196万PV達成!漫画史研究家・本間正幸監修【少年画報大全】(少年画報社・現在三刷)更新復活

【20世紀冒険活劇の少年世界】メトロポリス漫画総合研究所(since1997)から、昭和の映画、出版美術、音楽を!

自称・少女マンガ史と映画史研究家はじめました。(笑)

2014-01-28 00:05:00 | 「少女まんがの系譜」と「少年小説の系譜」追悼!二上洋一先生
泉谷しげる ♪春夏秋冬


2014年1月28日火曜日『週刊女性』発売。

これからは、自称・少女マンガ史と映画史研究家としても芸域を更に発展させていきたいと考えています。

お仕事の依頼、受け付けてます。(笑)
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祝!訪問者数25万人突破!!2014年は、萩尾望都名作名言手帳2014 で決まりだね!

2014-01-26 20:41:48 | 漫画家さんからの年賀状とサイン色紙
文化庁主催のマンガ研究とアーカイブが終了し、六本木から築地へ。
新富町の事務所に着くと、トーキョーノーザンライツフェスティバル2014のチラシが、実行委員会から届いていました。
1月30日(木)の日暮里サニーホールでの無声映画鑑賞会でも参加者の皆さんに配らせてもらおう。

さて、旗艦ブログとなるgooだけで訪問者数25万人突破!!閲覧数が累計83万!!
昨年の雑誌『猫生活』のカラーページ顔写真入りインタビューに始まり、無声映画鑑賞会の季刊紙『活狂』での日本のアニメーション史研究の現状報告、今度の(火)2014年1月28日発売の『週刊女性』の徹底特集70年代の音楽・漫画・映画に関する10頁の記事でのコメントなど、アニメ史と漫画史研究家だけでなく、これからは自称・少女マンガ史と映画史研究家としても芸域を更に発展させていきたいと考えていますので、お仕事の依頼受け付けてます。(*´∀`)♪
全ては因果応報であり自業自得、そして、継続は力となり真実は時の流れの中で証明される。
時間は夢を裏切らないし、隠された真実もやがて明らかにしてくれる。
薄っぺらい人間性を匿名で頭だけ隠し、尻尾が見えたまま私への誹謗中傷を繰り返していたTwitter上のネットストーカー、皆から嫌われ者の心も容姿も醜すぎるアラフィフ、アラフォーのオッサンの輩たちは、類は友を呼び、すっかり影を潜めて誰からも相手にされない元の木阿弥となり、哀れな末路を人知れず辿っているようです。(*´∀`)♪

2001年夏、戦後日本を代表する月刊少年雑誌『少年画報』を総覧する【少年画報大全】を監修する大役に、当時まだ駆け出しで無名、三十代前半の研究者だった私、本間正幸が大抜擢される一世一代の幸運を手に入れることが出来ました。
漫画史研究家の風雲児として、チャンスを生かし世に出ることが出来た私。(*´∀`)♪
以来、インタビューで御逢いできた先生方、特集を組ませていただいた先生方、少年時代からファンだった先生方、パーティー会場などで御会いして御挨拶させていただいた先生方に、ファンレター&感謝の気持ちを込めて毎年年賀状を送らせていただいております。
今年も温故知新、和魂洋才の精神で、粉骨砕身、精一杯頑張っていく所存です。

第四弾は、私達世代の女性達にカリスマ的な人気を誇る少女漫画家として知られる萩尾望都先生からの年賀状と、萩尾望都名作名言手帳2014目当てで初めて購入した、月刊YOU12月号です!
「ポーの一族」「トーマの心臓」「11人いる!」「百億の昼と千億の夜」「スター・レッド」「メッシュ」「半神」「マージナル」「イグアナの娘」「残酷な神が支配する」「バルバラ異界」「あぶな坂HOTEL」「王妃マルゴ」のイラスト入りで期待以上だったこの付録。
使うのがあまりにも惜しいので、取り合えず3月迄は、引き続き前回紹介した峰不二子ちゃん手帳を使う予定です。
さて、月刊YOUでは、萩尾望都先生の「王妃マルゴ」が激動の第二部クライマックス!
コミックス2巻、12/25発売決定!
次回は2014年掲載予定です。


第三弾は、私の心の恋人・峰不二子ちゃんからの年賀状?

