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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ティルチェレ物語 15

2013-10-27 05:02:33 | 薔薇のオルゴール
 あとがき

 これは、天然システムと人間の自然なかかわり方を、彼女なりに表現しようとした、物語である。
 物語に出てくる妖精ファンタンは、月の世の世界における精霊にあたる。自然界の霊だが、非常に人間に好意的な存在である。村人もファンタンを信じ、大切にしている。

 かのじょは物語を通じて、人間と自然界の、自然な愛の結び方を、考えたかったのだ。

 かのじょがこの物語を書けば、それは美しい言葉で、細やかに書いたろうが、わたしが書くとこうなる。少しはおもしろかったかね。

 なお、彼女は、物語の陰の主役である妖精ファンタンの名前には、考慮を要するとしていた。ケルトやゲルマンの神話などを調べて、もっとそれらしい名前をつけたかったようだが、それができないうちに、こういうことになったので、第一段階で考えていた仮の名を採用した。

 ファンタン、という名は、どことなくフランス語的に気取っているが、それなりにかわいいと思う。





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ティルチェレ物語 14

2013-10-26 05:04:35 | 薔薇のオルゴール
13 ツユクサ色の手紙

 ファンタンが帰って来てから、果樹園のりんごが太り始めた。湖の魚も臭くなくなった。村人たちはしばらく、お守りを持たず、コーヒーやお茶にどんぐりが入っているのを見つけるたびに、歓声をあげた。
 森も次第にきれいになった。クリステラの病気も治り、元の祠の管理小屋に戻った。

 グスタフは、教会でヨーミス君とアメットさんとお茶を飲みながら話をしていた。本当によかったねえ、とみんなで喜んだ。そうして、自分のお茶に口をつけようとした時、中にどんぐりが入っているのを見つけて、グスタフは、びっくりした。

 嬉しい気持ちを抱いて、教会を出るヨーミス君とアメットさん。ふたりはしばらく並んで村の道を歩いた。アメットさんは、ヨーミス君が好きなようだ。並んで歩いていると、とても幸せそうだ。ヨーミス君もまんざらではない。

 そうやって、二人が並んで歩きながら、道が、森の隅の野原に差しかかったときだ。ふと、野原に、たくさんのツユクサが咲き乱れているのを見つけた。ヨーミス君はびっくりした。確か、来るときには咲いてはいなかった。それに、ツユクサが咲くには、まだ季節が早すぎる。

「ファンタンのお礼よ、きっと」とアメットさんが言った。ヨーミス君は嬉しくなって、青いツユクサの咲き乱れる野原に飛びこんでいった。空から、おとうさんとおかあさんが、自分を見つけて、見てくれているような気がした。

 ツユクサの中に立ちながら、ヨーミス君は空に向かい、力いっぱい叫んだ。

「おとうさん、おかあさん、ぼくは元気です。がんばっています!!」

(おわり)





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ティルチェレ物語 13

2013-10-25 04:26:26 | 薔薇のオルゴール
12 どんぐりの雨

 ヨーミス君とノーラさんは、ティルチェレ村行きの列車に乗っていた。ヨーミス君はうなだれている。実は、あのビル登りの騒ぎのあと、ヨーミス君は警察につかまって、こってりとしぼられたのだ。次の日に、身元引受人として、ノーラさんが警察に来てくれた。それでヨーミス君は解放されて、村に戻る途中なのだが、町を騒がせてしまったことを、とても反省していた。

 結局は馬鹿なことをやっただけで、ファンタンのために何もできなかったと思うと、涙が出て来た。そんなヨーミス君を見て、ノーラさんが言った。
「そんなにしょげないで。あなたがみんなのために、がんばってくれたのは、わかっているから」
 そう言われると、少し気持ちが明るくなってきたヨーミス君である。村の人の暖かさを思うと、自分は幸せだなと思った。両親もいない、身よりもいない自分を、こんなにも大切に思ってくれるのだ。

