07/23 私の音楽仲間 (189) ~ 私の室内楽仲間たち (169)
チ(ャ)ィコーフスキィ の
弦楽六重奏曲 "Souvenir de Florence"
この集いは、すでに何度かお読みいただいているグループです。
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
関連記事
① 見えない六重奏
② 交響的な六重奏曲
③ ダイヤの女王も黒?
④ "6" の魔力
⑤ 血を吐く苦しみ
⑥ 作曲者にも慰めを…
⑦ 劇場と激情の間
⑧ 信頼の結実
⑨ 理性と魂
⑩ フィレンツェの密会?
⑪ ウクライナの邂逅
⑫ 鋭敏な魂
⑬ 躍動と沈潜
⑭ 大船に乗った気分で
1+4+1、1+5、3+3、(2+2)+2、(1+1)+1+3、4+2、2×3、3×2…。
あらら。 今回は算数から始まってしまいました。 何だか
ゴチャゴチャしてますね。
でもよく見ると、みんな答は6になるようですよ。
実は、この六重奏曲のスコアをパラパラとめくってみると、
上のような結果になるんです。
それでは、また…。
…これじゃぁ不親切、説明不足ですよね。 まことに申しわけ
ありません。
この曲は Violin、Viola、チェロ、それぞれ2本で演奏されます
が、各楽器の用い方、また、組み合わせは様々です。
ここでは、そのうち① "1+4+1"、② "1+5"、③ "3+3" に限って
見てみます。
① 全曲の冒頭は Vn.Ⅰが一人でテーマを奏します。 チェロ
Ⅱは、ほぼ反行する低音進行。 あとの4人は、リズムの動きを
伴った和声付けです。
② やがてその比率は "1:5" になり、Vn.Ⅰが孤軍奮闘します。
③ 次は全体が、3人ずつの2グループに大きく分かれます。
VnⅠ、Vn.Ⅱ、Va.Ⅰの3人は上行し、Va.Ⅱ、チェロⅠ、チェロⅡ
の第2グループは下降して行きます。
以下、音楽の性格が移り変わるに連れ、"6" の内部の組み
合わせは、刻々と変化していきます。 "四重奏の4" と比べる
と、組み合わせの可能性は飛躍的に増加しています。
これは、「四つの楽器を対等、平等に扱いつつ、モティーフ
を利用し尽した」中期の Beethoven とは、方針がまったく
異なります。 "明快な構築性" よりは、"素材・音響の密度"
を重視したのでしょう。
③のような場合、Beethoven なら一つの楽器で済ませる動き
に、このロシア人作曲家は3つの楽器を用いています。
それには理由があります。 誰かが必ず、"三和音" のうちの
一つを割り当てられながら、同じ方向に動いているのです。
「ははぁ、ドミソの音符がいつも、どこかで鳴ってるんだな?」
そのとおりです。 3人組の響きは豊かになります。
第2グループもこれに対抗し、絡み合いは複雑になります。
よく言えば "豊満"、悪く言えば "ドロドロした響き" です。
このような組み合わせ方を、楽想に従って数小節ごとに
変化させれば、表現の幅は当然増えていきます。
この点は、何も今回の六重奏曲に限りません。 どんな
作曲家でも細心の配慮を払っています。
しかし、この "6の多様な組み合わせ" が、とりわけ彼の
大きな関心事であるのは明らかなようです。
それにしても、"4" から "5" へ行くのかと思ったら、いきなり
"6" になってしまうのは、一体なぜなのでしょうか?
[譜例③]
これは全曲の一番最後の部分です。 細かい音符は見にくいと
思いますが、「同じ色は同じ音程で動いている」とお考えください。
楽器の組み合わせが、刻々と変化している様子が、何となく
お解りいただけるでしょうか。
中には、パート間で音の受け渡しをしないと "音が埋まらない"
場合もあります。
ちなみにこの部分では、最大限の音量が要求されています。
"1人" で同時にたくさんの音符を鳴らさねばならない箇所さえ、
幾つもあります。 はっきり言って、重量感が出るように綺麗な
音で弾くのは、とても難しいのですが…。
ところでもし皆さんが、彼のオーケストラ作品のスコアを
見慣れておられるようでしたら、こう思われるのではない
でしょうか? 「まるで交響曲じゃないか!」と。
でもこれは弦楽六重奏曲で、ペチェルブルク室内楽協会
に献呈された曲なのです。
前回は、「彼がなぜ最終的に六重奏を選んだのか?」…と
書きながら終わってしまいました。
その原因を推測しながら、
① 「6は便利な数」であり、また
② 「四重奏よりは音の数が多い」
という二点を挙げてみましたが、貴方はどうお考えでしょうか?
この時期の彼にとっては、"1+3=4"、"2×2=4" という限定された
世界よりも、"2×3=6"、ないし "3×2=6" の可能性の方が、より
魅力的だったのではないでしょうか。
ところで、上の譜例でも見られるように、音符の数が多ければ、
当然「音量も大きくなる」ことが珍しくありません。
言わば "物量作戦" ですね。 何しろ、"ffff" と、フォルテが4つ
もありますから! 管楽器奏者ならずとも、正直に吹いたら「もう
死んじゃう…。」 同じ記号は、のちの交響曲第6番でも1箇所で
見られます。
しかし同時に同じ交響曲では、"ppppp" (!) という有名な箇所
もあります。 私たちはこれを "音量計測メーター" で計るのでは
なく、前後関係に注意し、作曲者の心情を共に味わおうとすれば
いいのです。
もちろん私も音作りの現場にある者の一人として、「f と p を
弾き分けたい」と思っていますが。
ところで、②の、「音の数が多い」という点ですが、このよう
な箇所では、常に "大音量" が目的なのでしょうか?
実は、そうとは限らない例をすでにお聴きいただいている
のです。
(続く)
関連記事 これまでの主な『音楽関係の記事』
チ(ャ)ィコーフスキィ と 『カマーリンスカヤ』
(1) 地下の白樺 ~ 第4交響曲
(2) ピョートル君の青りんご ~ 弦楽セレナーデ
(3) 青りんごのタネ ~ 交響曲第1番、第2番
[弦楽セレナーデの音源ページ]
[六重奏曲の音源ページ]