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超巨大ブラックホールから噴き出すアウトフローが星の形成や銀河の成長を抑制している!? 電波観測から分かった分子ガスの多様性と分布

2023年11月12日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いて、くじら座の方向に位置する活動銀河核“NGC 1068(M77)”の中心領域に対し、波長3mm帯で星間分子ガスの二次元分布を網羅的に観測する“イメージング・ラインサーベイ”を実施しています。

活動銀河核の化学特性を調べ、それがどのような物理状態を反映したものなのかを機械学習を利用して解析。
すると、超巨大ブラックホールから双極に噴き出すジェットに起因すると思われる分子ガスのアウトフローを発見したんですねー

このことから分かったのは、ジェットが銀河円盤に衝突したことで衝撃波領域を生じ、周囲の物質が高温に加熱されている現場だということ。

この銀河の中心付近では、激しいジェットの作用により星の素となる分子の破壊や組成の変化が起きていて、新たな星の誕生が抑制されている可能性があることが考えられるようです。
この研究は、国立天文台の斉藤俊貴特任助教と名古屋大学の中島拓助教たちの国際研究チームが進めています。
図1.アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で観測した渦巻銀河“NGC 1068”の中心部。アルマ望遠鏡で検出されたシアン化水素の同位体(H13CN)の分布を黄色、シアンラジカル(CN)の分布を赤色、一酸化炭素の同位体(13CO)の分布を青色で示し、背景のハッブル宇宙望遠鏡による画像と重ねている。H13CNが活動銀河核の中心部のみに集中して存在しているのに対し、13COは主に周辺を取り巻くリング状のガス雲に分布している。また、CNは中心部とリング状のガス雲の両方に分布しているだけでなく、中心から北東(左上)方向と南西(右下)方向に向かって伸びた構造をしていて、これは超巨大ブラックホールからのジェットに起因する構造と考えられる。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, T. Nakajima et al.)
図1.アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で観測した渦巻銀河“NGC 1068”の中心部。アルマ望遠鏡で検出されたシアン化水素の同位体(H13CN)の分布を黄色、シアンラジカル(CN)の分布を赤色、一酸化炭素の同位体(13CO)の分布を青色で示し、背景のハッブル宇宙望遠鏡による画像と重ねている。H13CNが活動銀河核の中心部のみに集中して存在しているのに対し、13COは主に周辺を取り巻くリング状のガス雲に分布している。また、CNは中心部とリング状のガス雲の両方に分布しているだけでなく、中心から北東(左上)方向と南西(右下)方向に向かって伸びた構造をしていて、これは超巨大ブラックホールからのジェットに起因する構造と考えられる。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, T. Nakajima et al.)

銀河中心核にあるブラックホールの活動

様々なタイプの銀河の中には、その中心に存在する超巨大ブラックホールをエンジンとして、周囲に莫大なエネルギーを放射しているものがあり、それらは活動銀河核(active galactic nucleus ; AGN)と呼ばれています。

銀河中心核にあるブラックホールの活動が周囲の星間物質に及ぼす影響(特に新しい星々の誕生を加速するか、抑制するか)を知ることは、銀河の進化の過程を理解するうえで重要なことになります。

でも、多くの場合、活動銀河核の中心部は濃いガスや星間ダストに埋もれて隠されてしまっています。
なので、可視光や赤外線の波長帯では大型望遠鏡をもってしても、
 どのような構造をしているのか?
 物理的・科学的に何が起こっているのか?
といったことを直接的に観測して調べることが困難でした。

ミリ波・サブミリ波を用いた電波観測

アルマ望遠鏡の観測波長であるミリ波・サブミリ波は、電磁波の中でも波長が長いのでダストによる電磁波の吸収を受けにくく、このような活動銀河核領域の内部まで見通すことができるという大きな特徴があります。

この特徴に着目し、地球から比較的近傍(距離約5,140万光年)に位置する活動銀河核の一つ、くじら座の“NGC 1068(M77)”の中心核付近をターゲットに、これまでもミリ波・サブミリ波による観測が行われてきました。

