豆猫日記 すべてはうまく行っている♪♪

すべては うまく行っている♪
ころんでも 起き上がればいいじゃん♪
みんな うまく行ってるよ~♪
 

久しぶりに父のこと

2011-12-07 22:50:14 | 父のこと
レディースデイの今日は『50/50フィフティフィフティ』
『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の2作品観てしまいました。

偶然にも2作ともガンが関係した内容で
つい父の事を思い浮かべながら観てしまいました。

と言うわけで、
作品についてはまた後日(どっちも良かったです)
今日は父の事をアップします。




以前にも書いた気がするけれど
私は生前父の事が嫌いでした。
けれど闘病する父の姿を見るうちに尊敬の気持ちへと変わりました。


父はどんなに苦しくても愚痴は一切こぼさず
最期まで病気を治そうと言う気持ちを持ち続けていました。
そんな姿を間近で見ていて
改めて父の強さ、すごさを感じたのです。
そして尊敬へと気持ちが変わっていきました。
その気持ちは今も続いています。



が、今日『50/50フィフティフィフティ』を観ていて
また別の感情もわいてきたのです。



母へは多少あたることもありましたが
ガンになってしまったことや死への恐怖などの愚痴は
誰にも一切こぼさなかった父。

映画の主人公アダムにはガンの恐怖を分かち合える人が側にいたけれど
父はそれを自分の中だけに一人抱え込んで逝ってしまいました。



その孤独感は相当なものだったんだろうと
今更ながら思い知らされた感じです・・・


そして改めて、
とても強い精神力を持った人だったのだと尊敬します



重い話になってしまいごめんなさい



映画はこんなに重くなく、
笑いの要素も入っていい作品でした~


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三回忌

2011-05-22 22:10:05 | 父のこと

今日は父の三回忌でした。


亡くなって2年・・・
2年なのに「三回忌」と言うのも不思議な気がしますが
早いものです。



法要に来て下さった方々へのお礼に果物を準備したのですが
不思議なめぐり合わせと言うか嬉しいご縁がありました


冒頭の画像、中身はグレープフルーツです。


母とまずは下見にと初めて行った果物屋さんで発見しました。
そこオリジナルブランドのグレープフルーツのようでしたが
中身が何かなど関係なく私と母は
その包装に心を奪われてました。

なぜなら「達」の文字は父の名前の一文字だったからです

そこはまだ1軒目で他のお店も見に行くつもりでしたが
これを使うしかないと即決でした。



そして今日もお供えしておいたのを見て
伯母さんは私たちの想いに気付いて下さいました。

このグレープフルーツのおかげで
感慨深い三回忌となりました。
きっと父も喜んでくれている事と思います


ありがとうございます



                   




新メニュー「アロマヒーリング」モニター募集5月末まで延長しました♪

緊急災害時動物救援本部

NPO法人アニマルレフュージ関西

日本赤十字社 

アジア太平洋こども救済センターこの指とまれ
   最新募集要項を随時を確認して協力お願いします。


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ホワイトバレンタイン

2011-02-14 22:44:10 | 父のこと
天気予報通りしっかり雪が降ってきましたね。
今朝の快晴がまるで嘘のようです。



今日はバレンタインデーですね・・・



2年前のバレンタインデーを思い出します
父と一緒にガンの告知を受けた日です。


あれから2年
もう2年が経ちました。
早いです・・・



母とその話しをしていて
久しぶりに父の事をあれこれ話しました。
今もリアルな場面がいくつも思い出されて
感情がすぐによみがえってしまいます。



告知を受けて約3ヵ月後に父は逝ってしまいました。
あっという間でしたが
それでも私たち家族にとっては
少しは父と寄り添えたと
そう感じられる時間を過せて
よかったと思っています



