英語・ダイエット・その他徒然なるままに

趣味の英語学習(TOEIC 970点)やダイエットの成功談など、色々書いていきます。

自信のない方へ

2009年12月06日 16時35分02秒 | 英語
抽象的な話ばかりしていてもそっぽを向かれそうなので(笑)、たまには実践的な話を。とにかく英語が苦手で自信がない、でも、TOEICとか何とかしないとヤバイ、という方にお勧めする勉強法は、

短文・音付きの単語集をつぶす

です。TOEICにしても何にしても、とにかく語彙が決定的に不足していると話になりません。この勉強法は、語彙力の増強をメインにしながら、同時にリスニングも高速英文対応力も、できれば語法の知識も英文構築力も鍛えてしまおう、という物です。

特にこの本じゃないといけないという物はありませんが、私が昔やったのは、

新TOEIC TEST必須1200語(語研)

の旧版です。TOEIC 800点弱くらいの頃、これを一生懸命つぶしていたら、860点の壁を越えることができました。無論、これだけやったわけじゃありませんが。「基礎」「頻出」編とレベルにあわせて種類があるようですので、順番につぶしていけばよいと思います。

取り組み方としては、英文がそらでスラスラと勝手に口について出てくるくらいやり込むのが理想です。が、あまりプレッシャーをかけてもいけませんので、自分ができる範囲で、自分なりに「覚えた」「CDが聞けるようになった」と感じるところまでやりましょう。

できれば同時に文法力・構文解析力も鍛えてしまいたいので、各例文は文法的・語法的にちゃんと納得して吸収するようにしましょう。この単語はこういう意味ではこういう前置詞をとるのかとか、to不定詞をとるのだな、that節を従えられるんだなとか、そういう所まで気を配るのです。折角出会った一つ一つの英文を大事にして、じっくり料理していくのです。

もっと欲を言えば、ハイライトされている単語の部分だけでなく、日本語訳の中で自分の力で英語に落とせそうにない部分にマーカーでもつけておいて、日→英の変換練習までできれば完璧です。ま、そんなのムリ、という人には勧めませんが、私自信はこの作業が楽しくて仕方ないんです。現在、英検一級レベルの単語集の例文集をつかって、ひたすらこの作業をしています。

英語が苦手な方は長い英文に触れるのは苦痛だと思います。かといって単語だけ抜き出して覚えるのでは本当の力はつきません。なので折衷案として、短い英文をたくさんこなそう、という考え方です。

TOEICに関していうなら、あとは文法問題がちょっと特殊なので練習が必要になりますが、文法力を基本から鍛えたいという方にお勧めなのが以下です。両者ともとてもとっつきやすく、かつ、痒い所に手が届く代物です。

山口英文法講義の実況中継(上・下)(語学春秋社)
TOEIC英文法 急所総攻撃・鉄則大攻略(明日香出版社)

私は別にこれらの出版社の回し者ではありませんが(笑)、今まで数多くの本を勉強してきた中で、これらは本当に役に立ったなぁ、と実感する本です。これに加えて、文法の問題集を1冊くらいやっときゃ、いい線までいけるようになるでしょう。

まあTOEICに関して言えば、これくらいやっときゃ、800点くらいはいくでしょう。TOEICを基準にモノを言うのも何ですが、ま、一番分かりやすいので。もちろん、やるからには本気で覚えなきゃ、ダメですよ。


”忘れた”と”初見”は違う

2009年12月06日 05時45分22秒 | 英語
今日は筆が走っているのでどんどん書きます。

前に、私は「単語を覚えるのが好き」と書きましたが、多くの方は「単語が覚えられない。勉強してもすぐ忘れる」と悩んでいらっしゃると思います。

はい、私もすぐ忘れます(笑)。しかし、以下のことを知っているので悩みません。それは、

忘れた単語も、頭から完全に消えてなくなったわけではない

という事です。簡単に言うと、覚えては忘れ、忘れては覚える、という事を繰り返すからこそ、最終的には完全に覚えられるのだ、という事です。うーん、ちょっと誤解を与える言い方かな。単に「繰り返せ」と言っているわけではありません。「いったん忘れる」というプロセスは「完全に覚える」ためにはむしろ不可欠なプロセスだという事、だから、忘れるという事は決して悪い事ではないのだという事を知っておいてほしいのです。

