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信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

まだ冬の信州、春の兆しを探しに妻女山、古代科野国の斎場山、上杉謙信の陣城跡の陣場平へ(妻女山里山通信)

2019-02-17 | アウトドア・ネイチャーフォト
 多忙で年末の妻女山里山デザイン・プロジェクトの納会以来、妻女山に登れない毎日でしたが。、やっと妻女山(旧赤坂山)、斎場山(旧妻女山)、陣場平(伝謙信陣城跡)へと登りました。暖冬で例年以上に積雪がない冬ですが、雪不足でr田植えの水不足が心配です。

(左)妻女山招魂社の奥の広い駐車場から右の林道を登ります。神戸ナンバーの四駆が下りていきました。斎場山へ登ってきたのでしょうか。私のブログや拙書を読んで、川中島合戦の跡を訪ねる歴史マニアが増えています。最初のコーナーの凍結を見て車では無理と分かりました。(中)斎場山へ向かう6番目のカーブ。凍結していてスタッドレスでは登れません。(右)10分ほどで長坂峠の分岐。前方に見えるのは上杉謙信の本陣と伝わる斎場山(旧妻女山)。左へ陣場平へ向かいます。

(左)上がヤブソテツ、下がリョウメンシダ。いずれもニホンカモシカの冬の餌になります。枯れ葉さえ食べます。(中)長坂峠から300mほど歩いて天城(てしろやま)と右へ下る堂平大塚古墳への分岐。左には仲間が作ってくれた陣場平の標識。50mほど踏み跡をたどって陣場平。(右)途中で見つけた山蕗ひとつ。小さい春見つけた。

 地元で古くから川中島合戦の際に、上杉謙信が陣城を構えたと伝わる陣場平。『甲陽軍鑑』の編者という小幡景憲がここに七棟の陣小屋が建つ絵を描いています。(東北大学狩野文庫所蔵)当ブログでも紹介しています。
 ここは、仲間と保護活動をしている毒草で薬草の貝母(編笠百合)の群生地があります。10年前に帰郷してわずかに残っていたものを私が発見して仲間と保護活動を始めました。マスコミでも紹介され、4月半ばから下旬までの満開の時期には、何百人もの人達が訪れるようになりました。4月の茶花であり、慎ましく美しい花です。ただ、誤って食べると死亡することもある毒草なので、決して持ち帰らないようにアナウンスしています。

(左)陣場平の北東の角にある菱形(りょうけい)基線測点。地理史の重要な文化財です。茶臼山のものと含めて当ブログで記事にしています。(中)陣場平の枯れ木に、私が描いた陣場平の標識。(右)分岐へ戻って堂平大塚古墳へ。新しい葉が出るまで散ることのないヤマコウバシの葉。落ちないことで、受験生のお守りにもなっているそうです。

(左)古代科野国を偲ばせる堂平大塚古墳。(中)その脇に立つ今は亡き山仲間のK氏のログハウス。彼は高校二年までここにあった生家でランプ生活をして暮らしていました。(右)ログハウスでマテ茶を淹れて穏やかなティータイムを過ごします。

 古墳の南面に咲く福寿草。太陽に向けて花びらのパラボラアンテナを全開にします。美しい花ですが、かなり危険な毒草です。

 眼下に千曲川。国道18号、しなの鉄道、北陸新幹線。西山の向こうに北アルプスの仁科三山。穏やかな日です。

(左)オオイヌノフグリの小花。(中)タチタネツケバナの小花。(右)美しいウスタビガ(薄手火蛾、薄足袋蛾、学名:Rhodinia fugax)の繭。中の蛹は晩秋に羽化して空っぽです。

(左)長坂峠に戻って斎場山へ。古代科野国の大王の古墳です。(右)円墳の山頂は平らです。ここに上杉謙信が盾を敷き、周りに陣幕を張り本陣として謡曲を奏でたとか。

 ここを訪れるのは、落葉期の12月から4月上旬が最適です。川中島が一望できるのです。

 下って妻女山展望台へ。北方の景色です。戸隠連峰と戸隠富士と呼ばれる高妻山が見えます。千曲川手前の畑では、名産の長芋の収穫が最盛期を迎えています。駐車場で、斎場山に向かうご夫婦と邂逅。話をすると、ご主人は松代中学と屋代高校の後輩と判明。早速拙書の紹介をしました(笑)。まだまだ寒い信州ですが、確実に春は近づいています。

 松代方面の眺め。当ブログでも松代の記事はたくさん記しています、どうぞ右上のブログ内検索で調べてみてください。もう冬は飽きた信州人は春が待ち遠しい。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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三連休は、信州人のソウルフード。手作り信州糀味噌の仕込み。手作りの馬鹿旨昼食(妻女山里山通信)

2019-02-11 | 男の料理・グルメ
 寒が戻った三連休は、手作り信州糀味噌の仕込みをしました。三年目でかなり手慣れてきました。この味噌は大人気で、お金を払うからもっと作ってくれと言われるほど。大豆も栽培し、塩麹も手作りです。昨年は、黒大豆の味噌も作ったのですが。先日、ふたつの味噌をブレンドして、大ぶりの牡蠣と長ネギで味噌煮込みうどんを作ったのですが、超絶美味でした。

(左)初日の9日は、午後3時に集合でまず大豆を洗います。私はその前に上田のTOHOシネマズで、三回目の『ボヘミアン・ラプソディ』を観てきました。また行きます。大豆を洗うと大量の泡が出てきますが、これは界面活性作用があるサポニンという成分で、アクなんですが、コレステロール低下や、血栓を作りにくくする、肥満防止効果など、成人病予防や老化防止に役立つ作用もあるそうです。渋味や苦味があるのでゴミを取りつつ何回か洗いますが、完全に除去する必要はないそうです。(中)洗った大豆を大釜に入れます。ひたひたにお湯を入れて水も入れて一晩潤(ほと)ばします。(右)動物に荒らされないようにカバーをして帰ります。私は戸倉上山田の万葉超音波温泉へ。

(左・右)翌日の午後5時から大豆を煮ます。大釜二つ。向こうの大釜は下にグレーチングを敷いたので空気が入り、よく燃えるのですが、手前はなかなか炎が大きくなりません。(右)この日は駆けつけたのは私だけ。寒いです。昨年は水が多すぎたので、今回はひたひたに。足りなくなったら足します。

 1時間ちょっと煮て熾火(おきび)にして翌朝まで放置します。K氏が作った柿酢が失敗して微アルコールのドリンクを飲みながら。燃え盛る炎を見ていると、心が静まります。凍えた体を温めに万葉超音波温泉へ。

(左)最終日の11日は、朝9時に全員が集合。茹で上がった大豆を水切りしてミンチにします。年代物の機械です。(中)塩麹をまぶしてよく混ぜます。(右)混ざったら味噌玉を造ります。

