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僕らはみんな生きている♪

生きているから顔がある。花や葉っぱ、酒の肴と独り呑み、ぼっち飯料理、なんちゃって小説みたいなもの…

宇宙(ひろし)の夢 10日目 老婆

2006年07月11日 | SF小説ハートマン
その時老婆は自らLMS(ライフモニターシステム)のコードをそっと引き抜き、フルサポート6モーターベッドを起床介護にセットした。

地球、人里離れた深山にひっそりと建つ老人用サナトリウムの一室だ。

ベッドはウィーンというわずかな機械音と共に老婆を優しくサポートし、彼女を遊歩カプセルへと導いた。つい今までまるで植物のように眠りに就いていた老婆は、2つの目を異常なまでに広げ瞬きもせず何かを見つめていた。
深いしわに包まれた彼女の手は絶え間なく震え、何かを指し示している。

遊歩カプセルは音もなく建物を離れ、しっとりと霧に霞む森林の中を移動していった。

アダルト雑誌に見入っていた当直の保安担当官がライフモニターの異常に気付き老婆のベッドを確認しようと監視カメラの向きを操作した時、制御回路に細工を施された遊歩カプセルは既にトップスピードでサナトリウムの監視範囲を脱していた。   つづく

奴隷救出作戦

2006年07月08日 | SF小説ハートマン
それはコンソールパネルの一角で突然に始まった。
コマンダーが通常チェックを終え一息入れようと体を起こすと、ひとつの小さなRED(チェック用発光ダイオード)が数回瞬き消えた。コマンダーはパネルをコツコツとたたいてみたが変化はない。

「接触不良か、やれやれ、つまらん仕事がまたひとつ増えやがった。」
ぼやきながらパネルのメンテナンスボックスに手を伸ばした時、小さなREDがまたひとつ消えた。
コマンダーの表情にかげりが見えたが、それはまだ、数分後に到来する嵐を前にせっせと穴を掘る砂浜の蟹のように、たいした意味はなかった。
ワープの度に繰り返される決まり切ったチェックへの煩わしさがコマンダーのため息を一つ増やしたに過ぎなかった。

貨物ブロック遮蔽システムのREDが警戒色の発光で異常を表示し、通信コントロール部、推進動力制御部へと広がる頃にはコマンダーの心拍数は通常の3倍を越え、叱責や懲罰への不安を通り越していた。恐怖を感じたコマンダーがハザードボックスのカバープレートに拳をたたきつけると、非常事態を知らせるアラームが大型スペースシップ全体を振動させた。

ハートトマンのバイオリストコンピュータがセキュリティシステムに進入し、計画通り奴隷救出作戦のプログラムが確実に実行されていった。    つづく

奴隷船

2006年07月07日 | SF小説ハートマン
トリプルチューンは合成脳細胞用の非常に危険な薬(ヤク)だが、とりあえず嫌なことは忘れられる。ドラッグは奴隷達のためにふんだんに用意され、ここでは望めば何でもすぐに手に入れることができる。
初め拉致監禁の現実から逃避するために使われたドラッグは、数日で常習化し、宇宙人達はGS-DSのマインドコントロールに支配されていく。

ミクロバギーに酔いうつろな目をした数百の奴隷達に混じって、ポッドにぐったりと横たわるハートマンの姿があった。希望を失った奴隷達と外見は全く区別がつかないが、ひとつだけ大きく異なっていることがあった。

ハートマンを収容しているポッドのICU端末は彼の生命を維持しているのではなく、プラグインしたハートマンのバイオリストコンピュータがスペースシップの生命を、<今はまだ>、維持しているのだ。   つづく

宇宙(ひろし)の夢 9日目

2006年07月04日 | SF小説ハートマン
GS-DSの大型スペースシップはPS(ペットサピエンス)計画に基づき、宇宙各地から圧倒的な武力にものを言わせて奴隷を狩っていた。奴隷となるべき宇宙人達は飼育コンテナに監禁され、貨物ブロックに隔離されている。
コマンダー達は帰還コースへのワープを数時間後に控え各持ち場の最終チェックを行っていた。。

