モリモリキッズ

信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

信州の秋の味覚 時候坊:新信州郷土料理(妻女山里山通信)

2009-09-30 | 男の料理・グルメ
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 この季節を心待ちにしている信州人はたくさんいるでしょう。信州の天然の秋の味覚といえば、やはりキノコ。その中でも天然もののキノコの代表格が時候坊です。本来はジコウボウですが、転訛してジコボウといいます。いわゆる花猪口(ハナイグチ)です。わが家の山にもたくさん出ます。留山ですが。

 しかし、今年は9月に雨がほとんど降らなかったため、山には時候坊の気配さえありません。鏡台山の中腹の唐松林にも一本もありませんでした。そこで、某日標高1000m以上の森へ時候坊狩りにでかけました。といっても雨が降っていないのは同じ事。そこで、地形図を見て朝晩には霧の巻きそうな湿り気のある森を探して突入。もちろん月の輪熊の生息域なので熊鈴をつけます。登山道からも外れているんで、辺りには人の気配は全くありません。キノコの場所を知られないようにとつけない人もいるようですが、命と引き替えにするほどもものでもありません。

 やはり雨がないせいか、なかなか見つかりません。出るときには、そこいらじゅう道上にまで時候坊で埋め尽くされ、採りきれないほど生えるのですが…。それでも、やっとの思いで見つけたのが写真のものです。甘~い香りがします。滑りがあって枯葉などのゴミが付着するのでさっと湯がいてきれいにします。他にアミタケも採れました。やはり、天然のキノコはひと味もふた味も違います。時候坊のパスタもいけます。

 手打ちうどんでキノコほうとうにして、秋の味覚を堪能しました。ひと雨あったので、これから次々と出るでしょう。イグチ科のキノコは、毒キノコは少ないのですが、それでもドクヤマドリなど毒キノコはありますし、ニガイグチのように毒ではなくても間違って煮ものに入れると苦くて料理がだいなしになるキノコもあります(昔、経験済み)。毎年中毒事故が出ています。俗説や図鑑だけに頼るのは非常に危険です。シロシメジと間違えてドクツルタケを食べてしまった例さえあります。クリタケそっくりなニガウリタケも死亡例があります。クサウラベニタケの中毒は、ベテランでも間違えることがあります。決して興味本位できのこ狩りに行かないようにお願いします。

★新信州郷土料理は、MORI MORI RECIPE(モリモリ レシピ)をご覧ください。時候坊料理のレシピやブナハリタケ、マスタケなどのレシピもあります!

★鏡台山のトレッキングを、フォトドキュメントの手法で綴るトレッキング・フォトレポート【MORI MORI KIDS(低山トレッキング・フォトレポート)】にアップしました。3ページ目にはアサギマダラ特集もあります。どうぞご覧ください。
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浅葱斑と再び邂逅した鏡台山(妻女山里山通信)

2009-09-29 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 渡りをする蝶で有名な浅葱斑ですが、今回はちょっと感動ものの体験をしました。シシウドに吸蜜するアサギマダラを撮影していたのですが、吸蜜に夢中なのか接近しても全く動じません。そんなわけで、今回はなんと3センチまで寄って撮影できました。

 撮影が済んでカメラを降ろして、今度は肉眼でジッと観察しました。一心不乱に吸蜜しています。すると周りに自分たちも吸おうと小さな羽虫などが集まってきます。たくさん来ると、突然アサギマダラは、翅を羽ばたかせて彼らを追い払います。そして、また吸蜜に夢中になります。しかし、めげずに小さな虫たちも再び寄ってきます。咲いているシシウドはたくさんあるのですが、ここに集まるのは、花が盛りで蜜の量と質がいいのでしょうか。

 蝶と私の距離はほんの30センチほど。ジッと見ているうちに、触っても大丈夫かもと思いました。そして、恐る恐る吸蜜に夢中のアサギマダラに人差し指で触ってみました。全く動じません。掴んだら振り払って逃げるでしょうが、触ったぐらいでは意に介さないという感じです。これには驚きました。これから南へ下る長旅を前にエネルギー補給に夢中なんでしょう。それにしても無防備で驚きました。

 アサギマダラの幼虫の食草は、イケマ・カモメヅル・キジョラン・サクラランなどのガガイモ科の植物です。いずれもアルカロイド系の毒素を含む毒草のためアサギマダラも毒化し身を守っているといわれています。そのため、襲われにくいと知っていて無防備なのでしょうか。でも、別の蝶では、撮影のために近づくと逃げられてしまうこともあったので、たまたまなのかもしれません。それにしても不思議な感動的なできごとでした。

 ちなみに浅葱斑という名は、写真でお分かりのように、浅葱色を帯びた白い班があることによるものです。ボレロを着たような胸や目にも水玉があるのがお洒落です。これも一種の迷彩色なのでしょう。アサギマダラの特集は、鏡台山のトレッキング・ルポの最後に掲載します。ぜひご覧ください。

★鏡台山のトレッキングを、フォトドキュメントの手法で綴るトレッキング・フォトレポート【MORI MORI KIDS(低山トレッキング・フォトレポート)】にアップしました。3ページ目はアサギマダラ特集。どうぞご覧ください!

★ネイチャーフォトは、【MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery】をご覧ください。キノコ、変形菌(粘菌)、コケ、花、昆虫などのスーパーマクロ写真。滝、巨樹、森の写真、特殊な技法で作るパノラマ写真など。キノコ、粘菌、秋の花、昆虫、樹木、蝶などを大量に更新しました。トレッキング・フォトルポにない写真も掲載してあります。
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姿なき威嚇・月の輪熊:鏡台山(妻女山里山通信)

2009-09-28 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 鏡台山からの帰路でのことです。昼食後、山頂を出発して北峯を通過し、笹原を抜けて百瀬口分岐への急斜面の道を下りていた時です。往路では見なかったものが登山道の直ぐ脇にありました。
 それが写真の糞です。右の笹の葉が幅5センチ強ですから、その大きさが分かると思います。銭湯の黄色い洗面器いっぱいぐらいの量です。

 間違いなく月の輪熊の糞です。往路は急登で、撮影対象を探して登山道の左右をくまなく見ながら登っていたので、見落とすはずはありません。糞はまだしたばかりで、湯気がたっていそうなくらい。山頂の往復の約1時間の間にしたのでしょう。夏に息子達と登った時に、すぐ下の百瀬口分岐の標識の杭が熊によってボロボロに囓られていました。塗料の石油の揮発性の匂いに熊が興奮するためです。この辺りは熊の通り道なのでしょう。沢山から傍陽(そえひ)や西条側に越えるルートなのかもしれません。

 無言の威嚇の原因ですが、実は往路にこのすぐ上で首に巻いていたタオルを落としてしまったのです。途中で気が付いたのですが、帰路で拾えばいいと、そのまま登りました。熊はきっとその私の汗が染みついたタオルを嗅いで、ここは自分の縄張りだと主張するためにわざわざ目立つところに糞をしたのではないでしょうか。姿なき無言の威嚇です。ひょっとしたら、これを撮影中に遠くの木陰からこちらを覗いていたかも知れません。

