今回の研究では、天の川銀河の比較的静穏な領域で、異常に広い速度幅(※1)(約40km s-1)を持った分子雲(CO 16.134-0.553)を発見しています。
にもかかわらず、明確なエネルギー供給源が付随していないんですねー
過去の広域データを精査してみると、CO 16.134-0.553がやや大きな分子ガスの膨張球殻状構造(シェル)の一部を構成すること、天の川銀河の当該領域には巨大な原子ガスの“空洞”が存在し、天の川銀河下方には長大な直線状“フィラメント(※2)”が存在していることが分かりました。
フィラメントの先端に明るい天体が存在しないので、ハロー部から降ってきた天体は、矮小銀河(※3)や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”の可能性が高いと考えられます。
銀河系ハロー部に広がる高密度な暗黒物質の領域
私たちが住む地球が属する天の川銀河(銀河系)は、2000億~4000億個の恒星や星間ガス、そして大量の暗黒物質から成る巨大な円盤渦巻銀河です。
銀河系は、直径約10万光年の円盤部と中心のバルジ部、それらを取り囲む直径約30万光年のハローで構成されています。
銀河系の円盤部には、恒星とともに諸相の星間ガスが雲状に分布していて、それらの中で主に水素分子で構成される濃い星間ガス雲を“分子雲”と呼びます。
私たちの太陽系が位置しているのは、円盤部の銀河系中心から約2万7千光年離れた場所。
一方、銀河系ハロー部には暗黒物質が広がっていて、その中を約150個の球状星団と50個以上の矮小銀河、そして多数の希薄な水素原子雲などの天体が飛び交っています。
ハロー部の暗黒物質は一様ではなく、各種ハロー天体を取り囲むように高密度な領域が存在していると考えられています。
これを“暗黒物質サブハロー”と呼びます。
ただ、銀河のハロー部で観測される矮小銀河の数が、理論的に予測される暗黒物質サブハローの数に比べて、圧倒的に少ないんですねー
このことは、ミッシング・サテライトという問題となっていました。
今回の研究では、過去に行われた一酸化炭素(CO)回転スペクトル線による天の川広域観測“FUGINサーベイ(※4)”データを使用した“広速度幅構造”探査の過程において、一つの特異分子雲を発見しています。
明瞭な対応天体が付随しないのに、約40km s-1もの異常な速度幅を持っていました。
この速度幅は、通常の静穏環境にある分子雲の典型的な速度幅(1-5km s--1)と比較して極めて異常な値で、未知の天体がこの分子雲へのエネルギー供給に関与した可能性が指摘されていました。
銀河系円盤部を高速で通過した天体
本研究では、国立天文台野辺山宇宙電波観測所(NRO)45メートル電波望遠鏡を用いて、特異分子雲CO 16.134-0.533の詳細な追加観測を実施しています。
観測したスペクトル線は、一般的な星間分子ガスの調査に用いられる一酸化炭素(CO)のJ=1-0回転スペクトル線(115.271GHz)と、強い星間衝撃波の影響を受けた領域で生成される一酸化ケイ素(SiO)のJ=2-1回転スペクトル線(86.847GHz)でした。
この観測の結果、CO 16.134-0.553が約15光年×3光年の空間サイズを有すること、太陽光度の780倍もの力学的パワーを有すること、視線速度が異なる(40km s-1と65km s-1)2つの拡散雲を橋渡ししていること、そして過去に強い星間衝撃波を受けた痕跡が色濃く残されていることが分かりました。
研究チームでは、このCO 16.134-0.553の周辺環境を調べるため、もう一度FUGINサーベイのデータを精査。
その結果、この分子雲が直径約50光年の膨張球殻状構造(シェル)の一部であること、シェルの端ではCO 16.134-0.553に酷似した成分が複数見られることが分かりました。
さらに、広域環境を調べるため、水素原子21cmスペクトル線全天サーベイ“H14πサーベイ(※5)”のデータを精査。
すると、天の川の当該位置に直径約230光年の巨大な原子ガスの“空洞”があること、そしてその下方に長さ約900光年×幅230光年の長大な“フィラメント”があることが分かりました。
そして、フィラメントの先端に明るい天体が存在しないことから、降ってきた天体は矮小銀河や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”である可能性が高いと考えられます。
以上の観測事実を最もよく説明するシナリオとして、研究チームは以下を提唱しています。
見える天体を伴わない暗黒物質サブハロー
本研究により、矮小銀河よりも小さな質量を持つ暗黒物質サブハローの存在が確認されました。
そのような天体は、冷たい暗黒物質を仮定した標準宇宙モデルによって存在が予測されていたものの、実際の観測で確認されたのは、今回が初めてのことでした。
また、矮小銀河や球状星団などの“見える”天体を伴わない暗黒物質サブハローの確認も初めてとなります。
