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【tv】100分de名著「風と共に去りぬ」(第4回)

2019-02-02 00:07:56 | tv

【tv】100分de名著「風と共に去りぬ」(第4回)

すれ違う愛

 

 

1回25分×4回で1つの作品を読み解く番組。2019年最初の作品はマーガレット・ミッチェル(Wikipedia)の「風と共に去りぬ」(Wikipedia)で、講師は2015年に新訳をした翻訳家の鴻巣友季子さん。今回はその2回目。1回目の記事はコチラ。2回目の記事はコチラ。3回目の記事はコチラ

 

スカーレットは2度の結婚・死別を経て23歳。フランクの葬儀中にレット・バトラーが現れてスカーレットにプロポーズ。レットは最初からスカーレットを愛し支えてきたが、スカーレットが実業家として経済力を得たので頼ってもらえない。結婚しか彼女のそばにいるすべはない。

 

プロポーズをいつもの冗談だと思い、軽くやり過ごそうとするスカーレット。レットは「これは誠心誠意の高潔なる求婚だ」と言う。レットの本気に気づき小娘のように顔を赤らめ「もう結婚するつもりはない。だってレット、あなたのことを愛していないもの」と答える。するとレットは「だからといってなんの問題がある。前二回の結婚計画でも、愛が重要だった記憶はないが」と言う。問い詰められたスカーレットの胸に浮かんだのはアシュリの姿。実のところもう結婚したくないのはアシュリのためだった。アシュリと<タラ>わたしはこの二つのものに属していると考えて、表情がやわらかくなるスカーレット。その変化の理由が分かると、レットは悪態をつきスカーレットに口づけをし、結婚すると言ってくれと懇願する。スカーレットは「イエス」と答えていた。

 

仮にも二度結婚している女性とは思えない成熟しなさ。スカーレットは実生活のサバイバーや、ビジネスパーソンとしては逞しく成長していくが、恋愛・エロスの面に関しては16歳の少女のままの未成熟さ。世紀の恋愛小説と言われているが、世紀の「恋愛オンチ」の話なのでは?


たしかに結末まで知っている身としては、スカーレットは恋愛オンチなんじゃないかとは思う。ただ過去2回の結婚は、恋愛関係ないからねぇ😅 子どもが生まれているから、夫婦生活はあったわけで、それなりの期間結婚生活もあったわけなのでしょうけれど、スカーレットは真全く愛してないから。

 

スカーレットとレットは結婚し、ボニーという娘が生まれる。レットはボニーを溺愛し子煩悩になり、イクメンになる。スカーレットは細いウエストが自慢で、体型維持とアシュリへの操を守るため、レットとの夫婦生活を拒否し家庭内別居となる。

 

そんな中、スカーレットとアシュリは職場である製材所で抱擁してしまう。恋愛ではなく「戦友同士」としての抱擁と書かれているが、アシュリの妹インディアに目撃され、アトランタを巻き込んだ大騒動に発展してしまう。


この辺りから負のスパイラルに陥っちゃう感じなんだよね。確かにこの抱擁は男女のというより戦友同士のものではあった。ただ、インディアが周囲にふれまわった理由の一つは、スカーレットが嫌われていたというだけではなかったのではないかな? スカーレットのことだからアシュリへの思いを隠したりはしてなかったと思うし。ただ、インディアはそんなことしたら兄の不名誉になることは考えなかったのかしらね😅

 

スカーレットとアシュリの抱擁はインディアに目撃され、アトランタ中の噂になる。レットは嫉妬で泥酔し、スカーレットを無理やり寝室つに連れて行く。スカーレットは妊娠。その事を聞いたレットは冷ややかに父親は誰だと言う。スカーレットは別の人の子供なら良かったと言ってしまう。これに対しレットに流産を願うと言われてしまい、怒りのあまりレットに飛びかかったスカーレットは階段から落ちて流産してしまう。ショックを受けたレットは酒浸りになる。メラニーが慰めにやって来るとスカーレットに投げつけた言葉を後悔し泣きじゃくる。嫉妬に狂っていたからで、自分は愛されていないと言う。メラニーは優しく慰めた。

 

レットは嫌われ者のアウトロー。メラニーは社交界を束ねるような人物。レットとメラニーが強い絆で結ばれ信頼し合うことは、南部の同質社会に抗う一種のアンチテーゼではないか。