 大量の糞は、栗やドングリを食べたもののようです。猪も大きな糞をしますが、丸い団子がつながったような糞です。タヌキの溜糞も大量ですが、小さな団子がたくさん転がっている感じで、古い糞も交じります。ニホンカモシカの糞は、1センチ前後の黒い丸い糞です。熊は雑食なので、食べたものにより糞の色や形状は変わります。栃の実を食べると黄色い糞、柿を食べると種が混じります。また獣を食べると毛が混じっています。

 月の輪熊の行動範囲は、半径15キロぐらいはあるそうです。ということは、鏡台山の熊は妻女山あたりまで来ることもあるということです。実際、岩野駅付近や妻女山に出没したこともあります。天城山周辺では目撃例も毎年のようにあります。息子達と登った時に、鞍骨城の東のコルで熊の爪跡を発見しましたし、天城山周辺で糞は何度も目にしています。親戚のものは実際熊に遭遇しています。特に11月中旬過ぎから12月上旬にかけて、冬眠前によく来るようです。山の木の実が不足する頃なので、山里の柿が目当てのようです。

 熊の存在は、注意深く見ていると頻繁に気付きます。熊棚、爪跡、皮剥、枝落とし等々。普通は、熊鈴をつけていれば、向こうが気付けば遠ざかってくれるはずです。月の輪熊は用心深い性格ですから。但し、人を襲ったことがある熊は、鈴や人の声で逆に襲ってくることもあるとか。しかし、それは極希なことなので、やはり熊鈴はつけた方がいいのです。そうでなければ、常に相手より先に存在を察知するように五感を研ぎ澄ませて歩くことですね。また、春先の小さな子熊を連れたメスは、子熊を連れて逃げられないと判断すると、待ち伏せて突然襲ってきます。これには熊鈴も無力です。もっと遠くから聞こえるような周波数の高い熊鈴やホイッスルを携行したり、爆竹を鳴らすなどの対策が必要です。また、「猫にマタタビ、熊に石油」というように、熊は石油系の匂いに激しく誘引されます。ガソリンや灯油、ペイントの石油系溶剤、防腐剤のクレオソートなどの扱いには、細心の注意が必要です。

 でも、ニホンカモシカの場合でも、ほとんど相手の方が先にこちらを見つけています。視線を感じて見ると、そこにいたという場合がほとんどです。やはり、野生動物は鋭い。もし襲われると、その熊は射殺されなければなりません。一度人を襲った熊は必ずまた人を襲うからだそうです。無益な殺生を避けるためにも熊鈴はつけましょう。休憩中は鈴が鳴らないので笛を携行して、時々吹くといいでしょう。信州では、ホームセンターに色々な種類の熊鈴が売られています。

 鏡台山の西方は鳥獣保護区ですが、彼らの行動半径を考えると、熊にとっては決して広い区域とはいえないでしょう。開拓地もあるし、植林地も多く、それらは熊の食糧を生産しません。また、林道もかなり奥まで通っていて登山者だけでなく人の出入りも多い地域です。結構肩身の狭い思いで暮らしているのかなと思ったりもします。確かに山麓の柿をなくせば下りてこないでしょうが、その代わりの食糧が確保できなければ、やがては数が減り、絶滅の危機に瀕するでしょう。里山での熊との共生は、微妙なバランスの上に成り立っていると思います。

 なぜか熊の糞を見たら青山テルマの「そばにいるね」が頭の中で流れてきて、恐怖感よりも不思議な安堵感を感じながら山を下りたのでした。

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秋の白花ラプソディー:鏡台山(妻女山里山通信)

2009-09-27 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 秋はけっこう白い花の季節で、鏡台山を歩いていてもたくさん目にしました。白い花というのは、白い色素が含まれているわけではなく、小さな海綿状細胞が光を全部反射することにより白く見えるのです。含まれているとすれば、ポリフェノールの一種であるフラボンの、無色からクリーム色の色素。白百合の淡いクリーム色などはこれです。

 鏡台山でもっとも目立ったのは、林道脇の斜面に咲く朝露に濡れたシシウドの群落でした。シシウドは、猪独活と書きます。セリ科の植物で、似ている小さな山菜のヤマゼリ(山芹)より大きく、人は食べないけれど猪なら食べるだろうというような意味で命名されたらしいのですが、猪が聞いたら、そんなもん食わないよ、と言われそうです。実際のところ、猪が食べるという話は聞いたことがありません。

 ただ、若芽は人も食べる山菜なので、月の輪熊は食べます。基本的に熊は人が食べる山菜は、みな食べます。ひょっとしたら猪も食べるかもしれませんね。
 そんなシシウドは、昆虫たちの大のお気に入りで、夏の信州の高原では、花火のように咲いたシシウドの花に何種類もの虫たちが吸蜜しているのが見られます。(これはシシウドではなく、同じセリ科のトウキでした。婦人病の薬草です)

 林道脇にたくさん株立ちして百花繚乱の様を見せてくれていたのがシロヨメナです。秋の野菊は何種類もあって同定に苦しみます。このシロヨメナは高さが1.5mもあって、図鑑に書いてある1mぐらいまでという記述を遙かに越えています。花は直径が1.5センチと小さめ。葉は尖り葉柄はほとんどありません。色々迷って消去法でシロヨメナでいいのではと。(シロヨメナは里の花で山にはないので、ノコンギクですかね。葉に艶もないし。亜種が多そうです)
 別名をヤマシロギク、イナカギクともいいますが、ヤマシロギクは別種という図鑑もあって混乱します。とにかく秋の白菊は、シラヤマギク、ノコンギク、ユウガギク、リュウノウギク、カントウヨメナなどなど。たくさんあるのです。図鑑を見ないで全て正確に同定できる人がいたら尊敬してしまいます。

 サラシナショウマは、更級升麻ではなくて晒菜升麻と書きます。若葉を晒(さら)して食べる山菜で、根は漢方薬に用い、升麻といいます。山菜といいますが、たべたことはありません。オケラもトトキもそうですが、山菜として食べられるほど大量に群生しているのを見たことがないからです。

 タンポポ(蒲公英)の写真は、花ではなく種ですが、逆光で見るとなかなか美しい幾何学的なフォルムをしています。少年ファンタジーの永遠の名作、レイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』は、読まれたことがあるでしょうか。たんぽぽのお酒のビンを開けるといつでも12歳に戻れる…。来年の春はたんぽぽのお酒を仕込んでみようかと思いました。