ある方が本の中で、「無意識の記憶」という言い方をされてるのですが、初見の単語を一生懸命覚えた状態は「意識下の記憶」で、それが時間が経つにつれ「無意識」の部分に沈んでいく(これが忘れたという状態)。で、まだ完全に身についていない段階では、当該知識をその無意識の部分から意識の部分に引っ張り出してくることはできないのですが、何度か刺激しているうちにそれができるようになる、というような事です。

知識が完全に身につくとはそういう状態のことで、これは、試験前に一夜漬けで覚えた知識をあくる日の試験の時まできちんと覚えていて”吐き出せる”、というような事とは完全に異なります。一夜漬けで詰め込んだ知識は単なる一時的な意識下の記憶にしかすぎません。試験の時にそれを吐き出しているだけです。一旦無意識の部分に沈める、というプロセスにすら至っていない状態、とも言えますね。

上のようなことを知っていれば、「忘れた」といって落ち込む必要はないと思えるでしょう。むしろ忘れるという状態を経ることは、完全に身につけるという最終目標に向かって一歩前進している状態とも言えるのです。ただし、あまり長いこと放置された知識は当然そのまま”消えて”しまうでしょうから、時々メンテナンスをしてやる必要があるのは当然です。

つまり、どんどん覚えてどんどん忘れる、それを頻繁に繰り返す、というのが、英単語を覚える上では王道なのではないかと思うのです。私は実家に帰る時、長時間新幹線に乗るのですが、4時間ほどの間に2000語くらい収録されている英検一級レベルの単語集を一周します。もちろん、1分間に10個近くのペースですから、丁寧に見ている暇はありません。ゼロから覚える単語集ではさすがにそんな事はムリですが、長い間使い込んでいる単語集なので、それくらいのスピードでざっと知識をメンテナンスしてしまえるのです。そんな事を繰り返しているうちに、全ての知識が”常識”になっていきます。

一つの単語をいくら時間をかけて頑張って眺めて、緻密に覚えたつもりになっても、どうせ一旦は忘れてしまいます。なので、別の観点からは、とりあえずざっと舐めて、「何となく顔見知り」の単語を手早く増やしておく、というアプローチも有効だという言い方もできるでしょう。試験で迷った時とか、意外とそういう”ぼんやりした記憶”が救ってくれる事も多いです。

どんどん覚えて、どんどん忘れましょう。そうしているうちに、生涯の友達になってくれます。今回書いたことを知ったからと言って、結局は「繰り返し」が必要な事は、残念ながら変わりません。しかし、忘れることも一つの前進なのだ、ということを知ると知らないとでは、精神状態が大きく違うはずです。

もっと慰めてあげましょうか?同じ知識を、忘れる前に毎日毎日刺激して、「どんどん覚える」だけでもダメだと思います。一旦「忘れる」からこそ、頭の中で知識が「熟成」される気がします。脳学者でもない私がこんな事言っちゃってますが、これは長年英語を勉強している者の”勘”、”経験則”みたいな物です。「しっかりと」忘れていた知識を復習して思い出した時に、「そういえばそうだったなぁ」という、なんというか、身に染みて思い出すという感覚が実感できて、そしてその時、「完全に身に付いた」という状態に大きく近づく気がします。しっかり忘れましょう(笑)。

ちなみに、繰り返しを必要としない「無敵」の方法はないものか。。。一つだけ思いつくのは、'mandatory'のところで述べたように、既にある程度知っている単語を、強烈なインパクトを伴った「実体験」として再度経験する、という事ですかね。英語圏に住むという事の意義はそういう所にあるのでしょうね。だから、基礎力が全く欠けている人、積極的に覚える気の無い人が英語圏に住んだからといって途端にうまくなるわけじゃない、という話もうなずけます。


出張

2009年12月06日 04時45分01秒 | 日記
月曜から東北方面に出張だー。

以前、物凄く”熱く”語る牛タン屋のおやじさんがいて何時間も話し込んでしまったんですが、今回は行こうか、行くまいか。。。強行日程だから時間もないしなー。

フカヒレとかも食べたい!そういえば昔、「気仙沼ちゃん」っていましたよねー。若い人は知らないだろうけど。


心構え編(2):ルールやメニューは最小限、鉄則は死守

2009年12月06日 04時32分19秒 | ダイエット
実行計画に関してもう一つ、"細かくて盛り沢山な実行計画であればあるほど、その通りに実行できる確率は下がる"という事を認識しておく必要があります(これは私の言葉ではないです。ダイエット以外の、何かの本で読みました)。