今後、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などによる、高精度な位置天文観測データを注意深く解析することで、当該天体の精密な情報を得ることができるはずです。
また、この発見の端緒となったのは、銀河系円盤部における広速度幅の分子ガス構造の無バイアス探査でした。
このことは、同様の探査を継続・拡大することによって、同様の発見が見込まれることを意味しています。
銀河系円盤の中性ガスの精密な分布・運動の把握によって、さらなる暗黒物質サブハローの間接検出が見込まれます。
このことは、私たちの住む地球が属する天の川銀河の理解を、より深めるとともに、標準宇宙モデルにおける“ミッシング・サテライト問題”の解決に大きく貢献するものと考えられます。
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※1.速度幅とは、天体を構成するガスの運動に起因する、スペクトル線の周波数幅のこと。
この分子雲は膨大な力学的パワーを有し、過去に強い衝撃波を受けた痕跡が見られました。にもかかわらず、明確なエネルギー供給源が付随していないんですねー
過去の広域データを精査してみると、CO 16.134-0.553がやや大きな分子ガスの膨張球殻状構造(シェル)の一部を構成すること、天の川銀河の当該領域には巨大な原子ガスの“空洞”が存在し、天の川銀河下方には長大な直線状“フィラメント(※2)”が存在していることが分かりました。
※2.フィラメントは細長い空間構造のこと。
これらの空間構造が意味しているのは、天の川銀河のハロー部から降ってきた何らかの天体が、天の川銀河円盤部を高速で通過したこと。フィラメントの先端に明るい天体が存在しないので、ハロー部から降ってきた天体は、矮小銀河(※3)や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”の可能性が高いと考えられます。
※3.矮小銀河は、数十億個以下の恒星からなる小さな銀河。恒星数は天の川銀河の1/100以下。
この研究は、慶応義塾大学大学院理工学研究科の横塚弘樹(2022年修士課程修了)と同大学理工学部の岡朋治教授の研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年3月14日発行のアメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に、“Millimeter-wave CO and SiO Observations toward the Broad-velocity-width Molecular Feature CO 16.134–0.553: A Smith Cloud Scenario?”として掲載されました。
本研究の成果は、2024年3月14日発行のアメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に、“Millimeter-wave CO and SiO Observations toward the Broad-velocity-width Molecular Feature CO 16.134–0.553: A Smith Cloud Scenario?”として掲載されました。
天の川銀河に突入した暗黒物質サブハローのイメージ図。(Credit: 慶應義塾大学) |
銀河系ハロー部に広がる高密度な暗黒物質の領域
私たちが住む地球が属する天の川銀河(銀河系)は、2000億~4000億個の恒星や星間ガス、そして大量の暗黒物質から成る巨大な円盤渦巻銀河です。
銀河系は、直径約10万光年の円盤部と中心のバルジ部、それらを取り囲む直径約30万光年のハローで構成されています。
銀河系の円盤部には、恒星とともに諸相の星間ガスが雲状に分布していて、それらの中で主に水素分子で構成される濃い星間ガス雲を“分子雲”と呼びます。
私たちの太陽系が位置しているのは、円盤部の銀河系中心から約2万7千光年離れた場所。
一方、銀河系ハロー部には暗黒物質が広がっていて、その中を約150個の球状星団と50個以上の矮小銀河、そして多数の希薄な水素原子雲などの天体が飛び交っています。
ハロー部の暗黒物質は一様ではなく、各種ハロー天体を取り囲むように高密度な領域が存在していると考えられています。
これを“暗黒物質サブハロー”と呼びます。
ただ、銀河のハロー部で観測される矮小銀河の数が、理論的に予測される暗黒物質サブハローの数に比べて、圧倒的に少ないんですねー
このことは、ミッシング・サテライトという問題となっていました。
今回の研究では、過去に行われた一酸化炭素(CO)回転スペクトル線による天の川広域観測“FUGINサーベイ(※4)”データを使用した“広速度幅構造”探査の過程において、一つの特異分子雲を発見しています。