この歳になると私の周りにも
最近親を亡くす友人が増えてきました。

いずれは必ずやってくる日。
けれどもそれがいつ、
どんな風にやってくるのかはわかりません。


皆さんもある日突然後悔する事の無いよう
元気なうちに
少しコミニュケーションを取ってあげて下さいね



きぼうのいえを応援しています
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一周忌

2010-05-23 23:03:52 | 父のこと
今日は父の命日、そして一周忌でした。


慣れない法事の準備にバタバタしてしまいましたが
何とか無事終える事が出来、ほっと一安心です。

合間合間のお茶出しも慌しいながら
お寺さんと一緒にお経を読んでいると心が落ち着きました。



これまでほとんど法事に行った事が無い私は
母やおば達の裏方役の大変さしか知らず

法事=大変

そんな見方しか持っていませんでした。
けれども営む側になると
確かに大変な面は色々あっても
亡き父のためにわざわざみんなが集まってくれるのは
やはり嬉しく
法事を行う意味は十分あるのだと実感しました。

何事も当事者となって経験しないとわからないものです




一周忌の今日と言う一日も早かったですが
あれからもう一年経ったのかと思うと
時が過ぎるのは本当に早いです・・・


亡くなった日の事は今もはっきりと覚えています。


最期の瞬間
父と共に帰宅した事
ずっと家に帰りお風呂に入りたがっていた父が
ようやくその願いを叶えた「湯灌」


葬儀を終えてもまだ父は生きているような
そんな気がずっと抜けませんでした。


けれどそれもいつの間にか父は心の中の存在として落ち着き
日々を過しています。
こんな風に父の死を穏やかに受け入れられるのは
とても幸せなことだと思っています。
父への感謝が日々募ります




心穏やかになった所でおまけの話を


今朝準備中の時の事
うっかり玄関を開けたとたんミーが脱走してしまいました
いつもならパニックになる私ですが
今日は雨だったのですぐに戻ってくるだろうと。
案の定、すぐに戻って来てほっとしました



そして、法要中の事でした。
押入れのふすまが何やらゴトゴト音が・・・
姪っ子達が触っているのかと思ったら
わずかな隙間からミーの目が





いつの間にか押入れに潜り込んでいたようで
いつもと違う気配にミーがパニックの様子。
押入れから一気に飛び出し
私の横を駆け抜けて行ったのででした。
ちゃんちゃん。
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谷汲山詣で

2010-03-04 23:01:32 | 父のこと
先日、母と谷汲山に行ったことをちらりとアップしましたが・・・




去年今頃父は一人で谷汲山へこの梅盆栽展を見に行きました。
最初の抗がん剤を投与し大学病院を退院した頃です。


抗がん剤の副作用が出始めてはいたものの
あの頃の父は仕事の合間を見ては
やたら一人で出かけていました。


そんな父を見て私は
こんな時だからこそ母と二人で行けばいいのに
どうして一人勝手に行くんだろう。
と不満に思っていました。


けれど、今にしてようやく父の思いを想像する事が出来ます。


病気がわかったショック
仕事など今後の心配
そして自分自身の体のこと・・・
きっと心の中を整理するのに
自然に触れながら一人の時間が必要だったんでしょう。




そして今年の盆栽展の案内が父宛に届きました。




母も私も谷汲山は久しぶりの場所。
春の陽気に心も軽く
二人で父の事を話しながらも
久しぶりの谷汲山を楽しんでいました♪
きっと、父も一緒に楽しんでいたような気がします


近くにはユリ園があるらしく
今度はユリの季節に母親孝行?をしに行こうかと思います



それにしても、久しぶりに歩く参道は
思いのほか長く、
緩やかな坂道が堪えました。
明らかに運動不足でしす~
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忘れられないバレンタインデー

2010-02-14 21:47:37 | 父のこと
旧暦の元旦、そして新月のおめでたい今日
新たなレイキマスターが誕生しました
ともに学び、高めあう仲間がまた増えた事をとても嬉しく思います。
自分らしく輝いていかれるようお祈りしています



そして今日はバレンタインデーでもありますね。


去年のバレンタインデーは忘れられない日です。



  *    *    *    *    *    * 



1年前の今日、私達家族は病院に行き
いわゆる“がんの告知”を受けました。

先生はゆっくり丁寧に症状を説明してくれます。
「がん」と言う言葉は使わず「腫瘍」と言いながら
今どのステージにあり、今後どんな治療方法があるのか。
きっと「がん」と言う言葉を聞くとショックが大きいので
わざと使わないでいてくれたのかもしれません。

