すべては愛する宗像のため

福岡県宗像市在住、井上正文のブログです。

ゴルフに学ぶ人間学

2006年12月14日 | 仲間たち・交遊録
12月10日(日)、10時半から第4回ジャガイモ会ゴルフコンペに参加。
ジャガイモ会とはゴルフ同好会のことで、年4回OBと現役メンバー合同でコンペを開催しています。

今年最後のジャガイモ会は熊本県玉名郡の菊水ゴルフ倶楽部。
ゴルフに参加しないメンバーも懇親会には多数駆けつけてくれました。



腰痛がひどくて大変苦労しましたが、今回も花田省蔵会長・滝口利雄先輩には色々とご指導いただき、大変勉強になりました。

理事長最後の一日

2006年12月14日 | 青年会議所の活動
12月7日(木)、この日は12月卒業例会、理事長最後の日です。
最後と言っても12月31日まで仕事は残っておりますが、例会はこれが最後、理事長バッチとプレジデンシャルリースもこの日に次年度理事長にお渡しします。
9時55分、例会運営委員会の立部瑞航委員長から電話で例会の段取りの説明。
11時03分、中村洋一室長が「宗像・古賀エリア災害ボランティア連絡会」の規約・設立総会案内文・式次第を持参。
17時、最後の理事長挨拶の原稿を書く。
18時、原稿を書き上げ、例会会場の華杏弥太楼に行く間に挨拶文を暗記。
18時半、会場に到着しプレジデンシャルリースを歴代理事長の松尾幸主顧問に付けてもらう。
19時、12月例会開会。
そして最後の理事長挨拶。


12月卒業例会・理事長挨拶
今から1年前、当時の田中郁三理事長から理事長バッチを受け継ぎ、歴代の先輩方の介添えで、このプレジデンシャルリースを身にまとった時の、ずっしりとした重み。しかしその重みは、細く小さなこの体に、鋼のような力強さと勇気を与えてくれました。
誇りある社団法人宗像青年会議所の第32代理事長として、信頼と絆で結ばれた仲間達と、そして本日ご臨席を賜りました敬愛する先輩方と賛助会員の皆様に支えられ、今日の日を迎えることができました。

1月の新春祝賀会は200名を越える来賓の方々をお迎えし、メンバー全員が真心を込めておもてなしをさせていただきました。
国際姉妹JCの韓国昌原JCソン会長はじめ8名のメンバーが来日、地域や国家を越えたJCの友情を追い風に2006年度の宗像JCは新たなる変革と進化の旅へと船出しました。

1月29日、越本隆志君の世界戦。
人生の全てをかけた夢を九州JCの仲間が一丸となって応援しました。
チャンピオンコールの瞬間、頭の中が真っ白になり、横にいた山門JCの吉原理事長らと共に号泣しました。会場内で警備にあたってくれた宗像JCの仲間も、そして九州中から駆けつけたJCの仲間も、あの瞬間にJCが起した夢の実現に涙し、讃え合ったのでした。

4月、新チャンピオン越本隆志君とお父様の英武氏とのトークイベントを公開例会として開催しました。当日は遠方からわざわざ来られたファンの方も多く、例会終了後の会場出口では「あなた達は大変素晴らしいことをなされましたね」と見ず知らずのご婦人からお褒めの言葉をいただき、地域に知ってもらうだけでなく、地域に信頼され必要とされる宗像JCであろうと誓いを新たにしました。

その翌々日、悲しい知らせに愕然としました。
原田慎太郎市長(当時)が急逝されたのです。
市長はその二日前の公開例会にもお越しいただき、市民の前で越本君と宗像JCを激励し、ご挨拶をいただいたばかりでした。
我々は原田市長のお通夜と告別式の駐車場係をかって出て、これまで受けたご恩に報いる意味でも、市長選のローカル・マニフェスト型公開討論会の準備を進めました。

公開討論会はパネラーのお一方が、当日開場7分前に辞退するという残念な結果を受け、開催できませんでした。

しかし、先月の古賀市長選に向けたローカル・マニフェスト型公開討論会は市民主催、宗像JCは協力という形で成功させることができました。

さて、その宗像での公開討論会の前日は公開型例会として「災害ボランティア」を体験するセミナーを開催しました。

先輩をはじめ多くの市民の皆様が参加してくださり、実際に災害ボランティアセンターを立ち上げてどんなことが起こるのかを学び、今月やっと宗像・古賀・福津エリアの災害ボランティア連絡会を設立する運びとなりました。

