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井の中の蛙、カイラス山巡礼に挑む!

夢のカイラス巡礼を終え、登山を再開しました。山岳信仰の延長上に四国遍路、カイラス山巡礼があり、原点の登山に戻ります。

大峯山奥駈道を歩く・その2

2018-06-28 21:19:08 | その他の本州の山
この記事は、2017年9月13日から15日のものです

 9月13日

 今日の天気は晴れとの予報です。
実は、宿の方から「他のお客さんも山上ケ岳まで登るので車で金峯神社送りますよ」、と言ってくれていましたが、私はここから歩きたかったので断っていました。

 なぜかといいますと、比叡山で行われている「千日回峰行」と同じ行をこの吉野でも行った人がいるのです。
その人は、金峯山寺から山上ケ岳までの往復40キロほどを毎日歩くという行を毎年5月3日から9月23日まで行って満行しました。
その道を同じように歩きたかったので、金峯神社まで送ってくれるという申し出を断りました。

 6:00分、いよいよ出発です。
急なアスファルトの道を登ります。
今回は5泊6日の予定で食料を準備しています。
したがって、担いでいるザックは18キロほどの重さになっています。
ムシムシした空気ですぐに汗が噴き出てきます。

    
     吉野水引神社です。

 6:30分、金峯神社に到着です。
    

 いよいよここから山道となります。
整備された山道を登ると分岐点があります。
ここを右手に入り、すぐ先を左手に曲がり沢沿いの道を下ると西行庵があります。
    

 ここから登山道に戻り一登りすると青根が峰です。
    
 この先の奥駈道は登山道と舗装道路が交互に現れ、ちょっと興が削がれます。
しかし、先へ進むしかありません。

 9:45分、百丁茶屋跡に到着しました。
ここには立派な小屋があり、百丁小屋と名付けられています。
    

 ここから大天井ケ岳を目指しますが、急な登りとなり山頂手前辺りは藪が深く登山道が分かりづらくなりましたが、何とか登山道を外れずに歩くことができました。

 12:20分、五番関に着きました。
この五番関の下にはトンネルが通っており、普通はこのトンネル横から山上ケ岳に登るようです。
    
     五番関にある女人結界門です。

 実は、この五番関から上の山頂部分は、今でも女人禁制となっています。
しかし、世界遺産に登録されたときにこの女人禁制が解かれたと勘違いされたようです。
この結界門を見ると女人の文字の女が取り外されています。
また、横にある英語の注意文の方もwemanのweが消されていました。
    

 登山道はいよいよ修行の道の様相を呈してきます。
鎖場も出てきます。
    
    こんな鎖場が出てくるといよいよ修行の道だと緊張します。

 14:10分、洞辻茶屋に到着です。
    
    ここには行場があり、立派なお不動明王像があります。

    
    洞辻茶屋の建物です。

    
    中は休憩で来るようにいろいろなお店がありますが、今日はすべての店が休んでいます。

 ここから先がいよいよ修行も道となり険しさが増してきます。

    
     鐘掛岩です。 

 いよいよ霊山の雰囲気が濃厚になってきます。

    
     役行者像がありました。

    
     等覚門を潜るとそこは神聖な場所です。

    
    山頂にある宿坊が見えてきました。

    
     西の覗きの行場です。

 この西の覗が山伏修行で絶壁に身を乗り出して行う場所です。

    
    この様な絶壁が続いています。
    
     行場の岩陰にリンドウが咲いていました。

    
     今晩泊めていただく宿坊の喜蔵院です。
 
 15:30分、ようやくここまで歩いてきました。
喜蔵院で宿泊の手続きを終え、山頂へ向かいます。

    
    山頂にある山門です。

    
     そして、山頂にあるお堂です。

    
     お堂の横にある護摩壇も立派なものです。

 山頂にあるお堂でお参りを済ませ、宿坊へ戻ります。

    
     今夜、この宿坊に泊まるのは私と下の茶屋で会った男性の2人です。

    
    宿坊の中にも立派な祭壇があります。

 今夜は、この喜蔵院に泊まりましたが、なんとお風呂に入れてもらいました。
そして、部屋は2階にある8畳ほどの部屋でした。
今夜はフカフカの布団で寝ることができます。
お風呂で体も温まりましたので、明日に備え早めに寝ることにします。