 ウバユリは、姥百合と書きますが、なんだかもうらしい(可哀想な)名前です。花が咲くときに葉(歯)が無いことから姥百合という親父ギャグのような命名理由ですが、草高がなんと2mもあります。写真のものは実で、鶏卵ぐらいの大きさ。中に薄い種が重なってぎっしり入っています。晩秋にこれらがはじけて飛び散ります。色はその頃には茶色になっています。
 ところで、このウバユリは山菜として食べられるそうです。これは知りませんでした。毒草のバイケイソウと似ているので混生しているところでは要注意ですが、鏡台山なら心配ありません。

 他にも、オケラ、ゲンノショウコ、モミジガサなど、白花の狂詩曲は自由気ままに埴科の山を彩っていました。

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白菊に すがる旅路の 浅葱斑:鏡台山(妻女山里山通信)

2009-09-25 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 安藤(歌川)広重が江戸時代後期に描いた浮世絵『信濃 更科田毎月 鏡台山』で有名な鏡台山へ登りました。夏に息子達と倉科の三滝から藪こぎ三昧の沢登りをして林道芝平樽滝線にでたのですが、今回は車で大峯山裏の倉科コース登山口に車を置いての楽チン登山です。

 往路は倉科コースではなく、そのまま林道を倉科方面へ歩き、百瀬の登山口を目指します。林道歩きは46分もかかりましたが、途中シロヨメナ、ノコンギク、シシウド、ツリフネソウなど、花がたくさんあって退屈はしませんでした。

 百瀬コースは、林道芝平樽滝線から県有林の作業道に入ります。県有林の植林帯に沿って登り、船ケ入という沢にあるサワグルミの大木を通って倉科コースに入り、北峯、鏡台山へと登るルートです。千曲市の「みどりを守る会」の方々が立てた標識があり、ちゃんと地形図が読めれば迷うことはありません。ただし、2万5千分の一の地図には全ての林道が載っていないため、更に詳しいgoogleマップの最大画像で全ての林道を把握してから登るべきでしょう。林道が何本もあって分岐も多く、パニックになると必ず迷います。

 鏡台山は、姨捨山方面から見た場合のみ真ん中が窪んだ双耳峰で、鏡台に見える山です。北の篠ノ井方面からだと鏡台山は北峯に隠れて見えず、その北峯も三角に見えます。また、南側の坂城方面から見ると、北峯は見えず、鏡台山南峯がやや三角に見えます。

 明治の埴科郡誌より鏡台山の記述を抜粋しますと、
 鏡臺山は(元禄国絵図張合峰に作る小県郡張合、坂城町大洞山)は、船ケ入の南に連なりて森、坂城に跨る海抜「一千百六十七メートル」凹字状をなせるより鏡臺山の称あり南の峰頂に陸軍省の陸地測量標あり。
此の山樹木なく頂上弓状に曲出するを以て張合又は曲出(マガリダシ・倉科の称なり今は訛りてまるいだし)の称あるなり。頂上よりは遙かに富士山を望み見るを得ると云ふ。
鏡臺山は更級郡に於いて姥捨十三景の第一に数えて著名なり従て
 くもりなき月のかがみのうてな山 影ものどけき秋の中ぞら   前 左 大 臣
 秋の夜の月の鏡のうてな山 きよきひかりの名にもたつらん   沓 掛 仲 子
   (注:うてなとは萼のこと 通常は釈迦の台座の蓮華の萼のこと ここでは鏡の台座の意)
等の詠みあり されど郡中にては月の此鏡臺に懸るを望み得る地少なくして名勝とは言ひ難く 却て榊の大道山の方鏡臺状にして更級郡の冠着山に対し明月の懸かるを見る (注:なんだか名勝ではないなんて書かれています、可哀想な鏡臺山。)
鏡臺山の坂城の地積に属するものを大洞(オオホラ)と云う 大洞より山脈西に分かれ禿平、笹平を経て五里ケ峰となる
大洞より南に連なる山脈は眞美登を経て黒柏木(クロカシャギ)山となり茂呂、胡桃平を経て七曲峠となる七曲は坂城傍陽と通する経路なり 七曲より不動建、水澤を経て池ノ平に至り鳩ケ峰となりて突起し横引を経て大道山となる

 その鏡台山の帰り道、渡り蝶で有名なアサギマダラを見かけました。初めはつるに掴まっていましたが、やがてヒラヒラと優雅に舞い始め、シロヨメナの花に留まりました。後翅に黒い班がないので雌ですね。翅が傷んでいるのは長旅のためでしょうか。縄張り争いはあまり激しくないようで、この蝶もこの後、他のアサギマダラとじゃれ合いながら同じ花で吸蜜していました。

「白菊に すがる旅路の 浅葱斑」 林風
フワフワと飛んでシロヨメナにぶら下がって吸蜜する翅の傷んだアサギマダラは、なんだか長旅の疲れにやつれているように見えたんですが、やつれていたのは直前にしたばかりの巨大な熊の糞を見て凹んだ私だったのかも。

「てふてふが一匹韃靼海峡を渡っていった」という安西冬衛の詩がありますが、「春」という題なので、この蝶はアサギマダラではないですね。なんでしょう。韃靼海峡(間宮海峡)を渡っていくぞ!という春の新たな旅立ちの決意を表すような力強い詩です。しかし、イメージ的には、アサギマダラですね。でも、あんなにフワフワヒラヒラと舞うように飛ぶ小さな蝶のどこに、そんな海を渡る力が秘められているんでしょう。渡りきるまで水も餌もないのに…。初秋の信濃の静かな山中で、そんなことをふと思ったのでした。

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うけらが花の 色に出なゆめ(妻女山里山通信)

2009-09-23 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 ふたつ前の記事でも書いたオケラの花ですが、非常に珍しい桃色のオケラを見つけました。花は直径1センチぐらいとオケラの中でも小さめ。初めは色も違うのでオケラとは思いませんでしたが、魚の骨を並べたような苞葉があることでオケラと分かりました。普通は白で、色が入っても白に青い部分や桃色の部分がある程度の非常に地味な花なんですが、このように全体が桃色のものは、本当に珍しく希少価値が高いと思います。

 前記したように古語ではウケラ。転訛してオケラになったもので、昆虫の螻蛄(オケラ)とは無関係です。目立たない地味な花ですが、万葉の昔から愛され、忍ぶ恋や秘めた愛の比喩として詠われてきました。
「恋しけば 袖も振らむを 武蔵野の うけらが花の 色に出なゆめ」と万葉集に詠われていますが、それほどに武蔵野でもありふれた花だったのでしょうか。おそらく今では植物園へ行かないと見られないと思います。妻女山山塊でも群生地はなく、咲く場所を知らないと見ることはできません。
「私が恋しいのなら袖も振りましょうが、武蔵野のオケラの花の色のように、 私への想いを決して顔色にださないでください。」というような意味ですが、そうするとこのオケラの花は白でしょう。

 二番目のアズマヤマアザミですが、アザミは種類が多く同定が困難な花のひとつです。アザミという花はなく、必ずなんとかアザミとつくのですが、このアズマヤマアザミは、信濃の里山の秋を彩る代表的なアザミです。大ぶりで鮮やかな赤紫が多いアザミの中で、細身で色も渋いこのアザミは私が最も好きなアザミです。