(左)味噌玉を味噌桶に叩きつけていきます。(中)皆けっこう手慣れてきましたね。樽に詰めていきます。(右)これは贈答用のパウチ。お世話になっている人や、妻女山里山デザイン・プロジェクトのメンバーにあげます。この味噌は本当に美味しいんです。そして安全です。
手作り味噌の造り方(株)伊勢惣:すごく分かりやすいです。

(左)11時半頃に作業は終了。楽しみの昼餉です。これは私が作ってきた仲間と作ったブラジル豆(フェジョン・プレット)と豚肩肉、ベーコン、玉ねぎ。ニンニクをマギーブイヨンとデルモンテの濃厚リコピンリッチのトマトジュースで煮込んだシチュー。馬鹿旨です。パンはS氏が焼いてきた手作りパン。これも馬鹿旨。(右)私が作ったガパオライスのおすそ分け。仲間と栽培した黒大豆も入っています。もちろん信州人の冬のソウルフード、野沢菜漬けも。本漬けでないとだめ。スーパーで売られているのは浅漬け。あれは偽物です。自家製なので家庭によりレシピが違います。そして、皆うちのが一番美味いと思っています。そのままでもちろん、乳酸菌が増えてきたら炒めるとご飯のおかずに。オリジナルレシピを紹介します。
野沢菜福建炒飯
切り干し大根と野沢菜のおやき
野沢菜ジャコ炒飯

(左)K氏とS氏が栽培したユメチカラでK氏が打った中華麺。(右)K氏が作った味噌ラーメンスープ。我々が栽培している原木栽培の椎茸で出汁をとっています。右下のは飯田の名物の辛味噌。味噌ラーメンによく合います。大変美味でした。デザートは、A氏が栽培したふじリンゴ。大満足の昼食でした。

 午後1時の解散。途中から見る拙書でも紹介の冠着山(姨捨山)。山頂に左下にロッククライミングやボルダリングで全国的に人気のボコ抱岩が見えます。ボコとは信州の方言で、赤ん坊のことです。私は冷えた体を温めに、また万葉超音波温泉へ向かいました。
 今後は、K氏の道楽?でワイン用のメルローの植え付けがあります。

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大寒波で善光寺平も積雪。本格的な冬はこれから(妻女山里山通信)

2019-01-26 | アウトドア・ネイチャーフォト
 週末は大寒波が襲来し、長野市南部は5センチほどの積雪がありました。パウダースノーなので雪かきは容易でした。午前中は晴れましたが、午後になると大雪警報が発令され一転して降雪。

 午前中は晴れていたので買い物にでかけました。妻女山展望台からの松代方面の眺望。幹線道路には積雪はありませんが、日陰にはあるので要注意です。また、解けて再凍結するとアイスバーンになります。

 松代方面の望遠カット。高速道路や幹線道路には積雪はありません。正面の松代町街の向こうには、晴れていれば拙書でも紹介の根子岳と四阿山が見られますが、今日は雲の中です。

 同展望台から北の長野の中心街、善光寺方面。飯縄山と戸隠は雪雲の中。左にはAC長野パルセイロのホームスタジアム。その手前には千曲川。この右手には赤坂橋がありますが、松代高校の生徒でしょうか、通学路の橋の歩道の雪かきをしていました。厳冬はこれからなのですが、手前のソメイヨシノの冬芽は少しずつ膨らんでいます。

 西方の茶臼山。今日は白馬三山も仁科三山も見えません。手前は篠ノ井の市街。高句麗の王族、前部秋足(ぜんぶのあきたり)が延暦18年(799)に篠井性を下賜(かし)されています。それが現在の篠ノ井の名称の元でしょう。この時、多くの高句麗の豪族が帰化しています。高句麗人はツングース系で石の文化を持ち、現在の半島の人とは異なります。長野市には高句麗式積石塚古墳として大室古墳群が、多くが破壊されましたが妻女山にもあります。妻女山山系の千曲市側には堂平積石塚古墳群があります。

 午後からは天候が一変し雪模様に。斎場山(旧妻女山:斎場山古墳・伝謙信本陣跡)も雪景色。烏の群れがどこかへ帰って行きます。明朝は更に積雪があるでしょう。
 大坂なおみ選手、全豪オープン初優勝おめでとう!

 次の三連休は、三日かけて仲間と味噌の仕込みをします。厳寒の中大変ですが、極上の塩麹を入れた信州味噌ができます。そのリポートはまた。そして、三回目のQueen『ボヘミアン・ラプソディ』を観に行く予定です。
Queen - Live at LIVE AID 1985/07/13 [Best Version] https://www.youtube.com/watch?v=A22oy8dFjqc #Queen #フレディ・マーキュリー #ボヘミアン・ラプソディ わが青春のQueen。1977年ロンドンで暮らした5週間。フレディ・マーキュリーよ永遠に https://blog.goo.ne.jp/morimorikids/e/74b996f12127012c5dc56ae334e2d435

77年の3月、羽田空港からロンドンへ、空中分解しそうなアエロフロートで飛んだ」村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック『国分寺・国立70sグラフィティ』

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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わが青春のQueen。ロンドンで過ごした5週間。BIBAでメアリーに遭ったかも。フレディ・マーキュリーよ永遠に。北アルプス絶景(妻女山里山通信)

2019-01-19 | ジャズ・音楽
 現在世界で大ヒット中の映画「ボヘミアン・ラプソディ」。Queenのボーカリスト、フレディ・マーキュリーの生涯が再注目されています。彼の活躍と生涯は、まさに私の青春でした。映画は二度観ましたが、また観に行くと思います。観客は、私と同世代の男女が多かったのですが、親子で観に来ていた人達も大勢いました。若者のカップルも。ゴールデングローブ賞の最優秀作品賞と最優秀主演男優賞に輝きました。アカデミー賞も注目です。