 帰ったら、ファンタンを助けるために、また新しい方法を考えよう、とヨーミス君は思った。そして、列車がティルチェレ駅についた。列車から駅に降りた時、ヨーミス君はこの村に初めて来た時のことを思い出した。不安でいっぱいだった。ひとりで淋しかった。でも空を見て、思った。いつか、ツユクサ色の屋根の家を建てよう。おとうさんとおかあさんがいる空から見える、青い屋根の家を。そう思ってあの時、ヨーミス君は明るく笑い、郵便局に向かったのだ。

 そうして、ヨーミス君が、ノーラさんと一緒に、駅舎を出た時だ。ふと、涼しくて気持ちのいい風が吹いてきたかと思うと、雨のように、どんぐりが降ってきた。ヨーミス君はびっくりした。ノーラさんもびっくりした。駅の前の広場に、ぱらぱらと、たくさんの金色のどんぐりが降ってきたのだ。ヨーミス君は叫んだ。

「ファンタンが、帰ってきた!!」

 (つづく)



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ティルチェレ物語 12

2013-10-24 03:25:58 | 薔薇のオルゴール
11 トッケ君の憂鬱

 ビル・トッケ君は、ため息をついていた。手には、「残念ながら不採用」というある会社からの手紙が握られていた。トッケ君はまた就職に失敗したのだ。

 前の会社をやめてから、もう何年もたつ。親類の雑貨店を手伝って、少しはバイト料をもらっているけれど、どこかの会社に就職しなきゃ、お嫁さんももらえない。一緒に住んでいる両親はいつも、早く就職しろとせっつくし、妹には、無職のさぼり野郎と、毎日のようにからかわれる。

 就職情報誌を7冊も買いこんで読みながら、今日も汗をかきつつ、うなっているトッケ君なのだ。そんなトッケ君が、仕事探しにもちょっと疲れて、何気なくテレビをつけたときだ。テレビからさわがしいアナウンサーの声が聞こえてきた。画面には、ビルに登っているヘンな男の映像が映っている。

「なんだ、バカな野郎がいるもんだな」とトッケ君は言いながらも、テレビを見つめた。アナウンサーは、ビル登りの男がばらまいたビラの説明をしていた。

「変なビラですねえ。妖精を助けるために、ベックの本に四角を書けと書いてあるのですよ」
「ベックというと、あの最新作が大変売れていますね」
「外国でも有名な作家です」

 テレビからの声に、トッケ君はふと心をひかれた。
「ふうん、四角ねえ」
 トッケ君は、妹がベックの大ファンなのを思い出した。たしか新作も、本屋に予約して買っていたはずだ。トッケ君は、何となく、いつも自分をからかう妹に復讐してみたくなって、妹の留守の部屋に忍び込んだ。そして、件のベックの新刊本を取り出し、最後のページにペンで四角を書いてみたのである。

 そのときだった。トッケくんはいきなり本からあつい風が吹いてくるのを感じた。あっという間もなく、何か大きなものが自分の顔にぶつかって、トッケ君はもんどりうって床に倒れ、気を失った。

 しばらくしてトッケ君は目を覚ましたが、そのとき、自分の周りにたくさんどんぐりが落ちているのに気付いた。トッケ君には何が何やらわからなかった。

 あるビルメンテナンスの会社に就職が決まり、トッケ君が大喜びしたのは、それから十日後のことだったそうだ。

(つづく)



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ティルチェレ物語 11

2013-10-23 04:08:36 | 薔薇のオルゴール
10 ヨーミス君の得意技

 アメットさんは、ファンタンを助ける方法を書いたビラを作り、学校の印刷機で大量に印刷した。コムと子どもたちが、そのビラを村中に配った。村人たちは首をかしげながらも、自分の持っている本に四角い窓を書いた。だがファンタンは出てこない。

