昔々、あるところに、タップという、とてもとても、ひどいいたずらっ子がいました。
どれだけいたずらっ子かというと、
おとうさんの上等の釣竿で猫の鼻をひっかけようとしたり、
ばんごはんのサラダに芋虫を山ほどいれたり、
時計屋のお嬢さんのスカートをめくったり、
それはもう、ひどいいたずらっ子なのでした。
ある日のばんごはん時、タップがあんまり世間にめいわくをかけるので、おとうさんが、タップにいいました。
「タップ、そんなにいたずらばかりしてると、今に壺ばあさんにさらわれてしまうぞ」
「つぼばあさんてなに?」
タップは大好きなばんごはんのソーセージをほおばりながらききました。すると今度はおかあさんがいいました。
「町はずれのザクロ山に住んでる魔女のおばあさんのことよ。そのおばあさんはいつも壺を持っててね、いたずらっ子を見つけたら壺に放り込んでさらってしまうの。壺ばあさんはね、いたずらっこの肝をとって、お酢につけて食べるのが好きなのよ」
「なんだ、そんなのうそにきまってら!」
タップはまた大人がおどかしているんだと思って、まるで信じません。おかあさんはためいきをつきました。
「タップ、人のいうことをきかないでばかりいると、今にひどい目にあうから」
さてその夜、タップは夜遅くまでおきていました。壺ばあさんがほんとうにいるのかどうか、確かめてやろうと思ったのです。だから、早くねなさいというおかあさんのいうことをきかないで、ベッドの上でぽりぽりお菓子を食べていました。もし壺ばあさんがあらわれようものなら、一撃かましてやろうと、大きなパチンコも枕の下にちゃんと用意していました。
さてさて、夜もふけてきました。さすがに眠くなったタップが、窓の外に向かって大あくびをすると、ふと、空の月がくらりと動いたような気がしました。
パシッ
庭の木が悲鳴のような声をあげたので、夜なべの縫い物しごとをしていたおかあさんは、ふと目をあげました。
何だか急に不安になったおかあさんは屋根裏のタップの部屋にかけあがりました。
見ると、タップの寝ていたはずのベッドはからっぽ。開いた窓からふく風に、カーテンがゆれているばかり。どこからかかすかにお酢の匂いがします。
「ああどうしよう! とうとうつれていかれたんだわ!」
おかあさんは外に飛び出しました。
道に出ると、待ち構えていたように、お向かいの靴屋のポランさんがいました。
「おくさん、おくさん、夜なべ仕事をしていたら、あやしい酢の匂いがしたんで出てきたんだ。壺ばあさんにさらわれたのは、おたくのタップかい?」
「あああ、どうしましょう、うちの子がいないんです!」
「やっぱりねえ、いつかやられるんじゃないかと思っていたんだが。さあこうしてはいられないよ。はやくザクロ山においかけていかなければ。壺ばあさんはおそろしいやつだが、子どものしたいたずらを、親がかわりに謝れば許してくれるんだよ。でも夜明けまでに、全部のいたずらをあやまらなければいけないがね」
「わかりましたわ。行ってきます!」
おかあさんは、すぐにザクロ山に向かって走り始めました。
曲がりくねったザクロ山への道を、おかあさんは走り続けました。暗い夜道を、月だけが照らしてくれます。やがて、行く手に、灰色の、へんな形の扉が見えてきました。
見ると真鍮の看板がかかっていて、壺ばあさんのしるしの壺の模様がかかれています。おかあさんは迷わずかけよると、どんどんと扉をたたきました。
「壺ばあさん、壺ばあさん! うちのタップをかえしてください!」
すると、生木をぎりぎりねじあげるような、とても耳障りな声がかえってきました。
「夜遅くまで起きているような子は、酢漬けにして喰っちまうのがいちばんさ」
おかあさんは扉の前にひざまずいて、あやまりました。
「ごめんなさい、もうしませんから許してください!」
すると壺ばあさんはまた言いました。
「釣竿で猫の鼻をひっかけるような子は、酢漬けにして喰っちまうのが、世の中のためさ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
こうして、おかあさんは、タップのしたいたずらを、タップのかわりにあやまりつづけました。でも、タップのやらかしたいたずらの、なんとまあ多いことでしょう。タップは、おかあさんの全然知らないことまで、たあくさん、やらかしていました。
「時計屋のおじょうさんのスカートをめくるような子は……」
「大工のおやじの弁当にカエルを入れるような子は……」
「母親のいっちょうらのスカーフでガキ大将の旗をつくるような子は……」
とくに、壺ばあさんが、教会にしのびこんで、マリアさまのおかおにひげをかくような子は……と言い出したときには、おかあさんはそのまま気絶してしまうかと思いました。
こうして、壺ばあさんの、タップのいたずらを言い立てる声は、よっぴて続きました。おかあさんは一晩中、喉がかれるまで、あやまりつづけました。
やがて、東の空がしらじらとあけはじめるころ、壺ばあさんが重くいいました。
「こんなに親に苦労をかける子など、酢漬けにして喰っちまうのが上等だよ」
おかあさんは、もうへとへとに疲れて、すぐにはこえが出ませんでした。ふと、まったく壺ばあさんのいうとおりだと、思いました。こんなに苦労をするくらいなら、いっそ子どもなんて、壺ばあさんに食べてもらったほうがいいかしら……。
でも、おかあさんは、涙をふりしぼって、かすれた声で言いました。
「だ、だけど、わたしの、たいせつな、たったひとりの、子なんです。どうか、どうか許してください……」
すると、あたまの上を、びょうおお、と生暖かい風が吹きました。壺ばあさんの声が、遠くなりながら聞こえました。
「やあれ、子が子なら親も親だね!」
いきなり、扉がばたんと開いたかと思うと、タップが、泣き叫びながら、おかあさんの胸の中にとびこんできました。
「おかあさん、ごめんなさい、ごめんなさいよお!」
「まあまあ、タップったら、なんてひどい匂い!」
おかあさんも、泣きながらタップを抱きしめました。タップは、全身お酢でびっしょり濡れていました。なんせ一晩中、きゅうりやたまねぎといっしょにお酢の中に漬け込まれていたのですから。
さて、気がつくと、タップとおかあさんは、いつの間にか、ザクロ山でなく、わが家の戸口の前に立っていました。
まあ、あれは夢だったのかしら? ふたりは顔を見合わせました。さあどうでしょう。わかりません。でもこれだけは確かです。それからひと月の間というもの、どんなに洗っても、タップの体から、お酢とたまねぎの匂いがけっして消えなかったのです。
タップも少しはこりたかしら? みなさんも、いたずらばかりして、おかあさんをこまらせていると、壺ばあさんにさらわれちゃいますよ!
(おわり)
(2005年前後、読み聞かせボランティア活動において、パネルシアターに使用した創作童話)