時間がないので、軽く一通りの感想を・・・。
早く載せないと舞台が終わってしまうので、未完成だけど無理やりUPしますね。
いつも以上に変で読みにくい文章ですみません。
後程、書き直します。
(バタバタしていてパソコンの前に座る時間も無いんです。この文章も携帯で書きました。)
鈍い金色の大きな屏風の様な物が舞台を囲む様に吊るされていて、その後ろに椅子が置かれている。
役者さんは、この椅子に座って舞台を見ていて、出番が来ると前に出て芝居を始める。
時には、この椅子が舞台中央に持ち出されてベットになったり、飲み屋のテーブルになったり・・・。
使われるのは椅子だけ。
衣装も殆ど普段着の様な感じ。
男性陣は着替えもない。
音楽は尺八、一本。(時にモーツァルトのCDが流れます)
余計なものが削ぎ落とされた、本当にシンプルな舞台。
原作通り、往復書簡の形式で進んで行く。
靖明(鹿賀丈史氏)と亜紀(余貴美子さん)だけでなく、男性陣4名と女性陣4名に別れて手紙を読み合う。
先に書いた方が舞台真ん中に手紙を置き、次に読む方が進み出てその手紙を拾って開封し読み始めると芝居が始まる。
靖明が読み始めると、その後ろに男性俳優4名が立ち、順にテンポ良く手紙を読んでいく。
読みながら、巧みに再現芝居が入る。
この手紙と芝居の入れ替わりが実に絶妙!
テンポ良くリズミカルで、あっという間に引き込まれてしまいました。
「原作のあのシーンに、こんな動きが入るのか」と感心する事しきり。
さすがジョン・ケアード
3時間10分(間に15分休憩あり)と、ストレートプレイとしては長い方だと思うけれど、中弛みなどなく常に心地好い緊張感がありました。
役者さんが、ほぼ全員常に舞台上に居る。
舞台上に異なる時間・空間が同時に存在し、瞬時に入れ替わる。
セットはシンプルで演出と役者さんの演技で魅せる。
圧倒的な量のセリフをテンポよく詰め込んでいる。
鹿賀さんと市村さんが共演された『デモクラシー』を思い出します。
鹿賀さん、余さんはもちろん、他の役者さんの熱演も素晴らしかった
中でも、私鉄沿線97分署の倉さんこと、高橋長英さんの温かい父親役がツボでしたね。
後、亜紀の子供役の人も何か憎めないし、靖明と心中しようとした瀬尾由加子役の馬渕英俚可さんも色っぽくて良かった。
ジョン・ケアードの演出は、全ての役者さんの魅力・力量を引き出していたと思います。
(役者さんについては、後程詳しく)
何故、書簡形式なのか?
最初に原作を読んだ時に思ったのは、手紙を書くという事はまず自分と向き合う事だから。
自分は何を考え、何を感じ、そして望むのか‥。
過去の中の自分や関わった人間に対峙し、湧き出た思いを文字にする。
そして、それを最も知って貰いたい相手に手紙という形でぶつける。
そうしたやりとりの中で、失ったものを相手と補い合い、未来へと目を向ける。
人に言われたり教えられたりするのではなく、自分自身の中にあるものを見つめ直し、そこから再生していく。
これが、この話の核となっているからなのでは?
鹿賀さん個人のファンとして
カツラもメイクもなく殆んど『素』の状態に近い鹿賀さんの芝居を間近で見られるのは、至福としか言いようがないです
鹿賀さんが目の前で、拗ねる・甘える・落ち込む・怒る
こんなサービス満点の舞台は、ちょっと無いですよ
いろんな意味で濃厚な3時間、たっぷり堪能させて頂きました
後2回の観劇も本当に楽しみです。
東京でなければ、もっと観たかった。
再演と地方公演、してくれないかな‥。
少し愚痴らせて下さい
今回の観劇は本当にトークショーに縁がなかった
今日知ったのですが、8日と11日にも鹿賀さんのトークショーがあるそうですね。
私の観劇日は9日‥。
『レミゼ』もこんな感じで悉く外れました‥。
イベントに恵まれないのは、私の業なのでしょうか
トークショーなんか嫌いや(笑)
早く載せないと舞台が終わってしまうので、未完成だけど無理やりUPしますね。
いつも以上に変で読みにくい文章ですみません。
後程、書き直します。
(バタバタしていてパソコンの前に座る時間も無いんです。この文章も携帯で書きました。)
鈍い金色の大きな屏風の様な物が舞台を囲む様に吊るされていて、その後ろに椅子が置かれている。
役者さんは、この椅子に座って舞台を見ていて、出番が来ると前に出て芝居を始める。
時には、この椅子が舞台中央に持ち出されてベットになったり、飲み屋のテーブルになったり・・・。
使われるのは椅子だけ。
衣装も殆ど普段着の様な感じ。
男性陣は着替えもない。
音楽は尺八、一本。(時にモーツァルトのCDが流れます)
余計なものが削ぎ落とされた、本当にシンプルな舞台。
原作通り、往復書簡の形式で進んで行く。
靖明(鹿賀丈史氏)と亜紀(余貴美子さん)だけでなく、男性陣4名と女性陣4名に別れて手紙を読み合う。
先に書いた方が舞台真ん中に手紙を置き、次に読む方が進み出てその手紙を拾って開封し読み始めると芝居が始まる。
靖明が読み始めると、その後ろに男性俳優4名が立ち、順にテンポ良く手紙を読んでいく。
読みながら、巧みに再現芝居が入る。
この手紙と芝居の入れ替わりが実に絶妙!