 ヨーミス君は決意した。これができるのは、ぼくしかいない。ファンタンを助けるために、やってみよう。ヨーミス君は大きなリュックに詰められるだけビラを詰めた。そして駅から列車に乗って、都会に向かった。

 都会の町に降り立ったヨーミス君は、ビルを探した。人通りの多い道に面した、適当なビルを。そうとも、ヨーミス君の得意技は、ビル登り。5階建てくらいなら、楽に登れる。でも、できるならもっと高い、目立つビルがいい。ヨーミス君は町を探して、ある10階建てのビルを見つけた。自分が登れる高さより、はるかに高い。けれど、これくらい登らなければ、ファンタンを助けられないような気がしていた。ヨーミス君は挑戦した。

 5階までは、楽に上れた。けれども6階と半分くらいになると、さすがに疲れはじめた。腕がしびれてきた。だがヨーミス君はあきらめない。ビルを上り続ける。
 下の方では、ビルを上るヨーミス君を見つけて、人が集まり始めた。7階を過ぎると、一度手が滑って落ちそうになった。だが何とか体勢を取り戻して、ヨーミス君は登り続ける。

 下の騒ぎが大きくなった。近くのテレビ局から中継車が飛んできた。ヨーミス君のビル登りのニュースは、村にまで届けられた。テレビを見たノーラさんがびっくりしていた。

 そして、ようやく10階まで登ったヨーミス君は、リュックにしかけたヒモをひっぱった。するとリュックが開いて、中に詰めたビラが散らばった。

「ファンタンを助けてください!」と書いたビラは、町中に広がった。

 (つづく)



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ティルチェレ物語 10

2013-10-22 04:36:08 | 薔薇のオルゴール
9 本の暗号

 グスタフは、ヨーミス君とアメット先生のところに、自分が買ったベックの本を持って行って、自分が見つけた奇妙な発見のことを教えた。なんと、本の中の文字が、虫のように動くと言うのだ。言われてよく見ると、並んでいる文字のなかで、一ページか二ページの間に一文字ずつという割合で、虫のように震える文字がある。

 アメット先生は、その震える文字を丁寧に見つけていって、それを並べてみた。するとその文字が、一つのメッセージになっているのを発見した。
 そのメッセージはこう言っていたのだ。

「ふぁんたん ほんに とじこめられた たすけて でられない」

 ヨーミス君は驚いた。なんと、ファンタンはベックの本の物語の中に閉じ込められてしまったのだ。

「どうしたら出られるの?」とヨーミス君は本に尋ねてみた。そうしたら今度は、文字が青く光り始めた。アメットさんがその文字を並べてみた。

「さいごのページに しかくいまどを かいて でられる」

 そこでヨーミス君は、その本の最後のページに、ペンで四角い窓を書いてみた。けれどもファンタンは出てこない。コムが言った。
「きっと、百万部の本の中の、たった一冊なんだよ。どれかに閉じ込められているんだよ」

 みんなは頭をかかえた。どうすればいいだろう。国中に売られたたくさんの本の中から、たった一冊の本を見つけるだなんて。
 みんなは頭を寄せ合って、必死に考えた。

 その頃、村の役場では村長さんが、ベックに電話をしていた。本が出てから、ファンタンが村からいなくなったと。そうしたらベックは言ったそうだ。
「何を言ってるんですか。妖精なんて、物語の中だけの存在でしょう」

 なんてことだ、と村長さんは言った。クリステラが悪魔だと言ったわけが、わかったように思った。いい人だと思ったのに、あんなに面白い話を書いたのに、本当はファンタンを信じていないなんて。あのいたずらでかわいくてやさしい、ファンタンを、嘘だというなんて。

 村長さんはあまりのことに、涙を落とした。ファンタンは、妖精を信じる心のない人たちによって、実在しないものとして、架空の世界に吸い込まれてしまったのだ。

 (つづく)



