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モバライダー mobarider

なぜ、初期宇宙に超大質量ブラックホールが既に存在しているのか? ダークマターの崩壊による水素分子の分解が原因かも

2024年09月05日 | ブラックホール
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の登場により、宇宙の歴史の初期段階において超大質量ブラックホールが存在することが明らかになりました。

通常、ブラックホールの形成には、巨大な恒星が燃え尽き、その核が崩壊するまでに数十億年かかります。
そのブラックホールも、物質の降着やブラックホール同士の合体、銀河同士の合体によって時間をかけて超大質量ブラックホールに成長していきます。

それでは、なぜ初期の宇宙に超大質量ブラックホールが存在しているのでしょうか?
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による発見は、従来の形成理論では説明がつかないことだったんですねー

そこで今回の研究で調べたのは、ダークマターがこの謎を解くカギを握っている可能性でした。
ダークマターが水素の冷却を遅らせることで、巨大なガス雲の形成を促進したと考えた訳です。

通常、水素は急速に冷却して小さなハローを形成します。
でも、ダークマターが崩壊し放出される放射線が水素分子を分解することで、ガス雲が急速に冷却して小さなハローに分裂するのを防いだとすれば、ガス雲は十分な大きさの雲を形成できるようになるはずです。

これにより、巨大なガス雲からは恒星ではなく、超大質量ブラックホールを直接形成することが可能になった可能性があります。

このプロセスは、巨大なガス雲が崩壊して超大質量ブラックホールを直接形成するもの。
この発見は、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成を説明するだけでなく、ダークマターの性質と初期宇宙における構造形成を理解する上で重要な手掛かりとなる可能性があります。
この研究は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校博士課程の学生Yifan Luさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“Physical Review Letters”に、“Direct collapse supermassive black holes from relic particle decay”として掲載されました。DOI:10.1103 / PhysRevLett.133.091001
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたクエーサー“J0148”。2つの挿入図は、上が銀河中心ブラックホール、下がホスト銀河からの恒星の放射を示している。(Credit: MIT/NASA)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたクエーサー“J0148”。2つの挿入図は、上が銀河中心ブラックホール、下がホスト銀河からの恒星の放射を示している。(Credit: MIT/NASA)


これまで考えられていた超大質量ブラックホールの形成シナリオ

天体物理学の分野では、私たちの天の川銀河の中心に位置する“いて座A*”のような超大質量ブラックホールの形成には、膨大な時間がかかると広く認識されています。

太陽の8倍以上の質量を持った恒星が進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。
この爆発の後に残されるのがブラックホールです。

これが広く受け入れられているブラックホールの形成シナリオです。
でも、このプロセスで生じるブラックホールは約10太陽質量ほど…
観測されている数十億太陽質量の超大質量ブラックホールと比較すると、取るに足らないものと言えます。

それでは、これらの超大質量ブラックホールは、どのようにして形成されたのでしょうか?

有力な仮説の一つに、小さなブラックホールがガスや星を降着させることで徐々に成長し、これらのブラックホールが互いに合体して質量がさらに増加するというものです。

でも、このプロセスにかかる時間は数十億年という膨大なものと考えられています。
宇宙の歴史の比較的早い段階でジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって観測された超大質量ブラックホールの存在と矛盾することになるんですねー


巨大なガス雲が重力によって収縮する直接崩壊

初期宇宙における超大質量ブラックホールの急速な形成に対処するために提案されたのが、“直接崩壊”というモデルです。
このモデルは、巨大なガス雲が重力によって収縮し、星形成という中間的な段階を経ずに直接ブラックホールを形成するというものです。

でも、このシナリオにも乗り越えなければならない課題がありました。

直接崩壊モデルを難しくしているのは、ガスが断片化して分離した小さなハローを形成するのではなく、巨大なガス雲となったところで崩壊して一つの中心ブラックホールを形成すること。
この断片化は水素分子(H2)の急速な冷却の結果として起こるので、H2形成の抑制が直接崩壊に不可欠と考えられています。

ただ、断片化なしに崩壊を成功させるには、直接解離または過剰加熱のいずれかが必要となります。
この問題の本質は、過剰な加熱または解離に必要な放射を、比較的軽い粒子の崩壊によって供給できるかどうかというものです。


ダークマターの崩壊が水素分子の形成を抑制している

今回の研究では、この難問に対する興味深い解決策を提案しています。
それは、ダークマターの崩壊が水素分子の形成を抑制し、直接崩壊を促進する上で極めて重要な役割を果たしているというものです。

宇宙の質量の大部分を占めているダークマターですが、その構成や性質は大きな謎となっています。
ダークマターは光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質です。
ダークマターの候補となる粒子はいくつか提案されていて、その中には不安定で崩壊して光子を放出するものもあります。

本研究では、ダークマターの崩壊によって放出される光子が、初期宇宙の水素ガス雲の冷却効果を抑制する可能性があると考えています。

水素分子が特定のエネルギー範囲の光子を吸収すると、結合が破壊され冷却効果が低下します。
このプロセスにより、ガス雲は断片化することなく重力によって収縮することができ、最終的に超大質量ブラックホールを形成することができます。


超大質量ブラックホールの形成におけるダークマター崩壊の重要性

これらの仮説を検証するため、本研究では初期宇宙におけるガス雲の進化をシミュレーション。
これには、ダークマターハローの断熱収縮と雲内での光子の生成が考慮されています。