引き込もりのニートでもない限り、毎日毎日同じような生活パターンで、あるいは、自分自身の都合だけで行動できる人間などいません。みんなダイエットの事ばかり考えて生活できるほど暇ではないし、外部の影響を受けずに生活できるわけでもありません。だから、予定とは異なる事態が生じるのは日常茶飯事です。体調や精神状態も日々めまぐるしく変わります。したがって、実行計画はそのような予測不能な日々の変動を吸収できるロバストな物でなければ、瞬く間に"絵に描いた餅"になってしまいます。そして、ロバストであるための最も重要な条件は、"決まり事が少ない事"です。

前の記事ではできる事だけやれと書きましたが、できる事を全てやろうとしてはダメです。とりあえずは、できる事の中でも本当の肝だけを盛り込んだ計画にしておくべきです。では、そのためにはどうすればよいか?

それには、"本当に同時に実行できるか"という厳しい視点で複数のルールやメニューを突き合わせ、バランスと予想効果をよく考え、最低限の物だけ残すようにすれ、というか、そうするしかないでしょう。いわゆる専門家が言うルールやメニューは、それぞれ個々には正しい物、効果を生み出す可能性のある物がほとんどなのかもしれませんが、それらの組み合わせ方、同時に遵守する術について言及されることはあまり多くありません。だから、「結局のところ、私は何をすればいいの?」とウブなダイエッターが途方に暮れてしまうのは無理もないのです。所詮、専門家自身がダイエットの成功者とは限らないのだから、個々のバラバラな知見を実戦用の兵器に昇華する方法にまで気を配らないのは当然かもしれませんね。

したがって、残念ながら我々は個々の情報は有難く頂戴しながらも、トータルで何をするかについては頭を使って自分流にコーディネイトしなければならないのです。ただし、これは考え様によっては残念な事ではなく、むしろ何かに挑戦する時の一番の醍醐味だという見方もできます。そう思える人は物事を楽しめる人、ひいては、成果を出しやすい人でしょう。ひとりよがりになるかも、と心配になるかもしれませんが、どんな方法であれ、万人にとって完全に正しいという明確な根拠など示すことはできない以上、手探りで始めてみるしかないじゃないですか。

また、多くの細かいルールで自分を縛り上げる事は、メンタル的にもよろしくないです。何度も言うように我々はダメ人間なのだから(笑)、ちょっとした挫折ですぐにくじけてしまうものです。厳選したルールやメニューだけを実行し、万一それが間違いであっても、そうと気づいた時点で軌道修正すれば良いのだと割り切り、気楽に構えましょう。

ただし、どうしても計画に盛り込み、さらに死守しなければならない「鉄則」のような物は存在します。後に「ジュース、菓子、洋食はダイエット中はなるだけ摂取するな」というようなことを書こうと思っていますが、これなどはその最たるモノのように思います。


※本ブログのダイエットに関する記載内容については、一切責任を負いません。内容を推奨するものでも決してありません。管理者の単なる体験談です。各所皆さんの自己責任の下、軽い読み物として咀嚼し、部分的にヒントになる所があれば参考にする程度にして下さい。

なぜ聴かなければならないのか

2009年12月06日 02時10分14秒 | 英語
最近は、コミュニケーション力の重視とか、あるいは、TOEICの隆盛や(驚くべきことに)大学入試でもリスニングが課されるようになって、「英語を聴く」ということが昔とは比較にならないくらい広く意識され、実行されるようになりました。英語関連の書籍もCD付きの物が本当に多いです。このブログをご覧の皆さんの中にも、日々一生懸命英語を聴いていらっしゃる方は多いと思います。

ところで皆さん、そもそも

なぜ英語を聴くのか?

ということについて真剣に考えてみたこと、ありますか?