飼育コンテナの中ではドラッグを投与された宇宙人達が無気力に、あるいは意識を失ってICUポッド(生命維持装置が接続された低温ベッド)に身を投げ出していた。
まだ元気な宇宙人はミクロバギーに酔い、皮膚を冷たい汗で光らせ、血走った目をギラギラとさせている。
監禁の際抵抗を試みた宇宙人はその場で脳に簡単なロボトミー手術を施されたらしく、白く混濁した目に光はない。
監視役のアンドロイド達はギガトリップで完全にハイになっている。

人間に最も近いE・Tアンドロイド(合成脳細胞の発明でヒューマンアンドロイドの飛躍的進歩を実現させた、エイキチ・タチバナの名前からこう呼ばれる)は監禁されている宇宙人達の悲惨な状況と自分に課せられた役割を心の中に整理する事ができず、トリプルチューンに手を出すものもいた。
彼らが監視している宇宙人達は、拉致される前まで自分のパートナーだったのだ。単純作業向けの汎用アンドロイドと違い、自らの脳で思考する彼らは、新たな命令をプログラムされても完全に別のアンドロイドにはなりきれない事が多い。葛藤のパルスが脳のサーキットを際限なく回り続けている。   つづく

宇宙(ひろし)のバイオ・リスト・コンピュータ

2006年06月30日 | SF小説ハートマン
「ねえトント、ボクのコンピュータはほとんど出来上がったって言ってたよね。」
「はい。後は神経細胞を脳に融合させる微調整だけです。もう夢を見ても怖くないでしょう?」
「うん。でも気になることがあるんだ。」
「何でしょうか。気分が悪いとか、気持が悪かったら治しますよ、宇宙君。」
「ううん大丈夫。気になるのはテストのことなんだ。今度のテスト、すごく成績が良かったけど、これってボクのコンピュータがやったの?」
「それは宇宙君のテストをバイオリストコンピュータが解いて答えを教えたってことですか?」
「そ、そう。だったらあまりうれしくないなぁ、ママは喜んでるけど。ボクの実力じゃないってことでしょう?」

「安心して下さい、宇宙君。あなたの実力ですよ。」
「でも・・・。」
「バイオリストコンピュータが教えたのではありません。まあ、関係はあると思いますがね。宇宙君の頭を整理してちゃんと働くようにしたのですよ。それを働かせたのは宇宙君あなた自身ですからね。自分の脳をきちんと使えるって事が大事なんですよ。」
「じゃあボク、頭が良くなったの?」
「そう思ってもいいですよ。でもこれからが肝心です。いい頭を全部使っていい仕事をしてもらいましょうね。」

トントの言葉はちょっと嫌みも混ざってるような気がしたけど、ボクは少し安心した。だって、ハートマンのように活躍してみたいけど、頭が機械になっちゃったらイヤだもん。

それから何日か夢は続いたけど、なんだかとっても冷静に感じとることができるようになった。激しい戦いや、セクションの構造、宇宙の仕組み、ハートマンの任務。いろんな事が分かるにつれてボクの体の中には熱い大きなパワーが膨らんでいった。   つづく

宇宙の公開模擬テスト

2006年06月28日 | SF小説ハートマン
「ひろし~、ねぇひろし~、いるのぉ~。」
ママの声だ、怒ってないけど興奮してるみたいだ。僕はタイヤ交換中のミニ四駆をそっと箱に戻して玄関に出ていった。

「何だよ、大きな声出して。近所迷惑だよ。なーに?」
「あら、やーね、ごめんなさい。でも宇宙、頑張ったじゃない今度のテスト。」
「えー、何のこと?」
「こないだの公開テストよ、成績上がったわよ~、ほら。」

ママは僕に公開模擬テストの成績表を見せた。
幼児教室で月1回ずつやってる小学校入試のテストのことだ。僕は大体Cランクか、たまにBランクに入ってる。

順番は気にしないで下さい、弱点を見つけることが大切ですよ、て吉田先生が言ってるのを聞いたことがある。でもママは順番をすごーく気にするタイプだ。成績表が出るといつも「ああ、やっぱりね。」とか、「まったくぅ。」とか言ってため息をついたりする。
怒ったりはしないけどがっかりしたママの姿が結構ボクにはプレッシャーになる。テストは嫌いじゃないけど、難しい問題だったりすると何となくママの顔が浮かんできちゃったりするんだ。

