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心療内科 新(あらた)クリニックのブログ

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“MDMA”がPTSD治療薬として治験進行中

2019年09月10日 | 新薬
今年の5月に医学雑誌“Psychopharmacology ”に、米国で実施中のMDMAによるPTSDへの治験(第2相試験)の結果が報告されました。結果はプラセボに比べ、MDMA治療群では有意に治療効果が上回っており、今後の有力なPTSD治療薬として注目されています。なお、本薬剤は2017年8月にすでに米国FDAより画期的治療薬に指定されております。  

少々気になる点は、MDMAはアンフェタミンと類似した化学構造を持つ合成麻薬で、いわゆる巷では“エクスタシー”と呼ばれているドラッグである点です。そう言われると悪いイメージしか湧いてこないかもしれませんが、MDMAは脳内のセロトニンやドーパミンなどを放出させることにより、強い多幸感や親密感、信頼感が得られたり、共感性や社交性を改善したりする効果があることが示されています。 

このMDMAの凄い点は、他のどのPTSD治療薬およびPE(長期暴露療法)などのトラウマ焦点化心理療法よりも効果が高いということがこれまでの研究から示されているということです!

ちなみにEMDRはPEと治療効果が同等ですので、EMDRよりもMDMAの効果の方が優っているということになります。なお、PTSDの患者さんはEMDRでほとんどの方は回復しますので、MDMAは凄まじいですね...。

なおMDMAは、ADHD治療薬の一つであるコンサータと同様の中枢神経刺激薬に分類されます。ですので、コンサータと同様に厳格に国の管理のもと適正使用される限りは大きな問題は生じないものと考えられます。

ただし、そうはいってもアンフェタミン類似の合成麻薬ですので、やはり依存性の問題はないとは言えません。ですので、他のどの治療法を用いても改善しない難治性のPTSDのみに使用されるべきでしょう。

作用機序的には、MDMAがPTSDに効果があるということは自明の理で、ポリヴェーガル理論で説明すると、とてもよく理解できます。

ポリヴェーガル理論とは多重迷走神経理論とも呼ばれ、1994年にイリノイ大学精神医学名誉教授のポージェス博士により提唱されました。非常に画期的な自律神経系の神経理論で、ここ10年で世界中から最も注目を浴びている神経理論です。

元々は心拍変動に関する精神生理学的な研究からスタートしましたが、その後、愛着障害や発達トラウマ、PTSDなどの理解や治療において非常に有用であることが分かり、トラウマの治療や研究に携わる専門家の間では特に注目されております。下の図がその概要となります。



つまり、人間には3つの自律神経系が生来備わっており、安全な環境では“腹側迷走神経複合体”が働き、健全な社会的交流が図られますが、危険な状況に曝されると、自律神経系は自動的に“交感神経系”にシフトします。その結果、精神は興奮状態となり、「戦うか逃げるか」モードとなりますが、生命を脅かすようなトラウマ的出来事に遭遇すると、戦うことも逃げることもできなくなるため、今度は一番下の“背側迷走神経複合体”にシフトしてしまいます。そうなると縦軸の覚醒度は下がり、記憶がフリーズしたり(PTSDではその記憶の断片がフラッシュバックとして想起されます)、麻痺や解離などが生じます。

つまり、PTSDでは背側迷走神経複合体が優位な状態となり、基本的に覚醒度が下がったままの精神状態に陥ってしまいます。そして、先程ふれたようにMDMAは覚醒作用を持つ中枢神経刺激薬ですので、PTSDの患者さんにMDMAを投与することで覚醒度が上がり、自律神経系を健全な社会的交流が可能な腹側迷走神経複合体が優位な状態に引き戻すことができると考えられます。

米国ではすでに第3相の治験が始まっており、早ければ2021年には上市される予定です。今後のMDMAの開発動向が大いに注目されます。