 

レットとメラニーがふたりきりで過ごすシーンは2つある。①スカーレットの流産後、②娘ボニーの死後。娘のボニー(4歳)はポニーの乗馬中に障害を飛ぼうとして落馬し死亡してしまう。

 

伊集院光氏:これでもかというくらいレットを落としていく

 

ボニーを失った時点でレットは錯乱状態となり、娘の遺体を自分の寝室に置いて葬儀を拒否する。スカーレットの召使いから説得を頼まれたメラニーがレットの部屋に入るが、ドアが閉まってから数十分の描写がない。メラニーはボニーの夜伽のためにレットの部屋に泊まる。

 

病弱なメラニーは医者から妊娠を禁じられていたため、夫婦生活もなかった。ところが、2章後でメラニーの妊娠が発覚する。読者は相手はレットではないのかと勘ぐり「炎上」してしまった。「メラニーのお腹の子の父親はレットでは?」という手紙が全米中から殺到。ミッチェルは直接的には答えていないが、メラニーなら寝室のドアを開けておいたんじゃないかしらと回答している。

 

伊集院光氏:やましいことはないということ?

 

では、何故メラニーは妊娠したのか?

 

「貴公子アシュリ」にも人間らしいジェラシーがあったのでは? 一晩レットの部屋に泊まった妻に対し、アシュリの心の動きが引き金になったという推測は成り立つのではないか?

 

メラニーは妊娠2ヶ月で流産し危篤状態になってしまう。


映画ではメラニーはこの時すでに妊娠しているんだよね。この時というかスカーレットの流産の時点で妊娠していて、また子供は出来るとレットに言って、自分も今とお腹を触っている。で、このボニーの死後に召使のマミーから頼まれてやって来た時、既に具合があまり良さそうじゃなく、説得に成功して出て来た後倒れてしまう。映画化に際してメラニーをあくまで聖女として描きたかったということなのかな? まぁ、2か月後まで描いてられないしね😅


【映画豆知識】

この召使はマミーでスカーレットが子供の頃から仕えている。マミーを演じたハティ・マクダニエル(Wikipedia)は、この役でアカデミー助演女優賞を受賞。黒人初の受賞となった。

 

病床でしきりとスカーレットの名を呼ぶメラニー。駆けつけたスカーレットと最期の言葉を交わす。メラニーは息子ボーのことを託した後、「アシュリのことも」と言う。「だってアシュリとあなたは」と言って静かになった。死にゆくメラニーを前に自責の念が芽生えるスカーレット。メラニーは自分とアシュリの関係を知っていたのではと怯え、ふとんに突っ伏して嗚咽する。「アシュリのこと」と再びメラニーが言うので、最後の審判で神の前に出るよりも恐ろしいと思いながらも顔を上げると、いつもの愛情深いメラニーの瞳があり、メラニーは気づいていないと確信する。メラニーはアシュリの身体のこと、仕事のことを面倒見て欲しいが、彼に悟られてはダメだと告げる。これによりアシュリ・ウィルクスを過酷な世の中から守る務めがひとりの女性からもうひとりの女性に委ねられ、それを彼に悟られて男のプライドを傷つけないことが約束された。

 

鴻巣友季子さん:訳していて涙が止まらなかった。

 

伊集院光氏:この段階でアシュリとレットという男男。スカーレットとメラニーという女女。女と女のカッコよさが際立つ。

 

女性同士の友情という主題が浮上してくる。

 

安部みちこアナウンサー:あの鋭いメラニーが本当に(スカーレットとアシュリの関係に)気づいていないのか?

 

伊集院光氏:アシュリのことを見えないくらい好きだったのでは? 自分の一番好きな人が誰のことを好きでも構わないという心理。

 

スカーレットは何でも自分の良いように解釈する人なので、本当は知っていたのではと読者は思うが、もしスカーレットの勘違いなのであれば、著者の「ツッコミ」が入るはず。テキスト上は「メラニーは知らなかった」と解釈せざるをえないが、人物造形の点から腑に落ちない。

 

この疑問に答えるためにミッチェルの執筆順を見てみる。ミッチェルはエンディングあたりから遡るようにして執筆した。メラニーの臨終シーンを最初に書いた。メラニーは真っ白な聖女として描いたが、逆回転して体験していくうちに複雑化したのではないか? アシュリとスカーレットのことを何も知らないと同時に、全てを知っていた「黒のヒロイン」だったのではないか?

