庭で座ってのいろんな思い

庭の四季で花や木との語らいを写真とともに思いついたら記載する

お盆前のお墓掃除

2009-08-10 | 行事などいろいろなこと
田舎の村のお墓掃除が8月の日曜日にあるので行きましたが、先週の日曜日に、このお盆前の墓掃除は済んでいました。

今年の春にお墓のリフォームをしたので、みんなで掃除した後に飲んでもらうために、寄付する飲物を早くから準備していたのに、残念でした。
この日より先週のほうが、洪水警報が出ていて大変だったそうです。
また、村のお寺が火災で全焼したので、お寺の世話担当者などや総代の方たちの対策のための集まりも行われているようでした。この日にはお寺を再建することが確認されたそうでした。

そうそう、お墓の世話役を勤められた2人、マサアキちゃんとメグミちゃんの任期5年満期になったそうです。おかげさまで、我輩がよく知っている二人だったので、このリホームも順調にできました。
永い任期のお勤めご苦労様でした。
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NHKホールのマンドリン演奏会

2009-08-10 | 行事などいろいろなこと
マンションの小母さんから切符をいただいて、明治大のマンドリン倶楽部の演奏会をNHKホールへ聴きに行きました。

有名だった作曲家の古賀政男さんが所属していた、マンドリン倶楽部でした。今年亡くなった作詞家の阿久悠さんや元総理大臣の村山さんも明大出身だそうです。
指揮者は古賀先生とそっくりな優しそうな方でした。
それから、ゲストは声も良く出てスタイルも衰えていない、歌手の雪村いずみさんでした。

幕が開くと、そこには40人ほどの学生服姿のまま演奏が始まりました。司会者も現役4回生の素朴な女子学生でした。
今時、このようなシンプルな東京の大学生がいるのか?と目を疑うほどのすがすがしい学生たちの演奏でした。
もしも私たち夫婦に子どもがいたなら、きっと明大マンドリン部に入れたでしょう。関西の明大入学が多い高等学校を調べて、その高校へはいるように、幼稚園から小学・中学校と順番に計画したに違いないでしょう。

さて演奏会ですが、第1部は古賀メロディーと阿久悠作曲集などでした。
休憩を挟んで、学生服からユニファームに着替えて、第2部は歌手も登場しての軽音楽風に変わりました。
マンドリンを津軽三味線のように演奏する場面もあり、本当に楽しい演奏会でした。
演奏会が終了すると同時に、出演した学生たちは学生服に着替え、出口でお礼の挨拶をしていたことも好感がもてました。
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隣接の住宅と塀

2009-08-10 | 行事などいろいろなこと
引っ越してから6年を経過する我家の周りにも去年の春から土地造成工事・建築工事が始まりトントントントンと毎日騒がしいことです。そしてついに我家の北面に接して建売住宅工事が始まります。

そこで、以前に知り合った工事業者に家の北側の今ある塀のやり直しを依頼することにしました。住宅販売会社へ図面を見せてもらって、その建売住宅ができる前に完成させようと思い急いで見積書を取りましたが、けっこう高額なので別の安価な塀へと再度調整をすることにしました。
なお、その業者に現場を見てもらっているので、隣の住宅が完成してからでも我家の塀の工事は可能なので慌てる事はないと言われています。垣根のレッドロビンの木の葉が隣に落ちてトラブルにならないように気を使います。

東側に貸ガレージはあるものの360度の眺望だった我家でしたが、ついに北側が封鎖されることになります。
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花火と祭り

2009-08-10 | 行事などいろいろなこと
恩智神社の祭はと同じ日にありました。8月1日でした。
この前に家の前を神輿が通った村祭よりはるかに多い見物人でした。

7月25日の天神祭りの花火を車で登った裏山から見ると、手の親指と人差し指を丸めた7cmほどの大きさに見えました。
一方、8月1日のPLの花火は10年ほど前には家のベランダからバスケットボールほどの大きさに見えていました。しかしながら、建売住宅などがたくさんできてほとんど見ることが出来なくなり、花火の音だけがポ~ンポ~ンと遠くから聞こえます。
この花火を見ようと思い、山側へ歩いて恩智神社の祭へ行きましたが、花火はうまく見えませんでした。

この神社の約300の階段は、四国や西国のお寺参り階段のようにキツイところです。
そこを太鼓のだんじりと神輿が駆け上がるのが、ここのお祭りのクライマックスです。
太鼓だんじりがこの階段を登る時、右側の担ぎ手が弱いため大きく右に傾きました。
それを見ている幼稚園ぐらいの男の子が、あたかも自分が神輿を担いでいるかのごとく掛け声をかけ、一生懸命右肩を持ち上げる姿が、大変ほほえましく思いました。
家人がおもわずその男の子に、「早く大人になって神輿を担ぎたいやろぅ?」と聞きました。するとその男の子は「うん!早よ、神輿を担ぎたい!」と力強く応えました。

1,000年ほども歴史のあるこの祭りが続いていく原点を見るような気持ちで、雨の中を濡れながら家へと帰りました。

昔の歴史に、織田信長がこの地を攻撃し一度は退散したのに腹を立て、再度の攻撃で神社を焼却したことがあったそうです。
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