 そのアズマヤマアザミの周囲に群生しているのがシソ科のヤマハッカ。ハッカといいますが、同じシソ科のハッカ(薄荷)に似ているというだけで、ハッカの香りがあるわけではないのです。小さく地味な花ですが、こうやってアップにしてみるとなかなか愛らしい花です。

 この季節、妻女山に咲く野菊は、ユウガギクやノコンギクが主です。ノコンギクは、淡いラベンダーの色味を帯びていますが、当地のユウガギクは白です。柚子に似た香りがあるということで柚香菊と書きますが、微妙です。総苞がノコンギクよりも短いのが特徴。と書いて、改めてマクロ写真を見ると花に冠毛が見えず、葉にも微毛がありません。ということは、これはヨメナ(嫁菜)ですね。野菊の同定は難しい。

 ハナニガナは、ニガナの変種でニガナよりも派手で目立ちます。里山から高山までよく見られます。花苦菜と書くように苦いのですが、山菜や薬草としても使われる花です。

 最後のヤマトリカブトは、猛毒。若葉は同じキンポウゲ科の山菜のニリンソウとよく似ていて、しかも隣り合わせに群生していたりするので要注意の植物です。ヨモギやモミジガサの若葉とも似ています。とにかく最強の毒草で、根や葉はもちろん、花から花粉まで全草が猛毒です。ということで、山で見かけても決して触ってはいけません。こんな危険な花ですが、日本全国どこの山地にも見られる花なのです。舞楽のときにかぶる 鳳凰の頭をかたどった兜に似ているからでしょうか、紫の花と相まって、その高い毒性とは裏腹に高貴な雰囲気を周囲に漂わせています。

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直江兼続も立ったか。天空の山城「鞍骨城」(妻女山里山通信)

2009-09-21 | 歴史・地理・雑学
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 第四次川中島合戦の時に武田別働隊の一軍が大嵐の峯から妻女山(斎場山)へ攻め込む際に通ったかもしれない鞍骨城跡へ、久しぶりに登りました。鞍骨山は、標高798m。別名に倉骨山、鞍掛山、鞍橋山、清野山などがあります。村上義清の家臣だった清野氏の山城で、上杉景勝の会津移封に伴ってこの地を去り廃城になったといわれています。道中、猛毒の山鳥兜が初秋の風に揺れていました。

 鞍骨城跡へは、妻女山展望台から登ります。駐車場奥から右の林道に入り、10~15分で東風越という峠。右へ行くと2分で謙信本陣の斎場山ですが、鞍骨城へは左の道をとります。約5分で堂平大塚古墳の標柱。この左手の平地が陣場平といい、上杉謙信が陣城を建てたと伝わる場所です。さらに10分ほど登ると林道から分かれて天城山登山口。尾根を登ること15~20分で天城山と鞍骨城分岐。巻き道を使って二本松峠へ(天城山経由でも行けます)。峠から標識に従って、三つの掘切を超えて15~20分歩くと鞍骨城の麓に着きます。目の前に高さ50mの鞍骨城跡がそびえたちます。城跡へは、左から巻くように登り、腰郭を二つクリアします。二つ目の腰郭で右手にまわり、登りきると南面にある虎口です。妻女山から鞍骨山頂までは、約90~110分ぐらいです。

 山頂は、冬枯れの時以外は眺望がありませんが、山頂から東へヤセ尾根を30mほど行くと、二カ所続けて展望が開ける狭い場所があります。天城山方面から来た場合は、山頂を越えてこのヤセ尾根展望地まで行かれることをお勧めします。眼下に川中島、妻女山、海津城の絶景が見渡せます。遠くに茶臼山と北アルプスも見えます。謙信公に想いをはせ、川中島を見渡した兼続の気分が味わえるかもしれません。また、運がよければニホンカモシカとも遇えるでしょう。運が悪ければ月の輪熊と遇えるかもしれません。

 1583年(天正十一)7月上野国から佐久郡を経て小県郡に侵入した北条氏直は、小県方面の諸士に服属を求めました。その勢の強大なのを見て、真田昌幸をはじめ祢津、望月氏など氏直に臣属を約します。
 武田氏の旧臣であった春日弾正忠は、先に上杉景勝に属して海津城将として在城していましたが、北条氏直の小県侵入により、武田氏の旧臣の多くがこれに従ったので、真田昌幸と密かに通じ、氏直を川中島方面に引入れ景勝と戦わせ、自身は海津城から氏直に呼応して景勝に叛き、氏直に勝利を導こうとしました、しかしこれは事前に発覚して、弾正忠は捕えられ殺されました。このとき景勝は氏直の川中島出陣に備えて海津城を出て清野鞍掛山(鞍骨山)の麓赤坂山(妻女山)に陣したとも伝えられています。その時に、鞍骨城には直江兼続が布陣したともいわれています。

 鞍骨城は、旧埴科郡の山城の中で最大のものです。本郭は、西辺20m、南辺17m、北辺9.7mの不整方形。西方に脇郭と副郭、さらにその西に大郭と狭長な郭があり、堀切を隔てて平坦部が続きます。本郭の南方に井戸の段郭があり、その下にまた井戸のある腰郭があります。その南方に箕状の段郭が階段式に4つ連立しています。本郭の北東には土塁があり、外側は石積みになっています。南面に比べて北面は険しく傾斜が急です。このため南面が大手とされたようです。この城は、清野氏の要害であったことは間違いありませんが、永正年中(1504-1520)清野山城守勝照の築城説については明証がありません。

 清野村誌によると、「村の北の方、字中沖にあり。往古本村領主清野氏数代之に居す。年月不詳。清野某海津に移り、該地に倉庫を建つ。此時より禽の倉屋敷と称す。天文、弘治中、清野山城守武田氏に敗られ、越後に逃走するに及び武田氏の有となり、天正十年三月武田勝頼滅び、織田信長の臣森長可の有となり、六月信長弑せされ長可西上するに至り、七月上杉景勝の所有となり、某幕下清野左衛門尉宗頼、該地に移り居住すと言う。管窺武鑑に七月四郡(埴科・更級・水内・高井)上杉景勝の有となり、清野左衛門尉を、猿ケ馬場の隣地、竜王城に移とあり。一時此処に居せしか不詳。後真田氏領分の時に至り寛永中焼亡す。後真田氏の臣高久某此域に居住し、邸地に天満宮を観請す。弘化二乙己四月村民清野氏の碑を建つ。」ということです。

