My Laid-back Aussie Life

オーストラリア、アデレード発のオージーライフ、家族、看護などについて~

ちょっと怖い便のお話

2008-11-09 21:34:48 | 看護に関するあれこれ
転ばぬ先の杖とか、油断大敵とか、今日は一気にこんな感じの言葉を思い出す羽目になった。

今日、午前中、リハビリ病棟での勤務だった。なんとどういうわけか、私の受け持ちの患者は2名のみ。こういう日は暇すぎて、時間がたつのがとてつもなく遅い。

8時にシフトを開始して、10時までにはシャワー介助も看護記録も術創ケアもすべて終わってしまった。そして、何かやることがないかうろうろ探しているときに受け持ちの患者さんからナースコールがかかった。さっさとベッドサイドに行くと、うつ病持ちでもある患者さんが、トイレに行きたい、と立ち上がったところだったので、Walking Frame(日本語でなんと言うのだろう?歩行器だっけ?)を使いながら歩く患者の介助をした。トイレまではたったの2.5m。で、患者さんが急いで座ろうとする瞬間に、「あっ、待った!ズボン下ろさないと!」といって、彼のズボンとパッド(部分的なオムツ?)をおろしたその瞬間、なんと、「ゴロンッ!」と彼の大きなジャガイモのようなごついウンチが、予測もしないような角度からあろう事か私の左手の甲に一旦当たってトイレの床に着地した。ちなみにいつもは、患者さんが自分でお下を拭くことができない場合には私が手袋をはめて介助するが、彼の場合は自分でふけるので、このときは思いっきり素手だった…。一瞬のことだったはずなのに、瞬間的にあらゆる感覚が研ぎ澄まされ、その便の大きさとか、未消化の人参や豆が入っている所とか、当たった瞬間の温度ととかの情報が詳細に脳みそに刻み込まれた。

実は、こういうことは病院で働く限り全くの想定外でもない。そのまま、(うげーっ!)と思っている心の動揺を見せず、手をさっさと石鹸で念入りに洗い、「本当にすまないね。こんなに汚してしまって手間をかけてしまって…。」としきりに謝る患者さんに、「こういうこともありますから、気にしないでくださいね。」と、一応プロらしき態度で、たぶん結果的には彼の気を和らげる手助けにはあまりならないだろう言葉をかける。こちらで学生の時、老人ホームで働いたことがあったが、合い方の介護師が、ある寝たきりの患者のオムツを替えているときに突然、「ウギャーッ!」とすごい絶叫をしはじめ、患者をそのままほったらかしで、一番近くの手洗い場にすっ飛んで行って狂ったように手を洗い始めた、という場面を見たことがある。彼女もそのとき手袋をはめていなくて、どうやら便を直接触ってしまったらしい。彼女はそのとき看護学生で、バイトで介護師の仕事をしていたが、今はそんな態度をとっていないことを祈る。でも私も彼女も同じく、痛い目にあって学んだということだ。

まあ、便といっても、分らないだけで人によっては性質の悪い感染症にかかっている患者もいるだろうし、手洗いをしているといっても最初から手を不潔にしないに限る。-良い教訓になった。今度から、両方のポケットに手袋を1セットずつ入れておこう…。

主婦業兼ナースの仕事のオプション

2008-10-07 19:13:48 | 看護に関するあれこれ


今、アデレードは春の花、Bottlebrushが満開。グラスを洗うブラシみたいな真っ赤な花が、あちらこちらの木にたわわに実っている果実みたいに重そうにぶら下がっている。日光の大好きなオージー達は、この春の不安定な天気だと言うのに浮かれてかなり涼しい日でも露出度の高い服を着る人も多い。

さてさて、今日はフィジーに住む友人からの質問に関して。オーストラリアでまだ幼い子供を育てながら主婦業とナース業を両立させる方法について…。
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ご存知の通り、ナースの仕事はいろんな機関でいろんな勤務スタイルが選べる。しかも超売り手市場なため、共働き夫婦にとって何とかナース業を続けていける方法がいくつかある。

・病院でフルタイム・パートで正規職員として働いている場合:これは周りでは一番多い。でも、結構、ナース業は続けていけるものだ。わりと時間きっちりで仕事が始まる、しかも、いろんな時間帯で働くナースにとって仕事を続けていけるかどうかは、まず、家族(配偶者や自分や相手の親)または知人の協力が得られるか、そしてチャイルドケアを確保できるかどうかにかかってくると思う。こちらでは家族持ちには勤務時間を多少フレキシブルにしてもよいという寛大な空気がわりとあるらしい。だから、あまり時間の融通が利かない正職員の場合は、パートナーが子供達を幼稚園なり小学校なりに9時前に送り届けて、日勤の終わったナースの親がこどもを迎えに行く、と言う感じでやりくりしているようだ。病院のユニフォームを着た日勤上がりのナースママを長男の小学校で良く見かける。パートナーの勤務時間が融通が利かない場合は、朝、子供をチャイルドケアに預けて、そこから学校に連れて行ってもらい、帰りは親が学校に迎えに行くなり、チャイルドケアの人が迎えに行ってまた面倒をみるなりする。