 

第一回の宿題:レットが初対面でメラニーの「目の奥の奥」まで覗き込みハッとした理由は?

 

メラニーの目をいきなり奥の奥まで覗き込んだのは、レットというより長い物語を書いてきたミッチェルだったのではないか? なんと複雑なキャラを作ったのかハッとしたのはレットではなく、ミッチェル自身だったのではないか?


映画だとメラニーの黒の部分というか複雑さのようなものまでは感じられなかった。演じたオリビア・デ・ハビランドの演技は素晴らしかったので、演出上メラニーは聖女イメージのままでということだったのでしょう。主要人物4人がそれぞれ対比されるように描かれているということだと思うけれど、映画としてはやはりスカーレットの映画ということにしたかったのかなと。でも、こうして解説されると俄然メラニーに興味が湧いて来た!

 

メラニーの最期が近づく中、アシュリは恐怖に怯えていた。メラニーなしでは生きていけないと嘆く。打ちひしがれているアシュリを見て、彼に愛されてことなどなかったと気づいたスカーレットは不思議と傷つかなかった。傷つかないのは自分もアシュリを愛していないからだと考える。そして最期にメラニーが言った言葉を思い出す。バトラー船長に優しくしてあげて、あの人はあなたのことをとても愛している。自分もレットを愛していると悟る。走って家に帰るがそこにいたのは45歳の疲れた男だった。自分の愛は擦り切れ疲れてしまったので、ここを出ていくと言う。スカーレットは愛を打ち明け残ってくれるよう懇願するが、レットの決意は変えられなかった。スカーレットは悲しみに打ちひしがれるが、それでも立ち直るために口癖を唱える。今は考えないことにしよう。明日<タラ>に帰ることにしよう。明日は今日とは別の日だから。

 

Tomorrow is another day

 

作品中何度も繰り返すスカーレットの口癖。ピンチになると唱えるおまじない的な口癖だから普通の言葉に訳した。

 

伊集院光氏:名言として残そうという重いものではない。

 

高校生に翻訳を教えるクラスで、このセリフの翻訳を題材にした。ある生徒が「とりあえず寝よう」と訳した。

 

伊集院光氏:センスある!

 

安部みちこアナウンサー:伊集院さんは主要人物4人の中で印象が変わった人は?

 

伊集院光氏:スカーレットは型にはまらない人物で、それは小説の方が際立っている。メラニーに対しては恐れを感じる。

 

メラニーが一番怖い。レット(=ミッチェル)が「目の奥の奥」まで見たのは、メラニーの中に「宇宙」を見たのではないか? 自分には理解しきれないという想い。


メラニーについては上で触れたので割愛。レット・バトラーが登場時何歳だったのか分からないけど、最初に映画を見た時はスカーレットより年下だったこともあり、クラーク・ゲーブルでは年取り過ぎだと思っていた。でも、最終的に45歳になる設定ならOKなのか。若い頃はスカーレットが<タラ>に戻って仕切り直してレットを取り戻すだろうと思っていたけど、おばさんになって思うのはレットはもう戻らないね。今の時代45歳はそんなにおじいちゃんではないけど、あんな激動の結婚生活を経てさらにスカーレットと人生を共にと思うパワーはないかも。まして南北戦争時代だし。もちろんマーガレット・ミッチェルがこの物語を書いていた時代でも。でも"Tomorrow is another day"と思って生きていくしかない。


まだまだ女性が生きにくかった時代、さらに女性は女性らしくを求められていた南北戦争時を舞台に、2人の種類の違う強い女性を主人公にした物語を描いたことは興味深い。そして、鴻上さんのおっしゃるとおり、自分でも思いがけない"メラニー像"を描いてしまったのだとしたら、さらに興味深い。そういうのゾクゾクする。「風と共に去りぬ」長いから手を出すの躊躇するけど、読んでみようかな。とりあえず近々映画見てみよう😃

 

100分de名著:毎週月曜日 午後10:25~10:50 Eテレ

100分de名著

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