 今日の行動時間は、11時間を超えました。
重いザックに耐えてよく歩いたものですが、明日もこのぐらい歩かなければなりません。

天気予報をチェックすると台風18号が中国大陸の手前から東に進路を変えたようです。
この台風は、中国大陸へ抜けるものと思っていたのですが、いやな雰囲気になってきました。

 
   


大峯山奥駈道を歩く・その1

2018-06-27 19:45:11 | その他の本州の山
 あちらこちらにある山伏の修行道を歩いてきました。
いよいよ残された修行の道でも最難関となる奈良県から和歌山県に続く大峯山奥駈道に挑戦しました。
紀伊半島の中央部を南北に連なる大峯山脈にあるのが「大峯奥駈道」といわれる修行の道です。
テレビなどで山伏姿の人たちが絶壁の上から身を乗り出した映像を見たことがあると思いますが、このような修行を行う行場が沢山あります。

大峯山は、百名山に列挙されている山ですが、実は大峯山という頂はありません。
普通には桜で有名な吉野山から登ることのできる山上ケ岳周辺にある一帯の山を指します。

 ここで大峰山奥駈道について説明します。
大峯奥駈道とは、修験道の根本道場である金峯山寺などがある奈良吉野山と熊野三山を結ぶ、もとは修験道の修行場として開かれた道です。
修験道の開祖とされる役行者が8世紀初頭に開いたとされる修行の道です。
一般的に大峰山(大峯山)といえば山上ヶ岳を指しますが、大峯奥駈道でいう「大峯」とは、吉野から山上ヶ岳を経てさらに奥の山々、そして最終的には熊野三山に至る大峰山脈を縦走する修行の道全体を指しています。
この大峯山脈最高峰は八経ヶ岳ですが、この山は近畿圏の最高峰ともなっています。

 現在は、世界遺産に登録された地域ですが、実は宗教上の理由から、山上ヶ岳の北「五番関」から南の「阿弥陀ヶ森」までは女人禁制となっている山域が現存している特殊な地域です。

 昨年と今年の2年間で吉野山の金峯山寺から玉置神社までを歩いた記録です。

  この記事は、2017年9月13日から15日のものです。

 2017年9月11日、札幌を出発して奈良県の吉野山へ向かいます。
関空までは空路を使い、そこから電車を乗り継いで奈良県の吉野山を目指します。
電車を降りてケーブルカーで金峯山寺へ向かおうとすると、何とケーブルカーが故障で動かないとのことです。
代替運航しているバスで金峯山寺前まで送ってもらいます。
金峯山寺の山門は修復中でした。

 そこから2キロ弱にある太鼓判という宿が今夜の宿になります。
ここで1泊して翌日から歩く予定でしたが、夕食を食べながら天気予報をチェックしていると明日の天気は雨との予報です。
おまけに紀伊半島の一部には豪雨との予報が出ているので出発を見送り連泊することにします。
出だしからのトラブルです。
まあこれも仕方のないことです。
今回は、吉野山から熊野本宮までの予定であり、6日間の予定であり最初の2日間は行動予定時間が9時間を超える長丁場ですので慎重に行動しなければなりません。

    
     吉野山にある金峯山寺の本堂です。

 9月12日

 この日は停滞日です。
雨は午前中に上がりましたが、橿原市のほうで住宅が床上浸水するなどの被害が出ています。
午後からは周辺を散策して明日に備えます。


六甲山全山を縦走する!