その結果、特定のエネルギー範囲の放射線は水素分子の冷却を効果的に抑制し、ガス雲が大きな塊として崩壊することを可能にしていました。
この発見は、初期宇宙の条件下でのダークマターの崩壊と一致しています。

興味深いことに、シミュレーションではダークマターの崩壊が比較的小さくても、初期宇宙で観測された超大質量ブラクックホールの形成を促進するのに十分な放射線が生成されることが示されました。

これは、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成でダークマター崩壊の潜在的な重要性を強調していて、ダークマターの性質と宇宙構造の進化との間の興味深い関連性を示唆しています。

初期宇宙における超大質量ブラックホールの急速な形成は、現代の天体物理学における大きな課題となっています。
ダークマターの崩壊が、このプロセスで重要な役割を果たした可能性があるという本研究の説は、興味深い解決策となっています。

この説は、ダークマターの性質と宇宙の進化におけるその役割についての理解を深めるための新しい道を切り開き、今後の観測と理論的研究によってさらに検証されるべき重要な研究球対象と言えます。


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どの銀河も物質の密度は中心から外縁に向かって一定の割合で減少している? ダークマターと星の相互作用に関する新たな知見

2024年08月27日 | 銀河・銀河団
これまで、天文学者たちの頭を悩ませてきたことがあります。

それは、銀河内の物質の密度が中心から外縁に向かって一定の割合で減少していること。
このことは、銀河によって年齢や形状、大きさ、星の数が様々なことを考えると、不可能に思える現象でした。

この謎を解くため、今回の研究では星とダークマターが互いに影響し合い、規則的な質量構造を作り出しているという説を立てています。

でも、この説を裏付けるメカニズムは、これまで発見されていませんでした。

そこで研究チームは、チリの超大型望遠鏡“VLT”を用いて22個の銀河を詳細に観測。
銀河の質量構造におけるダークマターと星の分布の関連性を調査しています。

その結果、質量密度の類似性は銀河自体ではなく、天文学者が銀河を測定しモデル化する方法に起因することが分かってきます。
銀河全体の質量密度プロファイルは、星の質量構造とは無関係に、ダークマターの量と強い相関を持つことも明らかになりました。

どうやら、過去の単純化されたモデルでは、銀河の複雑さをとらえきれていなかったため、誤った測定結果が得られていたようです。
本研究により、銀河の進化におけるダークマターの役割について、新たな知見が得られるかもしれません。
この研究は、マッコリ―大学のASTRO 3D研究者であるCaro Derkenne博士を中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、天文学と天体物理学の研究を取り扱う査読付きの学術雑誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)”に“The MAGPI survey: evidence against the bulge–halo conspiracy”として掲載されました。DOI:10.1093 / mnra / stae1836
図1.超大型望遠鏡“VLT”がとらえた画像の一つ。大質量銀河が群れを成している様子が写っている。中心にある銀河は、それぞれ太陽の約1250億倍の質量を持つ(ダークマターを含む)。(Credit: Trevor Mendel, ANU)
図1.超大型望遠鏡“VLT”がとらえた画像の一つ。大質量銀河が群れを成している様子が写っている。中心にある銀河は、それぞれ太陽の約1250億倍の質量を持つ(ダークマターを含む)。(Credit: Trevor Mendel, ANU)


なぜ多くの銀河で質量密度の減少の仕方が類似しているのか

宇宙に存在する銀河は、その中心部に星が密集するバルジ、それを取り巻く円盤状のディスク、そして銀河全体を包み込むように広がるダークマターハローという、大きく分けて3つの構造から成り立っています。

これらの構造は、銀河の形成と進化の歴史を理解する上で重要なカギを握っています。
でも、その質量分布、特にダークマターの分布については、まだ多くの謎が残されていました。

約25年前のこと、天文学者たちは銀河の形態や進化の歴史が大きく異なるにもかかわらず、その質量プロファイル、すなわち中心部から外縁部にかけての質量密度の減少の仕方が、多くの銀河で驚くほど類似しているという不可解な現象に気付きます。
この謎に対する一つの解釈として提唱されたのが、“バルジ―ハロー共謀”と呼ばれる仮説でした。

この仮説が指摘しているのは、ダークマターと星の分布が互いに説明のつかない方法で相互作用し、補完し合うように調整されていること。
これにより、規則的な質量構造が生まれているというものでした。

でも、この“バルジ―ハロー共謀”が具体的にどのようなメカニズムで実現されているのかは不明量なので、仮説の域を出ていません。


銀河の質量分布の精密な解析

この“バルジ―ハロー共謀”仮説を検証するため、今回の研究で用いているのは南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設された超大型望遠鏡“VLT”。
研究チームは、“MAGPI; Middle Ages Galaxy Properties with Integral field spectroscopy”サーベイと呼ばれるプロジェクトで取得されたデータを用いて、銀河の質量分布の精密な解析を行っています。

このサーベイは、宇宙の“中世”に当たる赤方偏移z~0.3(※1)の銀河を観測対象としていて、“VLT”に搭載された3次元分光装置“MUSE; Multi Unit Spectroscopic Explorer”が用いられています。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
“MUSR”の特徴は、1ピクセルごとにスペクトルが取得できることにあります。
このため、銀河の運動を詳細に調べることが可能となり、これまでの観測では解明が難しかった銀河の内部構造を明らかにする強力なツールとなっています。

