198万PV達成!漫画史研究家・本間正幸監修【少年画報大全】(少年画報社・現在三刷)更新復活

【20世紀冒険活劇の少年世界】メトロポリス漫画総合研究所(since1997)から、昭和の映画、出版美術、音楽を!

昨日のランキングが、久しぶりに5867位に!

2018-05-14 22:45:13 | 追悼!高畑勲監督/宮崎駿監督とスタジオジブリの映画パンフレット

さて、先ずはgooのカテゴリーに合わせて、100のキーワードに過去のブログ記事を少しずつ分類し、再構成していきたいと考えていましたが、昨日は期待値からなのか?5月13日(日)の閲覧数555PV,訪問者数208IPで、ランキングは2822533ブログ中5867位になりましたので、ご確認下さいね❗️😀
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坂本龍一、ファミリーヒストリー

2018-05-14 22:34:19 | 追悼!高畑勲監督/宮崎駿監督とスタジオジブリの映画パンフレット

NHKで、ファミリーヒストリー「坂本龍一~父との葛藤 福岡藩黒田家に仕えた先祖~」と、プロフェッショナル仕事の流儀▽運命の一冊、あなたのもとへ~書店店主・岩田徹、BSフジで、「クイズ!脳ベルSHOW 第419回」を見た。😀

綺麗なお姉ちゃん好きの私は、Facebookで、クイズ!脳ベルSHOWに出演された横須賀昌美さんからFacebookfriendの承認を受けており、番組出演の告知を受けていたのだ。

SNSの使い方は人それぞれ。😀

ブログ、Twitter、Facebook、Instagramの中、現在、私のSNSは、Facebookをメインに、情報発信をしている。😀

元々、私のSNSのメインは、gooのブログで、「少年画報大全」(少年画報社)の中で紹介させてもらった凡そ三百人の昭和を代表する漫画家さん、挿し絵画家さん、絵物語作家さんの作品や、近況など、出版美術に関する情報を「少年画報大全」三刷り迄の購入者、一万人以上に向けて、監修者からの無料サービス、掲載情報のその後のメンテナンスとして、発信するものだった。

正に大正・昭和時代の漫画や、アニメーション、特撮のアーキビストのパイオニアの矜持として、原稿料無しでのアフターサービスだったので有る。😀

なので、今回、スカパー!時代劇専門チャンネルでの「赤胴鈴之助」のテレビアニメーションのHDリマスター版の放送、NHKの朝ドラ「半分、青い。」での原田知世さん演じる母親が番組の中で「マグマ大使」を取り上げ、「マグマ大使」がキーワードとして話題になっている社会現象についてなど、明治学院大学卒の社会学士であり、映画史、出版美術史、音楽史の研究者としての立場から、ブログ執筆の再開をするに至ったのである。😀

更に、『週刊現代』にて、映画「同棲時代」について脚本家の石森史郎先生×由美かおるさん×仲雅美さんの鼎談が掲載されたのを記念して、長らく開店休業状態だったブログだけでなく、TwitterとInstagramの更新、全てのSNSを、アーカイブ部分の再利用を含め、再開致します。

皆さん、よろしくね!(^-^)

さて、先ずはgooのカテゴリーに合わせて、100のキーワードに過去のブログ記事を少しずつ分類し、再構成していきたいと考えている。😀

「赤胴鈴之助」と「マグマ大使」は、共に雑誌『少年画報』(少年画報社)に連載され、「赤胴鈴之助」は、ラジオ化、テレビ化、映画化もされ、日本中に大ブームを巻き起こしました。
2001年夏に私が監修した「少年画報大全」(少年画報社)の巻頭カラーページで、「赤胴鈴之助」と、「マグマ大使」の特集記事を紹介。

「赤胴鈴之助」のラジオドラマのオーディションでデビューされ、テレビドラマにも出演。😀

続いて、テレビドラマ化された「まぼろし探偵」にも引き続き出演された吉永小百合さんの特集も組んでいます。😀

2009年3月「フイチンさん」で知られる上田トシコ先生を偲ぶ会参加のレポートを報告するために始めたgooブログ。(^-^)

私は、「少年画報大全」で、「フイチンさん」で知られる生前の上田トシコ先生にインタビューをして、戦前、戦中、戦後の暮らしと、戦後、上田トシコ先生が、GHQにて働いていた時の事を、具体的に初めて聞く事に成功しました。

さて、今年、私のgooブログも、10年目の春を迎え、皆さんの長年の変わらぬ支持のお陰で、現在、訪問者は、39万IP閲覧数139万PV。(^-^)

試しに、4月20日金曜日に記事の下書きを発表した所、4月19日(木)の閲覧数420PV,訪問者数141IPで、ランキングは2818962ブログ中14759位、4月20日(金)の閲覧数756PV,訪問者数183IPで、ランキングは2819118ブログ中7962位、4月21日(土)の閲覧数598PV,訪問者数150IPで、2819259ブログ中11151位。😀

週間の閲覧数と訪問者数になると、2018年4月8日~4月14日の閲覧数が3444PVで、訪問者数が952IP、2818196ブログ中14004位、4月15日~4月21日の閲覧数が2990PVで、訪問者数が1079IP、2819259ブログ中13147位。

類は友を呼び、朱に交われば赤くなる。
全ては因果応報であり、自業自得。
努力した時間だけが夢を裏切らない!