04 Freddie Mercury Story - フレディーマーキュリーストーリー - QUEEN

 こんな素晴らしいドキュメンタリーがあったのですね。フレディ・マーキュリーの生誕から亡くなるまでの全てが観られます。確かにBIBAの店員は皆美しかったし個性的でした。フレディはもちろん母やメアリーや最後の恋人(男)の証言も。ミック・ジャガー、ポール・マッカートニー、エルトンジョン、ライザ・ミネリ、デビッド・ボウイ。彼とオペラの出会いも。最期の時も。最高すぎる。永遠に。
 そして、この番組で分かったこと。私が5週間のロンドン在住当時に、BIBAで同棲中の恋人メアリー・オースチンに遭っていたかもしれないのです。当時付き合っていたロンドンの王立音楽院に留学中の彼女とBIBAにショッピングに行ったのです。そう大きくはないビルなので全てを回り、彼女はチャイナドレスの上着を買いました。紺がベースでバラの花が散りばめられ、縁が赤のパイピングだったと思います。彼女はこれを羽織り、スリムジーンズに紺のピンヒールを履いてパリへ行きました。パリジェンヌが振り返るほどの美貌とスタイルの華のある女性でした。買った店がメアリーがいた店かもしれない。当時の彼女やロンドンの日々を懐かしく思い出します。
 ボヘミアン・ラプソディーはマイノリティを歌ったものです。誰しも人生の中でマイノリティになることはあります。でも、どんな人もチャンピオンなんです。
77年の3月、羽田空港からロンドンへ、空中分解しそうなアエロフロートで飛んだ」村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック『国分寺・国立70sグラフィティ』 ロンドン在住の記事です。当時はアメリカの商務省などの対日戦略で、日本の若者に米の商品を大量に売りつけようということで、米のポチ読売新聞社の『メイドイン・USA』が作られ増刷されたり、米のライフスタイルや商品をを売り込む雑誌『ポパイ』が創刊されたりしました。ハワイブームや西海岸ブームが起きたのです。大学の同窓生はこぞってアメリカに行きました。私の様に欧州を目指す若者は稀でした。そんな時代です。
70年代、雑誌が作ったアメリカブーム みんなアメリカが好きだった・・わけではない国分寺・国立70Sグラフィティ【村上春樹さんの国分寺ピーター・キャット】村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック
 戦後、GHQが日本を占領するにあたり、3R・5D・3S政策を推進した。基本原則としての「3R」(Revenge―復讐、Reform―改組、 Revive―復活)、重点的施策としての「5D」(Disarmament―武装解除、Demilitalization―軍国主義排除、 Disindustrialization―工業生産力破壊、Decentralization―中心勢力解体、Democratization―民主 化)そして補助政策としての「3S」である。3Sとは、スクリーン(映画:時代はテレビ、雑誌へと移る)、スポーツ、セックス(性産業:ここにも雑誌)またはスピード(クルマ)のことで、これらの娯楽に目を向けさせて、社会や政治に対する不満をガス抜きしようという政策のこと。

Queen "Love of my life" (Freddie Mercury & Mary Austin)

 フレディ・マーキュリーが恋人のメアリー・オースチンに捧げたラブバラードです。彼女とBIBAで出会っていたかもしれないと思うだけで心が震えます。

ベストヒットUSA QUEENスペシャル

 年初にこんな番組やっていたんですね。知らなかった。小林克也氏が、当時Queenが好きでも表立って言えなかったとコメントしていたのが、全く当時の自分と同じだったので笑いました。私は武蔵野美術大学に通い、作家になる前の村上春樹さんがやっていた国分寺のジャズ喫茶「ピーター・キャット」でアルバイトもしていました。ジャズ漬けの毎日でしたが、ロックも聴いていました。当時YouTubeやネットはもちろんFMすらありませんでした。では洋楽をどのように聴いていたかというと、VOA、ボイス・オブ・アメリカなのです。当時は今と違って色々なジャンルの音楽がヒットしていました。ロックやジャズやクラシックでも、実験的なサウンドが溢れていました。私はジャンルにとらわれずに色々な音楽を聴きました、ワールドミュージックも。心のキャパシティを広げてくれたと思っています。南米アマゾン・アンデスに放浪したのも、クリエイターとして成長するためにカルチャーショックを自ら受けるためでした。旅半ばで死ぬことも想定していましたが、そうなったらそれだけの人生なんだろうと覚悟していました。
 たった1%の人間が世界の86%の富を握っている極めて異常な現在。中国とアメリカの覇権争いに振り回される今。どう生きるべきか、問われています。ネットをやっていても、受け身だけではテレビで一億総白痴といわれた時代と何も変わっていないのです。受け身から能動へ変わらなければ、奴隷のままの人生は何一つ変わりません。覚醒を!

 動画をたくさん貼ると重くなるので以下はリンクとします。いずれも素晴らしい!
Bohemian Rhapsody 英詩 和訳 コード :Queen『ボヘミアン・ラプソディ』。:人はだれでもマイノリティになる時がある。誰とも仲良くはなれなくても優しくしてあげるぐらいはできるだろう。

Queen & David Bowie - Under Pressure (Classic Queen Mix)
:当時はMTVもYouTubeもなかったから観られなかったが。今観られる幸せ。こんなコンサートがあったんだね、胸熱。

QUEEN - Another One Bites The Dust - We Are The Champions - Wembley 1986 :この当時青春真っ只中でロンドンに5週間住んでいたことも幸せでした。生きていたらブライアン・メイと同じくフレディも辺野古に反対しただろう。そう思います。

Queen - Queen In The 70s :フレディ・マーキュリーが長髪だった頃のライブ映像。この頃はMTVもなかった。貴重! *動画は削除されることもあります。その際は検索してください。


 週末は久しぶりに茶臼山へ。晴天なので北アルプスの絶景を撮影に行きました。拙書ではいくつものコースを紹介していますが、信里小学校の先から登る最も易しいコースで。幼児や高齢者でも登れます。北アルプス展望台からの北アルプス。仁科三山です。左から爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳。麓の土豪、仁科氏に由来する名峰です。手前は西山の山布施の里。積雪もほとんどなく穏やかな日です。

 鹿島槍ヶ岳の勇姿。右に見える陰になった大きな谷はカクネ里といい、平家の落人が隠れ住んだという伝説があります。また、日本では五番目、信州では初の氷河が確認された谷でもあります。この北アルプスの絶景に魅せられて信州に移住した人をたくさん知っています。けれども、どこからでも見られるわけではないのです。その点では、この妻女山展望台からは、北アルプスはもちろん、戸隠連峰を始めとする北信五岳(妙高山、斑尾山、黒姫山 、戸隠山、飯縄山)に、横手山や笠ヶ岳の志賀高原の山々、根子岳と四阿山の菅平高原の山々が見られます。こんな展望台は他にはありません。晴天の日にぜひ妻女山展望台を訪れてください。車で登れます。

 左に見えるのは白馬岳。右手前は神話の山、虫倉山。もちろん拙書でも詳しく紹介しています。神城断層地震で山頂の四割が崩落してしまいましたが魅力的な歴史ある里山です。

 茶臼山の登山道には10センチ足らずの積雪が。アニマルトラッキングもできます。まっすぐの足跡はキツネ。ぐにゃぐにゃ曲がっているのはタヌキ。捕食行動の違いでこうなります。