解析に用いられたのは、MAGPIサーベイで観測された銀河のうち22個のデータ。
銀河の重力ポテンシャルと星の軌道を計算することで、銀河の質量分布を詳細に推定する手法ににより解析を実施しています。

これまでのジーンズモデルでは、銀河の形状を軸対象と仮定したり、軌道構造に関する制約が大きすぎるなどの問題点がありました。
一方、シュヴァルツシルト軌道モデルでは、銀河の形状をより現実に近い三軸不等楕円体として扱うことができ、軌道構造についてもより自由度の高いモデリングが可能となっています。


質量分布は銀河の形成や進化の歴史によって大きく異なる

MAGPIサーベイのデータとシュヴァルツシルト軌道モデルを用いた解析の結果、銀河の質量分布は、これまで考えられていたほど均一ではなく、ダークマターの分布も銀河によって大きく異なることが明らかになりました。

銀河によって大きく異なっていたのは、ダークマターの密度が星の密度を上回る半径“クロスオーバー半径”でした。

ある銀河では、クロスオーバー半径は銀河の明るさの半分を含む半径“有効半径”よりも内側に位置しているに対し、別の銀河ではクロスオーバー半径が10有効半径以上も外側に位置しているケースも確認されています。

このことから、“ダークマターと星の分布が互いに補完し合うように調整されている”という“バルジ―ハロー共謀”は否定。
“銀河の質量分布、特にダークマターの分布は、銀河の形成や進化の歴史によって大きく異なる”ことが示唆されました。


ダークマターハローが銀河の質量分布に与える影響

本研究では、ダークマターハローの質量分布を記述するため、“NFW; Navarro-Frenk-White”プロファイルと呼ばれるモデルを用いています。

これは、ダークマターハローの質量密度が中心から一定の法則に従って減少していくことを表すモデルで、その形状は銀河の進化や環境によって変化すると考えられています。

これまでの研究では、ダークマターハローの形状を平均的なものと仮定することで、銀河の質量分布を単純化しようとする試みもありました。

でも、今回の研究結果が示すように、ダークマターハローの形状は銀河によって大きく異なっていて、単純化されたモデルでは銀河の質量分布を正確に記述できないことが明らかになりました。

また、本研究では銀河の質量密度プロファイルの傾き、すなわち中心部から外縁部にかけての質量密度の減少の度合いも、銀河によって大きく異なることが明らかになっています。
これは、“バルジ―ハロー共謀”仮説が前提としていた点、質量密度プロファイルの傾きがある程度均一であることと矛盾するものです。

質量密度プロファイルの傾きは、総質量密度プロファイルの傾き(γtot)と星の質量密度プロファイルの傾き(γ*)に分けて考えることができます。(※2)
※2.総質量密度プロファイルの傾き(γtot)は、銀河のバリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)成分とダークマターハローの両方の寄与を含んでいる。星の質量密度プロファイルの傾き(γ*)は星の分布にのみを表していて、ダークマターハローの影響は含まれない。
本研究では、総質量密度プロファイルの傾きのバラつき(σtot=0.30±0.03)は、星の質量密度プロファイルの傾きのバラつき(σ*=0.19±0.02)よりも大きいことが報告されています。
この値は、“バルジ―ハロー共謀”仮説が予測する結果とは反対で、ダークマターハローが銀河の質量分布に与える影響は、単純な共謀関係では説明できないことを示唆しています。

そこで、研究チームが指摘しているのは、質量密度プロファイルの傾きのバラつきが、銀河の形成史や環境、特にダークマターハローの形成過程の違いを反映している可能性があること。
例えば、銀河同士の合体や銀河団のような高密度環境における銀河間相互作用は、ダークマターハローの形状や質量分布に影響を与え、ひいては質量分布プロファイルの傾きにも影響を与える可能性があります。


本研究では、他にも以下のような重要な知見が得られています。

ダークマターの占める割合

有効半径内のダークマターの質量割合(fDM(r<Re))の平均値は10%、標準偏差は19%と報告されています。
この値は、局所宇宙の銀河サーベイ“MaNGA”の結果と類似していますが、“SAMI”サーベイの結果よりも低い値となっています。

この違いは、観測対象となった銀河のサンプルの違いや、質量推定に用いられた手法の違いなどが影響している可能性があります。
例えば、“SAMI”サーベイでは本研究よりも多くの銀河が観測されていますが、質量推定にはジーンズモデルが用いられています。


銀河の形状と軌道構造

シュヴァルツシルト軌道モデルを用いることで、銀河の三次元的な形状と、その内部における星の軌道構造を詳細に調べることが可能になりました。

本研究で解析対象となった22個の銀河のうち、わずか3個だけが真に扁平な形状(扁球形)で、残りの銀河は程度の差こそあれ全てが三軸不等楕円体であることが明らかになっています。

さらに、明らかになったのは、銀河の形状と軌道構造の間には密接な関係があること。
扁平な銀河は回転運動が支配的であるのに対し、より複雑な形状を持つ銀河ではランダムな運動をする星が多い傾向が見られました。