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ティルチェレ物語 9

2013-10-21 04:58:53 | 薔薇のオルゴール
8 クリステラの思い出

 ヨーミス君とアメット先生と子どもたちは、ファンタンを探す。グスタフも途中から参加する。椎の木の森を、ファンタンを呼んで探し回る。村人もファンタンを探した。だがファンタンは見つからない。
 ファンタンがいなくなって、初めて、村人たちはファンタンが本当にいたことをはっきりと自覚した。風がさびしい。あの見えないけど暖かい気配がどこにもない。村人たちは悲しくなった。
 椎の木の森が汚れはじめた。ファンタンの祠目当てで森に来た観光客が、森を荒らし始めたのだ。きれいな花があちこちで根こそぎとられてしまう。森は踏み荒らされて、草が枯れ始めた。森で一番大きな椎の木の、大枝が折られた。落ちたドングリを変な虫が食い始めた。

 クリステラは、ティペンスさんの病院で眠っていた。意識がとぎれがちな日々がつづく。ティペンスさんは町の病院に移ることを進めたが、クリステラは村を離れたがらない。ファンタンを取り戻してと、うわ言のように言う。ティペンスさんは、そんなクリステラを大切に看病した。

 実は、若い頃、ティペンスさんとクリステラは、恋人だったことがあったのだ。けれどもクリステラは、両親が亡くなって独りぼっちになったとき、都会の親戚を頼って村を出て行った。都会での暮らしは、とてもつらかったらしい。クリステラは、ほんとうにつらい目にあって、一時期は、女の人にとって、一番つらい仕事をしていたことがあるらしい。ティペンスさんは風の便りに聞いて知っていた。若い頃、臆病で、彼女を助けられなかったことを、後悔していた。

 ある日、クリステラが目を覚ました時、ティペンスさんは思い切って、クリステラに長年の思いを告げた。今も好きだと言った。そうすると、クリステラは、ティペンスさんの話を聞いているのかいないのか、思い出話をした。

「ずっとひとりぼっちだったの。誰も助けてくれなかったから、いろんな仕事をしたの。つらかった。恨み言ばっかり言って、いいことなんか何もなかったの。都会の暮らしがほとほといやになって、もう死のうと思って、ティルチェレ行きの列車に乗ったのよ。そしてね、駅について、駅を出た時だった。…どんぐりが、降ってきたの。まるで、雨みたいに、たくさん。ぱらぱら、降ってきたの。びっくりしたわ。ファンタンは、わたしを忘れていなかったの。覚えていてくれたの。わたし、うれしかった。親に会えたよりも、ずっとうれしかった。…だからわたし、後の人生を、ファンタンのために使おうと思ったの」

 ティペンスさんは優しい目で、クリステラを見つめた。

 その頃、教会では、グスタフが、奇妙な発見をしていた。

 (つづく)



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ティルチェレ物語 8

2013-10-20 04:16:10 | 薔薇のオルゴール
7 ファンタンが消えた

 翌年の春に、ファンタンのことを書いた、ベックの最新作の本が出た。村長は大喜び。本を大量に買いこんで村人に配った。人気作家の書いた話だけにおもしろい。本は瞬く間に売れた。ファンタンの名前は国中に知られることになった。

 ヨーミス君も読んだが、なんだかあまりおもしろくなかった。話の中のファンタンは、ヨーミス君が感じているファンタンと全然違ったからだ。ファンタンはもっとやさしい。こんなにいたずらばっかりする、小悪魔みたいなものじゃない。

 本の影響で、村に来る観光客が多くなった。けれども、その秋くらいから、変なことが起こり始めた。

 果樹園のりんごが、ちっとも大きくならない。湖からとれる魚が、急に臭くなって食べられなくなった。今まで、湖からとれる魚は、澄んだ森の匂いがして、とてもおいしかったのに、なんだか腐ったようなにおいがする魚ばかりになってしまって、湖の漁で暮らしている村人が困った。もちろん果樹園のエシカさんもとっても困っていた。

