MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

躍動と沈潜

2010-10-19 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

10/19 私の音楽仲間 (223) ~ 私の室内楽仲間たち (197)

               躍動と沈潜




   この集いは、すでに何度かお読みいただいているグループです。

         これまでの 『私の室内楽仲間たち』



               関連記事

               ① 見えない六重奏
               ② 交響的な六重奏曲
               ③ ダイヤの女王も黒?
               ④ "6" の魔力
               ⑤ 血を吐く苦しみ
               ⑥ 作曲者にも慰めを…
               ⑦ 劇場と激情の間
               ⑧ 信頼の結実
               ⑨ 理性と魂
               ⑩ フィレンツェの密会?
               ⑪ ウクライナの邂逅
               ⑫ 鋭敏な魂
               ⑬ 躍動と沈潜
               ⑭ 大船に乗った気分で




 作曲しているときはつねに、

    今書いているものは、

       いつかあなたが聴き、

          感じとるものなのだ

             ということが念頭にあるのです。

               (ャ)ィコーフスキィ 1878年3月25日



              (『音楽家の恋文』、クルト・バーレン著、
                    池内紀訳、1996年西村書店
)




 この弦楽六重奏曲 "Souvenir de Florence" が、通常
"フィレンツェの思い出" と訳されていることは、これまでに
何度か触れました。

 それにしては、ロシア的なメロディーが多いことも。



 チ(ャ)ィコーフスキィの作品には、"思い出" と名付けられた
曲が、もう一つありましたね。 前々回に登場した、Violin と
Piano のための "Souvenir d'un lieu cher"、『なつかしい
土地の思い出』 です。

 これはウクライナブラーィロフ (Браїлів) のことで、
フォン・メック夫人の別荘に滞在した際に作曲されました。
曲は感謝の念を込めて、夫人に捧げられています。



 ここでの "Souvenir" という言葉は、彼にとっては夫人と
深く結び付いています。

 "Cher" の方は、"lieu" (場所) という名詞を修飾しています
が、英語の "dear" に当るので、通常は "友人"、"心" など、
人間と結び付く言葉ですね。 "恋しい"、"かけがえのない"、
"親愛なる"、"いとしい" などの意味になります。



 では、この "Souvenir de Florence" はどうなのでしょうか?




 彼はフィレンツェを、少なくとも7回訪れています。

 最初の訪問で出会ったのはヴィットリオ。 うら若い少年
ながら、歌もギターもすでに名人の域。 その、心を打つ
歌に、作曲家はすっかり魅せられてしまいました。 以来、
彼のお気に入りとなります。



 第Ⅱ楽章の主旋律は ViolinⅠで奏でられますが、バックの
pizzicato はギターの爪弾きを思わせます。

 すると、それまで沈黙していたチェロⅠが、合いの手を入れ、
やがて歌い始めます。 これはひょっとして作曲者自身?



 しかし、この直前にある序奏部では、聴く者に深い理解
を求めるかのような、作曲者の切実な訴えも聞かれます
(⑤ 血を吐く苦しみ)。

 また、後に登場する力強い讃歌。 これは一体何を讃えて
いるのでしょうか? "fff" で。 何度も。




 [譜例 ]は、何度かお聞きいただいた、第Ⅰ楽章の最後の
部分です (⑨ 理性と魂⑩ フィレンツェの密会?)。



  



 これはチェロと Violin の対話ですが、何だかオペラのよう
です。 それも、男女のすれ違いみたいに聞こえませんか?




 2曲の "Souvenir" は、いずれも "場所" の思い出です。
ウクライナとイタリアですが、両方ともフォン・メック夫人が
関わっていました。

 その上 "出逢い" と "すれ違い" まで共通していますね。
偶然とは言え、興味を引かれます。





 [譜例 ]、[譜例 ]は第Ⅲ楽章のものです。



 [譜例

   



 イ短調の寂しげな歌と、イ長調で跳ね回る踊り。



 [譜例





 [譜例 ]の "saltando" は、"跳ね弓で"、"叩き弓で"
の指示です。 (頭の体操 (46) 漢字クイズ 問題/解答 (21))



 曲の最後の部分では、二つが組み合わされ、踊りをバックに
メランコリックな歌が聞かれます。

 これはイタリアとロシアでしょうか。 それとも、引き裂かれた
作曲者の心中?




 冒頭でご覧いただいたのは、フォン・メック夫人に宛てた手紙
で、文通が始まってから、まだ間もない頃のものです。

 一方、この曲が最終的に完成されたのは、両者の関係が断絶
して一年以上が過ぎた時期です。 何度も推敲を重ねた後に。



 彼はそれでもなお、「いつかあなたが聴き、感じとるものなのだ
ということを念頭に置き」、この曲を書いたのでしょうか?




  (この項終わり)




    [音源ページ




        譜例 ④~⑤部分の演奏例]


    上記のテーマを中心に連続編集した音源で、鑑賞には向きません