テンポ良くリズミカルで、あっという間に引き込まれてしまいました。
「原作のあのシーンに、こんな動きが入るのか」と感心する事しきり。
さすがジョン・ケアード
3時間10分(間に15分休憩あり)と、ストレートプレイとしては長い方だと思うけれど、中弛みなどなく常に心地好い緊張感がありました。
役者さんが、ほぼ全員常に舞台上に居る。
舞台上に異なる時間・空間が同時に存在し、瞬時に入れ替わる。
セットはシンプルで演出と役者さんの演技で魅せる。
圧倒的な量のセリフをテンポよく詰め込んでいる。
鹿賀さんと市村さんが共演された『デモクラシー』を思い出します。
鹿賀さん、余さんはもちろん、他の役者さんの熱演も素晴らしかった
中でも、私鉄沿線97分署の倉さんこと、高橋長英さんの温かい父親役がツボでしたね。
後、亜紀の子供役の人も何か憎めないし、靖明と心中しようとした瀬尾由加子役の馬渕英俚可さんも色っぽくて良かった。
ジョン・ケアードの演出は、全ての役者さんの魅力・力量を引き出していたと思います。
(役者さんについては、後程詳しく)
何故、書簡形式なのか?
最初に原作を読んだ時に思ったのは、手紙を書くという事はまず自分と向き合う事だから。
自分は何を考え、何を感じ、そして望むのか‥。
過去の中の自分や関わった人間に対峙し、湧き出た思いを文字にする。
そして、それを最も知って貰いたい相手に手紙という形でぶつける。
そうしたやりとりの中で、失ったものを相手と補い合い、未来へと目を向ける。
人に言われたり教えられたりするのではなく、自分自身の中にあるものを見つめ直し、そこから再生していく。
これが、この話の核となっているからなのでは?
鹿賀さん個人のファンとして
カツラもメイクもなく殆んど『素』の状態に近い鹿賀さんの芝居を間近で見られるのは、至福としか言いようがないです
鹿賀さんが目の前で、拗ねる・甘える・落ち込む・怒る
こんなサービス満点の舞台は、ちょっと無いですよ
いろんな意味で濃厚な3時間、たっぷり堪能させて頂きました
後2回の観劇も本当に楽しみです。
東京でなければ、もっと観たかった。
再演と地方公演、してくれないかな‥。
少し愚痴らせて下さい
今回の観劇は本当にトークショーに縁がなかった
今日知ったのですが、8日と11日にも鹿賀さんのトークショーがあるそうですね。
私の観劇日は9日‥。
『レミゼ』もこんな感じで悉く外れました‥。
イベントに恵まれないのは、私の業なのでしょうか
トークショーなんか嫌いや(笑)
私も「錦繍」楽しみにしてたんですが、行けなくなって泣いていたところ(笑)、ヒロらんさんの感想を拝見し、舞台を少し垣間見たような気がしました。ありがとうございました。
かつらもなにもつけていない、歌も歌わない、本当に素の鹿賀さんが堪能できる舞台だったんですね。
高橋さんとの共演も楽しみだったんですが・・・
こちらの感想とともに、もう一度原作を読んで舞台を思い描いてみます。
お身体の調子は如何ですか?
遠征と準備の大変さを知っているだけに、はぎおさんの悔しいお気持ちよくわかります。次の機会に備えて、今はご自愛なさって下さいね。
「錦繍」は質の高い舞台だったと思います。
ちょっと時間がかかりそうですが、諸事情で御覧になれなかった方にも楽しんで頂ける様な感想になるよう頑張ってみますね