 クリステラが倒れたのは、そんな騒ぎのさなかのことだ。グスタフが、いつものようにクリステラの小屋をたずねていくと、クリステラが死んだように青くなって床に倒れていた。グスタフは大慌てで、クリステラを背負って医者のティペンスさんのところに運んだ。

 それから間もなく、村人はようやく気づいた。クリステラのお守りの期限が過ぎても、どんぐりがお茶に入らないのだ。ヨーミス君の自転車にも、ファンタンはどんぐりをぶつけない。お守りの期限がすぎたら、てきめんに、ファンタンのいたずらが起こったのに。

 ティペンスさんの病院に入院したクリステラが言った。
「あのうそつきのせいよ。あいつのせいで、ファンタンがいなくなったのよ」

 ほんとうにそうだった。ファンタンがいなかった。村を覆う空が暗い。山から吹く風が冷たい。花が咲くのが少なくなった。果樹園の林檎の木が一本、枯れ始めた。湖の魚がどんどん臭くなってくる。

 村人たちは青くなった。


(つづく)

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ティルチェレ物語 7

2013-10-19 04:29:29 | 薔薇のオルゴール
6 人気作家登場

 ヨーミス君が村に住むようになってから、一年が過ぎた。その中で、ヨーミス君にも、仲のよい友達ができた。牧師のグスタフと、小学校のアメット先生、そしてガキ大将のコムである。グスタフは、身よりのないヨーミス君を、いつも心配していろいろと世話してくれた。アメットさんは、一度助けてあげてから、ヨーミス君に、ちょっと好意をよせてくれてるみたいだ。コムとは男同士の友情を結んだ。

 親切で個性的な村の人たちと、友だちに囲まれて、ヨーミス君はとても幸せだった。時々、お守りの期限を忘れて、取り換えるのを忘れていると、待っていたかのように、ファンタンからのドングリ攻撃を受けたが、それがヨーミス君にとって、一番幸せなことのように思えた。ファンタンはいつも、自分を見てくれていると、そんな気がするからだ。クリステラのところにお守りをもらいにいくとき、ヨーミス君はお返しにいつも花束を持っていく。そうすると、クリステラはとても喜ぶ。そんなヨーミス君を、とても優しい子だと、みんながほめてくれる。郵便局長のノーラさんは、ファンタンがあなたを気に入るわけがわかったわという。するとヨーミス君は、顔を赤らめて、照れる。

 そんなある日のことである。村にビッグニュースが走った。湖岸の別荘を、有名作家のヴィダル・ベックが買ったというのである。しかも近日中に来るというのである。村人はびっくりした。ベックはファンタジー作家として国際的な有名作家なのだ。そんな人が来るなんて、村で初めてのことだ。

 ベックが村に来るときは、村長さんが駅に出迎えるほどの大騒ぎになった。後で聞いてみると、村長さんは、別荘地のパンフレットに、ファンタンの話を盛り込んだのだそうだ。するとファンタジー作家のベックがファンタンに興味を持ち、別荘を買ってくれたのである。夏の間を村の別荘で過ごし、その間ファンタンのことを調べて、一冊の本を書きたいと言うのだ。村長は大喜びだった。人気有名作家が、ファンタンの話を書いてくれれば、観光客がたくさん村に来てくれる。

 大勢の村人は、ベックの来訪に好意的だったが、ただクリステラだけはちがった。ベックがファンタンの祠を見に来た時、クリステラは「この悪魔!」と叫んでドングリをぶつけた。村長はクリステラを押さえて、ベックに謝った。ベックは気にしないと言ったが、クリステラの癇癪はとまらなかった。

「なぜあのうそつきの正体がわからないのよ。あんな人が来たら、大変なことになるわよ!」

 クリステラは叫んだが、だれもかのじょの話を聞かなかった。ベックは、村人にいろいろとファンタンの話を聞いて、夏の間に、早々と一冊の本を書きあげた。

(つづく)