で、問題なのはチャイルドケアの営業時間帯。一般のチャイルドケアセンターの営業時間だと、ナースの勤務時間帯にはあまり沿わない。それでかなり便利なのが、ファミリー(Community Base)チャイルドケア。これはちゃんと政府の認める資格を有した人が、自宅で営業しているもの。結構数はあり、私の近所にも7-8人はざっと数えてもいるくらいだ。費用は設備費とかがかからない所為かセンターよりもかなり安く、それで置いてセンターと同様に、各家庭の収入によって差はあるが政府がケアの費用のかなり部分の補助を出してくれる。全く補助を考えないとしても、我が家の子供がいっているところは豪4ドル/時間。そして何より、子供を預かってもらいたい時間帯の融通が利く。あとえばある一緒に働いたことのあるナースは、あさの6時半に子供をファミリーチャイルドケアに預け、7時の申し送りに間に合わせていると言っていた。夜間に預かってくれるところも結構ある。年齢は生後3ヶ月くらいからかな?それともそのケアする人によって違ったかな?でも、結構早い時期から受け入れている。ここは、ほとんどの場合が食事は用意して持たせなければならない。そして、意外と便利な、Before・After・School Care。長男の通っている公立の小学校にもあるが、文字通りに学校の中にあって、朝7時半から学校が始まる時間まで(1時間15分)、そして学校が終わってから6時まで、ケアをしてくれる。これも政府の補助がでるし、費用も朝の場合、援助無しの実費でも12・5ドルとお手ごろだ。ここは軽食も出してくれるし、PC、本、スポーツや工作といったいろんなアクティビティーが用意されている。そして、同じ学校のいろんな学年の子供達と知り合いになるチャンスにもなる。息子はこれがたいそう気に入ったらしく2回しか行ったことが無いのにまた行きたいとか言っている…。これはある学校と無い学校がある。

・あとは、子供の送り迎えに全然引っかからないような勤務を探すと言う手もある。これが私の使っている方法。

-学校の無い、パートナーが家にいる週末の、しかも朝~お昼までの4時間だけ働く。つまり、半シフト。これは、準や勤務帯にもある。もちろん、フルシフトで働いても良い。これは正職員としての待遇は無理だと思うが、非常勤職員としてだったら、かなり歓迎されるはず。給料は病気休暇・有給休暇が無い分、少し高め。

-実際に見たことがあるが、夜勤のみをするという方法。子供が学校に行っている間はほとんど眠ってすごすことになるだろう。

-エージェンシー(ナースバンク=紹介状)で、その時々で働きたい人時間帯を伝えシフトをもらう。これだと、あちらこちらの病院や老人ホームで働くことになるし、収入が一定しない。

-あとは、病院の外来とかGPクリニック(一般開業診療所)のPractice Nurseとかで、勤務時間を交渉すると言う手もある。

…と、こんな感じだろうか。

最近私が働いたのは、ホスピス病棟・リハビリ病棟・循環器系内科病棟・呼吸器系内科病棟。週末の朝だけ。仕事を続けていれば看護免許も更新できるし、収入になるし、どんどんかわっていく新しい医療にも触れ続けることができるし、ナースとしての技術や知識が失われずに済む。そして、社会の中で専門職として生きている、と言うことへたいして大きな意義を感じる。それが、子育てをしながら無理しないで続けられる今の勤務形態が、私はとても気に入っている。

参考になったかどうかは分らないが、また質問があったらいつもでも連絡されたし!頑張ろう!!

頑張れ!輝け!Dear Women!

2008-08-12 10:02:33 | 看護に関するあれこれ
最近、嬉しいNewsが2つあった。1つは、MKさんが4年間頑張った甲斐があり晴れてPhDを取得、そして同じ大学の研究者のポジションをゲットして希望していた研究者としての道を歩み始めた。就職まもなく、カナダに仕事で行ったり、メルボルンにカンファレンスで行ったりと忙しそうだ。同じ日本人ナースでこちらに来て頑張っている同士としてとても誇らしく思う。

そして…2つ目のニュースは、もう数年前に知り合った息子達のチャイルドケアの先生だったインドからの永住者の女性が、今年、2年間の学士号所有者のための看護学士コースを終了して、私の勤務する病院の内科病棟でナースとしての新しいキャリアをスタートさせた。