 更に数百メートル歩いて善光寺平展望台へ。これは茶臼山動物園の北口下からのカット。左に拙書にも載せている根子岳と真田に尊崇された四阿山。右にわずかに白い浅間山が見えています。手前の樹木はリンゴの樹です。標高の高い畑のリンゴは実がしまっていて美味です。

 根子岳と四阿山の望遠カット。拙書では、コースだけでなく二山の歴史も詳しく記しています。両山とも素晴らしい山です。根子岳のある場所には、県の天然記念物のミヤマモンキチョウも生息します。当ブログでアップしています。体が冷えてしまったので、下山後は、善光寺参りの精進落としの湯、戸倉上山田温泉の万葉超音波温泉に入りに行きました。
県の天然記念物のミヤマモンキチョウを求めて峰の原高原から根子岳へ。妻女山のいま(妻女山里山通信)

77年の3月、羽田空港からロンドンへ、空中分解しそうなアエロフロートで飛んだ」村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック『国分寺・国立70sグラフィティ』

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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 屋代高校美術班+1の新年会は昭和レトロが人気の國楽館戸倉ホテルで。新年の善光寺平(妻女山里山通信)

2019-01-13 | 歴史・地理・雑学
 もう40年ほど続いている屋代高校美術班+1の新年会を、善光寺参りの精進落しの湯、戸倉上山田温泉へ。高校の同級生が営んでいる國楽館戸倉ホテルが定宿です。

 長野オリンピックでIOCが泊まった笹屋の斜め前にあります。笹屋は私が披露宴で使った旅館でもあり、陳建民の弟子だったシェフが作る中華料理がお勧めです。写真は國楽館の玄関。しめ縄はどんど焼きの時まで飾られています。入ってこんばんわと言うと同級生の亭主が迎えてくれました。他のメンバーは既に到着して一献あげていました。つまみは、仲間が作った野沢菜漬けと麹が効いたお醤油豆にたくあん漬けなど。

 國楽館戸倉ホテルのロビーです。右のハモンドオルガンがレトロです。左の柱の左には地下室に下りていく階段が。地下室には卓球場があります。温泉は源泉で温めですが非常にいい泉質です。

 宴会の始まりです。普通は目隠しするのでしょうが、皆、肝が座っている連中なので顔も全開で。左四名と私が元美術班。今はむさいおじさんですが、実は油絵を描いていた感性豊かな面々なのです。お膳は食べきれないほどの品数。ここに馬刺し、大きなブリのカマ焼き、とろろ蕎麦、味噌汁、柿のシャーベットが付きます。地物の素材が多く使われた地味ですが滋味ある料理です。ビールで乾杯。純米酒、焼酎の黒霧島と続きます。ご飯は夜食用におにぎりにしてもらいました。

 中居さんに撮影してもらいました。二人が欠席。あとひとりは、昨年の夏に食道がんで亡くなりました。彼を偲んで黙祷。2017年の初夏に夫神岳に一緒に登ったときは、これで大丈夫かなと皆が思ったのですが…。人は平等に年を取らないという中国の諺を思い出します。

 食べながら飲みながら会話が続きます。とにかく米隷属売国奴の安倍自公政権を潰さないと日本は終わるだろうと。会社経営者もいるので事は深刻です。私はマスコミの仕事をしていたので、その観点からの話も。AI社会になる今後はどうなるかという話など。皆、専門職なので会話の内容は非常に深くていつも勉強になります。

(左)食後、カラオケ行きたいねと何年ぶりかに外出しました。不景気ですね通りにはだれもいません。政府の賃金統計とかは全部でたらめです。嘘がまかり通る日本。厚労省の虚偽記載は一部のものです。もっとでたらめがまかり通っているのが安倍自公政権です。タイの女の子がいるカラオケスナックに行きました。タイに行きなれているK氏が、バンコクでもこれだけ可愛い娘が揃っている店はないというほどの店。5曲ほど歌いました。女の子たちは性格も良くて、意外にも英語が話せるのでコミニュケーションもとれました。でも、それがタイの闇なんでしょうね。素敵な女の子達でした。彼女たちに幸あれ!
(右)朝食です。地物の野菜を中心に健康的な朝食です。私は一日二食なので昼食は抜きです。この後、皆と別れて上田アリオのTOHOシネマズに行きました。再びQueenの『ボヘミアン・ラプソディ』を観るためです。さすがに今回は落涙するようなことはありませんでしたが、ライブ・エイドのシーンでは、何度も鳥肌が立ちました。ひょっとしたらもう一回観に行くかも知れません。

 翌日、買い物ついでに妻女山展望台に寄りました。西方の展望。左に鹿島槍ヶ岳。右に白馬三山。一番右手前は茶臼山。平地には積雪はありませんが、日陰や山間部にはあります。

 北方の展望。中央の飯縄山や左の戸隠連峰は雪雲の中です。気温は3度。5度ぐらいにまでなりそうです。穏やかな日です。冬の里山は、積雪があればアニマル・トラッキングもできるのですが。寒いから嫌だと思うかも知れませんが、しかし、落葉しているので展望が効き、山城や古墳探索のトレッキングには最適なのです。拙書では、そんな情報も載せています。

 東方、松代方面の長めです。拙書でも紹介の大きな山体の奇妙山。後背の根子岳と四阿山は雪雲の中です。

 妻女山を下りて上信越自動車道のトンネル。この後ろの上杉謙信槍先ノ泉のカーブが凍結していて危険です。最も危険なのは3月なんです。凍結が解けて再び凍結して更に降雪があるとスタッドレスタイヤでも登れません。酷い冬では10台以上スタックして救助されました。歩いても15分で登れるので、このトンネルの前に駐車して歩いて登ってください。妻女山と斎場山に関しては、右上の検索からプルダウンしてブログ内検索をしてください。
 これだけ降雪が少ないと、2月に大豪雪があるかも知れないと心配しています。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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初詣は国宝の仁科神明宮へ。安曇野大王わさび農場。初積雪。Queen『ボヘミアン・ラプソディー』(妻女山里山通信)

2019-01-04 | 歴史・地理・雑学
 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
 大晦日から三賀日は、長男のところに集まるのが恒例となっています。大雪もなく穏やかな正月でしたが、こんな暖冬のときは早春の上雪の大豪雪が必ずあるので心配しています。雪が少なければ田植えにも影響しますが、自然はどこかで帳尻を合わせてくるのです。2014年の大豪雪の再来がないといいのですが。心配です。