2015-05-07 10:53:39 | その他の本州の山
 神戸市の北にそびえる山が六甲山です。
この六甲山は神戸市民に愛される山であり、神戸市民がハイキングンなどで訪れる身近な山となっています。

 大正時代から昭和初期にかけて活躍した登山家に加藤文太郎という人がいます。
彼は「孤高の人」や「単独行」などで有名な方で冬期の日本アルプスなどを単独で縦走した人です。
私は登山を始めた時に彼を知り、その強烈な登山に対する情熱に強く惹かれるものを感じていました。

 彼は神戸市にある三菱系の造船所に勤める傍ら登山に情熱を燃やしていた人です。
そして、トレーニングの場として神戸の裏山に位置する六甲山をよく歩いていたとのことです。
そのトレーニングとして六甲山の西の端敦盛塚(現在は須磨浦公園)から東の端にある宝塚までの53kを歩いていたようです。

 このルートを六甲山全山縦走と名付け、神戸市が主催して毎年11月に登山大会が開かれています。
26年は11月9日と14日のに日で行われ、参加者3,350人中2,701人が完走(完走率80%)しております。
本当はこの大火に参加したいと思っていましたが、最近は参加者が多く抽選になるとも聞いています。
こんな事で自分一人でゆっくりこのルートを味わいたく4月19日に歩いてきました。


 4月19日(日曜日)

 宿を取っていた神戸市新開地から始発電車に乗りスタート地点となる須磨浦公園駅に着いたのが5:35分、ただちに出発です。
天気は曇り空、予報では曇り時々雨です。
   
   須磨裏公園駅です。

 駅の左手からスタートしますが、いきなりの急登が続きます。
ちょっと寝不足気味の身体ですのでゆっくりゆっくりと自分に言い聞かせて登ります。
やがて、霧雨のような雨が降ってきますが傘を差すほどではありません。
鉢伏山の手前で後ろを振り返ると瀬戸内海の海が見えてきます。
   
   右手に淡路島と明石海峡に架かる橋も見えています。

 ドンドン登ります。
6:15分、鉄拐山に到着です。
ここからいったん下って高島団地の中を歩きます。
お散歩中のおばさま達の後ろを歩いていると気がつかれ「頑張って~!」と声をかけてもらいます。
町の中にある「全山縦走」と書かれた標識に導かれ無事に団地内を通過しました。

 6:40分、いきなり目の前に階段が現れます。
   
   この階段が栂尾山の400段ある階段です。
ここから通称須磨アルプスといわれる地域に入ります。
この階段を10分ほどで登って着いたのが栂尾山です。
   
   手前が高島団地、奥の山から歩いてきました。

 7:10分、馬の背と呼ばれる荒々しい光景の続く山道にでます。
   
   ここの地質はザラザラの脆い岩です。
そのため樹木が根を張れず荒れ地となっています。
   
   この辺りはトレランの人達も多いようで数人に抜かれました。

   
   歩いてきた道を振り返るとこんな具合です。

 ここから降っていくとお寺さんが見えてきます。
   
   7:50分、妙法寺を通過です。

ここから市街地を歩くと桜が咲いていました。
   
 所々に咲いている花に癒されて歩きます。

 妙法寺の町並みを過ぎると高取山への登りになります。
この辺りで時折雨が強くなってくるので傘を差して歩きます。

 8:30分、順調に登って高取山に到着です。
この高取山は、荒熊神社の御神域となっているようです。
   

    
   少し降ると鳥居がありました。

   高取山を降ると丸山の市街地に入ります。
ここで最初のミスをいてしまいました。
市街地には所々に全山縦走の標識があります。
地図を見るよりその標識を探す方が早いので所々にある標識を見逃さないようにして歩いていましたが、T字の交差点でその標識が見あたらなかったのです。
かって読みして右に進んでみたのですが、どうも様子が違うようです。

 バス停で休みながらバスを待っている人に道を聞くとやはり間違っていました。
歩いてきた道を登り返して無事にルートに戻れました。
ここからさらに曲がりくねった道を歩きます。
前方に線路が見えて右手に鵯越(ひよどり)駅があります。
踏切を越えて坂を登っていきます。
この道も違うようです。
ここは地図をしっかり確認すると、どうやら鵯越駅の手前を右折しなければならないようです。
再度、戻って駅の手前を曲がります。
そろそろ疲れが溜まってきて注意力が散漫になってきたようです。