彼女はインドの裕福な家の出身で、数年前にだんなさんと娘さん2人とオーストラリアに永住者としてきた。もともとインドでは東洋医学の医師をしていたが、こちらではその資格が認められず、子育てをしながらでもできる自宅でのチャイルドケアを営業していた。が、将来何か自分のキャリアに繋がることを勉強したい、と思ったらしく、コンピューター関連の勉強を1年したがあまり興味が起こらず中断。で、ずいぶん前に、「医学の知識がもともとあって、人と接したり世話をしたりするのが好きなら、看護はどう?専門職だし、仕事は見つけやすいし、給料いいし、フレキシブルな勤務も選べるし、病院・地域・教育・研究と色んな分野にもいけるし…。」と何気にでも自信を持ってすすめたことがある。そして数年、音沙汰がなかった。そしたらなんといきなり2年前ほどに興奮した声で、「ねえ、私今何していると思う?ナースになるために勉強し始めたの!」と電話がかかってきた。それ以来、彼女の娘さんと家の長男の学校が一緒だということもあって、彼女とはよく顔をあわせるようになった。会うたびに、大学の課題や実習の様子を話してくれ、子供の面倒をみながらも頑張って勉強しているようだった。本当に良く頑張ったと思う。それも学校側が家庭の状況を理解してくれたり、チャイルドケアのシステムが整っていて政府も仕事を持つ、または勉強をしている両親にはかなり援助をしているという、この環境があったから出来たことだとおもう。大学のコースも自分のペースにあわせて、パートタイムに切り替えたりもできる。とりあえず、新米ナース(私も似たようなもんだけど!)として新人ナース研修生として毎日充実した生活を送っているそうだ。
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去年のある日、息子を学校に送ったあと、次男を校庭で遊ばせていたら彼女がすごくきらびやかなシルクの高級サリー(どんな服でもそうだがピンキリがある)を着て歩いていた。彼女がサリーを着ているのを見るのはこの時初めて。

私:「わー、きれーい!!どっか行くの?」
彼女:「これから大学の図書館に詰めて、課題を書かなきゃいけないの。」
私:「は?そのカッコで?」
彼女:「ほら、サリーって一枚布を身体に巻きつけているだけでしょ?だからあちらこちらにピンを刺してとめなきゃいけないの。だから、これを着ていると勉強中にヘタに居眠りできないのよ。ほら、机にうっかり突っ伏して変なカッコで寝たりしたらピンが身体に刺さって痛いじゃない?」
私:「(お腹抱えて大爆笑!)それって最高なアイディアだね!」

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これからも頑張れ、忙しい女性達よ!!

メール・ナースと働く

2008-03-09 23:18:18 | 看護に関するあれこれ
久々のブログ。ここ10日間ほど、たちの悪い風邪を引いて、かなり体調を崩した。ようやく最近、やっと人間らしい感覚が戻ってきたと思ったらなんと、外は連日、35-39度の猛暑。この天気は先週から始まって今週一杯続くらしい。だんだん秋らしくなってきたと思いきや…。SA州は夏にはこのくらい暑くなることは珍しくは無いが、こんなに長く続くのはとても稀。家では毎日麦茶を作って子供達にガンガン飲ませている。

先週は勤務を病欠したため、2週間ぶりの久々の仕事。循環器内科の病棟に久しぶりに行った。この病棟はよいナースがそろっていてかなり働きやすい。今日は、8人の患者を男性看護師(RN)1人、男性準看護師(EN)1人と私のチームで看た。こちらでは男性看護師をメール・ナースと言う。私が日本にいてナースとして働いていたときは(14年前?)400床ほどの病院でほんの2人の男性看護師しか見なかった。こちらでは、女性のナースが大半といっても、メール・ナースの割合がかなり多い。毎回、メールナースとお働くたびに思うことがある。人にもよるけど、とても一緒に働きやすい。理由は:

・余計なことはあまりしゃべらないで、仕事をさくさくこなしていく。こういうことを英語で“Down to business"と表現する。女性は基本的に余計な世間話とか噂話が多い。たとえ忙しくても!!

・かなり性格的に厄介な患者がいても感情的になっていらいらしたり怒ったりせず、わりと冷静に対処する。こっちの女性は割りと感情を表に出す。患者と言い合いをしている女性のナースを結構見かける。かなり厄介な患者と私なりに普通に対応していても、「まあ!あなたってとても忍耐強いのね!」と変に感心される。

・病院だけではなくどこにでもよく見かける、厄介なパワ・ーゲームがない。例えば、自分の知識や経験年数を誇示して自分を他より上のポジションに置こうとすること。

・体格的に、私にとってオージーの患者さんをケアするのは負担なときがある。こういうときにメール・ナースはとても心強い。

女性でもこういうタイプのナースはとても働きやすい。

今日は、RNと一緒に予薬と抗生剤の点滴として、その間にENがさっさとものすごいスピードで患者さんにシャワーを浴びさせたり清拭をしたりする。そして予薬が終わったら、ペアを組んで2人介助要の患者さんのケアをさくさくする。ああ、一緒に組む人によって忙しい朝もこうも違う。そして、全身浮腫の血管がほとんど見当たらない患者さんの採血を、いつものように私がやる羽目になる。おどろいている相棒に「さっき、予薬で時間かかった分、これでチャラにしてね。」と冗談を投げる。さっさと勤務が終わったら、ピンであがって、外に出たら眩暈のするような熱気…。でも気持ちのとてもよい勤務だった。

