みこの手仕事

手作り大好きの私がその日の出来事など書いています

激動の20日間

2020-01-23 14:28:18 | 家族
激動の始まりは、昨年の12月29日。お餅つきをしました。
長男がからみ餅など食べたいからと言って私が餅つき機でつくのです.

いつもは長男だけが取りに来るのですがその日はK子さんも一緒に来たのです。
K子さんも食べたいからかなと思っていました。
つき終わった後、息子とK子さんが改まって座り込んで「次男が体調を崩してお正月はこられないからね」というのです。

そのことは「一番さびしいお正月です」とブログに書きました。

次男の家族が来られないのでは1日に次男の様子を見にいってこようとはいうことになりました。

次男の家に付き、玄関に出てきた次男を見て私はあまりの痩せように抱きしめてしまいました。
ほほはコケ、声も今までの声とは違って弱弱しいのです。次男たちは子供たちに次男の様子を話していないのでに、私たちの話を子供たちに聞かせたくないと、家にいたのは次男だけです。
私に心配をかけたくないと思って逢いたくないと言っていたようです。
長男が説得して、1日に行くことを納得させたようです。
私が日ごろ「親より先に行ってはダメよ。一番の親不孝だからね」と言っていたのです。
今になって思うとそんなことを言わなければよかったなと思うのですが。

皆が学校や仕事に出て行ったあとは一人で寝ているのだということでした。私は、話を聞いて涙が止まりません。

あまり長くいると疲れるだろうからと1時間半ほどで帰ってきました。(私はずっと次男の傍に居たかったのですが。)
腹水がたまるので毎週月曜日に通院しているとのことでした。

長男も心配になって学校を休んで、通院の日について行ってくれました。会うたびにどんどん痩せていく次男だったそうです。

やっぱり家に一人でいるのは心配だからと長男も薦めてまた入院しました。
いつでも皆が会えるようにと個室を選んだようです。

入院して4日目かな。およめさんのKちゃんから危険な状態になっているからと、いきなりの衝撃的な電話です。

急いで長男と一緒に病院へ駆けつけました。我が家から千葉までは2時間もかかってしまうのです。

途中で容態は安定したからとの連絡が入ったのですが。
着いた時には意識はありません。苦しそうに呼吸をしているだけです。
その晩危ないかなと思ったのですが、長男がそばについているからと私たちは次男の家に帰ってきました。

11時ころ危ないよと長男から連絡です。
私達まだ寝ていなかったのですぐに病院へ行きました。

もう呼吸はしていません。でもまだ体は暖かかったです。
亡くなったのが18日午前1時でした。(その前からもう亡くなっていたようですが医師が確認をしてくれた時間は午前1時なのです。

嫁のKちゃんはそれからが大変、葬儀屋さんに連絡です。
葬儀屋さんなど決めてはいません。長男夫婦2人と相談したりして決めたようです。

マンションの8階に住んでいるので家には連れて帰れません。葬儀屋さんに預けておくことにしました。

それから葬儀の種類、通夜。告別式の段取りなどいろいろ取り決めです。

葬儀屋さんのアドバイスで次男はまだ現役です。会社関係の人などで会葬者も多いだろうからと普通の葬儀をすることになりました。

若い人の考えです、音楽葬ということで戒名。お坊さんの読経もありません。私達、親が付けて名前そのままなので良かったかなと思います。

21日が通夜。22日が告別式でした。
その間2日間あるので私たちは自宅に帰ってきました。

通夜には会社の方が受付などを受け持ってくださいました。
私は何も知らなかったのですが次男与えられた仕事はしっかりやっていたのでしょう。
あまり仕事の話はしない次男です。結婚して自分の家族がいるので離れて暮らす私は知らない方が事が多いのです。

通夜に来てくださった同僚、上司の方々にこれからいろいろな仕事に頼れる人材だったのに残念と言っていただきました。
今まで息子が携わっていた仕事、横浜の地下鉄工事。五反田の高速道路の出口の工事など息子が大卒で入社してから携わった仕事の内容をプリントアウトしてくださいました。
私はどんな仕事をしていたのか、何も話してくれなかったのでそのプリントを見て涙が出てしまいました。コピーをして私も手元に持っています。

楽しかった高校時代の野球部の仲間たちも皆来てくれました。、同じ会社に入った2歳下の幼友達が来てくれたのにはびっくりしてしまいました。社内報などで知ったのでしょう。

まだお墓はありません。次男なので新しくお墓を決めなくてはならないのですがしばらく自宅に置いておくと言っています。

私の家の仏壇に主人の遺影と並べて次男の写真も置いておこうと思います。

今使っているパソコンのトップに私が80歳のお祝いを子供たちがしてくれた時の元気な家族写真なのです。
次男のVサイン、見ていると涙が出てきてしまうのです、パソコンを開くたびに元気な息子の顔に会えるように、このまま使おうと思います。

告別式も終わりすべてが終わったので記憶の薄れないうちにと思って書いておきました。


私のブログの更新がないからと心配してくださった方もいらっしゃいますがこんなことが有ったのです。長~いブログを読んでくださってありがとうございました。

又気持ちを切り替えて送って頂いたお雛様のタペを織り始めようと思っています。


コメント (4)
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