9月、韓国の昌原JCの皆さんがご家族と来日されました。
みあれ祭を体験していただき、メンバーの家でショートホームステイ。
翌日は日韓の外交問題について意見交換会を行いました。
私からは敢えて靖国問題と竹島問題・歴史教育問題について言及させていただき、実際はどう思っているのか本音で語ってほしい、そう問うたのです。
その答えは、靖国問題は過去にこだわらず、竹島・歴史教育については語りたくないという意外なものでした。
これが昌原JCの総意ではありませんが、これを機に両JCがこれから果たしていかねばならないことは、両JCの親善ではなく、世界平和なのだということを宗像JCから提案できたと思います。

今年で3年目となる少年会議所は対象を高校生まで広げ、道徳心を育む自己修練をテーマに活動してきました。
8月のキャンプでは少年会議所メンバーがお兄さん・お姉さんとなって小学生達をまとめました。

先月の閉校式では越本君のジムでボクシングを通じた精神と肉体のトレーニングを経験し、最後は一人ひとりが1年間の想いを皆の前で堂々と発表しました。

道徳心の欠如した社会、それは大人の責任です。
我々はJayceeである前に一人の大人であり、ビジネスマンでもあります。
そこで本年度は社会起業家精神を持った起業家育成セミナーを2回に分けて実施しました。
「商道徳」という言葉があるように、本来日本人にはすべての行いに「利他の心」や「思いやりの心」が備わっていたのです。

(中略)

JCの存在意義を自らが再発見し、今を生きるJCが、ときめく地域と子ども達の笑顔のために心を耕す。

今年は過渡期でした。
まさに変革と進化の黎明(れいめい)、夜明けのときであったと確信しています。

達成できたこと、できなかったこともあります。
その想いは次年度へと受け継がれ、私は今年理事長として経験させていただき、そこで得たものをこれから次の時代へと、その「ご恩」を送ります。

私は今日で卒業しますが、生涯Jayceeとして誇りと勇気と正義を胸に、32代の名に恥じない人生を送る事を皆様の前でお約束します。

理事長であろうと、どんな役職でも、それは大きな流れの歯車の一つです。
その歯車がしっかり噛み合ないと、大きな力とはなりません。
一人ひとりの小さな力をみんなで出し合って大きな力となって、その力で地域と日本を変革してください。

JCは単年度組織制,一年一年が勝負です。
今年、もし自分のJC活動に納得していないというメンバーは、来年振り出しに戻って頑張ってください。

私は所信にゲーテの言葉を引用しました。

 世界は粥でできてはいない。
 君らはなまけてぐずぐずするな。
 固いものはかまねばならない。
 のどに詰まるか、消化するか二つにひとつだ。

そして大きな夢を描き、多くのことをJCで行ってきました。
1年前、そんなにあれもこれもできないよと忠告されましたが、
むしろ当初の計画以上に世界チャンピオンの誕生やブロ長輩出という、宗像JC始まって以来の快挙を達成できました。

それは一人ひとりの「向こうみず」な愛すべき仲間達のお陰です。

最後に再びゲーテの言葉を紹介して終わりとします。

「向こう見ずは天才であり、魔法であり、力である」

一年間ありがとうございました。
長いスピーチでしたが、OB・賛助会員の皆様、そしてメンバーとそのご家族の皆さんも真剣に聴いてくださっていました。

このスピーチの後、理事長バッチを立部次年度理事長予定者に授与し、歴代理事長の介添えでプレジデンシャルリースを外し、立部次年度へと引き継がれました。



そして立部次年度から直前理事長バッチを授与され、32代から33代へとたすきは渡されたのでした。

この後、立部33代理事長予定者からの挨拶があり、卒業式が始まりました。



9名の卒業生一人ひとりに感謝状が贈られ、家族からの手紙が紹介されました。



私は涙が止まらず、感謝と感動で最後の例会を終えることができました。

2次会の海彦にもメンバーの殆どが参加して、語り合い、時に涙し最高のフィナーレを迎えました。

その2次会の終盤で例会運営委員会の立部瑞航委員長(写真右下)が堰を切ったように泣き出しました。



彼には1年と数ヶ月の間、大変なプレッシャーを与えてきたことだと思います。
しかし、この日は共に肩を組み例会の成功を祝って、達成感と心地よい脱力感に酔いしれました。

皆さん、本当にありがとうございました。