「見てごらん宇宙、高原大学附属。ほら合格有望圏よ。Aランクだし。」
「ホントだ、初めてのAランク。やったね!」
「ママうれしいわー、お夕飯頑張っちゃおうかしら。」
何でもいいけどママが頑張っちゃってくれるとボクもうれしい。ママがうきうきしてるとお父さんもニコニコして一家みなHAPPYって訳だ。

でもちょっと気になることがあって、すぐに部屋に戻るとトントに話しかけた。   つづく

回復

2006年06月26日 | SF小説ハートマン
けだるい光の中でうっすらと目を開けたハートマン。冷静さは取り戻していたが体の熱さは冷め切らずにいた。胸の上で柔らかいものが向きを変え、つり上げたばかりの鮎のように跳ねてからみついてきた。

「起きたの?」
ついさっきまであれほど長い時間執拗に求め合い与え合ったことを忘れてしまったかのようにヘッドセットを求めるメイド。
「今度は何をするの?」
ほほに軽いキスをしてヘッドセットを受け取ると新しいバーチャルスペースへ飛んだ。

さっきまでの可愛いメイドの姿はなく、本来のCOS-MK惑星人の姿になっている。仲間が数人集まって手招きしている。海岸で見た少女たちに表情が似ている気がした。メイドだった一人がハートマンに鞭のような武器を手渡した。何気なく受け取るハートマンに流れ込んできたバーチャルイメージはさっきまでの温かく幸せなそれとは大きく異なったものだった。さあ早く、と誘うCOS-MK惑星人達。
 
だが、その後の数分でハートマンの笑いが消えた。握りしめた拳が小刻みに震え、あぶら汗がにじむ。硬直するハートマンに更に数分の時間が過ぎた。ヘッドセットはバーチャルスペースで繰り広げられるバイオレンスシーンを鮮明に映し出していた。

ハートマンは無抵抗のCOS-MK惑星人が受けるバイオレンスが何かのドラマの始まりかと思い興味を持ったが、ひとり、またひとりと嬲り殺される仲間をはやし立てながら執拗に繰り返される映像はそれを怒りに変えた。
「やめろー!もういい。」
バーチャルヘッドセットをかなぐり捨て、ハートマンは青ざめた顔で立ち上がった。
「何が言いたいんだ君は。僕にこうしろと言うのか。本当にこうして欲しいのか?」
「ハウ?」
なぜ怒っているのか分からないという表情のメイドを見て、ハートマンの脳裏にアドコピーが再びひらめく。

「そうだ、やっちまえ!貴方はスペシャルゴッド、やっちまえ!やっちまえ!」

 その時ハートマンの頭の中でマグネシュームの閃光が炸裂した。一瞬全ての感覚が真っ白になり数分の一秒後、濃霧がつむじ風に吹き飛ばされるように鮮明になった。バイオリストコンピュータのメンテナンスが完了したのだ。ナノワームに犯された視床下部の組織が元通りに修復され、網膜に「機能回復」のサインが流れる。ハザードスワップシフトで待避していた彼の意識が完全に回復した。彼は「ただの観光客」から「任務を持ったハートマン」に戻ったのだ。

「そうか、俺は今GEALMAリゾートのPSオプションにいる。」   つづく

コテージのメイド…②

2006年06月23日 | SF小説ハートマン
数秒後ヘッドセットが稼働し、目の前に立体映像が映し出された。
青い海と砕ける白い波、マングローブに似た植物とコテージ、503のプレートが付いたドアが開く。立体映像の解像度はすばらしく、手を伸ばせば触れるような錯覚に陥る。

「これは今僕らがいるこのコテージだね。やあ、君も出てきたよ。」
立体映像のバーチャルスペースには、今隣に腰掛けているそのメイド自身も現れ、こちらに微笑みかける。海岸からここまで来る間、ハートマンをビデオ撮影していたかのように映像が移動していく。