例えば、2007年から2012年にかけて行われた国立天文台野辺山45メートル電波望遠鏡を用いた観測では、銀河中心方向の一点に対して、波長3mm(84-116 GHz)の帯域を周波数方向に無バイアスに観測。
そこに含まれる分子輝線を網羅的に探す“ラインサーベイ”が行われました。

その結果、25本の分子輝線を検出することに成功。
でも、45メートル電波望遠鏡では空間分解能が低いことと、銀河中心方向一点のみの観測だったので、様々な分子が存在することは確認出来たものの、それらの分子ガスの分布や、中心核付近の構造までは分かりませんでした。

そこで、今回の研究では、より高い分解能を持つアルマ望遠鏡(※1)を用いて、“NGC 1068”の中心核付近に対し、同様に波長3mm帯(85-114 GHz)でのラインサーベイ観測を実施しています。

アルマ望遠鏡は電波干渉計なので、一方向の観測でもある領域(視野)内の高分解能イメージングが可能で、分子ガスの二次元分布図を描き出すことができます。
※1.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの仮想的な巨大電波望遠鏡(電波干渉計)として観測することができる。
観測の結果、銀河中心にある差し渡し650光年ほどのサイズの核周円盤(circumnuclear disk)と呼ばれる構造(図1で黄色に輝いて見える中心部分)と、その外側の半径3,300光年ほどにある爆発的に星が生まれているリング状のガス雲(図1で青色に見える部分)を明確に分解でき、特に核周円盤については、その内部構造まではっきりととらえることに成功しました。

核周円盤への超巨大ブラックホールの影響

これまで活動銀河核の中心領域では、電波強度が特に強く観測しやすい分子輝線に限って、干渉計による高分解能の観測が行われた例はありました。

でも、今回の研究のように周波数方向に無バイアスに観測し、検出されたすべての分子ごとにその分布を描き出す“イメージング・ラインサーベイ”が行われたのは初めてのこと。
これにより、活動銀河核の化学状態を理解するための重要な分子輝線カタログを得ることができました。

今回のラインサーベイで有意に検出されたのは23の分子輝線。
そのスペクトルデータを詳細に解析した結果、中心にある超巨大ブラックホールの影響を直接受けていると考えられる核周円盤では、外側のリング状のガス雲の領域と比べて、シアン化水素(HCN・H13CN)分子や一酸化ケイ素(SiO)分子などの存在量が特に多いことを確認しています。

一方で、野辺山45メートル望遠鏡の観測では存在量が多いと思われていたシアンラジカル(CN)分子は、アルマ望遠鏡による高分解能観測の結果、核周円盤での存在量はそれほど高くないことが分かりました。

シアンラジカル分子は強力なX線や紫外線の照射、一酸化ケイ素分子は強い衝撃波を受けたガス雲で観測されやすいことが、これまでの観測から知られています。

また、HCNやH13CN分子は高い温度の分子雲で生成反応が活発になることが、化学反応計算から示されています。

これらを合わせて考えると、核周円盤への超巨大ブラックホールの影響としては、衝撃波を伴うような力学的な機構によって分子ガスが高温に加熱されていることを示唆していました。

ブラックホールから噴き出すアウトフローが星の形成を抑制している

さらに、研究チームは、この影響のメカニズムをより詳しく調査するため、核周円盤とリング状のガス雲の間にある領域に注目。
この領域には、核周円盤から向かって北東(図1の左上)と南西(同右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造が見られました。

この特徴的な形態を分子ごとに分類するため、研究チームが利用したのは、機械学習の一つである主成分分析(principal component analysis : PCA)でした。