 元旦の朝はピーカン。安曇野のシンボルともいえる常念岳の心が洗われるような朝焼けです。右は横通岳。

 我が家は昔から元旦の朝(ブランチ)は、おしぼりうどんなのです。信州でも旧埴科郡更級郡でしか食べられていない伝統料理。(左)最近、長男が諏訪の骨董屋で見つけた田中式の年代物の製麺機でうどんを打ちます。(中)うどんは友人が育てた幻の小麦・いがちくオレゴンで、前日私が打ってねかせて持参したものです。(右)辛味地大根をおろして絞った汁に自家製の味噌と長葱、花鰹をといていただきます。辛いだけでなく、甘味や旨味があります。息子たちも離乳食の頃から信州のばあちゃんが打ったこのおしぼりうどんを食べて育ったので大好きです。この旨さを「あまもっくら」といいます。千曲市や坂城町、長野市南部では供する店があります。うどん好きの方は、ぜひ一度召し上がってください。今回は、粉で600グラムを打ってきました。三人で食べてもお腹いっぱいの量です。

(左)初詣は国宝の仁科神明宮へ。参道の大杉が倒れそうで支えていますが心もとない。(中)手水舎ですが凍っています。冷たいこと。(右)伊勢系なので鳥居もシンプル。反りもなく、下の横木も突き抜けていません。しかし、他の伊勢系神社では例外も見られます。

(左)社務所の売店では、おみくじや破魔矢などを買い求める善男善女が大勢いました。私は前回も買い求めた自然石のおみくじを。今回は翡翠でした。黒曜石と共に諏訪大社のシンボルともいえる宝石です。(中)神門で参拝。(右)後背の中門・釣屋・本殿が国宝です。

 左から国宝の中門・釣屋・本殿。古くは伊勢神宮のように20年毎に遷宮していたらしいのですが、江戸時代にお金がなくなりそのままに。それが時を経て古くなり価値が出て国宝に。なにが幸いするかわかりません。
日本最古の神明造りの国宝・仁科神明宮と、七色大カエデとカミツレの咲く大峰高原(妻女山里山通信)

 参拝後は、神社後背の大峰高原へ。途中の展望台から観る根子岳(左)と百名山の四阿山(右)。右手前の三角は冠着山(姨捨山)。左は聖山。いずれも拙書に載せている歴史あるいい山です。

(左)向かいにはゴールデンウィークに咲くヒカゲツツジで有名な京ヶ倉と大城。もちろん拙書でも歴史やコースの紹介をしていますが、初心者や子供、高齢者が登れる山ではありません。転落死亡例もある厳しい里山です。(中)有明山。後背の北アルプスは雪雲に覆われています。(右)大峰高原の七色大カエデ。カミツレ(カモミール)の大きな畑や温泉もあります。

 山を下りて途中の大王わさび農場に寄りました。黒澤明監督の『夢』のロケ地で有名です。万水川・蓼川の合流地点。水車は凍りついていました。熱々の山葵コロッケが美味でした。土産に山葵鶏ハムを買いました。家族で来たのは、もう20年ぐらい前ですね。息子たちが緑色のお揃いのチェックのシャツと緑色の半ズボンを着ていて、売店のおばさんに「山葵色だね」と言われた思い出。

(左)安曇野インター近くのモンベルへ。アウトレットでパンツを探したのですが、いい色とサイズがなく断念。次男は煉瓦色のお洒落なパンツを、長男は手袋を購入。(中)夕食はチーズフォンデュ。カフェモモの全粒粉パンにアンガスビーフ、赤海老、シルクスウィート(薩摩芋)、ひょうたんカボチャ、人参。美味しくて食べすぎました。(右)ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを観ながら過ごすのが我が家の恒例です。ラデツキー行進曲が始まる頃にはかなりいい酔い心地になっているのが例年ですが、今年は疲れて眠ってしまいました。

(左)二日朝は3センチくらいの積雪がありました。(中)箱根駅伝を観てから湯多里(ゆったり)山の神温泉へ。ナトリウム炭酸泉のぬるぬるしたいい温泉です。美肌の湯。拙書でもすべての山に登山後に入れる立ち寄り湯を紹介しています。信州は温泉天国なのです。(右)夕食は、インドネシア料理のミーゴレンと牡蠣のナンプラーのバターソテーに本場タイ産の激辛トムヤムクンスープ。正月からエスニックと、よく分からないメニューですが美味。私が持参したものです。

 三日朝。息子たちと別れて403号の道の駅さかきたから観る聖山。そして、このあとは戸倉上山田温泉で温まってから上田のTOHOシネマズへ。『ボヘミアン・ラプソディー』を観に行きました。この曲がヒットしていた当時、学生だった私は春休みに5週間ほどフラットを借りてロンドンに住んでいました。映画の冒頭でフレディーがBIBAへ行くシーンが流れたときは鳥肌が立ちました。私がロンドンコートとウェスタンブーツと銀細工のリングを買ったところです。同じ頃に同じ空気を吸っていたんだなと。フレディの彼女がBIBAの店員だったというのも今回初めて知りました。
 そして、ライブ・エイドのシーンでは思わず落涙しそうになりました。観客には若者もいましたが、多くは私と同じ当時若者だった人達でした。親子で来ていた人達もたくさんいました。私の息子たちも観ています。トランプが壁を造ることに拘泥したり、パリもロンドンも移民や難民の流入で街も汚くなり、治安も悪くなっています。本当は来たくもない人々を生み出しているのは、貧困や内戦などですが、それらを生み出しているのは欧米列強の国々です。たった1%の大富豪たちが、世界の富の80%以上を得ているまさに狂気の現代。そういう輩がテロや戦争を起こすのです。自分の富を守るために。
 ボヘミアン・ラプソディーはマイノリティを歌ったものです。誰しも人生の中でマイノリティになることはあります。でも、どんな人もチャンピオンなんです。
77年の3月、羽田空港からロンドンへ、空中分解しそうなアエロフロートで飛んだ」村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック『国分寺・国立70sグラフィティ』

Queen - Live at LIVE AID 1985/07/13 [Best Version]


Love of my life & Bohemian Rhapsody - 1080 HD

 さすがにオペラパートはライブではできなかったんですね。でも上手くつなげてあります。素晴らしい。

『ボヘミアン・ラプソディ』がゴールデングローブ賞最優秀作品賞に輝きました。最優秀主演男優賞も。
 30歳まで私は文学青年で映画青年で夢想家でした。概念芸術家も目指していました。29歳から30歳にかけてクリエイターとしての引き出しを作るためにカルチャーショックを受ける放浪の旅に出ました、南米に200日の命をかけた旅から帰還して私はリアリストになりました。分かっていないことの中にしかロマンはない。ロマンは分かっていないことである。それを追い続ける人を支持します。役に立つこと、儲かることだけでは人類に未来はないのです。1本のブナの巨樹には、4000種類の生物が共生しています。それは宇宙なのです。

クイーンのギタリスト、ブライアン・メイが辺野古埋め立て中止請願への署名を呼びかけ 署名しました。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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平安時代は荘園で大麻の名産地だった麻績村の初雪に佇む郷社・麻績神明宮へ(妻女山里山通信)