これは、銀河の形成過程におけるダークマターの重力相互作用が、星の軌道運動に影響を与えていることを示唆しています。


ジーンズモデルとシュヴァルツシルト軌道モデルの比較

同じ銀河の質量分布を、ジーンズモデルとシュヴァルツシルト軌道モデルを用いて推定した場合、その結果に無視できない差が生じるケースが確認されています。

これは、これまでのジーンズモデルに基づく研究では、銀河の質量分布、特にダークマターの分布が最小評価されていた可能性を示唆しています。

銀河の質量分布を推定する上で簡便で広く用いられてきた手法がジーンズモデルです。
でも、ジーンズモデルは銀河の形状を軸対象と仮定したり、軌道構造に関する制約が大きすぎるなどの問題点がありました。

一方、本研究で用いられたシュヴァルツシルト軌道モデルは、より現実に近い銀河のモデリングが可能で、より正確な質量分布の推定を可能にします。

今回の研究は、“バルジ―ハロー共謀”仮説を否定し、銀河の質量分布、特にダークマターの分布が銀河によって大きく異なることを示しました。

でも、銀河の形状や進化の歴史が、具体的にどのようにダークマターハローの形状や質量分布に影響を与えるのか、その詳細なメカニズムは未解明のままです。

今後、より多くの銀河の観測データを取得し、シュヴァルツシルト軌道モデルのような高精度な解析手法を用いることで、ダークマターハローの形状と銀河の進化の関係を、より詳細に解明していくことが期待されます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のような次世代の観測装置を用いれば、より遠方(初期)の宇宙に存在する銀河を観測することが可能になります。
初期宇宙の銀河の質量分布を調べることで、ダークマターハローがどのように形成され、銀河の進化にどのように関わってきたのかを解明する上で重要な手掛かりが得られるはずです。


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なぜ、進化の進んだ赤色巨星なのに異常に高いリチウム存在量を示すのか? 星の進化過程における未知のメカニズムの解明へ

2024年08月11日 | 宇宙 space
近年の天文学において、星の進化と元素合成に関する私たちの理解に挑戦する、“2MASS J05241392-0336543”と呼ばれる並外れた星が発見されました。
この星は、これまで知られているどの星よりもリチウムの含有量が極めて高く、その起源や進化について多くの謎を秘めています。

今回の研究では、“2MASS J05241392-0336543”の特異な組成、その進化の状態、および考えられるリチウム濃縮のメカニズムについて調査を実施。
現在、この星はレッドクランプ星ではなく、レッドジャイアントブランチ上または初期漸近巨星分枝星ブランチ上にある可能性が高いと結論付けています。

研究チームは、“2MASS J05241392-0336543”で観測された極端なリチウムの存在量は、星の内部におけるリチウムの生成、または外部からのリチウムに富む物質の降着などの現象による可能性があると推測しています。
この研究は、フロリダ大学天文学科のRana Ezzeddine助教授と卒業生(現大学院生)のJeremy Kowkabanyさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”とプレプリントサーバーarXivに“Discovery of an Ultra Lithium-rich Metal-Poor Red Giant star”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2209.02184
Credit: Pixabay/CC0 Public Domain
Credit: Pixabay/CC0 Public Domain


非常に古く、金属量の少ない星

“2MASS J05241392-0336543”は、天の川銀河のハローに位置する赤色巨星として分類され、その分光分析から非常に低い金属量と、高いrプロセス元素の存在比が明らかになりました。

恒星内で起こる核融合反応は、鉄やニッケルのような重い元素を生成しますが、原子核がさらに中性子を獲得するとより重い元素が形成されます。

超新星爆発や中性子星同士の合体のような極限の天体現象のもとで起こるのは、速い中性子捕獲過程“rプロセス(rapid neutron-capture process)”です。
一方、より軽い星の進化の最終段階である漸近巨星分枝星などでは、遅い中性子捕獲過程“sプロセス(slow neutron-capture process)”が起こります。(※1)
この2つのプロセス、つまり2種類の環境では、異なる割合の重元素が形成されることになります。
※1.年老いた軽い星である漸近巨星分枝星は、太陽のような低質量星の一生の末期にあたる。sプロセスは、この星の寿命の後期に達した恒星内で起こる、原子核の中性子の吸収とそれに伴う崩壊で原子番号が上がっていくプロセス。s過程の名は、数秒未満という“速い(Rapid)”過程であるr過程とは異なり、数千年以上かかる“遅い(Slow)”過程であることに由来する。
このため、rプロセス元素の過剰は、この星が中性子星合体などの極限の天体現象に関連した物質から形成された可能性を示唆することになります。

超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が、その一生の最期に迎える姿が赤色巨星なので、“2MASS J05241392-0336543”は非常に古く、金属量の少ない星ということが分かります。


星の進化過程における未知のメカニズム

リチウムは、ビッグバン元素合成によって生成された元素の一つで、その存在量は星の年齢や進化段階を知る上で重要な指標となります。

一般的に、星は進化するにつれて、対流や核融合反応によってリチウムを消費するので、その存在量は減少していきます。
でも、“2MASS J05241392-0336543”のように進化の進んだ赤色巨星でありながら、異常に高いリチウム存在量を示す星が少数ながら存在しているんですねー

このような“リチウム過剰星”の発見が示唆しているのは、星の進化過程における未知のメカニズムの存在。
近年、天文学者たちの注目を集めることになります。

その並外れたリチウム存在量は、“2MASS J05241392-0336543”を真に特異な星としました。
3次元非局所熱平衡(3D, NLTE)補正を施して得られた値は、この星が既知のどの巨星よりもリチウム存在量が有意に高く、星の進化に関する既存の理論に重大な疑問を投げかけることになります。

