たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の参考にされても責任は負いかねます。深慮せず軽く読み流してください。

加波山から北の岩瀬駅まで歩いてみたが、まぁ長いのなんのって。つい歩いたばかりに今度はきのこ山から筑波山歩きが課題になってしまった。

2019年02月08日 | 茨城県の山
◎2019年2月3日(日)

岩瀬駅(7:52発)──長岡BS(8:22着 8:24)……金ぴかの加波山神社(8:40)……加波山(10:24~10:40)……燕山と勘違いスポット(11:18~11:27)……燕山(11:33)……365.1m三角点(12:31~12:57)……雨引山・409.2m三角点(14:03~14:16)……230.8m三角点付近(14:57~15:11)……御嶽山(15:13)……岩瀬駅(15:42)

 4年ほど前に加波山に行った。その時は、ただ、茨城の山である加波山とはどんな雰囲気の山なのだろうといった興味でしかなかった。金ぴかの加波山神社から加波山に登り、南下して丸山、一本杉峠、足尾山、きのこ山と歩いて、神社に戻った。加波山はそれで終わりのつもりでいたが、北側の燕山だけはその名称からして気になっていた。以来、それきりなのだが、先日、ぶなじろうさんが逆回りながらも自分と同じようなコースで加波山を歩かれた記事を拝見し、かすかに心残りになっていた燕山のことを思い出してしまった。
 桜川市のハイキングマップを見ると、燕山の先にある雨引山やら御嶽山というのがハイキングのスポットになっていて、加波山から縦走できるようだ。前回記事では、瀑泉さんから、自然林が多くてお薦めとコメントをいただていた(とは記しても、4年前の記事に記憶はなく、改めて読み直した)。じゃ、歩いてみようということになったわけだが、本ブログの最後の軌跡図にあるように、元地図の地名が読めない程に歩く距離はえらく長い。
 いくら何でも岩瀬駅からの燕山ピストンでは面白くもない。どうせなら加波山からつなげたい。ちなみに、このコースは例のふれあい道<筑波連山縦走のみち(1)>になっている。前回のきのこ山への下りルートもしかりだ。地図を見ても尾根伝いだし、避けて歩くのはできず、なれあい、じゃれあい歩きになっても仕方がない。結果的に、肝心なところにふれあい道の標識がなく、ヤブの急登に入り込み、まんまとだまされたふりをしたところもあった。そういう意味では、ふれあい道もまた無責任なものだと改めて思ったものだが、初心者なら、余計な考えや疑問は持たずに歩くのが賢明だろう。それがふれあい道歩きの鉄則だ。
 地元の桜川市に「ヤマザクラGO」という路線バスが走っていることを知った。とにかく二度目ながらも加波山には登るしかない。加波山の最短最寄りのバス停は、ストリートビューで調べると「長岡」という停留所らしい。歩く先に金ぴか神社がある。問題は、歩く起点を岩瀬駅にするか長岡バス停にするかだ。MapFanで調べると、長岡バス停から岩瀬駅までは8km以上もあって、車道を歩くには限界越え。さりとて、一時間に一本のバス。長岡に下り出て一分遅れで一時間待ちになったのではたまらない。タクシーを呼べば4,000円はかかりそうだ。ここは、一か八かにかけるより、ヤマザクラGOを往路で使うのが賢いだろう。まして、岩瀬駅から御嶽山経由で加波山に歩くとなると、かなりの登りが待ち受けているようで、ここは復路使用での下りが負担も少ない気がする。

 バスの出発時間に合わせて家を出るのは問題もないが、駐車地エリアは駅の南と北にある。南はりんりんロードの駐車地になっていて無料。北は駅隣接で300円。南に車に置けば、踏切を渡って、バス停のある駅前に出るのに10分は歩くことになりそうだし、もたもたしていればバスに乗り遅れて、駅から予定外の逆歩きになってしまう。そして、最悪の4,000円ムダ遣い。ここは有料駐車場が安心。
 家を6時に出る。もっと早く出たくとも、一番バスの時刻は岩瀬駅7時52分。駅までの行程の3/4は高速道だ。神経が細いからと、無理に出流原PAのトイレに寄ったが、出すものもなく7時半には岩瀬駅に着いた。失礼ながら、こんな駅でもタクシーが2台、客待ちをしていた。念のため、タクシー会社の名前をスマホのメモ帳に控える。「岡田ハイヤー」。300円を封筒に入れて備え付けのボックスに投函。万一、駐車場の有料エリアが満杯だったらどうしようといった不安はあったが、取り越し苦労だった。
 20分ほど待ってバスが到着した。定刻。他の乗客は水戸線を使って来たらしき単独氏一人のみ。筑波山にでも行くのかなと思ったが、挨拶をしたらポツリと返事があっただけで、他人との関わりはお持ちになりたくないような印象を受け、それ以上の会話は成立しなかった。だが、この方も同じ長岡で下車し、GPSを見ながら、さっさと歩き出した。実は長岡のバス停でよかったのかどうかは怪しいものだったが、アナウンスで、加波山登山にはここでという音声が流れ、正解だったわけだ。乗車時間は30分。長い感はあるが、見知らぬ風景を眺めながらの乗車はさほどに苦痛ではない。