いえいえ、【ルパン三世】の原作者であるモンキー・パンチ先生からの年賀状が右の画像なのです。(*´∀`)♪
現在、私が使っているスケジュール帳は、左の画像の通り峰不二子ちゃんのキャラクター手帳。
私は、数ある【ルパン三世】作品群の中でも、子供時代にリアルタイムで観たファーストルパンに出てくる不二子ちゃんの大ファン。
昨夏、最新のBlu-rayを購入したばかりなので、【ルパン三世】第1シリーズ全23話に加え、【峰不二子という女】全13話、現在、スカパー【BSアニマックス】で放送中の第2シリーズも、全て録画、永久保存に挑戦中!
映画やOVA、テレビスペシャルも、これからは【ルパン三世】と名の付くものは全て録画、保存していく覚悟です。


第2段は杉並アニメーションミュージアムの鈴木伸一館長から。

伝説のトキワ荘のメンバーであり、ラーメン大好き小池さんのモデルとしても有名なアニメーターの鈴木伸一さん。
初対面は1999年。
当時、私はマンガ喫茶メトロポリスを池袋で経営しており、鈴木館長はスタジオゼロを主宰していた。
手塚治虫文化賞のパーティー会場で挨拶をし、マツダ映画社が保存する貴重なアニメーションフィルムや、手塚先生の初期SF三部作として知られる【メトロポリス】についてなど、共通の話題で意気投合。
赤塚不二夫先生の企画展レセプション会場でお逢い出来たり。
それからは、毎年のように東京国際アニメフェア、手塚治虫文化賞で御一緒させてもらうようになり、杉並アニメーションミュージアムオープンの際には、レセプションパーティーへ呼ばれたほど。(*´∀`)♪
館長と私は、大の手塚ファン、そして【フクちゃん】の横山隆一先生のファンだけでなく、ウォルトディズニーの初期アニメーションや【正ちゃんの冒険】や雑誌『航空少年』の表紙などで知られる挿絵画家・樺島勝一さんのファン。
共通の作家さんが被っているのです。
さて、杉並アニメーションミュージアムでは、新年は1月5日からオープン。
毎週月曜日は休館日となります。
現在企画展は、【テレビアニメ放送50周年展Vol.3~アニメのお仕事エトセトラ~】が4/13まで入館無料で開催されています。
開館時間10:00~18:00*最終入館17:30
住所
〒167-0043
東京都杉並区上荻3-29-5 杉並会館3階

詳しくは

http://www.sam.or.jp/

にて確認を。


先ずは私が主宰するメトロポリス漫画総合研究所の名前の由来となった作品を手掛けている手塚治虫先生の版権を管理する手塚プロダクション資料室長・森晴路さんからの年賀状になります。

今から30年以上前、私の高校時代には、高田馬場セブンビル2Fに手塚プロダクションはありました。
当時の手塚プロさんは、ファンサービスとして土曜の午後に見学会を開いていました。
熱狂的な手塚ファンだった私は、資料室の存在に興味を持ち、初対面の森さんに無理を云って図々しくも資料室に入り浸るようになったのです。
掲載誌から切り抜いた作品をファイルした膨大な資料の山に、高価な復刻本であった虫の標本箱の数々。
今のようにマンガ喫茶などまだ何処にもない時代、開館から五年目となる現代マンガ図書館の利用料は高く、読めるのは市販され持っている本ばかり。
オープンから通い始めて五年、既に現代マンガ図書館では物足りなくなっていた私は、現代マンガ図書館の会員を早々と卒業し、手塚ファンの楽園を資料室の中に見出だし、果てしなき漫画収集、漫画史研究家への道を歩み出すことになるのですが、その話は又、日を改めまして。



2014年1月3日(金)午前10時より弥生美術館にて待望の【生誕110年 降臨!神業絵師 伊藤彦造という男】、竹久夢二美術館【夢二の子ども絵とすごろくー大正~昭和初期の小さなワンダーランドー】展が始まりました。
2月9日(日)14:00~弥生美術館のギャラリートークでは、伊藤彦造先生次女・伊藤布三子氏(日本舞踊家:立花志津彦)が参加されます

*河出書房新社より、展覧会にあわせて画集出版予定。

続いて姉妹館:竹久夢二美術館では午後3時より学芸員によるギャラリートーク。
二館併せて一般900円で御覧いただけます。
入館は午後4時半まで。

私が2002年から所属する日本出版美術研究会の会合も、この日にあるので当日は会場にいます。(*´∀`)♪
彦造先生の次女である伊藤布三子さんには、前回、2006年の弥生美術館での企画展の際に、【少年画報大全】監修者として初めて御挨拶させていただきました。
以来、毎年の私の年賀状の挨拶に対して、御返事までいただける嬉しさ。(*´∀`)♪

以下、毎年恒例となりましたアニメ史研究&漫画史研究家・本間正幸の2014年年賀状の紹介です。(*´∀`)♪


彦造傑作名画集より「初陣」『少年画報』昭和26年4月号。

郵便番号104-0044

東京都中央区明石町1-3-404

株式会社パインウッドカンパニー

TEL:03-5939-6991

Facebook、Twitter、訪問者累計24万人達成のgooブログもよろしく!