戦争の傷跡のひとつ~PTSD

2008-02-25 21:55:56 | 看護に関するあれこれ
今勤めている病院は、退役軍人病院だから一般人を含めても当然退役軍人の患者が多い。
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昨日、受け持った患者さん(84才)はPTSD(心的外傷後ストレス障害)をもつ、整形の患者さん。PTSDは第二次世界大戦からのものらしい。詳しいことは申し送りからは分らなかったけど、日本がらみの可能性も多い。とても柔和な、回復をしようと一生懸命にリハビリをする自立心にあふれる人。シャワーの介助をしながら彼自身についての話を聞くと、とてもよい幸せな家庭を築いているようだ。

先週、精神科病棟にかなーり久しぶりに送られた。もちろんナースとして働きに。バイタルをとりにいった患者さんのなかに、退役軍人でPTSDを持つ人がいた。いまだにフラッシュバックがあるらしい。一見、元気なよく話しフレンドリーに見える。その病棟にはオーストラリア軍の歴史を写真入りで展示している。その写真のひとつに、日本軍に捕らえられたオーストラリア軍人の捕虜が文字通りに骨と皮だけになった姿で、解放されたところを映したものがあった。

オーストラリアにはアンザック・デイという戦争記念日がある。その日には、退役軍人は勲章や軍服を身に付け、集会をする。病棟でも特別に集まりがある。そんな日に、「…そんでよー、ジャップの野郎達がそのとき来やがってさ…。」とか言う会話が病室から聞こえてくる。

数年前、大学で勉強しているときに、よく遅くまで勉強していて、大学のセキュリティーに家まで送っていた。その途中で世間話をしたときに、「オーストラリアにとっては日本が唯一侵略をしてきた国。だからその恐怖心がまだ強く残っている年配の人は結構多い。」と初めて聞かされた。

義理の姉は、韓国生まれのアメリカ育ち。彼女の大叔父さんは第二次世界大戦時、とても有名な詩人だったそうだ。大戦中。日本軍に捕らえられ、「日本国を称える詩を書け。」と強いられ、断固として拒否した。でも、獄中で亡くなったそうだ。彼女とあって、会話らしい会話の第一発目が、「ねえ、日本人って国粋主義者だと思わない?」だった。まあ、これはオーストラリアとは関係ないけど、これも戦争が残す傷跡…。

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一般にオーストラリア人は日本を観光地として、言葉・習慣・芸術もろもろ含めてかなり特有の文化を持つ国として、経済大国として、最先端の技術を生み出す国として、かなり興味を持っている。公立・私立の小学校や高校などでの第二ヶ国語科目として日本語を履修させるところも多い。個人的に日本語を習う人も多い。だから片言の日本語が話せる人も多いし、日本に交換留学や旅行に行ったことのある人はかなり多い。そしてとても親日家。日本人にとってもオーストラリアはとても近い存在。こういった関係はつらい過去の上に成り立っている。

その今でも、在豪日本人として、オーストラリアにとって日本はとてもつらい経験をさせられた国であると言うことをもっとちゃんと知っておきたい。

A Happy New Year! @ hospital

2008-01-01 17:01:09 | 看護に関するあれこれ
A Happy New Year!!

オーストラリアや日本にいる人たち、おかげ様で去年はとっても充実した変化のある面白い年が過ごせました。ありがとう!今年もよろしくお願いします。お互いに良い年でありますように…。