最後の最後にようやくその言葉が出ました。


ステージ4
これは原因となる患部以外にすでに転移がある状態を言います。
そして、その生存率なども。

このままの状態では手術は出来ないので
まずは抗がん剤を投与して
ガンが小さくなったら手術も視野に入れて考えましょう。

まずは内科の先生が説明され
治療を行うのは外科なのでと
そこでもまた同じように説明をされ
治療は大学病院で、と言う事になりました。



去年の2月14日は土曜日でした。



紹介状を作成して頂く間
廊下でただただ待っていました。


時間はすっかり午後の2時を回っており
大勢いた患者さんたちの姿はもう無くなり
私達家族だけが廊下に取り残されていました。

人気の無い病院のあの寂しさは何とも言えませんでした。





ただひたすら、無言で・・・





病院の帰りは私の車で父と二人帰りました。


その時の父との会話が今も忘れられません。





父:お前は今の話を聞いてどう思う?

私:どう思うって・・・
  今は手術できないけど、抗がん剤でガンが小さくなれば手術が出来るから
  まだ治療して治る可能性があるって事でしょう?

父:おれは五分五分やと思う



後にして思えば
父はもうこの時点で覚悟を決めていたような気がします。




今でもこの時の父は立派だったと思います。
普通ならば「がん」と言われれば
ショックで取り乱す人もいるでしょう。

それまでの私の父のイメージでは
「そんなはずはない!」と怒鳴り散らすような
そんなイメージを抱いていました。
けれども父は淡々と先生の説明を聞き

すべて先生にお任せしますので、よろしくお願いします

そう笑顔で先生に頭を下げていました。



先生方にも感謝です。

後で知ったのですが
実はもうこの時点で、かなり状況は厳しく
治癒の可能性は限りなく低いと先生方は診ていたようでした。
けれども私達には「末期」だとか「もう治らない」などと言わずに
希望を持たせる言い方をしてくれました。

だからこそ、父も五分五分だと言いつつも
どこかに希望を持つ事が出来
積極的に治療をする気持ちになれたのだと思います。



このような究極の事態の時こそ
人は本性が現れると思います。
そう考えると、父は本当に立派な人だったと
誇らしく思います。



そして、この日の思い出がもう一つ。



これまでバレンタインデーに父にチョコレートを
あげた事がありませんでした。
(冷たい娘です)
けれど、去年は何となく上げようかなぁ~と思い
チョコを用意していました。

ただ、胃の調子が良くない事はわかっていたので
ごくごく小さなチョコでしたが。


病院に行く前に、父がいつも寛ぐ居間に置いておきました。



当然と言うか、病院から帰った父はチョコには手を付けず
数日そのまま置きっぱなし。
翌週には即大学病院に入院し
チョコの箱は知らぬまにどこかに消えていました。



タラレバを言っても仕方ない事ですが
まさかあんな事になるのなら
元気なうちにちゃんと食べてもらえるよう
チョコをあげてよかったと後悔です。



  *    *    *    *    *    *



そして、1年後の今日
姪っ子達が手作りチョコをお供えしに来てくれました




私も父に上げるためチョコをお取寄せしています。
実はこれ、昨年の11月末の新聞で見て気になり注文したら
すでにバレンタインデーまでの予約受付終了

メディアの影響ってすごいですね~
1月の下旬になりようやく受付再開!
届くのはバレンタイン以降到着待ちです♪

どんなチョコかは到着後アップしますね~



超長文、最後まで読んで下さってありがとうございました
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おじょうはん

2009-09-23 21:51:04 | 父のこと

彼岸のお中日の今日は父の月命日。
そして初の“おじょうはん”の日でした。


先日のyuukaさんのアドバイスの通り
ビールとおつまみを買い
おはぎと一緒にお供えしました。


そして姪っ子達も来てくれ
久しぶりにお寺さんにお経をあげて頂いた父は
喜んでいたようです。


と言うのも
お寺さんが阿弥陀経をあげている時
ふと仏壇を見ると
ろうそくの火が大きくゆらゆらゆれていました。
仏壇の中のろうそくなので風は無いはず。
何度も不思議なゆれ方をしました。