2018-12-28 | 歴史・地理・雑学
 信州は諏訪系の神社が多いのですが、そんな中で伊勢系の国宝仁科神明宮を訪れたブログを以前アップしましたが、麻績村に神明宮があると知り訪れました。28日はこの冬初めて善光寺平に積雪がありました。積雪のある403号の峠越へはこの冬初めてで緊張しましたが、国の重要文化財で郷社を名乗る神社は非常に趣のある佇まいでした。

 国道403号の姨捨上の千曲川展望台からの善光寺平の眺め。高層には筋雲(5000=13000m)が、その下には雪雲(1500〜2500m)が。不思議な光景です。晴れて陽がさしたり、突然雪雲に覆われて雪が降り出したりとドラスティックな天気の日でした。夜にかけて降りそうですが、善光寺平は大雪にはならないでしょう。この冬初めての積雪道路の運転でかなり慎重になりました。どんな有能なスタッドレスでも万能ではありません。長野県では車に雪を積んだまま走るのは条例違反です。後ろに落ちれば事故を誘発する危険性が。前に落ちればフロントガラスを覆って視界がなくなり非常に危険です。必ず雪を落として走行を。
 右手前は、姨捨の棚田です。屋代市街の向こうに坂城まで続く五一山脈。その向こうに上杉謙信が布陣した斎場山(旧妻女山)の鏡台山まで続く戸神山脈。いずれも拙書で紹介しています。

 麻績村の三峯山。もちろん拙書でも紹介しています。さすがに積雪が少なくてスキー場はまだ開いていないようです。麓の聖湖のへらぶな釣りも来春までお休みです。
 信州の冬に来る際は、スタッドレスやチェーンはもちろん、融雪剤スプレー、ウィンドウの雪かきスキージ、雪かきスコップ、車中泊のための毛布や寝袋、食料を積み込むことをお勧めします。笑い事ではありません。賢い雪国の人は皆そうしているでしょう。

(左)筑北村方面へ左折して暫く行くと鳥居という店の向こうに神明宮への道が。一ノ鳥居。昔は木造だったのですが、車がぶつかって破損。石造りにしたのですが、また車がぶつかって破損。これはその後再建されたものだそうです。安全運転で。(中)神社の右側にある小さな社。猿田彦大神とか色々。南方熊楠(みなかたくまぐす)が猛反対した明治の「合祀令」の結果でしょう。境内にも稲荷や天満宮なども、合祀令の暴挙の痕跡が見られます。(右)神橋の先に二ノ鳥居。ここで氏子のお爺さんと出会いました。貴重な話を色々聞かせていただきました。一ノ鳥居の話や、二ノ鳥居が木造だったが古くなって倒壊しそうになったなので銅板を巻いた話とか。

 御神木の大杉。樹齢1000年とか、500年とか色々説があるそうです(笑)。非破壊検査に調べてもらいましょう。話をした方は、昔は杉に囲まれていて、60本以上を伐採したと。本殿の近くにも巨木があったが、国に本殿と木とどっちが大事ですかと言われて、泣く泣く御神木を切ったと言っていました、その切り株は本殿の左に残っています。国宝の仁科神明宮の事故を見ると、伐採はやむを得ないと思います。今回私が見て、本殿の左の皮の剥けた杉が少しまずいなと思いました。

 舞台。地下にコンクリートの基盤を造り、舞台を組み直したそうです。その完成時には、大鹿村の歌舞伎を呼び演じてもらったそうです。こんな素晴らしい舞台は凄いと驚いていたそうです。屋根は葦葺きです。小川村の屋根職人が葺いたそうです。葦(あし)と葦(よし)は、同じものです。関西で葦が悪しにつながるとして、よし(良し)と呼ぶようになったとか。

 拝殿。初詣はともかく、普段はだれも来ないなと寂しそうにお爺さんは言っていました。平安時代、麻績郷は大麻の生産地で朝廷に献上していたのでしょう。近くにある美麻村もそう。善光寺平の篠ノ井や川中島は布施氏の荘園があり大麻を生産していました。大麻は麻布や綱として用いられただけでなく、神道の重要な儀式のツールでした。戦後GHQが大麻を禁止する法律を作らせたのは、麻薬だからではなく神道との結びつきがあまりにも強かったからなのです。海外ではマリファナの医療仕様や解禁が進んでいますが、そういうものなのです。麻薬と一緒にしてはいけません。特に医療用大麻は一刻も早く認可すべきです。それを阻んでいるのは、全く効果のない抗がん剤で莫大な利益を得ている日本の製薬メーカーと馬鹿な御用政治家です。

 本殿。国宝の仁科神明宮より大きなものです。お爺さんから新旧ふたつのパンフレットをいただきました。まだ読み込んでいないので、追加記述します。

 仮殿。宝暦10年建立。

(左)拝殿から見下ろす風景。(中)御神木の巨木と舞台。(右)本殿の後背に杉の深い森。
麻績神明宮(おみやさんcom)
日本最古の神明造りの国宝・仁科神明宮と、七色大カエデとカミツレの咲く大峰高原(妻女山里山通信)私のブログ記事です。

(左)麻績村から筑北村へ。坂上トンネルを抜けて、善光寺精進落しの湯の戸倉上山田へ。雪の中を万葉橋たもとの亀屋へ。雪が激しく降り始めました。(中)ここのラーメンは無化調で脂っこくなく、やさしく旨味が深い。若者から高齢の人にも人気のラーメン屋です。(右)味噌野菜ラーメン。サービスの豚辛味噌付き。粉も地元産。夢つけ麺は、地粉のユメセイキです。スープも飲み干すほど美味い。
 今年のブログ記事はこれで最後になります。たくさんの御高覧ありがとうございました。来年も研鑽してまいりたいと思います。では皆様、良いお年を。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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クリスマスイブの善光寺平を妻女山展望台から望む。雪はちらついてきたものの…。ボヘミアン・ラプソディ。Queen(妻女山里山通信)

2018-12-24 | ジャズ・音楽
 ホワイトクリスマスにはならないでしょう。それでも周囲の1000m以上の里山も白く雪化粧しています。

 年末年始の買い物の前に妻女山展望台へ。東の松代方面。左の拙書でも紹介の奇妙山も雪化粧か霧氷で白くなっています。右のプリン型の皆神山やその右手前の象山には暖冬で全く白いものが見られません。

 北の展望。右の飯縄山のスキー場のゲレンデが白い。左の戸隠連峰は雪雲の中。長野盆地(善光寺平)の里には全く積雪は見られません。手前は名産の長芋畑ですが、今日は農作業する人は見られません。長野Uスタジアムからも、今日はチャントが聞こえてきません。