『漫画の匠』http://www.manganotakumi.com


剣豪・伊藤一刀斎の末裔として知られる神業絵師・伊藤彦造(1904~2004)先生。
戦前の『少年倶楽部』にて、我が本間一族の本拠地となる庄内鶴岡出身で、武者絵を得意とする山口将吉郎先生、【正ちゃんの冒険】や『航空少年』の表紙でも活躍された樺島勝一先生と共に、日本中の熱血少年達に支持された日本を代表する神業絵師である。

伊藤彦造先生や、庄内藩の武士の末裔である山口将吉郎先生が描くサムライの絵に私が魅せられてしまうのは、関東武士集団発祥の際、小野姓横山党本間から始まり、佐渡の地頭を経て、庄内藩のサムライとして明治維新を迎えたサムライ一族の末裔として、先祖伝来の血筋の中に息ずく遺伝子、今から30年前に47歳で亡くなった父より私の子供時代から厳しく叩き込まれた武士道精神の影響が強くあるようです。
アニメ史研究&漫画史研究家として在野で活動を続ける私の年賀状に、伊藤彦造先生の絵の使用許諾のOKがいただけたこと、2001年に【少年画報大全】監修者として、当時、多忙を極めていた故・米澤嘉博さんの代役として大抜擢をしていただけた当時の編集担当部長、現在は少年画報社・社長であられる戸田利吉郎さんに心から感謝すると共に、出版不況である2014年現在も【少年画報大全】は2001年から増刷を続ける現役書籍であり、監修者である私・本間正幸は、第一線で活動を続ける現役バリバリの漫画史研究家であり続けられることを誇りに思います。
【少年画報大全】監修者である私は、『少年画報』で活躍された全ての作家さんたちの思いを、アニメ史&漫画史研究家として、日本の漫画やアニメ、映画を心から愛する読者の皆さんに、生涯正しく伝えていきたいと心から願っております。
2014年も引き続きお付き合いのほどよろしくね!(*´∀`)♪


【少年画報大全】監修

本間正幸

*戦後マッカーサーのGHQにより、絵師の身でありながら戦犯容疑をかけられ、米軍座間キャンプに収容された伊藤彦造先生と、日本一の大地主と云われたため標的とされ、農地改革のモデルケースとして三千ヘクタールに及ぶ広大な農地の殆んどを没収された庄内の我が本間一族の間に、不思議な因縁めいたものを感じるのは私だけ?
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RCサクセション 多摩蘭坂

2014-01-26 20:07:49 | 2001年夏「少年画報大全」(少年画報社)監修者への道
RCサクセション 多摩蘭坂
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『猫生活』に続き『週刊女性』インタビューと、明治学院同窓会賀詞交歓会に初参加

2014-01-18 20:27:41 | 2001年夏「少年画報大全」(少年画報社)監修者への道
PV - レミオロメン 粉雪


今日は、我が母校である明治学院同窓会主催の賀詞交歓会に初参加。

参加者5~60名に及ぶ先輩諸氏を前に、自己紹介に合わせてマンガやアニメ、映画に音楽をもう一度楽しむ方法などを20分ほど話す。

人生とは一期一会の出会いの繰り返し。

我が母校は、今も昔と変わらず私を温かく見守ってくれているようだ。

追伸

『週刊女性』1月28日発売号に、10ページに及ぶ70年代の音楽、漫画、映画特集があります。

イケメン俳優で知られる半田健人さんが音楽について、漫画と音楽については、私・本間正幸がインタビューに答えていますので、是非、ご一読のほど。(笑)
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峰不二子という女からの年賀状? 2014

2014-01-08 22:51:19 | 漫画家さんからの年賀状とサイン色紙
2001年夏、戦後日本を代表する月刊少年雑誌『少年画報』を総覧する【少年画報大全】を監修する大役に、当時まだ駆け出しで無名、三十代前半の研究者だった私、本間正幸が大抜擢される一世一代の幸運を手に入れることが出来ました。
漫画史研究家の風雲児として、チャンスを生かし世に出ることが出来た私。(*´∀`)♪
以来、インタビューで御逢いできた先生方、特集を組ませていただいた先生方、少年時代からファンだった先生方、パーティー会場などで御会いして御挨拶させていただいた先生方に、ファンレター&感謝の気持ちを込めて毎年年賀状を送らせていただいております。

第三弾は、私の心の恋人・峰不二子ちゃんからの年賀状?

いえいえ、【ルパン三世】の原作者であるモンキー・パンチ先生からの年賀状が右の画像なのです。(*´∀`)♪
現在、私が使っているスケジュール帳は、左の画像の通り峰不二子ちゃんのキャラクター手帳。
私は、数ある【ルパン三世】作品群の中でも、子供時代にリアルタイムで観たファーストルパンに出てくる不二子ちゃんの大ファン。
昨夏、最新のBlu-rayを購入したばかりなので、【ルパン三世】第1シリーズ全23話に加え、【峰不二子という女】全13話、現在、スカパー【BSアニマックス】で放送中の第2シリーズも、全て録画、永久保存に挑戦中!
映画やOVA、テレビスペシャルも、これからは【ルパン三世】と名の付くものは全て録画、保存していく覚悟です。