※4.FUGINサーベイは、野辺山45メートル電波望遠鏡に搭載された従来の10倍の観測効率を実現したFOREST受信機を用いて、一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線による天の川銀河の地図を作ることを目的とした掃天観測(サーベイ)プロジェクト。
この分子雲(CO 16.134-0.553)が位置しているのは、天の川の“たて座”の方向約1万3千光年彼方。明瞭な対応天体が付随しないのに、約40km s-1もの異常な速度幅を持っていました。
この速度幅は、通常の静穏環境にある分子雲の典型的な速度幅(1-5km s--1)と比較して極めて異常な値で、未知の天体がこの分子雲へのエネルギー供給に関与した可能性が指摘されていました。
図1.(a)CO 16.134-0.553の一酸化ケイ素(SiO)87GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(b)CO 16.134-0.553と“シェル”の一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(c)水素原子21cmスペクトル線積分強度の広域分布。“シェル”付近に“空洞”が、その下方に長大な“フィラメント”が見える。(Credit: 慶應義塾大学) |
銀河系円盤部を高速で通過した天体
本研究では、国立天文台野辺山宇宙電波観測所(NRO)45メートル電波望遠鏡を用いて、特異分子雲CO 16.134-0.533の詳細な追加観測を実施しています。
観測したスペクトル線は、一般的な星間分子ガスの調査に用いられる一酸化炭素(CO)のJ=1-0回転スペクトル線(115.271GHz)と、強い星間衝撃波の影響を受けた領域で生成される一酸化ケイ素(SiO)のJ=2-1回転スペクトル線(86.847GHz)でした。
この観測の結果、CO 16.134-0.553が約15光年×3光年の空間サイズを有すること、太陽光度の780倍もの力学的パワーを有すること、視線速度が異なる(40km s-1と65km s-1)2つの拡散雲を橋渡ししていること、そして過去に強い星間衝撃波を受けた痕跡が色濃く残されていることが分かりました。
研究チームでは、このCO 16.134-0.553の周辺環境を調べるため、もう一度FUGINサーベイのデータを精査。
その結果、この分子雲が直径約50光年の膨張球殻状構造(シェル)の一部であること、シェルの端ではCO 16.134-0.553に酷似した成分が複数見られることが分かりました。
さらに、広域環境を調べるため、水素原子21cmスペクトル線全天サーベイ“H14πサーベイ(※5)”のデータを精査。
すると、天の川の当該位置に直径約230光年の巨大な原子ガスの“空洞”があること、そしてその下方に長さ約900光年×幅230光年の長大な“フィラメント”があることが分かりました。
※5.H14πサーベイは、水素原子(HI)21cmスペクトル線による全天サーベイ・プロジェクト。Effelsberg-Bonn HI survey(EBHIS)とParkes Galactic All-Sky Survey(GASS)によるデータを統合したもの。
これらの空洞・シェル・フィラメントは、天の川を上から下に貫くように一直線に配列していて、銀河系ハロー部から降ってきた何らかの天体が円盤部を高速で通過した可能性を強く示していました。そして、フィラメントの先端に明るい天体が存在しないことから、降ってきた天体は矮小銀河や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”である可能性が高いと考えられます。
以上の観測事実を最もよく説明するシナリオとして、研究チームは以下を提唱しています。
見える天体を伴わない暗黒物質サブハロー
本研究により、矮小銀河よりも小さな質量を持つ暗黒物質サブハローの存在が確認されました。
そのような天体は、冷たい暗黒物質を仮定した標準宇宙モデルによって存在が予測されていたものの、実際の観測で確認されたのは、今回が初めてのことでした。
また、矮小銀河や球状星団などの“見える”天体を伴わない暗黒物質サブハローの確認も初めてとなります。
今後、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などによる、高精度な位置天文観測データを注意深く解析することで、当該天体の精密な情報を得ることができるはずです。
また、この発見の端緒となったのは、銀河系円盤部における広速度幅の分子ガス構造の無バイアス探査でした。
このことは、同様の探査を継続・拡大することによって、同様の発見が見込まれることを意味しています。
銀河系円盤の中性ガスの精密な分布・運動の把握によって、さらなる暗黒物質サブハローの間接検出が見込まれます。
このことは、私たちの住む地球が属する天の川銀河の理解を、より深めるとともに、標準宇宙モデルにおける“ミッシング・サテライト問題”の解決に大きく貢献するものと考えられます。
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