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クリスマスから元旦の今日にかけて、この10日間で祝日休日のみで6日間、午前中だけガッツリ働き、ガッポリと稼いだ。こちらのナースの給料はとても良い。そして、休日は150%(だっけ?)、祝日は200%(だったような…つまり平日の倍)の給料が出る。うふふっ!生活には困らないほどには我が家には収入があるし、夫は「いくらでもなんでも好きなものを遠慮なく買っていい。」と言ってくれる。しかし、一生の大半の極貧生活のせいで、貧乏性が染み付いてしまったようだ。ファッションにはほとんど興味ないため、服・アクセサリー・化粧品にはほとんどお金がかからない。髪も美容師に「せっかくいい髪をしているのに…」とため息をつかれながら、一年に2回くらいしか行かない。とても経済的な人間だろう。趣味の読書や絵は図書館に行ったりするし、絵の具なんてそんなにしょっちゅう買うものではない。あとは…空手の道場への費用くらいかな?もともとお金がかからない上に、貧乏性が身についているため、何かたまに欲しいものがあっても心置きなく、というか思い切って買うということができない。ちょっと悲しい。でも、自分が稼いだ収入がこうして少しでもあると言うだけで、幾分気持ちよく自分のためだけにお金を使えるような気がする。こんな気持ちを持っている主婦が意外と多いのではないだろうか?あと、もちろん看護実践に常に身をおいていると言う安心感もある。看護職は患者の命にかかわる仕事。そして、常にあたらしい医療技術や看護の方法が開発されているので、ちょこちょことでも現場にでていると、そういうものに触れる機会に恵まれる。しかも、かなりレベルの高い病院の色々な分野での無料の看護師・医療者向けのセミナーもあるので、知識を深めるのと同時にモチベーションのアップにも病院自体が一役買っている。あとは…自分の時間・お金をかけて一生懸命に努力したものが、小さなことでも社会に必要とされて(深刻なナース不足なため病院からしょっちゅう強烈なラブコールがかかってくる)、おまけにそれが良いお金になる。それは単純に自立心や自尊心をくすぐし、とても嬉しい。

年末年始は、主にリハビリ病棟で働いた。医療処置は予薬(麻薬系の鎮痛剤が多い)と術創処置(手術のあとの創部の包帯交換なんかの処置のことね)のみで、リハビリが主。結構楽な病棟かな。ホスピスや内科病棟などよりは遥かに時間にゆとりがある。いつものように患者さんたちに20代前半の新卒ナースに間違われつつ実は30代後半で2児の母だといって驚かれながら患者ケアをさくさくこなしていった。でも、どういうわけか今回やたら時間が余ったので、年末に「髪が伸びすぎたので、美容師を頼みたい。」と言っていた患者に、「あまり細かいことをうるさく言わないと約束するなら私が髪を切ってあげる。」とえらそうに申し出た。この患者さんは80代の男性で、「いや、短くしてさっぱりするなら何も言うことないよ。」と言っていたのでさっそく昼食前のひと時をまたしてもにわか美容師として過ごすことになった。この患者さん、入院+手術でなんと3ヶ月間くらい散髪をしていなかったようだ。バリカンがあればかなり早く切れるのに、と思いながら処置用の恐い位やたら切れる滅菌されたハサミだけで、スカスカに薄くなった白い髪を思いっきり良くバッサリと10cmくらい切る。美容室にあるような髪除けのマントみたいなのはもちろん無いので、ナースがMRSAなんかの感染症を持っている患者の処置のときに使う使い捨てのビニールのエプロンを首に巻きつけて代用。本人はかなり痴呆の進んだ患者さんだったけど、鏡を見せたらかなり喜んでいた。そしたらそれをみた同室の(ここは2人部屋)患者さんが、「美容師さーん、こっちにも客が待っているよー!」とか言ってきた。この人もかなり伸びている。でも、80代だと言うのに、惚れ惚れするくらいきれいな豊かな銀髪だ。そして、散髪にもそれだけたっぷり時間がかかった。ベットに腰掛けたり中腰になったりしてたため、腰が痛くなる。この人も仕上がりに満足してくれ、なんと「お代はこれで良いかい?」とかいって、ゴソゴソと彼の荷物からダークチョコレートを持ち出して、大きなかけらをくれた。昼前で血糖値がガンと下がってきたところだったので、とてもありがたくその場で即効で頂く。すっきりした患者さんをみるとこちらまで気分がすっきりする。年末だし?

こちらはクリスマスだけではなく年末年始も外泊できる人は家に帰るようだ。ただし、続けて一泊以上したらベッドをキープしてもらえないと言う決まりがあるため、一泊のみ。でも、それぞれ事情があってずっと病院で過ごす人も多い。こういう人たちのために、特に休日・祝日なんかにもうちょっと娯楽か何かあったらよいのではないかと思う。今度何か試してみよう。アートセラピーとか折り紙教室とか?だれか何か良いアイディアがあったら是非教えて欲しい。



ある退役軍人病院の怪談話

2007-11-25 21:41:12 | 看護に関するあれこれ


〈CityのAdelaide Arcadeのクリスマスデコレーション。デンマークから旅行に来たという老夫婦が、このツリーのそばで仲睦まじくお互いの写真を交代でとっていたので、2人のツーショットを撮ってあげる。〉