“2MASS J05241392-0336543”のリチウム存在量は、現在の太陽の年齢におけるリチウム存在量の10万倍にも達しています。


リチウム過剰を説明するシナリオ

“2MASS J05241392-0336543”の並外れたリチウム過剰を説明するために、いくつかの仮説が提案されています。
その仮説は大きく分けて二つ。
外部からリチウムが供給されたとする“外部供給シナリオ”と、星内部でリチウムが生成されたとする“内部生成シナリオ”です。

外部供給シナリオには、“惑星吸収シナリオ”と“連星合体シナリオ”があります

星が進化するにつれて、周囲を公転する惑星を吸収することがあります。
吸収した惑星にリチウムが豊富に含まれていた場合、星の表面にリチウムが供給されるというのが惑星吸収シナリオです。
見かけ上、リチウム過剰になる可能性がある訳です。

でも、“2MASS J05241392-0336543”のような低金属量の星では、そもそも巨大惑星の形成自体が困難だと考えられています。

また、仮に惑星吸収が起こったとしても、“2MASS J05241392-0336543”のリチウム存在量を説明するには、非現実的にリチウム存在量の多い惑星が必要となることがシミュレーションから示唆されています。

“2MASS J05241392-0336543”が過去に連星系を形成していて、伴星と合体した可能性もあります。
連星合体は星の内部構造を大きく変化させ、リチウムなどの元素を表面に穿り返すというのが連星合体シナリオです。

でも、“2MASS J05241392-0336543”では、視線速度の変化やHα輝線の時間変化といった、連星合体を示唆する直接的な証拠は見つからず…
ただ、連星合体が過去に起こり、その影響でリチウムが表面に供給された可能性は否定できません。

一方、内部生成シナリオは、星の内部では対流や回転による物質混合が起こっていて、これによってリチウムが生成されるというものです。

特に、赤色巨星分枝星の“バンプ”と呼ばれる段階、または漸近巨星分枝星の初期段階では、“リチウムフラッシュ”と呼ばれる現象が起こると考えられています。

リチウムフラッシュは、星の内部深部で生成された新鮮なリチウムが、対流によって星の表面まで一気に運ばれることで起こると考えられている現象です。
リチウムフラッシュの間、星の光度は一時的に約5倍に増加し、質量放出も約2倍に増加するお予測されています。

“2MASS J05241392-0336543”はリチウムフラッシュが予想される進化段階にあり、実際にその光度はモデル予測よりも約5倍明るく、初期の漸近巨星分枝星の開始よりも約2倍明るい状態です。

さらに、“2MASS J05241392-0336543”の高速回転は、リチウムフラッシュに伴う内部からの角運動量輸送を示唆している可能性があります。

また、赤外線超過とHα輝線の検出は、リチウムフラッシュ中の質量放出の増加によって形成されたダストシェルの可能性を示唆しています。


星の一生における物質進化の解明

“2MASS J05241392-0336543”の進化段階を理解することは、そのリチウム過剰の謎を解く上で非常に重要となります。
観測データと恒星進化モデルの比較から、“2MASS J05241392-0336543”は赤色巨星分枝星のバンプ、または初期の漸近巨星分枝星の段階にある可能性が高いと考えられています。

“2MASS J05241392-0336543”の特異な組成は、星の進化における未知の側面を明らかにする上で重要な手掛かりとなります。

リチウムフラッシュを含む様々な内部混合シナリオを、より詳細な数値計算によって再現し、“2MASS J05241392-0336543”の観測結果と比較検討する必要があります。
特に、低金属量、低質量星におけるリチウムフラッシュの発生条件や、リチウム輸送の効率を明らかにすることが重要となります。

“2MASS J05241392-0336543”と同様の組成を持つ星を、大規模な分光サーベイ観測などによって系統的に探索し、リチウム過剰星の出現頻度や特性を明らかにすることも必要です。
これにより、リチウム過剰を引き起こすメカニズムの普遍性や、星の進化における役割を理解することができます。

星震学は、星の内部構造を探る強力な手法です。
“2MASS J05241392-0336543”に対して星震学的観測を行うことで、その内部構造や進化段階に関するより詳細な情報を得ることができると期待されます。
星震学によって得られる星の質量や半径の精度の高い測定値は、リチウムるラッシュのモデル計算の精度向上に大きく貢献すると期待されます。

今後、詳細な理論モデルの構築や、他のリチウム過剰星の探索と観測を進めることで、“2MASS J05241392-0336543”の謎の解明に近づけるはずです。

“2MASS J05241392-0336543”は、星の進化における私たちの理解に挑戦する、まさに宇宙の謎と言えます。
その謎の解明は、星の一生における物質進化、そして宇宙における元素合成の歴史を紐解くカギとなる可能性を秘めています。


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超巨星を7つも含む星団“バルバ2”を発見! 比較的最近に星形成活動が活発な領域で生まれた若い星団のようです

2024年08月09日 | 宇宙 space
2024年のこと、天文学の世界に新たに興奮をもたらす発見が報告されました。
それは、天の川銀河の中、地球から約24,100光年彼方の位置に、複数の超巨星を含む新しい星団“バルバ2”が発見されたからです。

