心療内科 新(あらた)クリニックのブログ

最新の精神医学に関するトピックスやクリニックの情報などを紹介します

ワークショップ参加報告

2012年05月29日 | 専門外来

当院の臨床心理士が、5月19日~20日に開催された「EMDRと子供の治療」ワークショップに参加してきました。EMDRは小児にも適応することができますが、子供には大人のような集中力はなく、また、起こった出来事に関しても言語化するのが難しいので、子供にEMDRをする際には、大人とは違った手順や工夫が必要となります。今後、当院における心理療法をさらに充実させていきたいと思っております。


電子カルテについて思うこと

2012年05月29日 | ブログ

最近は電子カルテを導入する病院やクリニックが増えてきました。しかし、精神科について言えば、電子カルテはあまり使い勝手がよいとはいえないと私は感じています。一番不便に感じることは、過去の経過を見るときに、紙のカルテならパラパラとページをめくることで大まかな時系列的な経過が分かりますが、電子カルテはそれができません。また、入力時に患者さんと向き合うことが少なくなるのもデメリットかと思います。唯一のメリットは、誰が記載しても文字が読めることくらいでしょうか。ですので、当院では電子カルテを導入することはないと思います。

 

ちなみに、記録媒介の寿命は、

・ハードディスク:約5年

・CDやDVD:約20年

・フィルム:約100年

・紙:数百年(日本紙は1000年!)

石(ロゼッタストーンなど):数千年

です。このように、保存の観点からもデジタルデータより紙の方が優れていることが分かります。


マインドフルネス(2)

2012年05月11日 | ブログ

前回のブログ記事で、マインドフルネスについての概要を説明しましたが、なかなか理解が難しいかもしれません。 マインドフルネス(mindfulness)のもともとの定義・意味は、サティ(sati;気づき)という宗教用語の英訳で、漢語では「念」と訳されます。 現在では「ありのままの注意」という意味で使用されていますが、背景には、ヴィパッサナー瞑想の影響があると考えられています。

ヴィパッサナーとは、

《ヴィ》=直感的、分析的、洞察的に

《パッサナー》=見る

⇒ 如実知見(ありのままに知り、見守る智慧)

という意味です。

 

マインドフルネス瞑想法の技法例として、

・食べる瞑想(レーズン・エクササイズ)

・歩く瞑想(マインドフル・ウォーキング)

・マインドフルネスの呼吸瞑想

・ボディスキャン

・日常生活のマインドフルネス

などがあります。いずれの技法でも、「 動作の途中で何か(音、イメージ、思考、雑念、妄想など)に気がそれたら、それにサティ(気づき)を入れ、ラベリング(心の中で唱える)し、中心対象に優しく注意を戻す」、ということを繰り返します。

 

つまりは、マインドフルネス瞑想を実践することで、「今この瞬間に自分に起きているすべての出来事を価値判断せずにあるがままに受け入れることで、思考や感情、感覚は現実や自分そのものではなく、心の中の一過性の出来事にすぎず、現れては変化し、やがては消えていくものであることに気づける」ようになります。その結果、自分が体験していることから逃げたりそれを同一視するのではなく、その体験に向き合えるようになり、心理的柔軟性やストレス耐性が向上することが期待されます。

 

上記の瞑想法のうち、私の一番のおすすめは、「マインドフルネスの呼吸瞑想」です。なぜかというと、人間は生きている限りは常に呼吸をしていますが、不安や恐怖が強いときは呼吸数が早くなっていて、呼吸をしていること自体に気が回らなくなっています。ですので、呼吸(お腹のふくらみやちじみ)を中心対象にして、何か(例えば不安感)に気がそれたらそれにサティを入れラベリングし(“不安、不安、不安”と心の中で唱える)、中心対象(お腹のふくらみ、ちじみ)に注意を戻すことを繰り返かえします。そうしていくと、最初は圧倒されていた不安感に対しても、徐々にその不安に向き合うことができるようになり、自分の感情をコントロールできるようになっていきます。

 

「瞑想なんて、科学的な根拠あるの」と思われる人も多いかと思いますが、それがあるんですある脳科学的な研究から、長年に渡ってヴィパッサナー瞑想を行っている人の脳では、瞑想を行っていない人達と比べて、右背内側前頭前野や右島という部位の皮質の厚みが有意に増していることが分かっています。さらに、右背内側前頭前野はパニック障害の患者に暴露療法を行った前後で、糖代謝が増加した部位とほとんど同じ場所であったと報告されています(Sakai, 2006)。暴露療法とは、乗り物や外出恐怖に対して逃げずに練習するようにし、その際の不安を客観的に観察することを繰り返す行動療法です。このことから、右背内側前頭前野は自己の観察という心的機能と関連している可能性が高いと考えられます。


マインドフルネス(1)