「君が僕に何かを話しかけているんだね。何を教えてくれるのかな。」
メイドの柔らかな体温を感じながら楽しく映像に見入っている。

バーチャルスペースのメイドが微笑んで見つめている。
大きく頷くとエプロンをはずした。こくびを傾げもう一度微笑むとゆっくりとコスチュームを脱ぐ。
幼い表情からは想像できなかったはち切れそうな白い肌を濃いスペースブルーの下着が押さえ込んでいる。

両手を伸ばし「さあ来て」と誘うメイドにハーマンは理性を忘れた。

バーチャルの世界を覗きながら現実のメイドを抱きしめ首筋に唇を押し当てていた。プレスの効いたシーツに荒々しく押し倒し、わずかに残った下着に利き手を滑り込ませていた。
抵抗せずあえぎ声を上げるメイドに欲望をかき立てられたハートマンは、完全に一匹の雄になっている。どこまでがバーチャルでどこからが現実なのか混沌とした快楽の世界に完全に浸った。

頭のどこかでGEARMAリゾートのアドコピーが繰り返し響いている。
「やっちまえ、そうだ貴方はスペシャルゴッド」     つづく

コテージのメイド

2006年06月20日 | SF小説ハートマン
首を傾げるメイド。名前の意味がわからないらしい。
そっとハートマンの手を取ると自分の胸にそれを置いた。エプロンの上から、見た目よりずっと豊かな胸の丸みが感じられる。温かい体温と心臓の鼓動が手のひらを通して伝わってくる。
メイドはその手を両手で包み頬ずりをした後もう一度胸に抱き、にっこりと微笑んだ。小首をかしげて微笑むメイドの瞳が神秘的な深いグリーンに輝き誘いかける。

「何か言いたいことがあるんだね、僕にどうしろっていうの?」
「ハウハウ。」気持ちが通じてますます嬉しそうだ。
「ハウハウ、ハウ~。」
微笑みながらバーチャルヘッドセットを勧める。

バーチャルヘッドセットはサイドテーブルのコネクタに接続されていた。これは情報を視聴感覚に直接送り込む装置だ。映画やゲームをリアルに楽しむことができる、テーマパークで試験的に使われたものが爆発的に普及し、今では何処の家庭にもあるごくありふれたものだ。

「何か見せてくれるんだね。楽しみだな。」
ハートマンはベッドの端に並んで座り、左手を彼女の腰にそっと回しながら片手でバーチャルヘッドセットを装着した。

メイドは彼の肩に赤毛のショートカットをちょこんとのせて寄り添っている。
2人の後ろ姿は、夏の終わりにもう誰もいなくなった砂浜に並んで座り、夕日を見つめながら夢を語り合う恋人同士のようだった。

出会って数分しか経っていないのにそんな姿に見えるほど2人はうち解けていた。

あまりにも自然な成り行きだった。素敵にかわいいメイドと過ごす時間を嬉しく思った。見知らぬ街で初めて出会った人に温かくもてなされた安堵感を全身で感じていた。    つづく

コテージ…②

2006年06月19日 | SF小説ハートマン
そうか、君はCOS-MK惑星から来たんだね。
よく見ると耳は頭部の上方にちょうどネコのそれのように付いている。赤毛のショートカットがそれを半分だけ隠している。初めて見た時エプロンの飾りか何かだと思ったものはネコのようなシッポだ。

COS-MK惑星は銀河系でも辺境に位置する小さな惑星だ。単種族で長い歴史を持つ。文明と呼べるものはほとんど無いが、きわめて平和で、争うことを知らない。生活するCOS-MK惑星人達はほとんど言語を話さない。いや必要としない種族だ。ネコ耳を自在に動かし、相手の思考波をキャッチする。誰でもが言葉を発する前に気持ちを察してしまう能力を持っているのだ。

人なつっこいその性格から、従順なメイドとして別の種族に使われることが多い。ただ暴力的な扱いを受けたり、ショックを受けたりするとすぐにその命を終えてしまうことで知られている。
同じような平和な種族と依存し合いひっそりと生き残っているのだ。