この星団は、南米チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんによって10年前に初めて特定されていたもの。
2021年に彼がなくなったため、その研究結果はこれまで発表されていませんでした。

これまで、チリによる減光のため見過ごされてきた“バルバ2”は超巨星が豊富な星団。
少なくとも7つの超巨星を含んでいるんですねー

この星団の発見は、星々がどのように生まれ、進化していくのか、そして銀河全体の進化における星団の役割について、新たな知見をもたらす可能性を秘めているようです。
この研究は、スペインのアストロバイオロジーセンターのヘスース・マイズ・アペヤニズさんとアリカンテ大学のイグナシオ・ネゲレーラさんが進めています。
本研究の詳細は、7月30日にプレプリントサーバーarXivに“Barbá 2: A new supergiant-rich Galactic stellar cluster”として報告されました。DOI: 10.48550/arxiv.2407.20812
図1.2MASS Kフィルター、2MASS Jフィルター、DSS2を組み合わせた“バルバ2”の赤外線モザイク画像。(Credit: Apellániz et al., 2024.)
図1.2MASS Kフィルター、2MASS Jフィルター、DSS2を組み合わせた“バルバ2”の赤外線モザイク画像。(Credit: Apellániz et al., 2024.)



超巨星が豊富な星団“バルバ2”

星団“バルバ2”が初めて特定されたのは、今から約10年前のことでした。

チリの天文学者ロドルフォ・バルバさんは、天の川銀河の平面を多波長サーベイでスキャンし、温かいチリに関連する星の密集を探していました。
その過程で、彼は球状星団“NGC 3603”と電離水素領域“Gum 35”の間に、7つの明るい星を含む星団を発見しています。
これが“バルバ2”の最初の観測記録となりました。

バルバさんは、この星団には温かいチリが関連付けられていないことを発見。
可視光線と近赤外線によるデータの分析は、この星団が大きな星間減光を受けていること、そして明るい星のうち5つは赤色超巨星、残りの2つはより早期型の超巨星である可能性が高いことを示唆していました。

でも、バルバさんは2021年に惜しまれつつ逝去したため、詳細な研究成果は発表されていませんでした。

この未完の発見を引き継いだのが、スペインのアストロバイオロジーセンターのヘスース・マイズ・アペヤニズさんとアリカンテ大学のイグナシオ・ネゲレーラさんでした。

彼らは、バルバ氏の功績をたたえ、この星団を“バルバ2”と命名。
ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”により得られた最新のデータを用いて、詳細な分析を実施しています。

“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。

天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録し、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。
“ガイア”を用いたデータは、星団の研究においても不可欠なツールと言えます。

アペヤニズさんたちは、“バルバ2”を“Villafranca”プロジェクトにも追加し、“Villafranca B-006”というカタログ名を与えています。
“Villafranca”は、天の川銀河内のOB型星(スペクトル型OまたはBの熱くて重い恒星)を含む星団を特定し、特徴づけることを目的としたプロジェクトです。


赤色超巨星の存在から分かった星団の年齢

研究チームの分析により、“バルバ2”は複数の超巨星を含む、非常に興味深い特徴を持つ星団であることが明らかになりました。

超巨星とは、太陽の何十倍もの質量を持つ巨大な星。
その寿命は数百万年~数千万年と、宇宙のタイムスケールでは非常に短いものになります。
このことから、超巨星を含む星団は、比較的最近に星形成活動が活発な領域で生まれた若い星団だと考えられます。

“バルバ2”に含まれるのは、星団内で最も明るい“黄色超巨星”、5つ確認されている“赤色超巨星”、1つ確認されている“青色超巨星”など、7つの超巨星。
これらの超巨星のスペクトル分類は、研究チームによって取得された“FEROS”による分光データに基づいています。

“FEROS(Fiber-fed Extended Range Oprical Spectrograph)”は、南米チリにあるラ・シヤ天文台のMPG/ESO 2.2メートル望遠鏡に搭載された高精度分光器。
星の化学組成や視線速度などの調査に用いられます。

これら7つの超巨星の存在は、“バルバ2”が約1000万年という比較的若い年齢の星団であることを示唆しています。

星団の年齢は、そこに含まれる星の進化段階から推定することができます。
重い星ほど寿命が短いので、星団に含まれる最も重い星の進化の段階を調べることで、星団全体の年齢を推定することができるんですねー
“バルバ2”の場合、赤色超巨星の存在は、星団の年齢が少なくとも1000万年であることを示唆していました。


複雑な構造を持つ星団

“バルバ2”の星々は、星団の中心に向かって密度が高くなる、キングプロファイルと呼ばれる分布を示しています。
キングプロファイルとは、球状星団や銀河中心部の星の分布を記述するモデルとして広く用いられていて、中心部が高密度で、外側に向かって徐々に密度が低下していく様子を表しています。

研究チームでは、“バルバ2”のキングプロファイルへのフィッティングを行い、コアの半径が0.84±0.19パーセク(約2.74光年)であることを明らかにしています。
これは、一般的な散開星団と比較するとコンパクトな値なので、“バルバ2”が密集した環境で誕生したことを示唆しています。

興味深いのは、“バルバ2”のメンバーである可能性の高い星の中には、コアから離れた距離に位置するものも存在すること。
これらの星は、“バルバ2”の重力によって束縛されているものの、コアの星ほど密集しておらず、星団のハローと呼ばれる領域を形成していると考えられています。