真夏のクリスマスムードもいよいよ盛り上がってきた。あちらこちらでクリスマスプレゼント用のセールを見かける。今週もあっという間に過ぎていった。木曜日には子供達の空手クラスを教え、クラスが思っていたよりかなりスムースに行き、満足(安心?)。金曜日には、友人のうちに次男と一緒に遊びに行き、韓国から遊びに来ている姑さんが作ってくれた、大豆から作ったスープの冷麺をご馳走になった。夏なのでこういうあっさりしたのがとてもおいしい。これはもう、冷えた豆乳にそばが入っているって感じ?で、夜にはいつものように道場でしごかれ、土曜日には午前いつものようにチビ達と動物園で朝の散歩をし、夕方には家の常連のHIROMIさんが遊びに来てくれた。アラビアンローストラムを夕食にする。日曜日には午前中に病院で半シフトの勤務、午後には大嫌いな庭掃除…とチビ達の散歩。そして大量のすき焼きを夕ご飯に食べる。

土曜日にHIROMIさんがきてくれたときに、どういうわけか、私達が一緒に働いている退役軍人病院の怪談話へと話題が移っていた。暑い所為か?これは本当にあったという、彼女の働くICUでの話。

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あるナースMさんが、夜勤で高齢の女性の患者さんを看ていた時のこと。彼女が突然、「誰かが私の上に乗っかっている!」と騒ぎ出した。彼女の横たわっているベッドの上には、Mさんには何も見えない。あまり繊細なタイプのナースではないMさんは、おののいている患者さんの話を真に受けないで、「大丈夫ですよ、何もいやしませんよ。」と軽く流そうとしたところ…なんとそのベッドの患者さんの顔が、まったく違う人の顔にぱっと変わった。「キャー!」と驚いて叫んだMさんのそばにいた同僚ナースのEさんもその顔をばっちり見たという…。でその人は「ニター」っと笑って10秒後くらいには消え、もとの患者さんの顔に戻った。HIROMIさんは夜勤でその話を当のMさんとEさんに直接聞いたらしい。その日、怖くなったHIROMIさんは勤務中に一人でトイレに行けなくなったとか…。

その話を聞いた私は、まっ昼間の汗もじっとりとにじむような陽気の中で一気に鳥肌が立った。暑いときの怪談効果、結構馬鹿に出来ない。

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この病院はかなり古く、もうアンティークな建物をそのまま修復しながら大切に使っている。特にホスピスやリハビリC病棟なんかは、建物がとてもとてーも古い。そして、特にこの古い建物にある病棟にはこういった怪談話が多いらしい…。どう?オーストラリア在住の人、ちょっとは涼しくなっただろうか?

医療通訳ナースのお仕事

2007-09-04 12:19:36 | 看護に関するあれこれ
数ある私の仕事の中に、翻訳・通訳とうものがある。最近ほとんどしていなくてすっかり忘れていたが、忘れた頃に通訳・翻訳の紹介所(派遣会社みたいなもの?)から電話が入り、今回はここから30分以上もかかるかなり寂びれたしかも治安の悪い地域にある病院で日本人が入院しているので急きょ行って欲しいと言われた。この会社から連絡があるときは必ずタイミングが悪く、ナースの仕事が入っているときとか、子供を面倒みてくれる人がいないときとか、またまた週末旅行で田舎でドライブして楽しんでいるときとかだ。でも、今回は時間の都合がバッチリつき、天気も良いのでドライブ気分で出かけられた。

Adelaide市内から北へ真っ直ぐくるまで30分ほどだけど、うちから15分もすれば高速道路の両脇には羊やら馬やらがのんびり草を食んでいるというなんとも癒されるのどかな風景が広がる。空は真っ青、地面は緑か今あちらこちらで咲き狂っている黄色い花でいっぱい。そんな風景をみながら、「KOKIA」や「HOME MADE KAZOKU」なんかを聴きながら車をぶっ飛ばしていると気分がなんとなくウキウキしてくる。

仕事のほうは患者さんの退院に向けての栄養士からの栄養指導の通訳。ナースとしてもとても良い勉強になった。お給料は最初の一時間(最低料金は一時間から。たとえ5分しか通訳してなくても一時間分の料金が通訳に支払われる)は$35。あれ?$40だったっけ?それから一時間毎に追加料金が払われる。仕事の場所が今回のように遠いい場合には足代もちゃんと出してくれる。給料面だけで考えると週末のナースの仕事で午前中だけ働けば$160になるのを考えると余り効率のよい仕事ではない。が、たまには違う場所に行って違う空気の中で仕事をするだけでとても良い勉強になるし何より良い気分転換になる。こちらの人は良く、"A change is good as a holiday."と言う。いろんな仕事をいくつか抱えている人も多いし、仕事も良く変わる人が多い。それにしても、普段一緒に働いているナース達のそばで通訳と言う全く別の立場で働くのはちょっと変な感じがする。

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趣味や特技はあればあるほど、幅の広い体験が出来て楽しい…。