 清野氏については、「清野氏と戦国時代」をお読みください。

*3枚目の写真、斎場山は手前の尾根ではなく、その向こう側の尾根にあり、山頂のみが少し見えています。

●鞍骨城跡トレッキング・ルポ
■06/12/31 妻女山から陣場平、天城山、鞍骨城往復。
■08/12/30 象山から鞍骨城、斎場山、薬師山のルポ。
■09/01/18 鷲尾城跡から鞍骨城跡、御姫山、妻女山。
■09/03/01 倉科三滝から鏡台山、御姫山、鞍骨城跡、妻女山。別働隊のルート?
■09/04/12 妻女山から陣場平、天城山、鞍骨城、妻女山。

★古城巡りは、【MORI MORI KIDS(低山トレッキング・フォトレポート)】をご覧ください。尼巌山城跡・狼煙山砦跡・県山城跡などもあります。
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秋キノコの季節到来!(妻女山里山通信)

2009-09-19 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 夏キノコが一段落して、しばらく端境期が続いたのですが、やっと北信濃の里山にも秋キノコのシーズンがやってきました。夏キノコは多雨で豊作でしたが、秋は小雨で今年は不作のようです。
 まず一番手は、なんといっても裏紅布袋占地(ウラベニホテイシメジ)。同じイッポンシメジ科の一本占地(イッポンシメジ)や草裏紅茸(クサウラベニタケ)という非常に間違えやすい毒キノコがあって、同定には要注意のキノコです。また、ウラベニホテイシメジのことをイッポンシメジという地方もあるので注意が必要です。

 傘の斑点や軸が中実であることとか見分ける方法がありますが、もうひとつ私は匂いで分かります。毒の二種には特有の匂いがあります。これを経験的に知っておくと更に確実に判別ができます。幸い今まで一度も間違えたことはありません。以前、山梨県のある村の直売所で、クサウラベニタケがウラベニホテイシメジとして売られているのを見たことがあります。図鑑などにプロも間違えるキノコと書かれていたりしますが、要注意のキノコであるといえるでしょう。

 次は桜占地(サクラシメジ)です。ほろ苦さが特徴の歯切れのいいキノコです。昔はうんざりするほど採れたのですが、当地では希少なキノコになりつつあります。早松(サマツ・バカマツタケ)、紫箒茸(ムラサキホウキタケ)なども数が減っています。

 三番目は、青犬占地(アオイヌシメジ)。アニスや桜餅に似た香りがあるキノコで食べられます。青いキノコというだけで食欲が湧きませんが、桜餅よりはアニスに近いかなという、ややケミカルな香り。酢の物、ピクルス、湯がいてデザートにとあるのですが、あえて食べたいと思うような香りと味ではありません。同じ青なら青緑の絣模様が入った藍茸(アイタケ)の方が格段に美味しいキノコです。

 四番目は、食用キノコではありませんが、きれいなので。紅茶碗茸擬(ベニチャワンタケモドキ)です。朽ち木にはえるキノコで、直径は5~20ミリぐらい。写真のものは大きいものでも6ミリぐらいでした。緑と茶色の森の中では、小さくてもとても目立つキノコです。

 最後は、キノコではなくオケラの花。花は直径1.5~2cmで、魚の骨を並べたような苞葉があります。「山で旨いはトトキ(ツリガネニンジン)にオケラ」といわれるように、若葉が食用とされます。
 古語ではウケラで、転訛してオケラになったようで、昆虫の螻蛄(オケラ)とは無関係です。万葉集にも「恋しけば 袖も振らむを 武蔵野の うけらが花の 色に出なゆめ」とうたわれています。

★ネイチャーフォトは、【MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery】をご覧ください。キノコ、変形菌(粘菌)、コケ、花、昆虫などのスーパーマクロ写真。滝、巨樹、森の写真、特殊な技法で作るパノラマ写真など。キノコ、粘菌、秋の花、昆虫、樹木、蝶などを更新しました。トレッキング・フォトルポにない写真も掲載してあります。
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森林・里山保全は戦いだ!(妻女山里山通信)

2009-09-18 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 すっかり秋めいてきて、妻女山にも再び観光客や歴史マニアが訪れるようになりました。まだ山は緑ですが、山桜は紅葉し始めました。妻女山展望台までは車で行けますが、途中の森を見てこの里山が非常に病んでいると気付く人が何人いるでしょうか。

 葛つるが樹木を覆い尽くしていても、アレチウリが斜面一面に繁茂し、木々の上まで這い上がっていても、「緑がきれいね。」ぐらいにしか思わないのではないでしょうか。自然に対するリテラシー、読解力がなければそうでしょう。C.W.ニコルさんは、それを「自然音痴」と言っていました。

 葛、山藤、三葉通草、野茨、荒地瓜、豚草、洋種山牛蒡は、放置しておくと大問題を引き起こす妻女山近辺の困った植物です。帰化植物はともかく、葛、山藤、三葉通草は、在来種なので問題ないのではと思われるでしょうが、これが大問題なのです。

 これらのつる植物は、里山が頻繁に利用されていた時には、薪などを束ねるときに利用されて伐採されました。籠を編んだり工芸品などにも利用されました。つまり適度に駆除されていたわけです。それが、全く利用されなくなり、手つかずになって温暖化の影響もあってか異常繁茂すると、とんでもないことになったのです。また、野茨(ノイバラ)は、森の周囲に繁茂すると、中に入ることができなくなってしまいます。

 この野茨は、刺があるため鋸では切れず鉈鎌という長い柄の付いた大きな鎌で刈るのですが、その衝撃はすさまじく柄を4本も折ったほど。そして手と腕も壊れてしまいました。カイロプラクティックに通いましたが、現在も手の痺れと痛みは消えていません。朝は指が招き猫の状態から曲がらない状態です。

 つる植物は、クヌギやコナラなど自然林や、落葉松や杉、檜などの植林樹にからみつき、樹木の葉を覆い枯死させてしまいます。山藤などは木々を絞め殺してしまいます。全国各地には葛山と化してしまった里山がたくさんあります。葛に覆われると森に風がまったく通らなくなります。猪や熊の隠れ家になるため、人家近くに平気で出没するようになります。

 というわけで、半年前から除伐を始めたわけですが、盛夏の葛や荒地瓜の繁殖力はすざまじいもので、切っても切ってもすぐに出てきます。なるべく除草剤などは使いたくないので、鎌で切るようにしていますが、これはもう戦いです。葛の場合は、太い根塊を掘り出してしまえばいいのですが、石混じりの山をいくつも掘り起こすのは無理というものです。なるべく深い位置で切断して土を厚く被せてしまえばいいのですが、それも大変です。荒地瓜は結実する前に駆除するのがコツですが、これも何度もやらないといけません。

 写真は、ほぼ除伐が終了した状態です。赤松と自然林、落葉松と自然林の森ですが、除伐の対象となる木は、山桜、山漆、白膠木(ヌルデ)、檀香梅(ダンコウバイ)、鹿子木楓(カラコギカエデ)、欅(ケヤキ)、木楢(コナラ)、櫟(クヌギ)、莢迷(ガマズミ)、榎、山栗、鶯神楽(ウグイスカグラ)、野茨(ノイバラ)などです。もちろん、それら全てを切るのではなく、選別して除伐するのです。他に数が少ないものでは、杏(原種に近いもの)、合歓の木、夏茱萸(ナツグミ)、柏、山椒、槐(エンジュ)、樫、針桐、空木(ウツギ)、山葡萄、山萩などがあります。