人の目によって分布形態を分類しようとすると、見る人の主観によって結果が変わってしまうこともあるので、機械学習を用いることで客観的な結果を得ようとした訳です。

分析の結果分かったのは、核周円盤とその外側に伸びた領域は、分子ガスの分布の構造として全く別の領域として分類されるということでした。(図2・左)
図2.(左)機械学習を用いて行った分子の分布形態の分類図。核周縁版(おおよそ中心の白色の点に相当)から向かって北東(左上)と南西(右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造(青色)が見出された。(右)機械学習により核周縁版とは別の領域として分類された双極の分子ガス分布構造を説明する様式図(図3を地球方向から見た図に相当する)。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)
図2.(左)機械学習を用いて行った分子の分布形態の分類図。核周縁版(おおよそ中心の白色の点に相当)から向かって北東(左上)と南西(右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造(青色)が見出された。(右)機械学習により核周縁版とは別の領域として分類された双極の分子ガス分布構造を説明する様式図(図3を地球方向から見た図に相当する)。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)
この中心から向かって外側に伸びている領域は、先行研究で明らかにされている超巨大ブラックホールから吹き出す双極のジェットと見かけの方向が一致。
なので、双極の分子流(アウトフローと呼ばれる)をとらえたと考えられます。

ジェットやそれに起因して放出されると考えられているアウトフローは、銀河円盤に対して角度を持っているので、その一部が銀河円盤をかすめることになり、そこでの相互作用によって衝撃波加熱が起きていると考えられます。(図3のピンク色で示される領域、これを地球方向から見ると図2・右のように見える)

アウトフローの領域では、一般的な銀河でよく見つかる基本的な分子(一酸化炭素やメタノールなど)は破壊されて少なく、逆にラジカルのような特殊な分子(シアンラジカル、エチニルラジカル、シアン化水素の異性体など)が増えていることが分かりました。

このことから明らかになったのは、中心にある核周円盤は超巨大ブラックホールから吹き出すジェットやアウトフローの強い影響下にあること、そしてその影響は核周円盤からずっと外側の領域にまで広がっていることでした。

このようなジェットやアウトフローの領域は、激しい衝撃波や紫外線・X線などの強い輻射を伴うことが知られていて、一般的な星間分子が存在するには過酷な環境だということも分かりました。

星間分子は、銀河の主成分である星を形成する素となります。
この銀河の中心付近では、星の素になるような分子の破壊が起きているので、新たな星の誕生は抑制されてしまうようです。

今回の研究では、銀河中心にある超巨大ブラックホールが、その母体となる銀河の成長を遅らせている可能性があることを、化学的な観点から示した初の観測例になりました。

そもそも、このようなジェットの周辺では、多くの星間分子が破壊されてしまうので、分子の観測自体が難しいと考えられます。
それでも、ジェットに起因する分子ガスアウトフローの検出とその化学的性質の解明に至ったのは、アルマ望遠鏡の高感度かつ高分解能な性能と主成分分析という手法のおかげと言えます。

銀河中心の超巨大ブラックホールの活動が、銀河の成長を抑制している姿が明らかになったことは大きな発見といえます。

今回の研究では、活動銀河核に対する初めてのイメージング・ラインサーベイによって、この銀河の中心部の極端な環境を理解することができました。
アルマ望遠鏡によるラインサーベイ観測と、機械学習による解析を組み合わせることが、活動的な銀河の物理・化学特性の解明にも非常に有用だということを示したことになりますね。
図3.銀河中心の超巨大ブラックホールからの双極のジェットおよび銀河円盤の位置関係と、それに起因する分子ガスのアウトフローの様式図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)
図3.銀河中心の超巨大ブラックホールからの双極のジェットおよび銀河円盤の位置関係と、それに起因する分子ガスのアウトフローの様式図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.)

これらの観測結果は、Saito et al.“AGN-driven Cold Gas Outflow of NGC 1068 Characterized by Dissociation-sensitive Molecules”として、アメリカ学術雑誌“The Astrophysical Journal”に2022年8月23日付で掲載(DOI: 10.3847/1538-4357/ac80ff)されるとともに、Nakajima et al. “Molecular Abundance of the Circumnuclear Region Surrounding an Active Galactic Nucleus in NGC 1068 based on Imaging Line Survey in the 3-mm Band with ALMA”として、アメリカ学術雑誌“The Astrophysical Journal”に2023年9月14日付でオンライン掲載されました(DOI: 10.3847/1538-4357/ace4c7)。


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