側に来たメイドはハートマンの足にビーチの砂が付いているのを見つけかがみ込んだ。
「ん?さっきまでビーチにいたんだよ。ごめんね、砂を持ち込んじゃった。君の仕事を増やしちゃったみたいだ。」
「ハウハウ。」
にっこり笑って首を振ってから、足に付いたままになっていた珊瑚の砂を柔らかい手のひらで丁寧にそっと払い落とした。
他人に奉仕することが本当に好きなのだ。
「わぁ、ありがとう。と、ところで君の名前は?」
少しテレながらハートマンは尋ねた。
「ハウ~?」     つづく

コテージ

2006年06月17日 | SF小説ハートマン
笑顔が待っていた。
ベッドメイキングの途中だったのか、向こう側にシーツを押し込もうと伸び上がり肩越しに振り向いた姿でじっと見つめている。他人が侵入しているというのに驚いたそぶりが全く無い。むしろ待っていたかのような表情だ。
「やあ、返事がなかったもんだから勝手に入っちゃってごめんね。」
「ハウ?」

ビロードのように深い光沢を見せる濃紺のミニスカートの上に、フリルのたっぷりとついた真っ白なエプロン、胸元のレースリボンに飾った小石ほどのレッドルビーがわずかに発光している。プレスの効いた、清潔感溢れるコスチューム。クリーニングソープの香りが漂うようだ。頭にはこれも真っ白なレースのメイドキャップがちょこんと乗っている。

見ているだけでドキドキしてしまうくらい愛らしく、しかもセクシーだ。
「メイドさんだね、他に誰かいるの?」
「ハウ?」
首を傾げて不思議そうな表情をしている。話しかける侵入者に少しも警戒している様子はない。
しかし言葉は通じないようだ。ハートマンは大きな身振りで外界と連絡する端末はないか訪ねた。
「ハウ、ハウ~。」
メイドはそう言って愛くるしい笑顔を惜しげもなく振りまきながら近付いてきた。   つづく

海辺にて

2006年06月15日 | SF小説ハートマン
なぜここにいるのか、考えても思い出せない。頭の奥が痺れているような感じもする。ただ、連絡しなければ、という意識だけははっきりとしていた。でもどこへ?

分からない、アドレスチップもIDカードも無い。

「とにかく行ってみよう。」
歩き出したハートマンは、しばらくして少女達が示した林の中に小さなコテージを見つけることができた。

コテージも全て自然の材質で作られているようだった。堅く締まった木製のドアのまわりにはインターホンもアクセススキャナも無く、503とチタン蒸着されたプレートがはめ込まれているだけだった。

ノックをするとドアは軽くきしみながら内側に開いた。 
誰もいないのか?
誰かが生活している様子はうかがえる。テーブルには食器が清潔に整えられている、飾り棚の付いた家具、窓際には何の花だろう赤、黄、原色の花が素朴に飾ってある。ハートマンはそのままゆっくりと部屋を進んで行った。
ドアは入り口以外どこにもなかった。2部屋ほど覗いて戻りかけた時、動くものの気配を感じた。海側の小さな部屋だ。

「どなたかいますか?」声をかけながら歩み寄った。  つづく

宇宙(ひろし)の夢…7日目

2006年06月13日 | SF小説ハートマン
気が付くと海岸にいた。

ここ「GEALMAリゾート」は緻密にコンディショニングされた環境であった。照りつける太陽、乾いた珊瑚の砂浜、ブルーグリーンの海、亜熱帯の植物達。それは全てバーチャルスペースにはない本物の匂いがする。ただ生物たちは海中陸上を問わず、巻き貝から昆虫に至るまで意図的に配置されたものだけしか生存していなかった。

ドラッグの快い麻痺から覚醒するにつれ、ハートマンは自分がなぜここにいるのかを考えようとしたが、彼のバイオリストコンピュータはその答えを探せずにいた。大脳へのアクセスパルスを遮断されているのだ。