(加波山)


(石仏。かなり風化している)


 単独氏が出発したのを確認し、地図を出してこちらも出発。駅方向に戻って樺穂小学校(名称は「加波」からきたのか)の前を通って行くと、右に「加波山入口」の看板が出てきた。単独氏の後ろ姿がかなり先に見え.る。もうこちらは懸案のバス乗車も済み、時間を気にする部分は解消したので、もうゆっくり行きましょう。とはいっても早くは歩けない。
 住宅地の舗装道を歩いて行くと、道端に馬頭観音碑や石仏、小さな神社を目にする。その都度に足を止めて見たり、中に入ったりしてしまう。この辺から加波山神社が続く。先ずは加波山神社里宮。ここが本拠地なのかと思われる「加波山総本社本宮、親宮」の肩書がある。ここは中にかなり入って行かないといけないのでパス。先に行くと東口の鳥居があって石碑が並んでいる。そして「加波山神社50m先」の看板。この看板は覚えている。前回に来た際に、ここに右の道から出て、神社の駐車場に戻った。筑波山はずっと見えている。

(加波山普明神社)


(派手な加波山神社)


 右手に駐車場。ここで猫にじゃれられたことを思い出す。あの猫の姿はない。その向かい側に「加波山普明神社」があって、ここに一合目の石碑が置かれている。この合目石は前回見逃している。標識によると、先ほどの本宮は「加波山三枝祇(さえなづみ)神社」が正式名称らしいが、右隣に例の金ぴかの加波山神社がある。通称として加波山神社といったら、ここの神社を指すのか、麓も上にも加波山神社があるから、混乱してくる。ちなみに、御嶽山から下山した際に出会った散歩中の地元のジイチャンにどこから登ったんだと聞かれ、長岡のバス停からと答えると、「その先の長岡の宮は…」といった話題になり、ここは地元では、長岡の宮とか長岡神社とでも言われているのか。確かに加波山神社だけでは特定もできない。

(寝不動尊。ここで本宮路と親宮路にわかれる。親宮路はしばらく車道歩き)


(ハンターのグループ。ここから別の場所に移動したと思われる)


 この先、加波山までは前回と同じ歩きだから、くどくどはやめにして簡単に記すことにする。新たな知識として、山頂までは本宮路と親宮路があって、先の分岐を右が本宮路、左が親宮路。舗装道歩き区間は親宮路が長い。前回は右だったから今回は左と思ったが、山頂から燕山に向かう際に親宮路区間を通るようだから、前回同様に本宮路を登ることにする。その路の分岐の手前の林道で5~6人のハンターがたむろしていて、中には迷彩色の上下で決めているオッサンもいたが、この日、あちこちから銃声が聞こえはしたものの、加波山もしくはその周辺で間近に銃声を聞くことはなかった。この辺は道のあちこちにイノシシの掘り返しがあったし、箱ワナも見た。獲物はシカよりもイノシシだろうか。

(三十七丁)


 前回気づかないところで目新しいのは三十七丁と四十八丁、四十九丁の丁石くらいのものか。気分的に長々と風景も効かないクネクネ道を行くと、ようやく山頂下のヒノキ林に入った。ここまで、陽気のせいかかなり汗をかき、ウインドブレーカーはすでに脱ぎ、ストックも出していた。歩き方はさっと登っては短く立ち休みの休憩の繰り返しで、これまた、ようやく、本来の歩きに戻りつつあるかなと思ったりもしたが、「さっと登り」区間は極めて短く、どうしても立ち休み時間が長くなる。

(横切った林道には雪)


(山頂の加波山神社エリアに入った)


 だれとも会うことがなかったのに、ここの登りで下りのジイチャンに出会う。そして、背後から単独のネエチャンに抜かれた。金ぴか神社でオッサンに出会っていたが、そのオッサンはどこに行ったのか、もしかして親宮路に入ったのか。後で山頂で出会ったのはその方だったのかもしれない。
 雪があったのは予想外だった。茨城にも雪は降るのかと疑ったが、数年前の水戸の大雪で、前の会社で、水戸からご苦労にも東京まで通っていた方が積雪で休んだことを思い出した。途中の林道横切りでうっすらと残雪を見かけてはいたが、たいしたものではないと思っていた。歩行に差し支えあるほどのものでもない。

(加波山大神社)


(山頂の加波山大神社。前回はここから南下した)


 まずは「加波山大神社」。「正一位本宮」とある。手を合わす。麓の神社にもこの先にもすべて手を合わせている。ここ、暗闇で通ったら恐いだろうなと思いながら山頂の神社。その間に、さっきのネエチャンが早々に下って来たが、正面から見ると、ネエチャンというよりも妙齢のご婦人ぽかった。それはともかく、山頂の神社もまた扁額には「加波山大神社」「正一位本宮」が並んでいる。「宣勅」とあるのもまた同じ。普通、本神社の後ろとか山頂にあるのは「奥の宮」なり「奥の院」とするものだが、ここに「奥」の字はない。
 神社にはGPSを見ているオッサンがいた。金ぴかで見かけたオッサンのようだ。「ここ、山頂はどこなんですかね」と聞かれ、「三角点があるはずなんですが」と答えたが、前回、しっかりと写真に収めたはずの三角点は神社の裏を探しても、下って縄の張られた中に入り込んでも見つからない。オッサンも同じようなことをしていたが、声は聞こえないままに姿が見えなくなった。前回の写真を見直すと、わざわざ縄張りの中に入らずとも、丸みのある大岩のすぐ傍らにあった。気づきもしなかったし、記憶からも消えている。
 だれもいなくなった山頂神社で休憩する。陽も当たらず汗をかいた身体には寒く、あまり長居をしたいところではない。山頂で三角点探しや石碑巡りに時間をかけ過ぎた。最初のタバコを吸ってさっさと北に下ることにする。さて、金ぴか神社から、前回は1時間20分で山頂に来たが、今回は1時間44分もかかっている。前回基準で長岡バス停から1時間30分とみていただけに、バス停から2時間とはかなりのオーバータイムだ。もはや足のケガの後遺症に理由づけもできない。ここからは地形図をみても大きな登り返しはない。基本は下りだ。3時前に岩瀬駅に着いたら、高速は使わずに50号線一本で帰るつもりでいる。今、10時40分。岩瀬駅まで4時間程度だろうと桜川市のハイキングマップを見るとやはり4時間だ。しかし、4時間歩きは長い。松木川沿いの歩きに比べれば楽だが。

 ここからが本番ということになる。ここまでの前半部の記載がいささか長かったようだ。

(石段が凍っている。慎重に下る)


(天中宮。神社続きで飽きてきた)


 反対側、つまり親宮路の方から二人連れが上がって来て交差する。ちょっとした下りは凍結しているが、ダンナさんらしき方に、滑り止めが必要かと聞くと、融けかかっているから必要はなかったけど、下りはどうかなとおっしゃるので、まぁ大丈夫だろうとそのまま下る。慎重に石段を下って行くと、小さな神社。前には丸石に赤文字で「自由之魁」と記されていて、加波山事件がらみの神社なのだろうか。見上げると軒下(正式に何というのか知らないが)に見ごたえのある龍の彫物がある。ここの神社名は「加波山天中宮」とある。神社からは桜川市の市街地が望まれる。そして、この先には電波塔のようなものが三基あるピークが二つ続いている。いずれかが燕山だろう。

(ここだけは見ておきたかった「たばこ神社」)


(親宮)


 またハイカーが上がって来たところで小ぶりの神社。ここが「たばこ神社」だった。前回見逃していたがこんなところにあるとは知らなかった。たばこの葉の豊作を願う神社らしいが、人によっては禁煙神社としてあったりする。神社を囲った石(これも正式名称は何というのか)には日本たばこ産業株式会社と茨城県たばこ耕作組合の名前が寄贈者の名前として彫られているところからして、禁煙神社ではあるまい。キセル祭りとかもあるらしく、下から担ぎ上げたキセルで、見物客にはタバコを吹かせるらしい。
 続いて「加波山親宮」。下にも親宮はあったが、この神社を経由するから親宮路とでもいうのか。雪はすぐになくなると思っていたがまだ続いている。北側の積雪が多かったようだ。ここで樹木のアルミ名板「ヤマザクラ」が気になった。そういうことか。ヤマザクラGOの名前にしても、ここは山桜の名所なのだろう。

(ラストの加波山神社)


(テングの面。この時は気づかなかったが、面の前にご立派な棒状の物が写っていて、なるほどなと思った)


(お不動様)


(右、左、大門、加、さま、道は読めたが)


 もう神社は終わりかと思っていたが、石碑群が目立つようになって、下りきると神社があった。これが最後の神社となるわけだが、ただの「加波山神社」の看板があって、正面の傍らには大天狗様のお面。境内をうろつくと、なぜか二十二丁と三十四丁の丁石が同居いていたりお不動様の石仏があったりする。古い石の道標も置かれているが、自分には一部しか解読できない。

(林道歩き)


 ここで加波山神社シリーズからは遠のくようで、早速のふれあい道の案内が置かれている。<雨引山6.1KM・燕山1.0KM>方面に向かうとする。
 雪の残る林道を歩いて行くと、右手に一つ目の電波塔。続いて二つ目。林道の上は尾根状になっていて、尾根に上がろうかと思ったがヤブで踏み跡もなくかなり上に登るようになっている。地図を照らすと、この尾根は途中で林道に合流する。最初から無駄な歩きもしたくないのでこのまま林道歩きを続行。

(陽があたって暖かい。ここで休憩したが、燕山とばかりに思っていた)


 林道終点に三基目の電波塔。こじんまりした広場があって東屋まで置かれていたので、ここが燕山とばかりに思い込んだが、山名板なんてのはない。そんなところもあるだろう。ふれあい道のコース略図もあったし、文字はかすれているが、現在地に燕山が併記されている。ここで一服して休憩。こちら側を歩く方はほとんどいないのか、だれもやってこない。陽があたってポカポカしている。

(茨城放送の中継局)


(燕山山頂)


 腰を上げて先に向かう。また電波塔があった。四基目。こじんまりとしているので天中宮からは確認できなかった。IBS茨城放送とある。その下にi-FMとあるから、FM放送の中継アンテナだろう。ここは上りになっていて、ピークに出ると、大きな石がゴロゴロし出し、何とも燕山の標識があった。何だここが山頂だったのか。さっき休憩したばかりだからここは素通り。ここの山名は疑問もなくツバメ山と思っていたが、どこかで見かけた標識にはツバクロ山とあった。「山」をサンと読むかヤマと読むかは、人それぞれだと思うし、低山にはやさしい響きのあるヤマが適当な気もする。

(雪道下りが続く)


(手すりもついている)


 ここから長い下りになる。地図上は344m標高点まで標高差360mほどの下りで、途中に上りはない。なぜか雪が多くなり、陽があたって雪も緩んではいるが、つい慎重歩きになる。オバチャンが登って来た。「この雪はまだ先まで続きますかね」と尋ねると、「階段を上がったところからずっと雪でしたよ。急なところもありますから、滑り止めが安心じゃないですか」とお答えいただいた。かくいうご当人は滑り止めも何も付けてはいない。上りの立場だからだろうと判断したが、せっかくのアドバイスだし、チェーンスパイクを布靴に巻いた。ところで、階段があるところから登ったらしいが、どこからとは聞きもせず、雨引観音から登ったものと勝手に判断した。
 ササが出てくる。そして急坂下り。ここに雪はない。チェーンスパイクに泥が付いて団子になった。ストック頼りでは危なく、せっかくあるロープに伝って下る。さんざん下ると、今度は手すり付きの下りになった。階段状になっている。

(今のところ100m間隔のふれあい標識)


 雨引山まで4kmのふれあい標識が出てきた。というよりも、このあたりは標識がうるさく、100m置きに置いている気配がある。これが次第に間延びしていく。ところで、さっきのオバチャンはずっと雪だったとおっしゃっていたが、すでに雪は歩行の妨げになるものでもなく、道端に固まってあるくらいで、また雪道復帰になるような気配はない。階段とはさっきの階段状のことだったのか。それにしてもずっと続くような物言いだった。いずれにせよ、チェーンスパイクを外してまた付けるのでは面倒だし、手も汚れる。様子見でこのまま歩くことにする。
 自転車だかバイクか知らないが、太いタイヤ痕を見かける。ここに入り込んだのだろうが、確か乗り入れ禁止の看板を見た。こういった掟破りは、ふれあい道でよく見かける。逆に言えば、ふれあい道だから乗り入れるということでもあるし、ライダーにも随分と舐められたものだ。

(基本、こんな感じの下りがずっと続く)


(イノシシの掘り跡)


 急な下りから解放されたとはいえ、だらだらとした緩い下りが続く。道幅はあくまでも太く、落葉も適度にかぶっている。これが植林の薄暗い中なら飽きる。確かに瀑泉さんがおっしゃるように、周囲は自然林やら雑木が続いている。12時13分344m標高点付近を通過。ふれあい標識の位置関係では雨引山まで3.4kmの標識を過ぎ、次の3.1kmとの間になる。地図上では東に破線路が通っているが、それには気づかなかったから、あったとしてもヤブ道だろう。
 道はしばらく平坦になる。2.7kmの標識があるあたりで北東に向かう破線路が分岐。これにも気づいていない。この辺から、イノシシの掘った跡がずっと続き、道にまたがったりするところもあって、歩きづらいところも出てくる。

(365.1m三角点標石)


 上り加減になると、ちょっとした平らなピーク。その先はまた若干の下りになり、ここの標識は2.5kmだ。時間も12時半近いし、空腹感もかなりある。ここでランチタイムにしようかと思ったが、腰かけ代わりがない。かろうじて頭の赤い標石があってこれに腰かけようとしたら、頭に泥が付いている。やめにして先に行くと365.1m三角点の標石が目に入った。太めの腐りかけの木もあったので、これを腰かけにする。
 普段なら菓子パンかおにぎり一個で済ませられるが、おにぎりを二個食べ、さらに先日の赤倉山でとくちゃんからいただいたラーメンおつまみも食べた。飲み物はオニオンスープと食後のコーヒー。いい気分だ。あのオバチャンと会ったのが最後でだれとも会わない。
 ここでようやくチェーンスパイクを外し、フリースも脱いでシャツ一枚になる。乾いたところを歩いたし、立木相手にスパイクを叩いたら、泥もあっさりと落ちた。そして一服。うまい。久しぶりにおいしく感じたが、そろそろ春間近な陽気のせいだろうか。

 腹ごしらえをして出発。ふれあい道の標識はずっと雨引山までの距離を示している。岩瀬駅までの距離は出てこない。いったいプラス何kmなのだろう。地図の刷り出しも、標高線がしっかりと判読できるまで、さらに、里にどこからでも逃げられるようにと加波山ぎりぎりからA4判で横印刷をしてつなぎ合わせて三枚だ。それでも入りきったのは岩瀬トンネルまでで、その先は別の刷り出し地図を出すことになる。

(展望地から)


(右に見えるのは吾国山かと)


 突然に視界が開けた。東向きの展望地だ。知っていたらここでランチだったのにと損した感じになった。三角点から2分も歩いてはいない。ササの広場ではあるが、筑波山は見えないものの展望は良好。自分にはどれが何山なのかは知らないが、正面遠く、栃木県の益子町方面の山並みも視界には入っているのだろう。下には田畑が広がっている。視界の右端の高い山が気になった。何という山だろう。標高的には吾国山のような気もするが。

(雨引山まで2kmを切った)


(気づいていないが、左奥が雨引山らしい)


 低いアップダウンを繰り返し、なぜか道も細くなった。両側のササは続き、ようやく雨引山1.9kmになった。GPSを見ながら地図を確認すると標高点367mあたりにいる。1.9kmとはいっても、雨引山はおそらく409.2m三角点のあるピークだろう。地図に雨引山の山名記載はない。縦長になった地図を改めて見る。加波山山頂から雨引山区間のようやく3/4を過ぎた。
 正面にピークが見え、あれが雨引山かと思ったが、山道の1.9kmは長い。視覚的に近すぎる。雑木越しによく見ると、後ろにもっと高いピークがある。もしかして、あれが雨引山だとしたらうんざりだ。

(振り返って加波山)


(これではっきりした。雨引山は左。正面ピークは巻けたのにわざわざ登ったピーク)


(ここを右に登る。この周辺にふれあい標識はない)


 下って軽く登る。1.4kmになった。振り返る。燕山か加波山は遙か遠くの視界に入っている。さっきの正面に見えたピークにはあっさりと登ったが、何だと言わんばかりに新たなピークが正面に立つ。その時は、あれが雨引山かと思ったが、下ると、背後の山が見え出し、嫌な予感がした。そこはまだ遠い。まして、手前のピークよりもまだ色が淡い。
 ピークを下ると道が左右に分岐した。両方ともに踏み跡は明瞭。ふれあい道のセオリーだ。肝心なところに標識はない。おそらく左はピーク巻きで、右は律義な尾根伝い。そして、左は下りで右は上りになっている。右手の樹に赤ペンキで「入口」と書かれていた。これにだまされたつもりはないが、どうせなら律義な方を選ぼう。

(ちょいヤブの岩ゴロ)


(329m標高点ピーク)


 登り始めてすぐにヤブ化して踏み跡レベルになった。大方、賢明に引き返して巻き道に戻った人が多いだろうから入口の踏み跡は明瞭だったのか。ともあれ、ここをそのまま登る。薄い背丈ほどのササに囲まれた踏み跡をクネクネと登る。上はうっすらと見えているから不安はない。大石のゴロ地帯を抜け、樹間にさらに遠くなった燕山だか加波山を眺めてピークに立った。ここが392m標高点のはず。何もない。山名板もない。あるのはペンキとピンクテープと赤ペンキ頭の標石。承知の上で巻きもせずに登ったのだから文句の言い先はないが、分岐前の1.4kmはさらに延びてしまったなという思いだけは残った。意外に急斜面もあったし、自分には足首の鍛錬にはちょうどよかった、これまで、つい足の裏をつかずに指先だけで登っていたところもかかと接地を意識して登ったし、歩き方としてはある程度の満足もできてほっとした。

(下ると)


(ふれあいではない標識。ふれあい標識はこの周辺をうまく逃げている)


 ここから下るのは言わずもがな。だが、かなり損をした感じは受けずに巻き道に合流した。巻き道もそれなりの登り道だったのだろう。合流にはふれあい道にはない標識が置かれていた。巻き道方面に「加波山→」。下からのルートを想定しての標識だろうが、この前後にふれあい道の標識がなかったのは何ともおかしな話。自分自身に損得の感情はないが、ふれあい道を歩けば安心だと思ってハイキングするハイカーにとってみれば、こんなところを無駄に登らされ、環境省は何をやってんだ。税金の無駄遣いかと批判されても致し方ない。100m間隔のマメな標識よりも、一見のハイカーには紛らわしく思うところに標識を置くのが親切、あるいはあたり前というものだ。繰り返し記すが、自分は予想をしていて敢えて巻き道ではないところを登っただけのことだし、ふれあい道に対する感情も期待も何もない。

(雨引観音の分岐。ここから道はこれまで以上に整備された道になる。観音様から雨引山に登る方が多いのだろう)


 雨引観音の分岐に到着。地図では破線路があり、これは確認できる。ここで雨引山05kmとともに「御嶽山2.8KM」の標識が現れる。ということは、岩瀬駅までは雨引山から少なくとも3km以上はあると予想がつく。
 その雨引山だが、500mにしては随分と長く感じる。雨引山と御嶽山をハイキングする人が多いからなのか、これまで以上にしっかりした道になっている。傾斜は緩く、ベンチも置かれているのにとにかく長い。

(長い階段状を登り)


(ようやく雨引山に到着)


 ここが雨引山かと思った登り切りは山頂ではなく、まだ先に東屋が見えてようやく雨引山に到着。ここにもだれもいない。雨引観音から登ったハイカーが何人かはいると思っていた。山頂はちょっとした広場になっていて、北側は植林が入り込んでいて視界はないが、南側は開けている。筑波山もさることながら、ここからでは加波山もまた遠くに見える。いくらふれあい道とはいえ、<筑波連山縦走のみち>を一回で歩ききれたら相当に健脚だ。ただしトレランと違法チャリは除く。

 試しに手持ちの桜川市ハイキングマップで岩瀬駅から加波山、筑波山裾野を経由してつくし湖南西の「旧酒寄バス停」に至るふれあい道コースを計算してみると、距離は32.4km、12時間と出た。ただし、これは<縦走>とはいいながらも筑波山立ち寄りにはなっていず、筑波山は途中から別口の<つくば山頂めぐりのみち>というふれあい道を利用しないといけない。だから、筑波山を回れば、自ずからこの数値以上のものになるかもしれない。後でネットで調べると、実際にそんなことをする人も結構いるようで、距離は31.5kmとなってはいたが10時間で歩いていて、累積標高差+は2.589mとあった。その時は、そこまでして大縦走する価値のある山塊かなぁと思ったりしている。

(雨引山から。左・加波山、右・筑波山)


 計算を終え、タバコを吸って景色を眺めて休憩も終わり。まだ先がある。縦走体験話は家に帰ってからでいい。ともかく、あとは御嶽山だけだ。

(また長い階段下り)


(DOCOMOの電波塔の脇を行く)


 恐ろしくなるほどの木の階段が下に続く。階段の脇に、どこでもそうだが、階段嫌いなハイカーの踏み跡がある。だが、自分の足にはここの階段の段差はちょうど良い。脇の踏み跡も、同じように悟ったのか、やがては消えた。階段は丸木と角木の二種類で、当初はその配置具合に規則性があるのかと思ったが、順列も組み合わせもないものだった。
 右手に植林、左手は雑木の間の道を行くと、やがて平坦になり、右手に電波塔と林道が出てくる。長い地図をザックに収め、最後のB4地図を取り出す。341m標高点に電波塔マークがあり、そこで北東からの林道の終点になっている。ここはここだな。ようやく先が見えてきてほっとする。設置された標識には御岳山1.9KM。そして。併記で岩瀬駅3.7KMがようやく出てきた。下りでこの道だから、終点まであと一時間くらいかと思ったが、何やかやと手続き歩きがあったりで一時間は軽くオーバーすることになった。
 電波塔はDOCOMOの中継所。回り込むような形でハイキングコースはつけられている。もう、人気のある里山の踏み固められた道になっている。たまに植林の中の歩きになったりもするが、ずっと雑木の歩きだったから、むしろ、自分の歩きからして懐かしい思いもする。

(岩瀬駅まで3kmを切った)


(この雰囲気が良かった)


(御嶽山への登り)


(右は採石場のようだ)


 御嶽山1.1km・岩瀬駅2.9kmの標識を過ぎると杉の植林の中の歩きになった。だが、植林事業に頼っている様子のない明るい疎林だ。間伐も目立たないレベル。斜面に浅く張り付いた落葉の風景が、つい秩父の山の中を歩いている気分にしてくれる。いい感じだ。
 既に北関東道の岩瀬トンネルの上は通過しているはずで、地図では目立った登りはないのに、上にピークらしきものが見え、登りになってしまった。右はフェンスでガードされて採石場らしい。もちろん階段はあって、登りにしても楽ではあるが、これが意外と長い。身体の感覚は下りのみの態勢だったから少しばかり応えた。これが本当に最後の登りだった。

(御嶽山山頂のはずだが)


(下るとこんな標識が)


(銃声の後に上がった煙。実際には知らないが、これでは近くにいれば硝煙の臭いもするだろう)


 登りきると、しばらくは平坦。ここが御嶽山かと思ったが、いくら何でも、整備された道に山名標識がないわけがない。探してもない。この時は230.8m三角点が御嶽山と思っている。その先の神社マークのことは斟酌もしていない。頭の中は?の状態。
 この辺から私製らしきベンチや置台が目に入り、少し下ると標識が見えた。やはり御嶽山だろうなとよく見ると「高速見晴らし台」とあった。西側の高速道路を見晴らっても面白くもないが、ベンチもあるので一応は休む。向かいに見える低い山並みは羽田山という山のある尾根だろうか。ここでそちらから銃声が立て続けに聞こえ、その弾幕が雲状になって六つ中空に漂った。

(ちょっと脇道に入って230.8m三角点)


(陽も隠れ、寒くなってきた)


 ここに230.8mの三角点があるはずだが気づかなかった。ベンチにザックを置き、ここは下降途中だからと元のピークに戻って下降し直しをする。三角点は下降側右手にあるはずだ。落葉の堆積は薄い。見つからない。作業道のような踏み跡が右に続いているのが見え、入り込むと、その終点に小さな三角点が置かれていた。「地理調 四等三角点」と彫られた標石だ。こんなものでも満足してベンチに戻る。しかし、あっけない御嶽山だった。
 ベンチに戻り、タバコを吸いながら、今日の行程はこれで終わりだな、後は駅までだと思うと、歩き足りない気分まで出てくる。もう一山あってもいい。ふれあい道の単調な歩きではあったが、自然林、雑木の中を気持ちよく歩いてきた。春になればもっと雰囲気も良くなるのでないだろうか。

(御嶽神社)


(石碑だらけ)


 ここで、余計な考えが割り込む。前回と合わせ、岩瀬駅ときのこ山を今日の歩きでつなげたのだから、その先のきのこ山と筑波山の間を結ばないと示しがつかないんじゃないのか。まぁごもっともな意見で、いずれはやりましょう。ただ、暮れから、茨城の山歩きが続いている。しばらくは間をとらせてくださいよ。
 下って行くと、「御嶽山0.1KM」の標識に出会う。あれっ? 先に神社が見え、そこが御嶽山だった。燕山と同じパターンになった。神社の周囲には石碑がずらりと並ぶ。八海山神社や三笠山神社の名前が入ったのもあるが、「●●霊神」も多い。ちょっと不気味だ。遠くに里の明かりは見えても、ここは度胸試しのスポットだろうな。時間的なものか、陽が隠れたのか、少し肌寒くなった。神社を一周しただけで離れた。
 岩瀬駅までは1.8km。神社の前を左にカーブして下る。実は、DOCOMOの電波塔から3.7kmとあったから、まして下りだからと一時間もかからずに駅だと想定していたが、あれからすでに50分経過している。時間も3時15分。50号線でとろとろと帰るのはあきらめた。

(岩瀬駅に向かう)


(不動の滝ではないと思うが⇒瀑泉さんからいただいたコメントで、これが「不動の滝」とのこと。笑)


 下って行くと、登って来たらしきオッチャンが息を切らせて休んでいた。この時間だし御嶽山だろう。もう帰り道のスタイルになってしまった。また秩父風の景色が出てきて、沢伝いに水を落とした長い樋が見えた。ちょうど、大小山にある沢の樋と同じようなもの。脇には長い柄杓があり、見るからに薄汚れていたが、せっかくだから飲んでみるかと、柄杓で水を汲んで柄杓に口を付けない無理な飲み方をしたので、胸元から腹にかけて水がかなり入り込んでしまった。さほどに寒くもなかったからよいが、寒い日なら身体が痺れるところだ。水そのものは特別に甘露、甘露ではなかった。

(御嶽山の登山口)


 林道が見えて来た。車が一台。地元ナンバー。あのオッチャンのだろうか。当時の岩瀬町役場の石の解説板があった。ここも山桜と山ツツジの名所で、秋の紅葉はすばらしいとある。イラスト付きで「不動の滝」というのがある。まさかあの樋水が滝ではあるまい。気になったのは御嶽山は「標高230mの山」と記された部分。さらに「山頂の休憩所からの眺望もすばらしい」。やはり山頂は三角点のあったところのピークだ。正確には御嶽山の中に神社があるということ。こういうところがふれあい道標識のいい加減さだ。

(正面は富谷山という山かと思う。その先は益子町になるようだ)


(踏切を渡って)


(岩瀬駅到着)


(駐車場)


 細い舗装道を下って行くと里も近づく。右手に用水池もある。それでいて田んぼはない。ここで散歩のジイチャンと立ち話。踏切を越えて駅に向かう。
 駅の駐車場の車は増えもせず減りもせず。長い下りだった。こちら側から雨引山を経由して加波山に登るのはきつかろう。だが、GPSデータを後でカシミールで確認すると、累積標高差の+は1187m、-は1196mだった。さして変わらない。距離が長い区間だから、逆歩きだったらきついだろうなと思っただけのことだった。
 前回は加波山から南に下り、途中で林道が何回か交差し、パラグライダー基地の賑やかな脇も通った。それに比べると、今回の北側は人通りも少なく、変化に富むとは言いがたいが、静かな春先の歩きを楽しめて満足できた。

 筑波連山縦走、一応、岩瀬駅からきのこ山までの区間は終わった。ここまでやったら、筑波山側につなげたい。またふれあい道の歩きになるが、それしか歩きようがないのでは選びようもない。ずっとこだわりのままにしておくのも何だが、しばらくは間を置くことにしよう。

(本日の軌跡)

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、数値地図25000(地名・公共施設)、数値地図250mメッシュ(標高)、数値地図50mメッシュ(標高)及び基盤地図情報を使用した。(承認番号 平24情使、 第921号)」

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4 コメント

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Unknown (瀑泉)
2019-02-09 20:35:29
年末に引き続き,今回も此方にお越しとは,思いもしませんでしたヨ。
取りあえず,燕山~雨引山のお歩きは,其れなりに満足いただけたようで,ホッといたしました。
ちなみに,このコースでは,雨引山から,筑波山を入れた関東平野の眺めが一番だと思っています。
ところで,雪は,其れなりにあったようですネ。1日未明に,平地でも雪が降ったから,山はあるだろうとは思っていましたが。ただ,そう思って旧栗山村へ行ったら,川治まで雪が無くて,逆にビックリでしたケド。
それはさておき,自分も,岩瀬駅からの筑波連山縦走は,11年前に3回に分けて歩きましたヨ。ちなみに,1回目は,今回のルートとほぼ同じで,ただ逆回り&最後はりんりんロード雨引休憩所から歩きで戻りでしたケド。それと残り2回は,真壁休憩所起点で,やはり最後はりんりんロード歩き。1回平均21kmでしたが,最後はコンクリート舗装だからウンザリでした。
ところで,「不動の滝」は,その樋の滝です。大小山の滝コースの滝と同じです。茨城にはロクな滝が無いから,こうして遠出しているワケですヨ(笑)。
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瀑泉さん (たそがれオヤジ)
2019-02-10 18:05:55
瀑泉さん、こんにちは。
今回の歩き、一応の満足で終わりましたが、下り基調とはいえ、長いですね。その意味では、この時季ではなく、山桜なりツツジが咲いている頃に歩いた方が少しは変化もついて良かったかなと思ったりしています。雨引山からの眺めがなかったら、おそらく飽きて、岩瀬駅には向かわずに、雨引観音に下り、バスが来るまで時間つぶしになっていたでしょう。その雨引観音に寄れなかったのがちょっと残念なところなのですが。
雪は、茨城のこんなところでも降っていたのかと意外でしたね。林道の日陰には3センチほどの雪が残っていました。実は、下りで出会ったオバチャンに、この先ずっと雪だと言われて、期待もかなりあったのですよ。それがすぐに終わって、何だ、話が違うじゃないのといった感じでしてね。チェーンスパイクが泥ダンゴになっているのではねぇ。
筑波連山縦走三分割で一回平均21キロ歩きですか。私は、今回も前回も15キロでしたよ。今回はバス利用だったので、短縮はできましたけど、21キロはきついですね。残りの筑波山側区間は、うまく短縮したいところですけど、地元の瀑泉さんですら21キロでは、工夫のしようもないかもしれません。まぁ、追々やらねばと思っていますが、低山をそれだけの距離を歩くのでは、夏場の暑い時期は避けるしかないようで。
「不動の滝」はあの樋の滝ですか。大小山に「滝コース」なんてのがあって、あれが「石尊の滝」かいなと笑っちゃいますけど、不動の滝もなかなか見ごたえのある滝で(笑)。
「茨城県の滝」で検索すると、袋田の滝、月待の滝、横川の下滝、七つ滝というのが出てきますが、そんなものなのですか。袋田の滝はともかくとして、他の滝は豪瀑と呼ぶにはかなり寂しいものがありますね。これ以上悪く言うのは避けておきますが、瀑泉さんのような滝好きな方にはかなり物足りないのがわかりますよ。
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Unknown (ぶなじろう)
2019-02-11 18:41:45
今晩は。
加波山、お疲れ様でした。
岩瀬駅駅まで、今春歩こうと思っていました。本記事を読み終わって、えらく長いコースだなと思いました。チョットビビリカゲンですヨ。雨引観音まで、バスに乗っててですが。
地元の方のブログによると一枚岩滝という滝があるそうです。「花の入り公園」という所から登るらしいのですが、冬場は凍る年もあるそうですヨ。
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ぶなじろうさん (たそがれオヤジ)
2019-02-12 07:27:34
ぶなじろうさん、おはようございます。
花の入り公園からのルートと一枚岩滝、今、ネットで確認いたしました。ふれあい道通しの歩きと違って、なかなか面白みのあり気なコースですね。おそらく、地元の人ならではの渋いコースがこの山塊にはあちこちにあるのでしょう。一応は、筑波山側を終えてから検討してみることにします。ありがとうございます。
今回の歩き、長いとはいえ、文章もまた長いので、さらに長く感じたのではないでしょうか。何もなければ、きわめて単調なコースで、急な坂道のようなものはなく、あくまでもなだらかです。もし、山桜の時季にでも歩かれたら、雨引観音からのルートではいささか物足りなくなるような気がしますが。
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