イエケンと読んで下さい。クルマの車両検査が車検なら、家の検査は家検だろうと勝手に名付けました。スペインではイテエ(ITE)と呼んでいます。「痛てぇ」ではありません、念のため。日本にもある検査制度なのか知りませんが、スペインでは築30年か40年を超える建物に義務付けられる検査のようです。昔は聞かなかったので、スペインがEU(ヨーロッパ連合)に加入してからでしょう。お役所の好きな「ヨーロッパ基準」と言うやつです。それじゃ、400年も超える教会や、アンダルシアでは丘の腹に穴を掘って住んでいる人も多いが、そんな洞窟住居はどうなるんだ、とツッコミを入れたくなります。
マドリードの中心部ではマンション住まいが当たり前ですが、僕の家は都心ではないのでテラスハウスとメゾネットを合わせたようなへそ曲がりタイプです。東京に例えるなら山の手線の輪のちょっと外です。話を分り易くするために、マンションは羊羹を縦に立てたようなカタチなので「縦の羊羹」、ウチみたいなのを「横の羊羹」としましょう。スペインでは前者タイプをピソ(Piso)我が家タイプをチャレ(Chalet)と呼んでいます。それぞれに住人同士でつくる自治会があるのは同じです。その自治会に役所から、家検をして報告書を出すように、とお達しが届きました。わが隣人たちは、建物全体の検査か?「横の羊羹」の我々はどうするんだ、一軒一軒か?
などとすったもんだの挙句、自治会でまとめて検査をして報告書を提出しました。救われたのは役所から検査員が来るのではなく、自治会で検査資格のある建築家に依頼できることです。我々は秘密をもった家の隣人同士なのです。あまりにも正直者は困るので、建築家の人選に時間がかかりました。そのすったもんだは昨年か一昨年の話でした。
そんな出来事も忘れていた先月、何故か、僕の家に役所から罰金の通知が来ました。「提出が遅すぎた。よって罰金を課す」です。冗談はアサッテ言え、です。どうも役所は我々の家を「縦の羊羹」と勘違いして、建物全体の検査なのに何故こんなに時間がかかったのか?です。所詮はお役所仕事です。建物がどういうタイプなんては調べもせずに、提出日に提出されていなかった、ハイ、罰金、です。ふんだくるのを楽しみにしているのが役所です。
僕は役所へ出向くべきか、考えました。我々の「横の羊羹」は23軒が繋がっています。我々の共通の秘密は勝手に増築をしていて、それは違法です。僕の家は玄関を広げたついでにゲストルームを増築しました。役所には花壇を広げる工事と真っ赤な嘘を申請しました。右隣りはパティオを潰して台所を3倍に広げました。左隣りは最上階の上に更に屋根裏部屋を造りました。その隣りは半地下室の下に地下室を掘り下げました。他の隣人たちも似たりよったりの違法増築をしています。アンダルシアの洞窟住まいの人が穴を掘って一部屋を増やすのと似たようなものです。ただアンダルシアの人達と違うのは、我々の建物はレンガ、セメント、鉄筋です。増築には時間と費用がかったので取り壊しも同じように手間暇かかります。
うちもそうですが、隣人たちの増築を見ても、本当に必要だったのか?です。一軒一軒は十分に広いので、正直、気まぐれでしょう。もし役所が一軒一軒を綿密に調べたら、役所に提出してある図面との違いは一目瞭然です。昔から寝ている子は起こすな、と言います。ノコノコと役所へ行くよりも、このまま大人しく罰金を収めるほうが触らぬ神に祟りなしです。
ただ、僕の性分としては、訳の分からぬものに金を払うのは悔しいし、ましてや税金とか罰金のたぐいにはかなり吝嗇です。ワインなんかは値段も見ないで買うのと大違いです。釈然としない事を放っておくのもとても気になるタイプです。意を決し、役所へ出向来ました。役所も日本人が現れるとは思っていなかったようです。僕は良き納税者を装い、自治会の代表者でもないのに、たまたま提出が遅れた非も詫び、腰を低くしました。責任者は罰金額を半分にまけるのは可能だが帳消しはできない、とまで折れました。この40年間スペインで培った、言葉の分からぬ外国人にお慈悲を、が功を奏したようです。後日回答をする、となりました。
そして役所はどうやら我々の家が「横の羊羹」だと気付いたようです。もう一つ厄介なことは、我々の「横の羊羹」は切った羊羹が一つ一つずれたような並び方をしています。つまり、一軒は手前に出ていてその隣は奥へ引っ込んで居るので、グーグルマップで見ると一軒家に見えなくはない。しばらくして隣人それぞれに、半額になった罰金が来てしまいました。僕は「うへぇ~」となり、やっぱり大人しくしているべきでした。オマケに、一軒一軒の検査結果の家の軽傷を修繕した報告書を一軒一軒提出するようになってしまいました。僕はいまだに、役所へ出向いたことを隣人にバラしていません。ヤバイ展開になってしまいました。やっぱり、「痛てぇ」でした。