 西の展望。晴れていれば西山の向こうに北アルプスの仁科三山(爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳・五竜岳)が見えるのですが。

 展望台後ろの善光寺地震の慰霊碑。8600人の犠牲者がでました。1847年5月8日(弘化4年3月24日)、晴天の善光寺の町は、善光寺の御開帳に訪れた諸国からの大勢の参詣者で終日ごった返し、周辺の宿屋は7000人から8000人の泊まり客で満員となっていたのです。松代藩がここに慰霊碑を立てたのは、右奥に見える斎場山(旧妻女山)が古代科野国の聖地であることを知っていたからと思われます。このことは拙書の斎場山でも詳しく記しています。

 買い物や用事を済ませて善光寺の精進落としの湯、万葉温泉へ。これは近くの観世温泉。温めのエメラルドグリーンの優しい湯が魅力です。雪がちらついてきました。でも積もることはないでしょう。

 帰ります。正面に拙書でも紹介の五里ヶ峯。左の平らになる部分に、山本勘助が後ろから村上義清の葛尾城を襲うために造らせたと伝わる勘助道(勘助横手)が現存しています。もちろんそれも拙書では紹介しています。
 帰りの車の中では、山下達郎の『クリスマスイブ』がFM長野から流れてきました。名曲といっていいでしょう。帰宅してからは、NHKでQueenのボヘミアン・ラプソディの謎についての番組を視聴。これがヒットしていた当時、ロンドンに5週間ほど住んでいたことがあるので、特別な想いがあります。ザ・バンドの『ラストワルツ』とともに衝撃を受けた曲です。シェークスピアのマクベスやイタリアオペラ、ジプシーのボヘミアン。深い歌です。そして最後はたいしたことじゃないんだよと締めくくるザンジバル出身でペルシャ系インド人でゲイのフレディ・マーキュリー。人はみんな違ってみんないい。
 1977年のロンドンや村上春樹さんのジャズ喫茶や当時の国分寺や国立についてのフォトエッセイを記しています。マイノリティを尊重できない社会はいずれ滅びる。実は誰もがマイノリティ。存在理由は万人にあるのです。映画『ボエミアン・ラプソディー』は、新年に必ず観に行きます。
 クリスマス寒波は来ませんでしたが、年末寒波は確実に来るとの予報です。ご自愛を。
村上春樹さんの国分寺ピーター・キャットを中心とした70年台のクロニクルまたはスラップスティック - 『国分寺・国立70Sグラフィティ』 福一事故の萌芽がここに。32本のフォトエッセイ #村上春樹 #HARUKI-MURAKAMI

77年の3月、羽田空港からロンドンへ、空中分解しそうなアエロフロートで飛んだ フレディの彼女が働いていたビバでロンドンコートとウェスタンブーツを買った。フレディと同じ空気を吸っていたんだね。後日映画を観ました。当時のロンドンと彼女と、色々なことを思い出して、涙腺が崩壊しそうでした。

ボヘミアン・ラプソディ【訳詞付】- Queen


Queen - Greatest Hits (1) [1 hour long]


実はこれが一番好きだったりして(笑)。好きだよ!
Queen - Bicycle Race


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佐久間象山を祀る松代の象山神社へ。象山の大砲試射地へも。明治維新の真実は。晩白柚の浮かぶ万葉超音波温泉(妻女山里山通信)

2018-12-22 | 歴史・地理・雑学
 新たに明治維新の志士の銅像が祀られた象山神社を訪れました。学問の神様なので、初詣には受験生やその父母が大勢参拝に訪れます。後背には象山の名の元となった拙書にも載せている象山がそびえています。麓には象山の名の元となった中国から訪れた隠元禅師を祀る黄檗宗(おうばくしゅう)象山(ぞうざん)恵明禅寺(えみょうぜんじ)があります。第二次世界大戦の遺構、象山地下壕とともに訪れることをお勧めします。
象山神社公式ホームページ

 象山神社の境内案内図も刷新されました。象山記念館もぜひ訪れてください。

(左)佐久間象山の騎馬像。当地ではしょうざんではなく、ぞうざんと呼んでいます。私が通った清野小学校の家庭科室には彼の肖像画が飾ってありました。(中)象山神社。(右)鳥居をくぐって左手に心字池。

 拝殿。その後背に本殿。建築は象山殉難五十年祭を契機に神社建立が計画され昭和十三年に県社として創建された新しい神社。新しいので特に見るべき木彫はありません。右のご神木はイロハカエデ。松代初代藩主真田信之の寵臣で信之に殉死した鈴木右近忠重の子孫の屋敷跡があった場所で、その庭にあったものを移植したもの。

 佐久間象山が安政元年(1854年)から約10年間の蟄居中に住んでいた松代藩家老望月主水の下屋敷聚遠楼の敷地内にあった建物。来客があるとこの2階に招き、応対したそうです。中岡慎太郎や高杉晋作も訪れています。

 松代藩主 真田幸貫公と佐久間象山の銅像。地球儀を持つ象山。
 佐久間象山は儒学者・科学者・医者・砲術家で、日本最初の電信実験をし、地震計、医療器、写真機など数多くの科学実験をしました。その多彩な才能には驚かされますが、それ以上に、世界的な視野から日本の行く末を見つめる視点を持っていたことに驚かされます。後に勝海舟にまでほら吹きなどといわれましたが、結局鎖国が続いた後の日本では、彼の才能と見識を真に理解できる人は誰もいなかったのでしょう。ただ、そんな象山も、明治維新が英仏金融勢力による日本隷属を企て、明治維新は結局彼らが薩長の田舎侍を利用したクーデターになるとは、想像もできなかったのではないでしょうか。

 象山の正室は門弟勝海舟の妹順子ですが子がなく、嫡子は側室お菊の生んだ恪二郎です。象山の敵を討つべく新撰組に入りましたが、生来のわがままで役立たず、後に司法省に入りましたが、食中毒で29歳で亡くなっています。象山はケツがでかい女がいいと言っていたそうですが、勝海舟の娘はたぶんそうだったのでしょうね。でも子ができませんでした。多産とお尻の大きさは無関係です。

 心の池。この向こう側の小径を行くと象山の生家跡。生家跡の片隅にある煙雨亭は、象山が元治元年、凶刃に倒れるまでの2ヶ月間を過ごした煙雨楼の遺構で、 煙雨楼の茶室を移築したもの。煙雨楼は2階家で京都木屋町の鴨川畔にあったそうです。

(左)心の池の無事カエル(帰る)大明神。交通安全の神様です。(中)後背にそびえる象山。拙書でも紹介していますが、ぜひ登ってみてください。桜の季節は特にお勧めです。(右)昔は松代の街中にあった神社右手の泉水路。各家々の庭をつないでいるものもあります。黒澤明監督の『椿三十郎』を思い出します。