 戦う相手は、植物だけでなく蜂や虻、藪蚊、黒目纏(クロメマトイ)、毒蛇などもいます。実際は戦うわけではありませんが、無紋細足長蜂(ムモンホソアシナガバチ)には4回刺され、大雀蜂(オオスズメバチ)には3回追いかけられました。いずれも逃げ切りましたが…。蝮(マムシ)はいないのですが、希に赤楝蛇(ヤマカガシ)がいます。青大将は招魂社にいます。藪蚊には刺されまくりです。

 森林・里山保全は、壮絶な戦いなのです。

★ネイチャーフォトは、【MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery】をご覧ください。キノコ、変形菌(粘菌)、コケ、花、昆虫などのスーパーマクロ写真。滝、巨樹、森の写真、特殊な技法で作るパノラマ写真など。キノコ、粘菌、秋の花、昆虫、樹木、蝶などを更新しました。トレッキング・フォトルポにない写真も掲載してあります。

●妻女山駐車場の奥、斎場山・天城山・鞍骨城跡・倉科へのあんずの里ハイキングコースの林道入口に「杖」を置きました。返却不要です。ハイキングにお使いください。

●いたずらメール対策で、コメントを承認制にしています。チェックしているつもりですが、もれて未読のままになっていたり、誤って消去してしまったものがあるようです。お心当たりの方にはお詫び申し上げます。

★妻女山については、本当の妻女山について研究した私の特集ページ「妻女山の位置と名称について」をご覧ください。
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上杉謙信も見たか? 双耳峰の茶臼山!(妻女山里山通信)

2009-09-15 | 歴史・地理・雑学
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 第四次川中島合戦の時に武田信玄が最初に布陣したと江戸時代の軍記物に書かれている茶臼山は、有旅茶臼山です。それは茶臼山とは違うのかと思われる方もいるでしょう。実は違うのです。でも同じともいえるのです。微妙です。なぜなら茶臼山は北峯と南峯の双耳峰だったからなのです。

 だったと過去形で書くのは、その南峯の有旅茶臼山は善光寺地震で崩壊が始まり、大正時代末期から昭和にかけてに大崩壊して山頂がなくなってしまったからなのです。ですから現在茶臼山といわれているのは、標高730mの北峯なのです。ちなみに南峯は720mだったという説と、元々は740mだったという説があります。現在は地滑り防止の工事も終わり、跡地はレッサーパンダで有名な茶臼山動物園や恐竜公園、自然植物園などになって市民に親しまれています。

 有旅茶臼山の南の尾根には、九基の塚(古墳)が、信玄茶臼山布陣の石碑の近くにあります。旗塚といって信玄が旗を埋めた塚と俗にいわれていますが、実際は古墳時代の墳墓で、群司や県司の墓といわれています。同じようなものが上杉謙信の布陣したと伝わる斎場山の円墳から続く尾根にも七基あります。また、同様な塚が川柳将軍塚古墳にも付随して六基あります。その類似性には興味深いものがあります。そう考えると有旅茶臼山の山頂にも、崩壊する前には、斎場山と同じように円墳があったかもしれないのです。里俗伝では、崩壊する前の山上には山城の跡があり、堀切もあったということです。江戸後期の『甲越信戦録』には、茶臼ヶ城と書かれています。

 現在の茶臼山(北峯)は、木々に囲まれ眺望は全くありませんが(そのためハイカーにもうひとつ人気がでないのかも。松本の芥子坊主山のように展望台が欲しいところ。)、古い山城と思われる跡が見られます。最初の写真は山頂ですが、南北に長く平坦地があり、東西と特に南側は急峻な構えになっています。二枚目は北側ですが、大きく二段に分かれており、腰郭の跡かと思われるような広い段差があります。その北側には東西に長く掘切があります。現在の深さは2mぐらいですが、元々はかなりの深さがあったのではと思われます。戦国時代以前に、大塔合戦などもあったので、山城があったとしても不思議ではありません。

 そして、戦国時代ですが。『松代町史上巻』には、こう記してあります。
 武田晴信は同月十八日嫡子太郎信義、武田逍遙軒、同左典厩信繁を初めとし家臣長坂、飫富、山縣、山本、両角、馬場、真田、跡部等二万余人を引具して甲州石和城を発して信濃に入り更級郡茶臼山に陣を取り機を見て二十八日広瀬渡(埴科郡寺尾村柴)を渡りて海津城に入れば総勢実に二万五千に達すという。
 ただし、『甲陽軍鑑』には、信玄の茶臼山布陣の話は全くでてきません。

 有旅茶臼山から川中島に下る中腹に「耕心庵(甲信庵)」という古刹があります。「川中島合戦後に信玄が巡国の時、この地に立ち寄り、川中島合戦場を見下ろして、この處はまさに景勝地であると感嘆し、ここに禅寺を建立し、法性山甲信庵と名づくべしと高坂弾正に命じた。」と看板にあるのですが、有旅茶臼山に布陣したなら、川中島に下る際に、ここは既に通っているはずなんですが…。猿ケ馬場峠(旧北国西街道にある麻績宿と桑原宿の間の峠)から有旅茶臼山へは、またかなり登り返さなければならず、5日ばかりの布陣と考えると、実際は石川茶臼山(川柳将軍塚古墳)に布陣し、その後すぐに謙信のいる斎場山の千曲川対岸に移ったのではという説もあるのです。

 二枚の茶臼山遠望の写真は、妻女山展望台からのカットです。戦国時代には妻女山という名称はありませんから、ここは赤坂山(赤坂)と呼ばれていました。謙信の本陣だったと伝わるのは、展望台左後方上の斎場山です。二枚目のカットは、信玄が布陣し、謙信が見たかも知れない双耳峰の茶臼山をCGで再現してみたものです。実際はどんなだったのでしょう。昔は樹がなく茅で覆われていたかもしれません。

 最後の絵地図は、江戸時代の後期に榎田良長によって描かれた『川中島信玄陣捕之圖』です。正式名称は、『信州有旅村茶臼山川中嶋合戦之砌信玄陣捕之圖 』といいます。北に虫倉山と犀川が描かれ、西に山布施、南に有旅の村が描かれ、中央やや右に茶臼山本陣が描かれています。物語を絵にしたと捉えるべきなのでしょうが、江戸時代の人が川中島合戦をどう捉えていたかをビジュアルで知ることができるいい史料だと思います。

 ちなみに全国に茶臼山は200以上あり、山名では最も多いとか。名称の由来は、山容が抹茶をひく茶臼の形に似ているためといわれますが、台座がついて大小の円柱を二段重ねた円墳のような形をしたものもあり、茶臼山が古墳の山であることも多い所以でしょうか。また、その形態からか武士が好んで山城を築いたという話もあります。古くは、語源をアムール川流域のチャムス(佳木斯)に源を持つという説もあります。