お寺さんが帰られ
その事を家族に話すと
まるで返事をしたかのように
再び炎がゆれました。

「ほらね、お父さんが返事してくれたよ!
 きっと喜んでいるんだよ~」



とっても嬉しい初おじょうはんとなりました
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初盆

2009-08-16 23:28:30 | 父のこと
    紫蘭・・・花言葉は「あなたを忘れない」


     

父が亡くなった日
伯父が父が育てて好きだった花だと言って
わざわざ摘んできてくれた花です。
花言葉が「あなたを忘れない」だった偶然に
驚きながらも感動しました


あれから早3ヶ月、迎えた初盆。


今年のお正月には一緒にいたのに
まさか半年後にいなくなるとは
思ってもみませんでした。
父の死は十分受け入れていますが
それでもまだどこかで生きていてくれるような
そんな気もしています。





我が家の宗派では初盆だからと言って特別な事はしませんが
色んな方々が父のためにお線香を上げに来て下さいました。
みなさんが父を偲んでくれるのが本当に嬉しく
ありがたかったです。


そしてこの初盆最中に嬉しいニュースも♪

岐阜出身の日比野克彦さん
父が創ったお菓子を気に入り送って欲しいと
リクエストがあったと言う電話が入りました。

何よりこのお菓子に力を入れていた父の初盆に
喜ばしい報告が出来ました




そして今日
昨年父が仕事の関係で植樹をしたと言う樹を探しに
平成村道の駅に行ってきました。


雑草が覆い茂る道を蚊に刺されながらようやく発見!!



父が直接植えたと言う事もあり
これを見つけた時の母は特に嬉しそうでした




振り返ってみれば
末期がんと言う重い病気でしたが
多少は家族に世話が出来る時間を与えてくれながらも
実質、一番家族に負担のかからない形で逝った父でした。
あまりに急だったため、色々問題は残ったにせよ
面倒をかけずに逝った父に対して感謝の気持ちばかり。
そんな想いで温かい初盆を迎えられた私達家族は
とても幸せだと思うのです。


お父さん、ありがとう






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父のこと

2009-06-30 23:25:33 | 父のこと
先週、無事五七日の法要を終え一段落しました。
みなさん、色々気にかけて下さって
ありがとうございました


少し落ち着いたところで
父の事を忘れないように残しておこうと思います。



がんの告知を受けたのが2月14日。
その時既にステージ4と知らされ
今は手術は出来ないがまずは抗がん剤治療をして
うまく行けばその後手術が出来れば良くなる可能性がある。

そう聞いて、まだ治療の可能性はあると期待を持っていたので
まさかこんなに早く逝ってしまうとは思いもしませんでした。



2クール抗がん剤治療をしたけれど
残念ながら効果無し。
逆に大きくなっているがんの為
胃そのものが機能出来なくなっていたようで
緊急入院となりました。
それからは胃の中の物が消化するまで絶食絶飲
24時間点滴の日々。
がん治療は一先ずストップし
まずは治療が出来る状態を作る事に専念。
結局最期までその状態となってしました。


人間の体というのはいくら点滴で栄養を与えても
だめなんですね。
食べ物から栄養を採らない事が
いかに人間にとって不自然な事であり
体に負担を与えるのかがよくわかりました。
結局食べられない事でみるみる体力が落ち
私達の予想を超えて状態が進んで行ったのです。




私は父のことがずっと嫌いでした。
仕事人間で外面だけ良く
家族を大切にしない身勝手な人。
そんな風に思い込んでいったのです。


死を目前にし始めて父を見て
初めて自分が間違っていた事に気付きました。
人が死に直面した時に
その人の本当の姿が見えるものですね。
もっと早くに気付いていれば思ってもとき既に遅し。
けれど、遅くてもそれに気付けただけ幸せです。



父は本当に立派でした。



一番苦しいのは自分なのに
最期まで回りに気を遣い我慢をし
様々な苦しみを耐えていました。
先生はや看護士さんは
「我慢はかえって体によくないから
 我慢せずに言って下さい」
そう言われても先生達の前ではずっと我慢し続けました。