第2段は杉並アニメーションミュージアムの鈴木伸一館長から。

伝説のトキワ荘のメンバーであり、ラーメン大好き小池さんのモデルとしても有名なアニメーターの鈴木伸一さん。
初対面は1999年。
当時、私はマンガ喫茶メトロポリスを池袋で経営しており、鈴木館長はスタジオゼロを主宰していた。
手塚治虫文化賞のパーティー会場で挨拶をし、マツダ映画社が保存する貴重なアニメーションフィルムや、手塚先生の初期SF三部作として知られる【メトロポリス】についてなど、共通の話題で意気投合。
赤塚不二夫先生の企画展レセプション会場でお逢い出来たり。
それからは、毎年のように東京国際アニメフェア、手塚治虫文化賞で御一緒させてもらうようになり、杉並アニメーションミュージアムオープンの際には、レセプションパーティーへ呼ばれたほど。(*´∀`)♪
館長と私は、大の手塚ファン、そして【フクちゃん】の横山隆一先生のファンだけでなく、ウォルトディズニーの初期アニメーションや【正ちゃんの冒険】や雑誌『航空少年』の表紙などで知られる挿絵画家・樺島勝一さんのファン。
共通の作家さんが被っているのです。
さて、杉並アニメーションミュージアムでは、新年は1月5日からオープン。
毎週月曜日は休館日となります。
現在企画展は、【テレビアニメ放送50周年展Vol.3~アニメのお仕事エトセトラ~】が4/13まで入館無料で開催されています。
開館時間10:00~18:00*最終入館17:30
住所
〒167-0043
東京都杉並区上荻3-29-5 杉並会館3階

詳しくは

http://www.sam.or.jp/

にて確認を。


先ずは私が主宰するメトロポリス漫画総合研究所の名前の由来となった作品を手掛けている手塚治虫先生の版権を管理する手塚プロダクション資料室長・森晴路さんからの年賀状になります。

今から30年以上前、私の高校時代には、高田馬場セブンビル2Fに手塚プロダクションはありました。
当時の手塚プロさんは、ファンサービスとして土曜の午後に見学会を開いていました。
熱狂的な手塚ファンだった私は、資料室の存在に興味を持ち、初対面の森さんに無理を云って図々しくも資料室に入り浸るようになったのです。
掲載誌から切り抜いた作品をファイルした膨大な資料の山に、高価な復刻本であった虫の標本箱の数々。
今のようにマンガ喫茶などまだ何処にもない時代、開館から五年目となる現代マンガ図書館の利用料は高く、読めるのは市販され持っている本ばかり。
オープンから通い始めて五年、既に現代マンガ図書館では物足りなくなっていた私は、現代マンガ図書館の会員を早々と卒業し、手塚ファンの楽園を資料室の中に見出だし、果てしなき漫画収集、漫画史研究家への道を歩み出すことになるのですが、その話は又、日を改めまして。



2014年1月3日(金)午前10時より弥生美術館にて待望の【生誕110年 降臨!神業絵師 伊藤彦造という男】、竹久夢二美術館【夢二の子ども絵とすごろくー大正~昭和初期の小さなワンダーランドー】展が始まりました。
2月9日(日)14:00~弥生美術館のギャラリートークでは、伊藤彦造先生次女・伊藤布三子氏(日本舞踊家:立花志津彦)が参加されます

*河出書房新社より、展覧会にあわせて画集出版予定。

続いて姉妹館:竹久夢二美術館では午後3時より学芸員によるギャラリートーク。
二館併せて一般900円で御覧いただけます。
入館は午後4時半まで。

私が2002年から所属する日本出版美術研究会の会合も、この日にあるので当日は会場にいます。(*´∀`)♪
彦造先生の次女である伊藤布三子さんには、前回、2006年の弥生美術館での企画展の際に、【少年画報大全】監修者として初めて御挨拶させていただきました。
以来、毎年の私の年賀状の挨拶に対して、御返事までいただける嬉しさ。(*´∀`)♪

以下、毎年恒例となりましたアニメ史研究&漫画史研究家・本間正幸の2014年年賀状の紹介です。(*´∀`)♪


彦造傑作名画集より「初陣」『少年画報』昭和26年4月号。

郵便番号104-0044

東京都中央区明石町1-3-404

株式会社パインウッドカンパニー

TEL:03-5939-6991

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『漫画の匠』http://www.manganotakumi.com


剣豪・伊藤一刀斎の末裔として知られる神業絵師・伊藤彦造(1904~2004)先生。
戦前の『少年倶楽部』にて、我が本間一族の本拠地となる庄内鶴岡出身で、武者絵を得意とする山口将吉郎先生、【正ちゃんの冒険】や『航空少年』の表紙でも活躍された樺島勝一先生と共に、日本中の熱血少年達に支持された日本を代表する神業絵師である。