 武田信玄の軍旗「風林火山」には、「動かざる事山の如し」とあるのですが、その山がなくなってしまった事を知ったら、さぞかし信玄も驚いたことでしょう。

★古墳巡りは、【MORI MORI KIDS(低山トレッキング・フォトレポート)】の「森将軍塚・大室古墳群探訪」や、「川柳将軍塚古墳探訪」をご覧ください。MORI MORI KIDSには、鞍骨城跡や尼巌山城跡など山城巡りもあります。

★また、川中島合戦と古代科野の国の重要な史蹟としての斎場山については、私の研究ページ「「妻女山の真実」妻女山の位置と名称について」をご覧ください。

■『川中島信玄陣捕之圖 一鋪 寫本』(かわなかじま しんげん じんとり の ず) 榎田良長 彩色
 榎田良長の図会は、他に川中島全図を描いた『河中島古戰場圖 一鋪 寫本』と『川中島謙信陳捕ノ圖 一鋪 寫本 』があります。いずれも狩野文庫所蔵。
 出典:東北大学附属図書館狩野文庫(平成20年5月23日掲載許可取得済)流用転載厳禁!
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無農薬無化学肥料で育てたゴマを限定販売しています!:新信州郷土料理(妻女山里山通信)

2009-09-14 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 無農薬無化学肥料で育てたゴマを収穫しました。千曲川に面した畑で白ゴマと黒ゴマを収穫。遠くには川中島合戦の時に武田信玄が布陣したと江戸時代の物語にある有旅茶臼山が見えます。ゴマは葉を取り除いて結束し乾燥させます。

 ゴマには、誤魔化すという言葉がありますが、胡麻をいれると他の材料が悪くてもそれなりの味になることから、胡麻菓子が転訛して誤魔化すになったといわれています。それほど美味しく栄養もあるということです。この胡麻は自家用ですが、市販のものと比べると風味が全然違います。今年は手のかかる胡麻豆腐や香ばしいセサミ入フォッカッチャなどに挑戦してみようかと思います。胡麻おはぎや胡麻団子もいいですね。実りの季節・食欲の秋の到来です。

 今や、ゴマは99.9パーセントが輸入品。安全で美味しい国産は極わずかです。

■この美味しいコクのある香り高いゴマを限定販売します。
洗い黒ゴマ/100g:500円
洗い白ゴマ/100g:600円
手洗い手選別のためシイナ(ゴマになれなかったゴマ)などが入っていますが全く無害です。限定生産のため品切れの際はご容赦ください。
100g単位でお願いいたします。(送料別、ゆうパックか少量の場合は、500円のエクスパックやメール便もOKです。ご相談ください。ご入金口座のお知らせをし、ご入金確認後速やかに発送いたします。)

●ご注文やお問い合わせは、contactコンタクトのページからメールでお願いします。
◆申し訳ありませんが、現在は販売をしておりません。

★新信州郷土料理は、MORI MORI RECIPE(モリモリ レシピ)をご覧ください。山菜・キノコ料理、内臓料理、ブラジル料理、エスニック、中華の込み入った料理などの「男の料理レシピ集」です。特に本格的なアンチョビーの作り方を載せているのは、当サイトだけだと思います。手作りオイルサーディン、手作りソーセージもお薦めです。山菜料理も豊富です。アマゾン料理も!
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秋を告げるオオウラギンスジヒョウモン(妻女山里山通信)

2009-09-13 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 この夏は、妻女山と近くの畑でツマグロヒョウモンの雌を見かけて驚きましたが、蝶の世界にも地球温暖化の影響は少しずつ確実に出ているようです。久しぶりに訪れた茶臼山の自然植物園の草原で、オオウラギンスジヒョウモンのカップルが交尾をしていました。一枚目のカットがそれです。左が雌。

 二枚目は、交尾後の雌。前翅の先に白い紋があるのが特徴です。三枚目は、交尾後なぜかカメラに接近してきた雄。縄張り争いのためか前翅が欠けています。最後のカットはやはり雄。翅の裏側の模様でオオウラギンスジヒョウモンと分かります。交尾後の雄は草むらでもじもじしていましたが、雌は比較的早く飛び立ってしまいました。

 オオウラギンスジヒョウモンは、鱗翅目タテハチョウ科の蝶で、幼虫の食草はタチツボスミレなど。雑木林の周辺や開けた渓流沿いなどで見られ、オカトラノオやアザミ類など色々な花で吸蜜します。 やや山地性の蝶で真夏は夏眠するため姿が消えますが、高原などの涼しいところでは、活動しているものも見られます。

★ネイチャーフォトは、【MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery】をご覧ください。キノコ、変形菌(粘菌)、コケ、花、昆虫などのスーパーマクロ写真。滝、巨樹、森の写真、特殊な技法で作るパノラマ写真など。キノコ、粘菌、夏の花、昆虫、樹木、蝶などを更新しました。トレッキング・フォトルポにない写真も掲載してあります。
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天鵞絨に 染みる群青 瓦茸(妻女山里山通信)

2009-09-12 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 信州の里山も幾たびかの秋雨ですっかり秋模様となりました。妻女山から少し奥へ行くと様々な秋の植物や菌類が迎えてくれます。まずは林道沿いに咲くマルバフジバカマ(丸葉藤袴)。明治時代に北アメリカから輸入され野生化した帰化植物ですが、すでに信濃の里山に馴染んでしまっています。まだ咲き始めですが、道沿いに純白の花が満開になると、とても目を惹きます。

 そして、わずかに二本だけ咲いていたノダケ(野竹)。高原で見られるシシウドの仲間でセリ科ですが、珍しく赤紫の花をつけます。雄しべが銀白色に光って、これも美しい花です。古くから根を生薬として用いたようです。野竹といいますが、特に竹と間違えるような形態ではありません。

 薄暗い自然林の林下に一輪だけ咲いていたのは、腐生植物のシャクジョウソウ(錫杖草)。同じイチヤクソウ科のギンリョウソウやアキノギンリョウソウはよく見かけますが、シャクジョウソウは始めて見つけました。錫杖とは、僧や修験者が持つ金属の輪がついた杖で、熊避けや虫除けの他、武器にもなる杖です。

 林道脇の斜面に見つけたのは、オシロイシメジ(白粉占地)。食べている地方もあるようですが、中毒例も報告されているので食べない方が無難でしょう。特に美味しいという話も聞いたことはありません。同様にこれからはシロノハイイロシメジというキノコもたくさん出るのですが、これはホイル焼きにすると旨いらしいのですが、これも人によってはあたるらしく、保健所では食べないようにと言っているそうです。