お見舞いに来て下さった方達には
「わしもがんばるで、あんたもがんばってよ~」
と逆に励ましていました。


私達が痛む背中やお腹をさすってあげる時も
すぐに疲れたろうから休めと。
私達の事など心配しなくてもいいのに・・・
そして何度も何度も「ありがとう」と言ってくれました。


仕事人間らしく最期の最期まで仕事の事を想い
幻覚まで出るようになっていました。
そして遺言となったのが
父が作ったお菓子をお葬式の会葬御礼に出して欲しい
そう伯父に頼んでいたと後から知らされました。
そんな遺言がなくてもそうしようと思っていたのですが。
父が生きた証です。


その一方で私と母の事を伯父に頼んでいたそうです。
父の中には仕事だけでなく
しっかり私達家族の事もあったのだと
初めて父の大きな愛に気付いた瞬間でした。


ばかですね・・・
気付くのが本当に遅かった。





告知を受けてほぼ3ヶ月。
早過ぎる死でしたが
私達家族に面倒をかけないように逝ってしまったのだと思うと
いかにも父らしい気遣いだと母と話しています。


悔やまれる事は多々ありますが
私の中で尊敬出来
好きになれたのが何より嬉しいのです。



不器用だけど誠実に生きた父を心から尊敬します。

頑固で生真面目すぎる所や
外面が良くて内面が悪いところなど
嫌な所がそっくりになってしまったけれど
あなたの娘で良かったです。

ありがとう

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プロセスチーズ

2009-06-13 23:51:36 | 父のこと
ブログアップの頻度が低くなっているにも係わらず
覗きに来て下さってありがとうございます



一応日常に戻っていますが
やはり疲れが溜まっているせいか
パソコンに向かうのが億劫になっています。
もうしばらくは、ほとんど気まぐれペースになりそうですが
よろしくお付き合い下さいませ


梅雨の合間の夏日、今日は暑かったですね~
ミーもすごい格好で寝てました。
場所的により暑そうに感じるんですが・・・



さてさて本題の「プロセスチーズ」

今日夕飯の準備をしようと冷蔵庫を開け
ふと目に付いた「プロセスチーズ」
毎日開けていたのにこれまで全く目に入っていなかった
「プロセスチーズ」



実はこれは父が好きでよく食べていた物でした。
ビールが好きだった父は枝豆かこのプロセスチーズ
どちらか必ず食べていました。

いったい、父が最後に食べたのはいつなんだろう・・・




今年になり体調が優れず病院にかかったのが1月の末。
けれども、確か去年の晩秋ぐらいから
好きなはずの晩酌をやめていたような気が・・・
今にして思えばその頃からすでに兆候があったのですね。
たいした量を飲んでいたわけでもないのに
お酒を止めた方が体に良いと勝手に思い込んでいた私でした。
なぜ、どこか調子が悪いんじゃないかと
思えなかったのでしょう。
今更言っても取り返しはつきません・・・



4月の半ばに再入院してからは絶食絶飲
最期の方にようやく
氷かわずかな水だけ許される状態でした。



私の記憶で父が最後にお酒を飲んだのはお正月。
プロセスチーズを食べたのは
相当前だったのような気がします。




賞味期限すらも怪しいプロセスチーズ。


でも、もうしばらくこのまま冷蔵庫にと思い
元の場所に戻しました。





昨日で、はや三七日が過ぎました。
時が過ぎるのは早いです。
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父の誕生日

2009-05-18 22:40:30 | 父のこと
今日は父の73回目の誕生日
夕方、妹と姪っ子達がお花を持って
会いに来てくれました♪

実は2週間前に日にちを間違えて
写真付お手紙を届けてくれたのですけど・・・
妹のボケボケにも笑えます



父は今、再入院中で
はや1ヶ月が過ぎました。
がんばって病気と闘っています。


父の心と体と魂が癒されますように
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ありがたいです

2009-05-04 21:18:04 | 父のこと
GW真っ只中、みなさんはどこにお出かけでしょうか。
私は毎日病院にお出かけでしてます



当然の事ながら病人にはGWも関係ありません。
GW関係なく働いている先生や看護師のみなさんには
本当にありがたいと感謝しています。


現在父は大学病院ではなく
別の病院に再入院しています。
表向きの理由は「大学病院が満床だから」と言う事ですが
手術が出来ない状態の患者は別でと言うのが本当の所です。