研究チームでは、“バルバ2”のメンバー候補201個のうち、53個はハローに属する星である可能性を指摘しています。
このことから、“バルバ2”は複雑な構造を持つことが考えられます。


星間物質による減光

“バルバ2”の観測を複雑にしている要素の一つに、星間減光の影響があります。
“バルバ2”は、地球から見て天の川銀河の円盤面に沿って位置しているので、星間物質による減光の影響を大きく受けることになります。

星間物質とは、星と星の間の空間を漂うガスやチリのこと。
可視光線を吸収・散乱するので、地球から観測する星の明るさや色を変化させてしまいます。

“バルバ2”の場合、特に赤色超巨星の観測から、星間減光が大きいことが示唆されています。
赤色超巨星は、その巨大なサイズと低い表面温度から、星間減光の影響を受けやすい天体と言えます。

研究チームでは、“バルバ2”のメンバーである“2MASS J11041243-6143399”と呼ばれる星の減光データを分析。
星間減光の指標となる色超過E(4405‐5495)の値が、1.612±0.012等級であることを明らかにしました。
さらに、源光/赤化の指標となるR5495の値は、3.705±0.036で、これは“バルバ2”の星間チリのサイズが平均よりも大きいことを示唆しています。

また、7700Åの吸収帯の強度が星間減光の指標となる色指数GBP-GRPの増加に伴って強くなることを発見し、“バルバ2”内部に星間減光のムラがあることが明らかになりました。
このことが示唆しているのは、“バルバ2”の星間物質の分布が均一でないこと。
このムラは、星団の形成過程や進化に影響を与えている可能性もあります。


次世代望遠鏡による星団の形成や進化の解明

“バルバ2”は、発見されたばかりの天体なので、その性質の詳細についてはまだ多くの謎が残されています。
でも、近年の観測技術の進歩により、“バルバ2”の謎を解き明かすための新たな手掛かりが得られつつあります。

例えば、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や、建設中の欧州超大型望遠鏡“E-ELT(European Extremely Large Telescope)”などの次世代望遠鏡は、これまでの望遠鏡では観測が困難だった、“バルバ2”のような遠方や減光の影響が大きい天体の詳細な観測を可能とします。

これらの望遠鏡を用いることで、“バルバ2”に属する星の化学組成や運動をより正確に測定し、星団の形成過程や進化、そして天の川銀河における役割などが明らかにできると期待されています。

また、赤外線や電波による観測は、可視光線では観測できない星間物質の分布や運動を明らかにする上で非常に有効です。
周辺の星間物質の観測から、“バルバ2”がどのような環境で生まれ、どのように進化してきたのか。
さらに、今後どのように進化していくのかを予測する上で、重要な情報が得られると考えられています。

“バルバ2”は、複数の超巨星を含む、天の川銀河の新たな宝石として、私たちに多くの謎と発見をもたらしました。
その発見は、天の川銀河の星形成史や星団の進化、さらには銀河全体の進化を探る上で重要なカギとなる可能性を秘めています。

今後の多様な観測手法による更なる探求により、“バルバ2”の謎が解き明かされ、銀河の進化に関する新たな理解がもたらされることが期待されます。


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天の川銀河の薄い円盤に金属含有量に大きなバラつきのある古代の星を発見! ガイアデータが明らかにした銀河進化の新たなタイムライン

2024年08月05日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、位置天文衛星“ガイア”によるミッションから得られた膨大なデータと、最新の機械学習技術の組み合わせにより、個々の星の年齢や金属含有量を、これまで以上に正確に推定。
その結果、私たちの太陽系が属する薄い円盤の軌道上に、これまで考えられていたよりも、はるかに多くの古代の星が存在することを明らかにしています。

これらの発見が示唆しているのは、天の川銀河の薄い円盤がビッグバンからわずか10億年以内の非常に早い時期に形成が始まったこと。
これは、これまで考えられていたよりも約40億年から50億年も早い時期でした。

さらに興味深いことに、これらの古代の星は金属含有量に大きなバラつきが見られたこと。
太陽の2倍もの金属量を持つ星も見つかっていることから、天の川銀河の進化のごく初期には星々の誕生と進化が急激に進行し、銀河内部に金属が大量に供給されていたようです。
この発見は、これまでの銀河進化の理解に再考を迫る画期的なものと言えます。
この研究は、ライプニッツ天体物理学ポツダム研究所(AIP)のSamir Nepalさんを中心とする国際研究チームが進めています。
本研究の詳細は、プレプリントサーバーarXivに“Discovery of the local counterpart of disc galaxies at z > 4: The oldest thin disc of the Milky Way using Gaia-RVS”として報告されました。DOI:10.48550 / arxiv.2402.00561
図1.太陽(オレンジ)に似た若い星(青)と古い星(赤)の回転運動。(Credit: Background image by NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech))
図1.太陽(オレンジ)に似た若い星(青)と古い星(赤)の回転運動。(Credit: Background image by NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech))


天の川銀河の構造

天の川銀河は、大きく分けてハロー、バルジ、円盤部という3つの構造から成り立っています。

ハローは、銀河全体を取り囲む球状の領域で、古い星や球状星団が存在しています。
一方、銀河の中心部に位置する膨らんだ構造がバルジで、そこに星が密集しています。
円盤部は、ハローとバルジを取り巻く円盤状の領域で、星形成が活発に行われています。