Specialナースの半日

2007-07-16 14:16:38 | 看護に関するあれこれ
先週末、土日両方半日勤務で働いた。土曜は、内科病棟で(何故か)小さい手術したかなり高齢の患者さんの個室での看護に付けられた。かなりの難聴で補聴器がほとんど役に立たず、目がほとんど見えない、痴呆の人で、コミュニケーションを獲るのに一苦労だった。術後1日目のせいか疲れていてほとんどウトウトしていた。必要な処置をして、患者さんがうとうとしているときは、看護記録をしたり、患者さんのカルテを読んだりする。それでも暇をもてあまし、病室の壁に架かっている小冊子用のホルダーに入っている資料を手に取る。

その1つに、「Your Right and Responsibilities(患者の権利と責任)」があった。こちらで大学院で勉強していた頃、散々患者の権利について論文や研究をしたが、こうして実際患者のベッドサイドに当たり前のように置いてあり、臨床で患者に自分の権利に関しての情報を積極的に提供し教育している現場を見るととても新鮮な感じがした。この小冊子は、SA州政府厚生省が出版しているSA州での公立のヘルスケアの消費者のための権利憲章。とても簡潔に解り易くまとめられていて、デザインも色々な色を使いつつ見やすくしてあり、A4の半分のサイズで10ページそこそこものも。患者の権利に関してはとても良く知られているが、患者の責任という項目に目が引かれた。例えば、

*自分の健康状態や問題、アレルギーなど聞かれたことは詳細に答えること
*医師には勧められた治療・薬・検査についての詳しい説明を聞くこと
*もし説明されたことでわからないことがあればさらに説明してもらうように伝えること
*自分が認めた治療に関して、例えば与えられた注意事項を守る・健康状態の変化を医療者に知らせるなどして、自分も積極的に参加すること(残念ながらこれが出来ていない患者さんが結構多い)

そうそう、権利を持つということは自分もそれに対して責任を負うということ-何も医療だけではない物事の理(ことわり)だ。



そうこうしている間にあっという間に時間が過ぎ、帰る時間。とその前に、日本で介護関連の記事を書いている友人に頼まれたリフティングマシーン(患者さんをつるして移動させる機械)の写真を撮る。私としてはリフティングマシーンを使っている私の写真を獲りたかったのに、看護婦が面白そうだと2-3人集まってきて、「まあ、せっかくだからあなた自分が入っているところ撮りましょうよ!患者さんの側からリフティングについて考えてみるということで。」とかなんとかいって盛り上がって、結局私が吊るされている写真をゲット。こっちのナースは仕事が忙しくでも結構こんなのりだ。とてもふざけたことが(ジョークが?)好きでユーモアをいつも大切にする。この日も良いシフトで終わったとこに彼女たちに感謝する…。






精神科病棟での忙しい半日(?)

2007-03-17 23:04:40 | 看護に関するあれこれ

今週と先週の2回とも精神科病棟で働いた。精神科病棟で働いたのは日本で看護学校に通っているときにした実習以来で本当に久しぶり。

この病院の精神科はつい数ヶ月立て直したばかりで、ホテルのようにきれいだ。重症と比較的軽症の2
つのセクションに分かれており、両方ともしっかりと病棟の出入り口と処置用器具・薬品や患者の記録が保管されている部屋には鍵がかかっている。ここで働く職員は勤務の始めに、これらの鍵のかかった部屋に出入りするための共通のカードキーをもらう。

私の働いた病棟は軽症のセクションで、患者のリストを見ると、うつ病が多く、分裂病やその他老人ホームに入所するまでのつなぎのために入院している患者もいる。今週は、私はうつ病の患者で自殺のリスクがある患者のスペシャルという24時間付き添いのナースとして4時間働くことになった。

朝いきなり病院から電話がかかってきて、半日だけ働くことになり、珍しく車の渋滞にもまれながらいつもの倍以上の時間をかけて病院にたどり着いたら、これまたいきなり「あなたの患者さん、手術室でECT(精神科で使う電気ショック療法)を受けているところだから向こうに行って付き添って。」と言われた。ECTで具体的に何をするのか、患者の一般的な経過などは全く知らない…。