正直、最初は見放された感もありましたが
よくよく考えれば
高度医療を必要とする患者さんは大勢いるわけで
大学病院の立場上致し方無い事。


今の病院でも先生が大学病院と連携を取りながら
懸命にやって頂いていると思うし
看護師さん達も丁寧に仕事をして頂いているので
かえって、これで良かったと思います。


始めに大学病院に入院した頃
不信感を感じてしまった対応も
今となっては少し理解出来ます。
(そうは言っても、見直すべき点はあるとは思いますが)



色んな立場に立つ事で見えて来る事って
たくさんありますね。





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良かれと思っても・・・

2009-03-18 22:47:39 | 父のこと
抗がん剤の治療が始まって1クール目が終わり
今ちょうどお休み期間です。



この治療に関しては納得しているので問題ないのですが
それ以外に自宅で出来る事として
食事療法を取り入れようとがんばってみました。

そのきっかけとなったのがこちら




とってもわかりやすいタイトルでしょ!

以前私の知り合いの人も
マクロビ食で見事がんを治した人もいたし
この本を読んで本当に治療を完結するならば
がんの3大治療(手術・抗がん剤・放射線治療)と共に
食事の改善がいかに必要かがわかりました。


例えば・・・

・塩分は極力なくす(塩分&ピロリ菌ががんを悪化させる)
・動物性たんぱく質、脂肪は避ける
・酸化しにくい油(オリーブオイル、ごま油等)にする
・大量の新鮮な野菜&果物の摂取
・大豆、海草、きのこ類の摂取
・ヨーグルトの摂取

            等々

完璧には無理だけど
出来る限りがんばろうと
母と一緒に挑戦していたのです。





が・・・




ただでさえ頑固な偏食家の父
塩辛いもの大好き。
今にして思えばこの偏食が
見事ながんを作り上げた原因の一つである事は間違いない!!



この食事療法
いくらがんばって作っても
本人がその気にならないと難しい。
この本を見せて説明し
父自身にも読んでもらったけれど

頑として受け入れない
(ここにもがんの要因!?)


挙句の果てには怒り出すは
コンビニで勝手に好きなものを買って食べるは
とほほです



いくら父のためを思っても
本人が受け入れない事にはだめなんです。


レイキのセミナーでも
いくら良いと思っても
嫌がる人に無理強いはしないで下さいとお伝えしています。


食事療法も結局は同じなのかも・・・
かと言ってこれ以上がんを活性化させる物は
食べさせたくはなし。

例えば父のマイ醤油には黒酢をこっそり入れて薄める
薄口醤油にする
油は本の通りに変える

など出来そうな部分だけでも取り入れて続けるしかないと
開き直りました。
食事療法にこだわって
みんなが別のストレスを抱えても意味無いですから。



色々学ばせてもらってます
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患者の立場から

2009-03-11 21:49:36 | 父のこと
『ジェネラル・ルージュの凱旋』を観て
医療について思った事を少し。




まずはこれまでの経緯を。


体調の不調を感じた父が近くの病院へ行き
胃がんと診断。
ある程度の治療方針を説明され
その病院ではなく大学病院を紹介された。

大学病院でも同じ見解で
初診で診て頂いた教授の説明もわかりやすく
その治療方針もすんなりOKと思った。
治療を急ぐためその場で即入院日を決定。


ここまでは病院の印象も良く
安心して治療をお願い出来る、そう思っていた。


が、問題はそこから。


入院当日、担当医師も担当看護師も
直接顔を見せる事はなかった。
父への回診は2日間研修医のみ。
しかも2日間は何もする事もなく
おまけに入院中の治療スケジュール等の説明も無し。
聞いてもわからないと。

ここで一気に不安が増す。
以前私自身が入院手術をした他の病院では
入院当日にすぐ治療スケジュール表をもらった。
もちろん病気の種類も違うし
父の場合は当然確実なスケジュールなど出せないとは思うけれど
おおよその治療、もしくは検査計画などの
説明さえ受けられれば少しは安心すると言うもの。