   
   御不動さんが祀られていましたので縦走の無事をお祈りします。

   
   10:25分、立派な石井ダム下を通過します。

 ダラダラした登りを上り詰めると菊水山でした。
10:50分、菊水山に到着です。
   
   ここからまた降って行きます。
11:20分、着いたのは立派な天王吊橋でした。

 ここからの登り返しが急な斜面でした。
それを我慢して一気に登ります。
   
   11:45分、鍋蓋山に到着です。
ここには沢山のハイカーが休んでいました。
私も休憩を取りパンを食べてエネルギーの補給をします。

 ここから降ると太龍寺というお寺があり、路線バスが走ってくるようです。
そこで、みいちゃんと待ち合わせです。
ドンドン降って行くとお寺への階段が見えてきます。
   
   太龍寺のようです。
さらに降ると立派な山門がありました。
   
   12:20分、太龍寺山門前で休憩します。
バスが来るまで20分ほどありますので靴を脱いで足を休めます。
実は薄い靴下を穿いていたため足の裏が痛くなっていました。
靴下を見ると透けるぐらい薄くなっていたので厚い靴下に履き替えます。

 20分ほどするとバスがやってきます。
みいちゃんと久しぶりに会うことができました。
一緒に歩いて市が原へ降ります。
20分ほどで市が原に到着です。

 ここでみいちゃんと別れ、摩耶山へ続く長い登りへ向かいます。
ダラダラした登りが続きます。
稲妻坂に続き天狗道を登ります。
それを登り切ると摩耶山ですが、山頂がどこにあるか分かりません。
   
   14:20分、摩耶山に到着、ここから舗装道路が続きます。

 摩耶山で全山縦走のほぼ半分を歩き終えたことになります。
ここまで約9時間かかっています。
残り半分ですので、まだ20キロ以上あります。
しかし、ここから六甲山は起伏がなくほぼ平坦な道となります。

 六甲ガーデンテラスまではドライブウェイを歩きます。
この道が意外と危険なのです。
なぜかといいますと、ドライブウェイには歩道がないところがありますので車道を歩くことになります。
カーブの多い車道ですので危険なのです。

 起伏が少ない道ですのでガンガン歩きます。
しかし、持っている水が少なくなってきました。
気温が高いので給水を多く取っていたので仕方がありません。
自販機がありましたので500mlのボトルを2本買います。
1本は一気に飲んでしまいました。
これで水の心配はなくなりました。
あとは陽のある間にどこまで歩けるかどうかです。

 風が吹いてきます。
寒くなってきたのでウインドブレーカーを着ます。
いつの間にか六甲ガーデンテラスを過ぎてしまいました。
六甲山最高峰という標識が目についてきます。

 ここから何回湖の標識を目にしたことでしょうか?
道路が左右に曲がっています。
その曲がる手前にこぶ山に直上するように登山道があるのです。
それを登ること5~6回、やっと六甲山最高峰に到着です。
   

   
   16:55分、六甲山最高峰といっても単なる草原にある標識です。

 しかし、ここからは基本的に降るだけです。
やっと全山縦走の目鼻がついてきました。

 残り13キロ、近畿自然歩道を降ります。
ここからは日暮れとの勝負になりました。
空は曇り空ですので日が落ちると一気に暗くなってきます。
森の中の道はさらに暗くなってきます。
それを騙し騙しして19時まで我慢して歩いてきました。

しかし、それも限界で登山道が全く見えなくなってきました。
やむなくヘッ電を点けます。
20分ほど歩くとお寺の境内にでました。
塩尾寺に到着です。

やっと市街地の端に到着しましたが、塩尾寺からの降りがこれまた強烈な急坂なのです。
つづら折りの真っ暗な道をヘッ電頼りに小走りで降ります。

 街灯のある住宅地まで降りましたが、なおも急坂が続きます。
その坂を降り終えると目の前に電車の駅が見えます。

 19:45分、阪急宝塚の駅に到着しました。
   

 これで私の六甲山全山縦走が終わりました。
53キロを約14時間で歩いたことになります。

 歩き終えて感じたのは、意外と短く感じたことです。
初めての道だからそう感じたのかもしれません。
しかし、加藤文太郎さんの歩いた道を自分も歩いたという満足感がそう感じさせたのかもしれません。

 次の課題は、槍ヶ岳の北鎌尾根を登ることです。