 千曲市生萱の沢山川辺りにある佐久間象山の大砲試射地。砲弾は屋代の一重山を越えて幕府領の満照寺に着弾とよくいわれていますが、これはでっち上げ。佐久間象山を快く思わない人達が地元の子供に駄賃をあげて実際は一重山手前に着弾したものを運び上げて満照寺に落としたものだそうです。

 冷えた体を温めに戸倉上山田温泉の万葉超音波温泉へ。大きな晩白柚が30個ほど浮かんでいました。柚子も。温まって帰りました。

 明治維新は欧米金融機関の傀儡となった薩長や土佐藩の田舎侍が起こしたクーデターでした。写真の明治天皇はなりすました大室寅之祐か。
「明治維新オールスター写真は本物」ツイッターで相互フォローしている佐伯まお氏のブログ記事上の写真は氏のブログからお借りしました。このブログ記事の明治天皇の若き頃の写真と天皇時代の写真は、どう見ても同一人物。詳しくは田布施システムで検索を。
「田布施システム」と明治天皇替え玉説 長州藩は長年、南朝の末裔をかくまってきたという。桂小五郎・伊藤博文ら長州の志士たちは、この南朝の末裔を天皇にして政権を取ろうと考えた。攘夷派だった孝明天皇(北朝)と息子を暗殺、大室寅之助少年を即位させたという。明治維新のプロセス全体が、ロスチャイルド系商社のプロデュースによるものだという話。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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妻女山里山デザイン・プロジェクトの作業と絶品グルメが揃った納会(妻女山里山通信)

2018-12-09 | 男の料理・グルメ
 暖冬が嘘のような厳寒の日曜日。妻女山里山デザイン・プロジェクトの作業と納会を行いました。最高気温は3度。ちぎれた雪雲が舞ってきて雪もちらつきました。納会は、山仲間だった故人のログハウスの庭を借りて。仲間が作った絶品グルメが並びました。今回は洋食を中心に用意。ちょっと食べすぎました。

(左)作業は、妻女山駐車場の奥にある我が家の山で行っている椎茸の原木栽培の補修です。手前の登山ノートには、上杉謙信本陣の斎場山(旧妻女山)へ登ったという書き込みが。今日も清野氏の鞍骨城へ行かれた人がいるようです。『真田丸』以降登山者が増えました。(中)手前の折れてしまったホダ木の馬を直します。また、上のもう出なくなったホダ木の整理も。(右)今回は鉄管とクランプで馬を作ります。

(左)馬が出来上がりました。(右)立ち枯れの赤松を伐採します。楔を打って倒したのですが、オニグルミの木に掛かり木になってしまいました。まず赤松を玉切りして、オニグルミの枝を切って掛かった赤松を落としました。枝を片付けて作業は終了。昼餉を行う堂平大塚古墳へ向かいます。

(左)K氏が用意した牛筋と我々が栽培したブラジル豆のフェジョン・プレットのトマトシチュー。デルモンテの濃厚リコピンリッチで煮込みました。馬鹿旨です。(右)N氏が持参の赤海老とミニホタテをニンニクでオリーブ炒め煮して白ワインで蒸しました。これも絶品。

(左)チーズフォンデュ。これは私がネットで買い求めたものです。パンだけでなく赤海老やポテトやカボチャも美味でした。(中)パンはS氏がユメチカラで焼いてきたフランスパン風。(右)S氏が作ったホットワイン。レモンとシナモンとクローブが入っています。温まります。もちろん完全に酔いを覚まして山を下ります。

(左)今回は洋風と言ったのにN氏が作ってきたもつ煮。旨い!(中)信州の冬といえばこれ。野沢菜漬け。(右)寒いと分かっていたので、今回は薪ストーブを二つ持ってきました。これはN氏手作りの灯油のタンクを再利用した薪ストーブ。

 今回は、宮彫り研究科のK氏が「聖徳太子の善光寺」の話をしてくれました。矢島忠享氏自費出版の『封じられた寺 聖徳太子の善光寺』を氏から勧められて買い求めたのが発端です。この本は、100部限定出版で、シェルシェ長野の平安堂書店でのみ売られています。そんなで古代科野国の話で盛り上がりました。春秋戦国時代の呉と越の話や、秦の始皇帝の時代に来訪して全国にその伝説が残る徐福の話。そこから越後や信州に点在する諏訪社の話など。善光寺と守矢一族とユダヤの消えたある部族との関連性など、興味ある話題で盛り上がりました。

(左)前日まで暖冬だったため狂い咲きのノコンギク。(中)こちらも狂い咲きのツツジ(躑躅)。(右)堂平大塚古墳。横穴式で、古墳時代末期のものです。

(左)この敷地内にある石碑。勅命とあります。正一位とも。(右)天宮大穴郷堂平と読めます。いつごろのどういう石碑なのか非常に興味があります。長野県立歴史館の学芸員の方に検証していただきたいです。

 そこからの風景。北アルプスは吹雪いているようです。正面は鹿島槍ヶ岳。眼下に流れる千曲川。そこを渡る手前から国道18号、しなの鉄道、北陸新幹線、長野自動車道。向こうの里山には川柳将軍塚古墳や丸山古墳群があります。古代科野国の面影が偲ばれます。

(左)帰りに川中島の戦いで上杉謙信が陣城を建てたと伝わる陣場平へ。我々が貝母(ばいも)の保護活動をしている場所です。4月中旬に満開になります。ブログ記事にもアップしているので、4月の記事を御覧ください。(中)森の珊瑚と私が呼ぶクマノミズキの実。野鳥の餌になります。(右)長坂峠からの上杉謙信の本陣と伝わる斎場山(旧妻女山)。山頂は円墳です。ぐんぐん冷えて2度になりました。皆と別れた後は、冷えた体を温めるために戸倉上山田温泉へ。万葉超音波温泉で温まって帰りました。

 陣場平のクマノミズキです。近くにはミズキや信濃柿(豆柿)もあります。

 万葉超音波温泉から見上げる冠着山(姨捨山)。山頂は見えていません。寒いときは温泉が一番です。超音波風呂に入った後は、48〜49度という激熱の温泉に入って出ます。信州は温泉天国です。
 今回は我々の活動の保全でしたが、里山保全の活動もしています。非常に難しい命題ですが、大事なことです。市街地で暮らしていると分からないかもしれませんが、周囲の里山が健全でないと、街の暮らしも健全さを失うのです。極論ですが無知は罪です。必ず私達の生活に害をもたらします。自然に生かされているという教育を徹底すべきです。

『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

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 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。長野県シニア大学や自治体などで好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。大学や市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。


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