担当の先生の顔もわからない
入院しても丸2日間何もせず
この先どうするのかもわからない。

確かにこの間は入院患者といえども
見た目はまだ父は元気でした。
けれど深刻な病気を告げられたばかりで
この先の不安が一番高まっているこの時こそ
もっと患者の心に寄り添うケアがあっても
良いのではないかと思った。


おまけにこの後信じられないミスが続く。
そのせいで父も私たち家族もどん底気分に突き落とされた。
その気分から治療が可能となり
気分は復活したから良かったけれど。

そしてまたもや有り得ないミス。
父にとって最重要の抗がん剤治療。
まずは点滴でタキソテールを投与。
そしてTS-1と言う内服の抗がん剤を
2週間飲むと言う治療がスタート。

特に不調も見られなかったので
翌々日に即退院となった。
ところが、退院間際になって
肝心のTS-1をもらっていない事に気付く。
しかも帰宅分どころか
丸一日処方忘れ!!
つまりまだ飲んでいなかった。



人間誰にだってミスはある。
あるが・・・
今回の薬は治療のための重要な薬。
それを処方忘れなど有り得るんだろうか?
帰宅する直前に気付いたから良かったものの
あの時確認しなかったらと思うとぞっとした。


もちろん先生は謝っていたので
あえてそれを責める事をしなかったけれど
病院への不信感は一気に高まってしまった。


確かに地域の拠点となる大病院
患者数も多いし
重篤な患者さんも多いのでしょう。
入院病棟は外科だったので
予後の状態確認が大切な手術直後の患者さんも多いでしょう。

父は手術もしていないし
抗がん剤治療は通院で行う治療で
本来入院は必要なし。
病棟の中では軽く扱われても致し方ないかもしれない。
しかし父の病状は結構重いのです。
あまりに対応が手抜き過ぎやしませんか?


ならば外科病棟ではなく
内科病棟で担当してもらっても良かったのでは?
等と思ったのです。


これ以外にもまだ色々思う所はあるのですが
それはさておき・・・


今回特に思ったのが
患者となった者
そしてその家族の抱える不安やストレスの大きさを
強く感じました。

病気そのものへの治療も確かに大切です。
それと同時に、少しでも不安を取り除き
安心して治療に取り組めるような配慮もとても大切。


どうしてもこれから治療を委ねる患者側の立場としては
あまり強くも言えない。
けれど不安や不信感を抱えたままでは
良い治療は望めない。

現場では何かと手一杯なのだろうから
そこまでのフォローは難しくても
患者自身、あるいはその家族の
不安の解消の助けになるようなはけ口
あの映画のような「愚痴外来」的なものがあれば
どんなに良いかと思うのです。



溜め込んでいた病院への愚痴を少し(他にまだある!?)
吐き出してしまいました。


ここが私の愚痴外来?



お付き合いありがとうございました
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途中経過

2009-03-06 17:33:29 | 父のこと
みなさんから、温かい励ましや
遠隔レイキを送っていただき
心から感謝している日々です
ありがとうございます


ご心配をおかけしているので途中経過の報告を。


昨日、退院後初の検査でしたが
一番心配された白血球の減少もあまりみられず
今の所、他の副作用もほとんど出ず
一見するととてもいい感じです。

もちろん、薬を続けるほど
何かしらの影響は出てくると思いますが
一般的に恐れていたほど
副作用が出ない事に安心しています。


一応、私も抗がん剤にレイキをかけました。
(副作用が軽減されるらしいので)
そして何より、
皆さんが父に遠隔を送って下さっているのも
大きいと思います



そして現代医療の進化もすごいと思います。
抗がん剤=副作用のイメージが随分変わりました。
やみくもに否定するのではなく
現代医療の力を借りつつ
プラスアルファで出来る事をする。
たまたま私の場合はレイキを使えるので
ラッキーです



この経験がまたみなさんのお役に立てればと思うので
これまでの経緯も含めて
時々報告していきたいと思います。


応援、本当にありがとうございます

コメント (2)
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