 倒木に生えていたのは、クジラタケ(鯨茸)。なぜ鯨とつくのかは不明です。形態からは鯨を連想させるものは全くありません。椎茸のほだ木に大量発生しますが、そうすると椎茸が全く採れなくなってしまいます。駆除されることはあっても、固くて食べられないし、薬用にもならないので、見向きもされないちょっと可哀想な白色腐朽菌です。

 最後は、林道脇のヤマフジのつるに発見した幅5センチほどの大きな虫コブです。切断すると虫があけた穴がありました。ヤマフジの葉には、タマバエの一種の幼虫が作るヤマフジハイボフシという虫こぶができます。ヤマフジハフクレフシというのもあるそうですが、いずれも葉で、つるに作るものは始めて見ました。

 その他には、ヤマハギの花が再び咲き始めました。萩は梅雨と初秋の二回咲きます。キブシやクララ、キリの実がなっていました。まだ緑が多い山の中で小さくもミズヒキの赤が際立っています。山桜の葉はそろそろ黄色や赤に染まり始めました。わが家の山栗が大きく実っています。クヌギの樹液にオオスズメバチが集まっていました。

「天鵞絨に 染みる群青 瓦茸」   林風
秋雨が降ると傘の表面が天鵞絨(ビロード)状に光るカワラタケに、見る見る雨露がしみ込んで群青色に染めていきます。群青色は底なしの色で、秋雨毎に少しずつ秋は深まっていきます。

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森のダイヤ発見! コフキサルノコシカケ(妻女山里山通信)

2009-09-10 | アウトドア・ネイチャーフォト
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 わが家の山の除伐中に発見した極めて希少なキノコです。コフキサルノコシカケ(粉吹猿之腰掛)といって、民間療法で用いられてきました。現代においては、抗癌(がん)作用、免疫作用があることが研究で分かっています。そのため高値で取り引きされていますが、天然物はプロでも(マタギとか)探して見つけられるものではなく、極めて希少価値の高いものです。

 粉吹というように、傘の表面はココアパウダーのような胞子で覆われています。周りの地面は飛んだ胞子でココア色だったりします。裏面は白で小さな穴が見えます。断面はチョコレート色。非常に硬いキノコで、樹に広い面でついているため、採るのには非常に苦労しました。まずノミとカナヅチで上面の付け根に傷を付けました。次にナタとカナヅチで上と下から叩いて剥がしていき、最後にナタを横から打ち込んでテコの原理を使ってやっと採りました。こんなですから、キノコ狩りで運良く見つけても、道具がないと絶対に採れません。

 今回のものは、測ってみたところ約1.3kgありました。最大幅28cm、厚さ10cm。約二万円分です。これをきれいに洗ってから蒸します。柔らかくなったら切り分けて天日干し。それをさらに細かくして煎じて飲んだり、ブロック毎焼酎に漬けて薬酒を作ります。薬用効果が高いキノコには、他に同じ仲間のマンネンタケ(霊芝)、以下カワラタケ、ツガノサルノコシカケ、ツリガネタケ、メシマコブなどがあります。

 それにしても猿の腰掛けとは本当にいいネーミングだと思います。ただ、このキノコに猿が腰を掛けているのを見たという話は聞いたことがありませんが…。このキノコは本当に丈夫なので子供が腰掛けたくらいでは壊れません。実際、私が腰掛けてみましたが、ビクともしませんでした。ですから採取が非常に困難なのです。というわけで、森のダイヤ発見!というのは、非常に硬いという意味と希少価値が高いという意味があります。

●コフキサルノコシカケ(粉吹猿之腰掛)ヒダナシタケ目マンネンタケ科。昔はサルノコシカケ科。

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■日本4-3ガーナですが、前記したように前半が全て。甘くみても後半半分まで。あとは守備も控えでガーナの足も止まってましたから。長谷部は故障で試合に出ていなかったので疲労してました。遠藤は地味にいいが、なにか物足りない。後半は長友、稲本がよかった。勝って素直に喜べる試合ではなかったですね。世界に日本の弱点をさらけ出してしまった前半でした。相手のプレスがゆるいとそこそこできるけれど、きついと何もできないのはアジアレベルでも同じ。
足の具合が悪いのを差し引いても、中村俊輔が下がった方が攻撃のスピードがアップしたのは皮肉でした。キープ力なさすぎ。良くも悪くも岡田ジャパンが中村中心のチームではないことがよく分かりました。中村憲はゲームの中での出来不出来の波が大きすぎ。最初のチャンスは決めないと。W杯では二回目はない。岡崎に代えて森本を見てみたい。岡田監督は、本田と森本の招集が遅すぎた。
本田は遠慮してましたね。でもいいパスは出してました。ちゃんと開いてるコースを見て打った玉田と稲本のシュートは褒めていいでしょう。玉田は下がる癖があるのでワントップ向きではない。前田の頑張りが効いていました。無駄プレスが少なかったのもよかった。やはり90分は無理です。岩政をなぜ使わなかったのか疑問。後半のメンバーで前半を見たかったですね。ところで岡田監督はなぜいつも評論家みたいなコメントするんでしょうね。メンバーの再考をして少しでも層を厚く!
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草むらに 犬の糞かと 畑占地(妻女山里山通信)

2009-09-09 | アウトドア・ネイチャーフォト
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  ハタケシメジの初物が採れました。といっても草むらに埋もれているので、そこに出ることを知らなければ全く見えません。見えても写真のようにこの地のものは傘の色が濃くて地面と見分けがほとんどつきません。しかも、大きくなると傘に白い絣模様ができてなんだか汚らしい。見つけられても知らないと蹴っ飛ばされたりする可哀想なキノコですが、味シメジというように本当は美味しいキノコなのです。

 歯触りはまさにホンシメジのそれで、味の成分もほとんど同じといいますから、美味です。濡れるとやや滑りがあり、大きな株は40センチにもなるとか。今回は40数本採れました。一ヶ月ぐらいに渡って採れ続けます。ハタケシメジというように、わが家の畑の一角でも取れる場所があります。木材腐朽菌なので、地中に朽ち木があり条件が揃うと出るようです。

 食べ方ですが、シャキシャキした歯触りとコクのある旨味があり、シンプルにバター炒めや湯がいておろし醤油に。また、鍋物には最適です。和洋中となんにでもあいます。最近は栽培されたものも市販されていますが、やはり天然物は旨さが格段に違います。市販品もハタケシメジという名前が災いしているのか、いまひとつ人気がでませんね。やはりキノコは山のイメージが強いですから。ハタケっていうと、野菜みたいでなんだか有り難みというか、天然のものでも栽培種みたいに聞こえますね。もう少し気の利いた名前はなかったものでしょうか。

 このキノコを皮切りに、信濃の里山は秋キノコのシーズンに突入です。サクラシメジ、ウラベニホテイシメジ、ジコボウ(ハナイグチ)等々。今年は某山に松茸を探しに行こうとも思っています。

「草むらに 犬の糞かと 畑占地」 林風

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