伊藤彦造先生や、庄内藩の武士の末裔である山口将吉郎先生が描くサムライの絵に私が魅せられてしまうのは、関東武士集団発祥の際、小野姓横山党本間から始まり、佐渡の地頭を経て、庄内藩のサムライとして明治維新を迎えたサムライ一族の末裔として、先祖伝来の血筋の中に息ずく遺伝子、今から30年前に47歳で亡くなった父より私の子供時代から厳しく叩き込まれた武士道精神の影響が強くあるようです。
アニメ史研究&漫画史研究家として在野で活動を続ける私の年賀状に、伊藤彦造先生の絵の使用許諾のOKがいただけたこと、2001年に【少年画報大全】監修者として、当時、多忙を極めていた故・米澤嘉博さんの代役として大抜擢をしていただけた当時の編集担当部長、現在は少年画報社・社長であられる戸田利吉郎さんに心から感謝すると共に、出版不況である2014年現在も【少年画報大全】は2001年から増刷を続ける現役書籍であり、監修者である私・本間正幸は、第一線で活動を続ける現役バリバリの漫画史研究家であり続けられることを誇りに思います。
【少年画報大全】監修者である私は、『少年画報』で活躍された全ての作家さんたちの思いを、アニメ史&漫画史研究家として、日本の漫画やアニメ、映画を心から愛する読者の皆さんに、生涯正しく伝えていきたいと心から願っております。
2014年も引き続きお付き合いのほどよろしくね!(*´∀`)♪


【少年画報大全】監修

本間正幸

*戦後マッカーサーのGHQにより、絵師の身でありながら戦犯容疑をかけられ、米軍座間キャンプに収容された伊藤彦造先生と、日本一の大地主と云われたため標的とされ、農地改革のモデルケースとして三千ヘクタールに及ぶ広大な農地の殆んどを没収された庄内の我が本間一族の間に、不思議な因縁めいたものを感じるのは私だけ?
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毎年恒例! 漫画家さんからの年賀状紹介2014 【杉並アニメーションミュージアム】鈴木伸一館長

2014-01-07 00:49:00 | 漫画家さんからの年賀状とサイン色紙
2001年夏、戦後日本を代表する月刊少年雑誌『少年画報』を総覧する【少年画報大全】を監修する大役に、当時まだ駆け出しで無名、三十代前半の研究者だった私、本間正幸が大抜擢される一世一代の幸運を手に入れることが出来ました。
漫画史研究家の風雲児として、チャンスを生かし世に出ることが出来た私。(*´∀`)♪
以来、インタビューで御逢いできた先生方、特集を組ませていただいた先生方、少年時代からファンだった先生方、パーティー会場などで御会いして御挨拶させていただいた先生方に、ファンレター&感謝の気持ちを込めて毎年年賀状を送らせていただいております。

第2段は杉並アニメーションミュージアムの鈴木伸一館長から。

伝説のトキワ荘のメンバーであり、ラーメン大好き小池さんのモデルとしても有名なアニメーターの鈴木伸一さん。
初対面は1999年。
当時、私はマンガ喫茶メトロポリスを池袋で経営しており、鈴木館長はスタジオゼロを主宰していた。
手塚治虫文化賞のパーティー会場で挨拶をし、マツダ映画社が保存する貴重なアニメーションフィルムや、手塚先生の初期SF三部作として知られる【メトロポリス】についてなど、共通の話題で意気投合。
赤塚不二夫先生の企画展レセプション会場でお逢い出来たり。
それからは、毎年のように東京国際アニメフェア、手塚治虫文化賞で御一緒させてもらうようになり、杉並アニメーションミュージアムオープンの際には、レセプションパーティーへ呼ばれたほど。(*´∀`)♪
館長と私は、大の手塚ファン、そして【フクちゃん】の横山隆一先生のファンだけでなく、ウォルトディズニーの初期アニメーションや【正ちゃんの冒険】や雑誌『航空少年』の表紙などで知られる挿絵画家・樺島勝一さんのファン。
共通の作家さんが被っているのです。
さて、杉並アニメーションミュージアムでは、新年は1月5日からオープン。
毎週月曜日は休館日となります。
現在企画展は、【テレビアニメ放送50周年展Vol.3~アニメのお仕事エトセトラ~】が4/13まで入館無料で開催されています。
開館時間10:00~18:00*最終入館17:30
住所
〒167-0043
東京都杉並区上荻3-29-5 杉並会館3階

詳しくは

http://www.sam.or.jp/

にて確認を。


先ずは私が主宰するメトロポリス漫画総合研究所の名前の由来となった作品を手掛けている手塚治虫先生の版権を管理する手塚プロダクション資料室長・森晴路さんからの年賀状になります。