砂浜を駆ける足音に振る返ると、数人の少女が水着で水をはねとばしながら楽しげに遊んでいる。
「おーい、ねぇきみー。」
ハートマンは手を振りながら少女達に走り寄った。
「君たちはどこから来たの?ホテルは?」
訪ねても少女達は笑っているだけで何も答えない。だが警戒している様子も全くない。屈託のない笑顔だ。みんなでハートマンを囲み、水際まで連れて行こうとする。
少女の一人が手で水をすくいハートマンの体にかけると、それに同調するかのように全員で水掛ごっこが始まった。そう言えば俺はいつ水着に着替えたんだっけ?
「おいおい、何をするんだ。」

両手で顔をガードしながらハートマンは、最初に水掛を始めた少女に聞いた。
「どこかこの辺に外部と連絡できる場所を知らないかい。」
少女達はみんなでマングローブに似た植物の林を指さすと、互いに顔を見合わせくすくすと笑いながら走り去って行った。

照りつける日射しの中、ピチピチと健康的な体をぶつけ合いながら遠ざかって行く少女達を見送ってしまうと、どこまでも続く美しい海岸にたった一人残された自分がいた。   つづく

リゾート…④

2006年06月09日 | SF小説ハートマン
バイオリストコンピュータは直ちに次の処理にかかった。

コンピュータとは言ってもバイオリストコンピュータは、実際には使われていない脳の一部を他と切り離して機能させるもので、本人の意思と協力し合いながら最適の判断をする生理的なものだ。生物組織的に変化は全くなく、ACTIVE-MRAスキャニングでもその存在自体全く分からないだろう。
ハートマンのリストから発生するパルスは主に外部とのインターフェイスの役を担っている。膨大な処理を行っているのはリストではなく彼自身の脳なのだ。
 
それら最も信頼のおける彼の神経細胞群は発熱しながらも冷静に処理を続け、起こりうるあらゆる事態に対応するプログラムを組み立てていった。だが働き続けるこのコンピュータに言葉が話せるなら、きっとこう言ったに違いない。

「やばいことになったぞ、おい。」

本人のリラックスしきった表情とは裏腹に、実際緊急事態と言ってよかった。
感覚器官からの刺激が遮断され、リストからのパルスがフィードバックされなくなった。バイオリストコンピュータはその本来の任務から全くリストラされてしまった訳だ。

だがほんの一瞬の差で、いくつかの重要なプログラムを大脳の各部署に送り込むことが出来たのは幸運だった。大脳に対する刺激にトラップをかけ、何らかの攻撃がなされた時はすぐに別の部分に機能をスワップする。現状を記録し、いつでも必要な時、出来る限り元の状態に近い形で復帰させる。「ハザードスワップシフト」に入ったのだ。
リストからのパルスが戻るまでそれぞれの感覚器官は独立してノルマを実行することになった。

ハートマンの視覚分野はPS計画の実体を詳細に記録し続け、その言語に絶する悲惨な映像は後に記録の解析作業に当たったセクションの科学者達を驚愕させた。   つづく

リゾート③

2006年06月07日 | SF小説ハートマン
大きなあくびがひとつ出る。
その時突然後頭部に蜂が刺したような刺激が走り、底なしの空間に落下していくようなめまいを感じた。刺激は一秒に数十回の規則的なものでハートマンの首から上を端から端まで素早く移動していった。

バイオリストコンピュータのファイアーウォールが作動しハートマンの異常を検知した。細胞単位で情報処理を行うバイオリストコンピュータが直ちに各感覚器官に警鐘を鳴らす。網膜に解毒不能のマクロファージ型ドラッグリストが流れていく。数種類の細菌を組み合わせ遺伝子操作したドラッグだ。
 
最初の警鐘が脳内のどこで鳴ろうと、ハートマンはすぐに反応できるはずだった。
彼の脳を常時スキャンしているバイオリストコンピュータは緊急時には大脳の判断を待たずに必要な処理を施すことが出来る。
はずだった。

だが、そうならなかった。花の香りに紛れて鼻孔から入り込んだナノワーム(超微細病原虫)が香りをおとりに振りまきながら真っ直ぐに視床下部に進み、ハートマンの大脳とバイオリストコンピュータとの連絡シナプスを麻痺させたのだ。

バイオリストコンピュータが異常を感知し、大脳へ緊急事態を告げたときハートマンはもはやただの観光客になってしまっていた。   つづく