「そりゃ、リスニング力を鍛えるためでしょ」という答える方が多いと思います。はい、間違ってはいません。しかし、私はそれは理由の一部にしか過ぎない、もっと言うなら、最大の理由ではない、と思っています。じゃあ、お前が言う「最大の理由」って何なんだ?と聞かれると、

音で記憶するため

と答えます。分かりにくい?そうですね。私の拙い表現力では一発で言いたいことを伝えられるピンポイントな表現が思い浮かびません。要するに「耳に残る」という事が大事だということなんですが。。。

例を挙げます。私は仕事柄、時々英語で文章を書いたりするのですが、そういう時は当然ネイティブの方に英文の校閲を受けることになります。一通り添削が終わると呼び出され、ディスカッションしながら最終英文をfixするわけですが、そのディスカッションの中で聞いて覚えた表現は一発で記憶に残り、しかも、忘れることがありません。

ある時、提出の締め切り直前に添削をお願いした事があり、当然添削の時間が十分に取れないので交渉が必要だったのですが、「今週の金曜日までにできないか?」とお願いした所、

Is Friday mandatory?(絶対金曜じゃないとダメか?)

と返されました。このときです。「おお!mandatoryってこういう使い方をするのか!」という強烈なインパクトとともに飛び込んで来た「マンダトリイィ」という音がずっと耳に残ることになりました。これによってmandatoryという単語は私にとって、二度と忘れない単語、適切な場面で使える単語に格上げされたわけです。もちろん、それなりに英語をやっているわけですからこの単語自体は知っていたわけですが、もう何というか、印象の残り方が全然違うものになっちゃったんです。

うーん、この例は「音」以外の別の要素も入っているケースなので、ちょっと例としては悪いかなー。他に例をあげると、例えば'placid(穏やかな、動物などがおとなしい)'という単語も、私がAFNのスポットアナウンスメントのCDを聞いている時に強い印象を伴って覚えた単語です。スポットアナウンスメントを聞いたことがある方はお分かりだと思いますが、日常生活の注意事項や宣伝を大げさなくらい面白おかしく、あるいはシリアスに喋っている物が多く、そのときの広告でも最後に「プゥラシィッド」という、バカみたいにオチャラケだ叫び声が聞こえてきて、まずその音が強烈に私の頭の中に焼き付けられました。その時は'placid'という単語は知らず、後で意味を調べて理解したのですが、別に意味なんか分からなくても、その時点で「プゥラシィッド」というアホみたいな叫び声が私の頭から消え去ることは、もはやないのです。

この、「音の残像が耳にこびり付く」ということこそが、言葉を覚えていく上での本来の最初のプロセスであり、それにだんだんと意味が伴ってきて、いつの間にか自分でも自在に使いこなせるくらい完全に定着する、というのが本来の言語習得のプロセスだと思うのです。

音声信号というのは人間の脳に最も記憶として残りやすい信号で、だからこそ覚えようという意識のない赤ん坊でも言葉を覚えていくのであり、それこそが言語というものが存在できる理由なのです。音だからこそ覚えられるのです。


※この辺の事について書いてある参考書が、私の知るかぎり一冊だけあります。後々紹介はしますが。私も最初にこの本を読んだときは何を言っているのか良く分かりませんでしたが、自分自身が上記のような経験をするにつれ、理解できるようになりました。すごい本です。脳の専門家の方にとっては当たり前の事なのかな?まあ、我々は専門家ではないので。

よーく考えてみてください。映像とか文字とかそういうものは、「覚えよう」と強く意識しないと覚えられない(それでもなかなか覚えられない)と思います。でも音って、ボーっと聞いていても印象に残る部分は「耳にこびり付いて離れない」ってこと、あるじゃないですか。それなんですよ、本来、言葉を覚えるということは。そういう経験をたくさんするために、英語を聴く必要があるのです。

だから、逆に「聞き取ろう、聞き取ろう」と全ての部分に意識を集中しすぎるような聞き方では、本来強い印象を伴って飛び込んでくるはずの部分まで「不自然な力の入り方」になってしまって、上記のようなプロセスを阻害してしまうことにもなりかねないと、私は思います。やれコミュニケーションとか、やれリスニングとか、そんな脅迫観念に押しつぶされる必要はないと思うのです。そんなの、つまらないです。何か面白いフレーズが「耳にこびり付いちゃった」という経験にいっぱい遭遇できればいいな、という気持ちで、私は英語を聴いています。ただでさえ、リーディングとかと違って自分のペースで進められない辛い作業なのですから、それをさらに辛い物にはしたくないし。

※以前書いた、英文をすべてしゃぶり尽くせ、という記事と矛盾していると思われる方もいらっしゃると思います。でも、リスニングでこれをやるのは普通の実力では辛すぎると思うのです。


もちろん、精度を磨くための”精聴”も必要なのかもしれません。でも、それって結局、試験の点数を上げたいとか、そういうモチベーションからくる発想ですよね。つまらないです。