継続は力なり。

良縁は良縁に繋がり、悪縁は悪縁ばかり呼び寄せるので、絶ちきって生きて来ました。😀

さて、私のSNSの居場所は、ストーカー対策と、セキュリティを考え、Facebookがメインとなっていた為、Twitter、ブログの更新も、随分と御無沙汰しておりました。(^-^)

Facebookは、映画、出版美術、音楽の業界関係者や、リアルな友人など、Facebookfriendとの交流がメインで、業務用でも有ります。😀

新たなる情報発信と、過去に書いた記事の再利用、社会学視点によるアーカイブの為のSNSとして、Twitterとgooブログを再活用したいと考えています❗️

アーキビスト

本間正幸

現在、私のFacebookでは、Facebookfriend270人で、フォロワーが60人。😀

Instagramは、
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弥生美術館&竹久夢二美術館のギャラリートーク

2018-05-14 06:07:45 | 弥生美術館&竹久夢二美術館 日本出版美術研究会

昨日は、母の日だが、出版美術史の研究者である私は、弥生美術館&竹久夢二美術館のギャラリートークに参加。😀

2001年に監修した「少年画報大全」(少年画報社)の実績により、2002年夏、35歳の時に初代館長で有る鹿野館長から日本出版美術研究会の最年少会員として正式に認められた私は、ギャラリートークの後、併設される喫茶港やで年四回開催される会合にも顔を出したかったが、一昨日の天気予報で、午後から雨だと判っていた為、今日の参加は断念し、港やにて館長に挨拶をして早目に帰宅。

介護施設から帰宅する要介護4の母を迎える為の準備をする。😀

弥生美術館&竹久夢二美術館を私財を投じて開館された弁護士の鹿野館長の生年を見ると、、私の父の実家の伯父と同じ1919年生まれだった。

伯父は、画像の制服姿の女子高生達が日本にいた頃、生まれた事になるのだから凄い❗️😀

因みに、戦前までの山形県の庄内地方で、日本一の大地主と呼ばれた酒田の本間家の当主が、今、11代目なので、私の父の実家の方が、庄内地方の本間家として、屈指の旧家となる。

庄内地方の本間家のファミリーヒストリーは、南北朝時代にサムライで有る本間季綱が、現在の山形県鶴岡市下川の地に移り住んだ事が始まりとされ、今も下川の地に、本間家の旧家が幾つか有るのだが、私の父の実家は、その下川の地の本間家の中でも屈指の旧家。😀

サムライで有る下川の一族から、商人として酒田に分かれた本間家の三代目、本間光丘の時代に、天明の大飢饉の際の庄内藩に対する備蓄米の放出や、米沢藩の上杉鷹山公への大名貸しなど、一代で日本一の大地主と呼ばれるようになるのだが、酒田の本間家に纏わるその前のファミリーヒストリーは、今まであまり知られていない話の方が多そうだ。😀

本間家の歴史は古く、関東武士集団小野姓横山党の本間として、神奈川県の厚木市や、秦野市、愛甲石田辺りで発生した我が先祖は、鎌倉時代に佐渡の地頭として一族の主流が移り住んだ事でも知られているが、何と、日本のサムライが発生した時からのサムライの一族で、明治維新により、サムライが滅びるまで、サムライの一族として千年に及ぶ歴史が続いているのだから凄い❗️😀

しかも、当時の古文書に記されているように、日蓮上人との逸話や、日野資朝の斬首など、日本の歴史上に残るような大事件の当事者として、一族の偉大な先達の名前が多数出てくるのは、明治学院大学で社会学を学んだ社会学士で有る私には、とても興味深い事だ。

佐渡の金山の利権目当ての為、上杉家の家臣で愛のない男、直江兼続に、それまで佐渡を拠点に隆盛を誇っていた佐渡の本間家の一族のほとんどが攻め滅ぼされてしまい、歴史上本間家の主流は、佐渡ではなく、庄内地方の一族、しかもサムライとしてではなく、下川の一族から商人として分かれた酒田の本間家が担う形となる。

更に士農工商など、戦後の学校教育の著しい偏りの為、本来はサムライで有る一族が、たまたま商人として分かれた家が有名になっただけの単純な話なのに、本間家の一族全てが商人として始まったかのようなイメージを抱かせる、士農工商という江戸時代の身分制度が有ったように思わせる戦後の日本の歴史教育の矛盾の数々。😀

アーキビスト

本間正幸
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