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ティルチェレ物語 6

2013-10-18 04:54:37 | 薔薇のオルゴール
5 村長さんとお医者さん

 ある日ヨーミス君は、ティルチェレ村の村長さんの所に、書留を届けに言った。すると、村長さんはちょうど友人とお茶を飲んでいたところだと言って、ヨーミス君をお茶に誘った。村の風習で、仕事の途中でも、お茶に誘われたら、一杯は飲まなければならないことになっていることを、ヨーミス君はもう知っていたので、快くお茶をいただくことにした。

 中に案内されると、前に会ったことのある村の医師のティペンスさんがいた。ヨーミス君はティペンスさんに挨拶すると、だされたお茶を用心しながら飲んだ。首には、クリステラさんからもらったお守りを下げている。それを見て、ティペンスさんはからかった。

「用心しなくても、彼女のお守りはてきめんだよ。僕も昔は毎日のようにどんぐりを飲まされたが、彼女が小屋に住みこんで、ファンタンの世話をするようになってから、ファンタンのいたずらもだいぶ少なくなったよ」
「あの人は、だいぶ前からあそこに住んでいるんですか?」
「うん、10年ほど前からかな。若い頃に村から出て、都会で働いていたんだが、なんだかつらいことがあったそうで、ひとりで村に戻ってきたんだよ。もう実家はなかったからね、ファンタンの世話小屋に住みついて、ずっとファンタンの世話をしているんだよ」

 ティペンスさんやタッペル村長の話はとてもおもしろくて、ヨーミス君はつい話に聞き入ってしまった。特にタッペルさんは、湖の岸辺に作った、別荘地の構想について、熱っぽく語った。

「ここは山や森や湖がきれいだからねえ。観光客を増やしたいんだ。すると村に勢いが出てくるからねえ。村の産業ときたら、果樹と、豆と、湖でとれる魚と、そんなもんだ。暮らしは悪くないがね、貧乏な人がいる。観光地として売って、なんとか働き口を増やしたいねえ」

 タッペル村長は、湖岸に別荘を何軒か作って、売り出しているのだそうだが、まだ一つも売れていないのだそうだった。それで、村で一番頭のいいティペンスさんと話し合って、お茶を飲みながらいろいろと策を練っていたのだそうである。それでヨーミス君にも、何かおもしろい案はないかと、たずねる村長であった。

 ヨーミス君は何も思い浮かばなかったが、ティルチェレ村に来て、一番おもしろかったのは、ファンタンと出会ったことだったと言った。ファンタンときたら、ヨーミス君がお守りを首にかけるのを忘れると、必ずヨーミス君にどんぐりをぶつけてくるのだ。姿も見えないのに、ファンタンがいることが気配でわかるときがあって、ヨーミス君は、なんだかとてもうれしい気持ちがするという。怖くなんかない。何だか、いたずらをするけれど、とってもやさしい見えない人が、そばにいるという感じがして、気持ちがいいんだそうだ。身よりのないヨーミス君にとっては、ファンタンが家族のように思えるときもある。

 ティペンスさんが言った。
「ほう、おもしろいね。よそから来た人で、ファンタンのことがそんなにわかる人は、いないよ」
「そうですか」
「ああ、わたしたちは、子どもの頃からのつきあいだから、ファンタンのことは、いろいろ知ってるけどね」

 ティペンスさんは、ファンタンについてのいろいろな話を教えてくれた。昔、中世の時代、国に戦争があって、村が外国の兵隊に襲われそうになったとき、ファンタンが敵の首領のお茶にとびっきり大きいドングリを入れて、その首領がドングリを喉に詰まらせて死んでしまったので、村が助かったという話もあるそうだ。

 そんな話をしているうちに、タッペル村長が、はたと手を打った。
「そうだ、いいことを思いついたぞ」
 だが村長は何を思いついたのかは、二人に言わなかった。

 ヨーミス君はお茶を飲み終えると、村長さんの家を出て、仕事に戻った。

(つづく)



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