2012年05月09日 | ブログ

最近は連休前後で忙しく、ブログの更新が滞っていました。このところは薬物療法に関する話題が比較的多かったので、今回は心理療法について記載しようと思います。

近年、巷ではうつ病などに対する認知行動療法に関心が高まりつつあり、当院でも認知行動療法を行っています。ただし、一言で認知行動療法といっても、実は様々な種類の認知行動療法があり、うつ病に対しては、当院では厚生労働科学研究班作成の「うつ病の認知療法・認知行動療法マニュアル」に沿って行っています。この認知行動療法は、1970年代に米国のAaron T Beckという精神科医が、うつ病に対する精神療法として開発したものです。日本では、国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター所長の大野 裕先生が第一人者で、私と当院の臨床心理士は大野先生のワークショップを過去に受講しています。

さて、今回のブログのタイトルの「マインドフルネス」ですが、これは、日本では2005年頃から注目されるようになってきた、いわゆる“新次元の認知行動療法”と呼ばれるものです。実は、このマインドフルネスこそが今、精神科や心療内科、心理士業界で一番、ホットな心理療法として注目を浴びています。さて、従来の認知行動療法と何が違うかというと、簡単に言うと、従来の認知行動療法は、「認知の偏りを同定し、それらを修正することで感情のコントロールを図る」というものですが、マインドフルネス関連の認知行動療法は、「認知との距離の取り方を変えていくことによって、認知の機能を変えていく」というところが一番異なる部分だろうと思います。しかしながら、両者ともに結果的には“メタ認知的気づきが増える”ということは共通しています。メタ認知とは「認知を認知すること」、つまり、人間が自分自身を認識する場合において、自分の思考や行動そのものを対象として客観的に把握し認識することと言えます。

では、マインドフルネスとは、日本語訳すると何なのか?ということですが、「意図的に、現在の瞬間に、そして瞬間瞬間に展開する体験に判断せずに注意を払うことで現れる気づき」と訳されます。日常的な言葉で捉え直すと、「すべてのことを迎え入れ、それをそれがあるがまま(as it is)にしておくこと」と言えます。これを聞くと、すでにお気付きの方もいるかと思います・・・そうです森田療法の「あるがまま」と同じ概念と言えます。

マインドフルネスの代表的な技法はマインドフルネス瞑想で、これは、約2500年前に仏陀が実践して悟りを開いた瞑想法(ヴィパッサナー瞑想)とほぼ同じです。ただし、マインドフルネス関連の認知行動療法は、仏教的思想に直接的に基づいているわけではありません。結果として極めて類似したものになっていますが、これは、「両者間の予想外の並行性は、どちらも人間の苦しみに対して中核的な主題を扱っている(Hayes談)」からだと考えられています。つまりは、マインドフルネスは古くて、新しい心理療法と言えるでしょう。

マインドフルネス関連の認知行動療法は、大きく分けて、「マインドフルネスストレス低減法」、「マインドフルネス認知療法」、「弁証法的行動療法」、「アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)」の4つがあります。私はこれまでに、マインドフルネス瞑想やマインドフルネス認知療法、弁証法的行動療法、アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)のワークショップに参加して、マインドフルネスについて学んできました。弁証法的行動療法は、ボーダーラインパーソナリティ障害に対する治療法ですが、基本的に集団療法で、かつ相当な時間やマンパワーも必要であるため、個人のクリニックで実施するのは残念ながら困難です。マインドフルネス認知療法とACTは個人療法ですので、クリニックでの実施が可能です。ただし、マインドフルネスというのは非常に抽象的で、「ワークブックを読んだだけでは良く分からない」というのが実情です。例えば、ACTに関しては、「ACTをはじめる」(「“あなた”の人生をはじめるためのワークブック」の再版)というセルフ・ヘルプのワークブックがありますが、患者さん自身が一人でするのはおそらく難しいと思います。なぜなら、内容が抽象的である上に、取り組む課題があまりに多いためです。しかし、この課題に地道に取り組むことで、自分の感情や思考、行動を客観視することができるようになり、自分の感情や行動をうまくコントロールすることが可能になってきます。

さて、昨年から今年にかけて、全般性不安障害とうつ病を併発している患者さん1名に対して、ワークブックを使ってACTを実施してみました。薬物療法も並行して行っていたのでACT単独の効果ではありませんが、精神症状は徐々に改善していき、復職もされました。先日、やっと287ページのワークブックを完遂し、患者さんに感想を聞いてみたところ、「以前よりも、何か不安に思う出来事があっても、“まあいいか”、“どうにかなるか”と思えるようになった」と話されました。これは、「メタ認知的気づきが増えた」と言えるかどうかは若干微妙ですが、ある程度は脱中心化(認知から距離をおくこと)ができるようになった結果ではないかと、一定の効果は感じています。ただし、繰り返しになりますがマインドフルネス関連の認知行動療法は非常に抽象的ですので、従来の認知行動療法の方が患者さんは取り組みやすいのではないかと感じています。