さらに、円盤部は古い星が多い“厚い円盤”と、若い星が多い“薄い円盤”に分けられます。
私たちの太陽は、約46億年前に形成された比較的若い星なので、薄い円盤に属しています。


これまで考えられていた天の川銀河の形成と進化

これまで、天の川銀河の形成は、次のようなシナリオで説明されてきました。

宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた密度ゆらぎがもとになり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していきます。
そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、最初の星々が誕生していきます。

水素とヘリウムよりも重い元素のことを天文学では“重元素”と呼びます。
この重元素のうち、鉄までの元素は恒星内部の核融合反応で生成され、鉄よりも重い元素は超新星爆発などの激しい現象にともなって生成されると考えられています。

生成された重元素は、恒星の星風や超新星爆発によって周囲に放出。
やがて、重元素を含むガス雲が再び収縮し、新たな星々が形成されていきます。
宇宙の重元素量は恒星の世代交代が進むとともに増えていくことになります。

このようにして、銀河は徐々に成長していきます。
薄い円盤は銀河の進化の比較的後期、約80億年から100億年前に形成が始まったと考えられてきました。

また、含まれる金属(※1)の量が少ないほど古い恒星と言え、金属の量が少ない“低金属星”の集団が見つかれば、その集団は古い起源を持つことが推定できます。
つまり、恒星の運動と年齢が揃っている大きな集団が見つかった場合、それらは合体した銀河の痕跡である可能性がある訳です。
※1.恒星における“金属”とは、水素とヘリウム以外の元素の総称で、炭素や酸素のような化学的には非金属となる元素も含まれている。


“ガイア”の観測データから新たな発見

“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。

天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録し、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。

“ガイア”の観測データによって作成された天体カタログの分析から、“ガイア・ソーセージ”や“ポントゥス・ストリーム”など、80憶年以上前に合体したとみられる銀河の痕跡が次々と見つかっています。

また、天の川銀河の中心部には“プア―・オールド・ハート”(※2)という年齢の古い恒星の集団があります。
現在の天の川銀河は、この集団と他の銀河が合体することで形成されたのかもしれません。
※2.金属に乏しい(プア―)、恒星の年齢が古い(オールド)、天の川銀河の中心部(ハート)に位置することを意味している。
この“ガイア”の観測データによって、これまでの理解とは異なるシナリオが示唆されるようになってきています。

“ガイア”は、天の川銀河の10億個以上の星について、その位置、距離、運動、明るさなどを非常に高い精度で測定しています。
この膨大なデータと、最新の機械学習技術を組み合わせることで、個々の星の年齢や金属含有量を、これまで以上に正確に推定することが可能になりました。

研究チームは、“ガイア”によるミッションの第3期データ(Gaia DR3)を用いて、太陽近傍の星を詳細に分析。
その結果、薄い円盤の軌道上に、これまで考えられていたよりも、はるかに多くの古代の星が存在することを明らかにしています。


薄い円盤に存在する古代の星

今回の研究では、80万個以上の星の重力、温度、金属含有量、距離、運動、年齢などの物理量を、最新の機械学習手法を用いて高精度に測定しています。
その結果、薄い円盤に存在する古代の星の多くは100億歳以上で、中には130億歳を超えるものもあることが分かりました。

さらに興味深いことに、これらの古代の星は金属含有量に大きなバラつきが見られました。

一部の星は、宇宙初期に形成された星の特徴である金属量が非常に少ないもの。
一方で私たちの太陽の2倍もの金属量を持つ星も見つかっています。
このことが示唆しているのは、天の川銀河の進化のごく初期に、星々の誕生と進化が急激に進行し、銀河内部に金属が大量に供給されたことです。

これらの発見は、天の川銀河の薄い円盤が、ビッグバンからわずか10億年以内の非常に早い時期に形成が始まったことを示唆しています。
これは、これまで考えられていたよりも約40億年から50億年も早い時期でした。

また、薄い円盤に金属量の豊富な星が存在することは、銀河進化の初期段階における星形成の激しさと、それに伴う急速な金属濃縮を示す証拠となります。


銀河形成の普遍的なメカニズムの存在

興味深いことに、今回の発見は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡やアルマ望遠鏡によって観測されている、遠方の宇宙に存在する高い赤方偏移値を持つ銀河の形成過程と共通点を持つ可能性があります。

膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまいます。
この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになります。
110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されています。

高い赤方偏移値を持つ銀河は、宇宙誕生から間もない時期の銀河の姿を私たちに見せてくれます。
今回の発見は、天の川銀河の円盤も、宇宙の進化のごく初期に形成された可能性を示唆していて、銀河形成の普遍的なメカニズムの存在を示唆しているのかもしれません。

今回の研究成果は、“ガイア”のデータと最新の機械学習技術の組み合わせが、銀河考古学の分野にもたらす大きな可能性を示す好例と言えます。

今後、2025年に運用開始予定の4メートル多天体分光望遠鏡(4MOST)による大規模分光サーベイ“4MIDABLE-LR”が始まれば、さらに多くの星のスペクトルデータが取得可能になります。

これらのデータに、今回と同様の機械学習手法を適用することで、天の川銀河の形成と進化の歴史について、より詳細なシナリオを描くことができると期待されています。


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