10/15 私の音楽仲間 (219) ~ 私の室内楽仲間たち (193)
理性と魂
この集いは、すでに何度かお読みいただいているグループです。
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
関連記事
① 見えない六重奏
② 交響的な六重奏曲
③ ダイヤの女王も黒?
④ "6" の魔力
⑤ 血を吐く苦しみ
⑥ 作曲者にも慰めを…
⑦ 劇場と激情の間
⑧ 信頼の結実
⑨ 理性と魂
⑩ フィレンツェの密会?
⑪ ウクライナの邂逅
⑫ 鋭敏な魂
⑬ 躍動と沈潜
⑭ 大船に乗った気分で
音楽の創作とは冷静な理性のなすこと、
だとあなたに思いこませようとする人々を
お信じになられませんように。
われわれの心を感動させ、
とらえることができるのは、
突然のひらめきによって、
芸術家の魂の深みから
流れでた音楽のみなのです。
チ(ャ)ィコーフスキィ
私にとっての六重奏の一日。 前半はブラームスの作品でした。
休憩後もメンバーは同じで、Violin が私、F.さん、Viola が N.さん、
Sa.さん、チェロが Si.さん、A.さんです。
曲はチ(ャ)ィコーフスキィの"Souvenir de Florence"で、通常
"フィレンツェの思い出" と訳されています。
ところで作曲家ブラームスは、チ(ャ)ィコーフスキィをまったく
評価しなかったといいます。 "あのロシア人" と呼んで…。
これに対して "ロシア人" の方では、「尊敬の念を込めて」
"ハンブルク人" に接したと読んだことがあります。
と言っても、それは表向きのことかもしれません。 「ドイツ人
やブラームスは、まじめな芸術を装ったひどい無気力状態に
ある」とも書き残しており、決して "音楽に賛意を表している" の
ではありません。
これはフォン・メック夫人へ宛てた手紙から引用したものです。
(『新チャイコフスキー考』、森田稔著、1993年日本放送出版協会)
また冒頭でご覧いただいた文章も同様です。
(『音楽家の恋文』、クルト・バーレン著、池内紀訳、1996年西村書店)
一方で私は、「…ブラームスは、溢れる思いを絶妙な音楽語法
で整え、見事なバランス感覚を発揮しつつ…書き上げ…」などと
書きました。 (『月明かりの歌声』)
ただし彼は、実生活や手紙などでも、直截的な表現を避ける
ことで知られていた人物でもあります。
両者の表現や創作態度は "正反対" とも言えますが、それは
あくまで相対的なもの。 理性と魂がはっきり分かれるとしても、
違いは「どちらの方向から入るか」ではないでしょうか。
作曲という作業は、語法やバランス感覚を無視しては成り立つ
はずがなく、また人を感動させるものは心の繋がりだからです。
ここで、六重奏曲 "フィレンツェ" の第Ⅰ楽章をご一緒に見て
みましょう。
冒頭で、いきなり ViolinoⅠに主題が登場します。
[譜例 ①]
このきびきびとした、とてもリズミカルな第一主題に
対して、次の第二主題は、優しい歌です。
第二主題がニ長調で歌われる (再現部) 様子が、次の
[譜例 ②]です。
この主題の (↓) 青く塗った部分を見ると、それは (↑) [譜例
①]の青い部分とそっくりです。
長い Si(?) の音が延びているので、この部分はちょうど2小節分
だけ長くなっています。
また、"Mi Fa# Mi" と動く3つの音符(↓) も、やはり[譜例 ①]の
"Do# Re Do#" (↑) と同じ、上下の動きです。
[譜例 ②]
それはやがて、同じ Mi の音から音階を登り、高い Re に
辿り着いてからゆっくり降りてきます。
各部分とも、[譜例 ①]に比べて小節数は何倍も増えて
います。 また部分的に反復されているので、主題全体は
息がとても長く、第一主題の忙しさとは対照的です。
結局二つの主題は、実は同じ素材から作られています。
しかし初めて聴く場合は、よほど注意していないと解らない
でしょう。
この第二主題から成る部分がしばらく続いた後、楽章は
終わりに近づきます。
すると ViolinoⅠと、チェロⅠが対話を始めます。
ご覧いただく譜面は三段で書かれていますが、それぞれの楽器は1段目
と2段目に当り、他のパートは省略してあります。 3段目は、ト音記号と
バス記号を使って2段目を書き直したものです。 「テナー譜表はちょっと…」
という場合の参考にしてください。
第二主題では長さが4小節だった "青い部分" は、ここでは
3小節に短縮され、Violino もこれに応えます。
[譜例 ③]
ところが③に至ると、"青い部分" は突然2小節になり、④
では遂に第一主題として現われます。
「二つの主題は同じものだった。」 楽章の最後に出てくる
"種明かし" です。
グリーンカに端を発した "ロシアの交響曲" の手法は、
ここでも健在でした。
関連記事 チ(ャ)ィコーフスキィ と 『カマーリンスカヤ』
(1) 地下の白樺 ~ 第4交響曲
(2) ピョートル君の青りんご ~ 弦楽セレナーデ
(3) 青りんごのタネ 交響曲第1番、第2番
(続く)
上記のテーマを中心に連続編集した音源で、鑑賞には向きません。