今から30年以上前、私の高校時代には、高田馬場セブンビル2Fに手塚プロダクションはありました。
当時の手塚プロさんは、ファンサービスとして土曜の午後に見学会を開いていました。
熱狂的な手塚ファンだった私は、資料室の存在に興味を持ち、初対面の森さんに無理を云って図々しくも資料室に入り浸るようになったのです。
掲載誌から切り抜いた作品をファイルした膨大な資料の山に、高価な復刻本であった虫の標本箱の数々。
今のようにマンガ喫茶などまだ何処にもない時代、開館から五年目となる現代マンガ図書館の利用料は高く、読めるのは市販され持っている本ばかり。
オープンから通い始めて五年、既に現代マンガ図書館では物足りなくなっていた私は、現代マンガ図書館の会員を早々と卒業し、手塚ファンの楽園を資料室の中に見出だし、果てしなき漫画収集、漫画史研究家への道を歩み出すことになるのですが、その話は又、日を改めまして。



2014年1月3日(金)午前10時より弥生美術館にて待望の【生誕110年 降臨!神業絵師 伊藤彦造という男】、竹久夢二美術館【夢二の子ども絵とすごろくー大正~昭和初期の小さなワンダーランドー】展が始まりました。
2月9日(日)14:00~弥生美術館のギャラリートークでは、伊藤彦造先生次女・伊藤布三子氏(日本舞踊家:立花志津彦)が参加されます

*河出書房新社より、展覧会にあわせて画集出版予定。

続いて姉妹館:竹久夢二美術館では午後3時より学芸員によるギャラリートーク。
二館併せて一般900円で御覧いただけます。
入館は午後4時半まで。

私が2002年から所属する日本出版美術研究会の会合も、この日にあるので当日は会場にいます。(*´∀`)♪
彦造先生の次女である伊藤布三子さんには、前回、2006年の弥生美術館での企画展の際に、【少年画報大全】監修者として初めて御挨拶させていただきました。
以来、毎年の私の年賀状の挨拶に対して、御返事までいただける嬉しさ。(*´∀`)♪

以下、毎年恒例となりましたアニメ史研究&漫画史研究家・本間正幸の2014年年賀状の紹介です。(*´∀`)♪


彦造傑作名画集より「初陣」『少年画報』昭和26年4月号。

郵便番号104-0044

東京都中央区明石町1-3-404

株式会社パインウッドカンパニー

TEL:03-5939-6991

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『漫画の匠』http://www.manganotakumi.com


剣豪・伊藤一刀斎の末裔として知られる神業絵師・伊藤彦造(1904~2004)先生。
戦前の『少年倶楽部』にて、我が本間一族の本拠地となる庄内鶴岡出身で、武者絵を得意とする山口将吉郎先生、【正ちゃんの冒険】や『航空少年』の表紙でも活躍された樺島勝一先生と共に、日本中の熱血少年達に支持された日本を代表する神業絵師である。

伊藤彦造先生や、庄内藩の武士の末裔である山口将吉郎先生が描くサムライの絵に私が魅せられてしまうのは、関東武士集団発祥の際、小野姓横山党本間から始まり、佐渡の地頭を経て、庄内藩のサムライとして明治維新を迎えたサムライ一族の末裔として、先祖伝来の血筋の中に息ずく遺伝子、今から30年前に47歳で亡くなった父より私の子供時代から厳しく叩き込まれた武士道精神の影響が強くあるようです。
アニメ史研究&漫画史研究家として在野で活動を続ける私の年賀状に、伊藤彦造先生の絵の使用許諾のOKがいただけたこと、2001年に【少年画報大全】監修者として、当時、多忙を極めていた故・米澤嘉博さんの代役として大抜擢をしていただけた当時の編集担当部長、現在は少年画報社・社長であられる戸田利吉郎さんに心から感謝すると共に、出版不況である2014年現在も【少年画報大全】は2001年から増刷を続ける現役書籍であり、監修者である私・本間正幸は、第一線で活動を続ける現役バリバリの漫画史研究家であり続けられることを誇りに思います。
【少年画報大全】監修者である私は、『少年画報』で活躍された全ての作家さんたちの思いを、アニメ史&漫画史研究家として、日本の漫画やアニメ、映画を心から愛する読者の皆さんに、生涯正しく伝えていきたいと心から願っております。
2014年も引き続きお付き合いのほどよろしくね!(*´∀`)♪


【少年画報大全】監修

本間正幸

*戦後マッカーサーのGHQにより、絵師の身でありながら戦犯容疑をかけられ、米軍座間キャンプに収容された伊藤彦造先生と、日本一の大地主と云われたため標的とされ、農地改革のモデルケースとして三千ヘクタールに及ぶ広大な農地の殆んどを没収された庄内の我が本間一族の間に、不思議な因縁めいたものを感じるのは私だけ?
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毎年恒例! 漫画家さんからの年賀状紹介2014 【手塚プロダクション】

