魔になる。実際、エラスムスは女性に対して苦い思いを抱いていたようだ。たぶん、孔子同様の痛い経験があったのだろう。
彼のような清廉な男には、邪心を持った女が近寄ってきやすい。

人間には、こういう男もいるのだ。

カッコだけの馬鹿な男をかっこよく描いた肖像画が多い中で、これを見ると、人間にもまだすばらしい男がいると、ほっとする。

画家は、この男を非常に尊敬しているようだ。清い男のまなざしを真っ直ぐに描いている。

男性の肖像画としては、白眉に数え上げられるだろう。





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ダイアナ

2013-12-15 08:55:28 | 詩集・空の切り絵

わたしは
三つの宝石を持って
生まれてきていました

ひとつめの宝石は
あまりに働きすぎたので
流産してしまいました

それで ふたつめの宝石を
小さなレースの袋に入れて
あなたがたにさしあげたのですが
それは あなたがたが
海に捨ててしまいました

それで とうとう
みっつめの宝石を
開けたのです

そうすると
音もなく
空が割れて
神が
竜のように
流れ落ちて来たのです

りっぱなものが
ばかになり
すてきなものが
くずになる

あがめていた
生のテーマが
うそになる

太陽が来ると思っていたのに
月が 来たから



コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

放蕩息子

2013-12-15 05:55:22 | 虹のコレクション・本館
No,35
ヒエロニムス・ボス、「放蕩息子」、16世紀ネーデルランド、初期ネーデルランド絵画。

これも個性が際立った画家である。取り上げざるを得ないね。見たら忘れられない絵だ。

放蕩息子をテーマにした絵は結構あるが、これ以上パンチ力のある絵はほかにない。

このファンタジーは、男の馬鹿さ加減を、これでもかと見せつける。

実際、男の人生と言うものは、ファンタジーのようなものだ。大きな夢を見て、でかいことをしようと、馬鹿をやるが、一時的な勢いでかなりなことにはなるものの、すぐにしぼんで、何もかもなくなる。

そういう人生を送る男は多い。

結局は、田舎で真面目に働いている、家族の元へ、恥を忍んで帰ってゆく。

まあ、ゆっくりと味わいたまえ。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする