池やん!まいど!おおきに!ごきげんどぅ!

仕事・今までの人生
このごろ悩みが多くて困ります。
周りの多くの人に救われているのを
実感する今日この頃。

京都人の性根

2010年03月21日 | 言わせてもらいます。
大阪で生まれた私は、18歳の夏に京都へ家族で移り住み始めた。
住み始めてすぐに京都人の性根に触れて、ショックで戸惑いだらけであった。

京都市の北部の西賀茂から、京都駅を利用して大阪市天王寺区までの高校への
通学はさながら毎日が旅行であった。
とうぜん、寄り道も出来ず、時間に追われる生活である。
その年の秋に廃止になるまで、まだ、北大路、東大路、西大路には市電が走っていたし、
西賀茂車庫からは、9番、2番、1番の3系統のバス便だけがあり、
2番にあっては地下鉄工事の道路占有で混雑する烏丸通りを通行するので
京都駅からはたいそう時間がかかっていた。

冷房装置の無い市バスは暑い京都の夏や梅雨時なんぞは悲惨極まりない。

今の現地現状からは昔の風景を考えられないのであるが、
まったくの畑の真ん中に我が帰る家がぽっんとあったという事。
冬、自部屋のアルミサッシの窓が凍り付いて開け閉めが出来なくなったこと。
雪が積もるということ。
家の前が加茂川で水の流れる音が本当にうるさいということ。
近所付き合いの町内会のことが重要なこと。

最悪は・・・・・・・・・・

近所で顔を合わす身内に行動を批判干渉される事がストレスに感じてしまうこと。
これはひどかった。まともじゃなかったな~。
京都人の根性悪。
いまだに上手く流し去る事が出来ないし、私自身も問題でもあるのだが、
未だに慣れる事が出来ないでいる。

独特の京都人毒素《本音は人を持ち上げる尊敬言葉を交わしつつも、見下げている》に
晩年、母親は毒されていたように思う。
夢現(うめうつつ)の中でうわ言は、昔の大阪暮らしの幼い時期の事ばかりで
あったようだ。

実際、私の周りのバカ身内の京都人特有のプライド意識は異常ではなかろうか?
なかろうかではなく、断言できる《異常!》
付き合うにもしんどくて仕方がない。
話す中身は低レベルだし、そのことすら気づいていないことが問題である。
相続税の支払いがロト6の当たりで払えるとかを話題にする事も異常である。
聞きたくもない失敗話や自慢話、身内の話しを良く出す。

世間の常識が彼らの周りでは非常識で
彼らの周りの常識が非常識である事に早く気づかなければいけないのに、
気づいた者は口をつぐむし、言った者は阻害される。

結局は、《古の文化・因習》を売り物にしていて、《今の文化・改変》がない。
と、言うよりは育たない。
反省と改善がない。
問題事の万事が過ぎ去って忘却されればよいという安直な方法を好み、
人のせいにするのも京都人の特色かもしれない。

自己の経験や動態の会話より、傍観的で受動的な会話の方が気持ち良いのかもしれないし
京都人の狭い世間では良く聞かれる。《~が~をしはった。》

この事も私の嫌いな京都人の一面でもある。
受動態が京都人の特徴とアナウンスするバカ京都人が多いのも問題であろう。

何よりも
本当のペテン師、嘘つきが多いのを感じるのも京都である。
だから未だに、京都を信じられないでいる。

書きつくせん!京都人の嫌なところ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。