2014-01-04 22:09:05 | 漫画家さんからの年賀状とサイン色紙
2001年夏、戦後日本を代表する月刊少年雑誌『少年画報』を総覧する【少年画報大全】を監修する大役に、当時まだ駆け出しで無名、三十代前半の研究者だった私、本間正幸が大抜擢される一世一代の幸運を手に入れることが出来ました。
漫画史研究家の風雲児として、チャンスを生かし世に出ることが出来た私。(*´∀`)♪
以来、インタビューで御逢いできた先生方、特集を組ませていただいた先生方、少年時代からファンだった先生方、パーティー会場などで御会いして御挨拶させていただいた先生方に、ファンレター&感謝の気持ちを込めて毎年年賀状を送らせていただいております。

先ずは私が主宰するメトロポリス漫画総合研究所の名前の由来となった作品を手掛けている手塚治虫先生の版権を管理する手塚プロダクション資料室長・森晴路さんからの年賀状になります。

今から30年以上前、私の高校時代には、高田馬場セブンビル2Fに手塚プロダクションはありました。
当時の手塚プロさんは、ファンサービスとして土曜の午後に見学会を開いていました。
熱狂的な手塚ファンだった私は、資料室の存在に興味を持ち、初対面の森さんに無理を云って図々しくも資料室に入り浸るようになったのです。
掲載誌から切り抜いた作品をファイルした膨大な資料の山に、高価な復刻本であった虫の標本箱の数々。
今のようにマンガ喫茶などまだ何処にもない時代、開館から五年目となる現代マンガ図書館の利用料は高く、読めるのは市販され持っている本ばかり。
オープンから通い始めて五年、既に現代マンガ図書館では物足りなくなっていた私は、現代マンガ図書館の会員を早々と卒業し、手塚ファンの楽園を資料室の中に見出だし、果てしなき漫画収集、漫画史研究家への道を歩み出すことになるのですが、その話は又、日を改めまして。



2014年1月3日(金)午前10時より弥生美術館にて待望の【生誕110年 降臨!神業絵師 伊藤彦造という男】、竹久夢二美術館【夢二の子ども絵とすごろくー大正~昭和初期の小さなワンダーランドー】展が始まりました。
2月9日(日)14:00~弥生美術館のギャラリートークでは、伊藤彦造先生次女・伊藤布三子氏(日本舞踊家:立花志津彦)が参加されます

*河出書房新社より、展覧会にあわせて画集出版予定。

続いて姉妹館:竹久夢二美術館では午後3時より学芸員によるギャラリートーク。
二館併せて一般900円で御覧いただけます。
入館は午後4時半まで。

私が2002年から所属する日本出版美術研究会の会合も、この日にあるので当日は会場にいます。(*´∀`)♪
彦造先生の次女である伊藤布三子さんには、前回、2006年の弥生美術館での企画展の際に、【少年画報大全】監修者として初めて御挨拶させていただきました。
以来、毎年の私の年賀状の挨拶に対して、御返事までいただける嬉しさ。(*´∀`)♪

以下、毎年恒例となりましたアニメ史研究&漫画史研究家・本間正幸の2014年年賀状の紹介です。(*´∀`)♪


彦造傑作名画集より「初陣」『少年画報』昭和26年4月号。

郵便番号104-0044

東京都中央区明石町1-3-404

株式会社パインウッドカンパニー

TEL:03-5939-6991

Facebook、Twitter、訪問者累計24万人達成のgooブログもよろしく!

『漫画の匠』http://www.manganotakumi.com


剣豪・伊藤一刀斎の末裔として知られる神業絵師・伊藤彦造(1904~2004)先生。
戦前の『少年倶楽部』にて、我が本間一族の本拠地となる庄内鶴岡出身で、武者絵を得意とする山口将吉郎先生、【正ちゃんの冒険】や『航空少年』の表紙でも活躍された樺島勝一先生と共に、日本中の熱血少年達に支持された日本を代表する神業絵師である。

伊藤彦造先生や、庄内藩の武士の末裔である山口将吉郎先生が描くサムライの絵に私が魅せられてしまうのは、関東武士集団発祥の際、小野姓横山党本間から始まり、佐渡の地頭を経て、庄内藩のサムライとして明治維新を迎えたサムライ一族の末裔として、先祖伝来の血筋の中に息ずく遺伝子、今から30年前に47歳で亡くなった父より私の子供時代から厳しく叩き込まれた武士道精神の影響が強くあるようです。
アニメ史研究&漫画史研究家として在野で活動を続ける私の年賀状に、伊藤彦造先生の絵の使用許諾のOKがいただけたこと、2001年に【少年画報大全】監修者として、当時、多忙を極めていた故・米澤嘉博さんの代役として大抜擢をしていただけた当時の編集担当部長、現在は少年画報社・社長であられる戸田利吉郎さんに心から感謝すると共に、出版不況である2014年現在も【少年画報大全】は2001年から増刷を続ける現役書籍であり、監修者である私・本間正幸は、第一線で活動を続ける現役バリバリの漫画史研究家であり続けられることを誇りに思います。
【少年画報大全】監修者である私は、『少年画報』で活躍された全ての作家さんたちの思いを、アニメ史&漫画史研究家として、日本の漫画やアニメ、映画を心から愛する読者の皆さんに、生涯正しく伝えていきたいと心から願っております。
2014年も引き続きお付き合いのほどよろしくね!(*´∀`)♪