見慣れない手術室に行って、それまで付き添っていた精神科専門ナースと交代する。自動のO2Sat・心拍数・血圧測定機(日本ではバイタルサイン、こっちではOBSObservationsという)を付けられている患者さんはまだ麻酔をかけられておらず、かなり緊張している。記録を見るともうすでに何回か同じ治療を受けており、経過は良好とのこと。スタッフは私を除いてナースが2人、麻酔医1人、精神科医師2人、電気療法専門ナース1人の合計6人。大所帯だ。何回目かの治療でも一応一通りの説明を各スタッフから受け、酸素をマスクで吸入されつつ麻酔医が短時間持続の麻酔をかけ、患者の意識が数秒でなくなる。その後、バイタルサインに異常が無かったら、割とすぐに頭にパッチとケーブルを付け電気ショックを行う。電気ショックの瞬間、患者さんはかなり苦痛そうな顔をするけど、意識が無いため後で全然覚えてない。全部でものの10分位。すぐに麻酔からさめた患者さん状態を回復室のナースが観察しながら、処置後45分経過が良好であれば病棟に帰れる。経過を観察しながら、病棟でよく見かける迎えに来た「オーダリー」という職種の患者や物品運搬専門の人と世間話を回復室のナースと一緒にする。3人とも子持ちで、子供のことで話が盛り上がる。このオーダリーの彼は離婚しているとか。彼女募集中らしい。背丈は結構あり、顔はなかなか精悍な感じ、声は良く通るバリトン、身体はかつてボディビルをしていたというのも一発で分かるくらいマッチョで引き締まっている。すぐにでも出来そうなのに。日本にいる私の姉妹3人は皆結婚していないというのを聞いて、突然目が輝き始め、「えっ?独身?年はいくつ?」とか1人で盛り上がっている…。そして話は変わり、私の勤務はお昼前までという話を他のナースに話していると、「こんな話ってあるかい?働かなさ過ぎだよー。」とか文句を言っている…。「私は集中的に4時間しっかり働いているのさっ。濃密な半日勤務なのよ。」と言うと、「へー。ほー。そうなんだー。」と半目で答えてくる。

経過良好な患者さんを病棟に連れてきて、お茶とビスケットを用意して少し話をする。しばらくすると、かなり治療で疲れたらしく患者さんが眠ってしまったため、病室の目の前に椅子を持ってきて座って待つことにすると、今度はさっきのMrマッチョガイが「信じらんねーっ!!」とただ座っているだけに見える私を見て廊下で絶叫している…。ただ座っているだけで給料を貰えると思って、相当に悔しがっているらしい。「あらー、だったらナースになる?給料良いわよー。」と言うと、「ううんにゃ、やだね。人のおしっこやらウンチを始末するなんてごめんだね。」という暴言を吐きながら、退院した患者のベッドのシーツ交換をしている。この人たちの仕事って何から何がカバーされているんだろう…。いろんなことをしているのを見かける。余りにも暇だから、洗面所の手拭用の紙に、タイと台湾と東京にハネムーンに行くという知人のために‘バリバリ旅行者のための東京のお勧め観光スポット’なるものを書き始めた。そうすると、またマッチョガイが廊下の向こうで病棟用のゴム手袋を伸ばしたり引っ張ったりして遊んでいる。「その手袋で鶏の頭を作れるの知っているー?」と聞いたら、「鶏?そんなの必要ないよ。この頭が見えないかい?」と言いながら、ジェルでつんつんにおったてた自分の頭をカクカク前後に動かしながら、鶏の真似をして「コッコッコッ!!」とか言いながら行進している。なんだか座っているだけでだんだん疲れてきたような気がする。気のせいだけだろうか?それをさらっと流しながら、眠っている患者に目を走らせながら途中の作業に集中しようと勤める。そうすると、数分もしないうちに「ねえ、君の名前なんだっけ?」と聞いてくるので、ため息と共に教えると、「君の妹さんの名前は??オーストラリアには何時遊びにくるの?紹介してね。待っているからねーっ!」と病棟の廊下を大声で叫んでいる。「患者さんが眠っているんだから静かにしてよっ!」と声を控えめにしかりつける。この人、見かけは難なくても性格にはあるかも…。誰かこの人を何とかしておくれ。

お昼は皆食堂に出て食べるので、この患者さんについて行って同じテーブルにすわり、かなりすいたお腹を抱えて指をくわえながら、温野菜が添えられているローストチキンとポテトスープがきれいに消えていくのを見ながら待つ。じっと見つめられていても居心地が悪いだろうと思い、患者さんから目を離さないように(食事中ってナイフとかフォークとか持っているじゃない?)TVガイドを眺めたり、食堂でかかっているCDのジャケット(Bordersという、オーストラリアでもかなり有名なスコティッシュなバンド)を見たりする。それでも時間をもてあまして、患者さんのお膳に乗っている名前が書いてある黄色い紙を正方形に切って、折鶴を作る。随分前にさる東欧の国から移民してきたこの患者さん、かなり喜んで窓際にきちんと飾っていた。ECTで朝食を抜いていたせいか、かなりの量の食事をぜんぶぺろりを平らげ、すっかり満足した患者さんは食後の散歩を中庭でしたいといい、2人で中庭の菜園や花を眺めながら、それぞれのお国料理の話で盛り上がる。なんでもこの人のお国では、チリ・パウダーをたっぷり入れたシチューがよく食べられるとか…。

そうこうしている間に、先ほどの男性の精神科専門ナースがやってきて私と交代する。まだ午後の1時なのになんだかもう1日が経ったような気がする…。どうしてだろう。カジュアル・プールナースってこんな風に、色々な病棟で色々な看護ができるから楽しい。でも、精神科は余りにもナースとして実際にすることが少ないので面白味に欠けるかも…。