【少年画報大全】監修

本間正幸

*戦後マッカーサーのGHQにより、絵師の身でありながら戦犯容疑をかけられ、米軍座間キャンプに収容された伊藤彦造先生と、日本一の大地主と云われたため標的とされ、農地改革のモデルケースとして三千ヘクタールに及ぶ広大な農地の殆んどを没収された庄内の我が本間一族の間に、不思議な因縁めいたものを感じるのは私だけ?
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2014年新春より弥生美術館にて【生誕110 年降臨! 神業絵師伊藤彦造という男】展

2014-01-03 22:11:46 | 弥生美術館&竹久夢二美術館 日本出版美術研究会
2014年1月3日(金)、本日午前10時より弥生美術館にて待望の【生誕110年 降臨!神業絵師 伊藤彦造という男】、竹久夢二美術館【夢二の子ども絵とすごろくー大正~昭和初期の小さなワンダーランドー】展が始まりました。
2月9日(日)14:00~弥生美術館のギャラリートークでは、伊藤彦造先生次女・伊藤布三子氏(日本舞踊家:立花志津彦)が参加されます

*河出書房新社より、展覧会にあわせて画集出版予定。

続いて姉妹館:竹久夢二美術館では午後3時より学芸員によるギャラリートーク。
二館併せて一般900円で御覧いただけます。
入館は午後4時半まで。

私が2002年から所属する日本出版美術研究会の会合も、この日にある。(*´∀`)♪

本日の画像は、毎年恒例、アニメ史研究&漫画史研究家である本間正幸の2014年年賀状の紹介です。(*´∀`)♪


彦造傑作名画集より「初陣」『少年画報』昭和26年4月号。

郵便番号104-0044

東京都中央区明石町1-3-404

株式会社パインウッドカンパニー

TEL:03-5939-6991

Facebook、Twitter、訪問者累計24万人達成のgooブログもよろしく!

『漫画の匠』http://www.manganotakumi.com


剣豪・伊藤一刀斎の末裔として知られる神業絵師・伊藤彦造(1904~2004)先生。
戦前の『少年倶楽部』にて、我が本間一族の本拠地となる庄内鶴岡出身で、武者絵を得意とする山口将吉郎先生、【正ちゃんの冒険】や『航空少年』の表紙でも活躍された樺島勝一先生と共に、日本中の熱血少年達に支持された日本を代表する神業絵師である。

伊藤彦造先生や、庄内藩の武士の末裔である山口将吉郎先生が描くサムライの絵に私が魅せられてしまうのは、関東武士集団発祥の際、小野姓横山党本間から始まり、佐渡の地頭を経て、庄内藩のサムライとして明治維新を迎えたサムライ一族の末裔として、先祖伝来の血筋の中に息ずく遺伝子、今から30年前に47歳で亡くなった父より私の子供時代から厳しく叩き込まれた武士道精神の影響が強くあるようです。
アニメ史研究&漫画史研究家として在野で活動を続ける私の年賀状に、伊藤彦造先生の絵の使用許諾のOKがいただけたこと、2001年に【少年画報大全】監修者として、当時、多忙を極めていた故・米澤嘉博さんの代役として大抜擢をしていただけた当時の編集担当部長、現在は少年画報社・社長であられる戸田利吉郎さんに心から感謝すると共に、出版不況である2014年現在も【少年画報大全】は2001年から増刷を続ける現役書籍であり、監修者である私・本間正幸は、第一線で活動を続ける現役バリバリの漫画史研究家であり続けられることを誇りに思います。
【少年画報大全】監修者である私は、『少年画報』で活躍された全ての作家さんたちの思いを、アニメ史&漫画史研究家として、日本の漫画やアニメ、映画を心から愛する読者の皆さんに、生涯正しく伝えていきたいと心から願っております。
2014年も引き続きお付き合いのほどよろしくね!(*´∀`)♪


【少年画報大全】監修

本間正幸

*伊藤彦造先生の今回の画像使用に関しては、伊藤彦造先生の御遺族、少年画報社、弥生美術館の許諾、権利処理が必要となります。今回は、【少年画報大全】監修者である本間正幸による弥生美術館の企画展告知、及び年賀状としてのみの特別な使用許諾となりますので、無断転用、転載は如何なる理由があろうとも固くお断り申し上げます。

追伸

戦後マッカーサーのGHQにより、絵師の身でありながら戦犯容疑をかけられ、座間キャンプに収容された伊藤彦造先生と、日本一の大地主と云われたため標的とされ、農地改革のモデルケースとして三千ヘクタールに及ぶ広大な農地の殆んどを没収された庄内の我が本間一族の間に、不思議な因縁めいたものを感じるのは私だけ?
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