マドリーの恋人

ヤマダトミオ。 画家。 在スペイン48年。

ドロボー

2018-10-30 16:30:00 | スペイン日記

トマティージョ


 家の周りに空き巣狙いが増えました。「お隣さん2軒が被害にあったわよ」とジョギング帰りのスーパーで隣人のローリーおばさん(Loli / 名前Doloresドローレスのニックネーム)が教えてくれました。ご主人を2年前に亡くしましたが、それから“気ままな老後をエンジョイ”しているのが手に取るように分かるくらい若返りました。


 もう70半ばのローリーですが、しまりやの亭主から解放されたのでジムにも通い始めました。亡くなったご主人は絵にかいたような亭主関白のスペイン人(関白度?は日本人の10倍)でした。他の隣人たちからもローリーはよく尽くすよなぁ、と感心され労われていました。「トミオの三軒隣の、ほら、“フランス人”の家よ、そこから入って、私の隣もやれたのよ」と早口でしゃべりました。管理人に「隣人たちに注意を促す手紙」を届けるように言っておいたから郵便受けを覗いて、ととてもスペイン的親切(余計なお節介が玉にきず)に溢れたローリーおばさんです。


 我々のおしゃべりを聞いたのでしょう、買い物に来ていた見知らぬおばさんが「うちの近所でも先週4軒がドロボーに入られたわよ」と話しに入って来ました。ほんと、ここスペインではどこででも知らない人が他人の会話に“当たり前顔”で入ります。まぁ、“とてもオープンな日本的井戸端会議”と受けと取って頂ければ話がはやいです。夏の夜は窓も戸もオープン、戸締りもいい加減になるので空き巣狙いは増えます。でも、おばさん達の話によると、秋になってから我々の住んでいるバリオ(barrio / 地区)だけが被害に遭っているようです。


 そうそう、隣人の“フランス人”とは、旦那さんはスペイン人で奥さんがフランス人の夫婦の家のことで、近所のフランス学校に通ってる小学生の女の子が二人います。その家ではフランス語が家族の共通語なので“フランス人”なのです。引っ越してきて3年か4年です。そこの猫はうちにも遊びに来ますが、ニャ~はスペイン語です(笑)。

妖怪展の絵巻


 その隣の家にも空き巣狙いは“ついでに”入った訳ですが、この夏に引っ越してきたばかりです。先月やっとリニューアル工事が終わったばかりです。赤ちゃんを抱えた若い夫婦ですが、引っ越し早々災難なことです。僕の家もドロボーに入られましたが、もう10年か20年も前の話で、ヴァカンスでひと月も家を空けていました。今回僕が驚いたのは空き巣狙いが“土曜日の昼間”だったからです。人通りが絶えた夜中なら、「ありえる」ですが、真昼間です。なぜ?家に誰も居ないのが分かったのでしょうか?家族の日常生活を窺っていたとしか思えません。


 うちの前には道路を隔てて修道院があります。そこでは毎日昼食の時間前に恵まれない人々のためにボカディージョ(bocadillo/スペイン版サンドイッチ)を配ります。配る時間は11時半からの30分間、多くても1時間です。その時は人が集まりますが、バラバラに来て、10人、多くても20人くらいです。その中にドロボーが混じって様子を窺っていたのでしょうか?


 配るのは、その修道院の勝手口で、空き巣狙いに入られた隣人宅はその前です。貰いに来るのはスペイン人よりも外国人が多く、特にルーマニア人が言葉で目立ちます。被害に遭った隣人宅前ではプラタナスの木が日陰をつくるので、配られる時間まで彼らがたむろしています。さて、僕が住んでるのは“チャレッ・アドサド(chalet adosado/庭付きの一戸建ての棟続き)”と呼ばれる家が繋がったタイプの住宅です。日本で言う、テラスハウスでしょうか?それが22軒繋がっています。


 昔は、我々のチャレッとその修道院(ここの造るジャムは美味しい!修道院の中には果樹園もあります)があるだけで、通りは行き止りでその先は野原でした。5月には真っ赤なポピーが咲き乱れ、それに白や紫の黄色の野花も混じるので、ルノアールの絵のような野原でした。遊びに来たスペイン人は「都心近くにもこんな自然に囲まれたところがまだあるんだぁ」と田舎を訪れたような口ぶりでした。通りに入ってくる車は顔見知りの隣人たちので、市のゴミ回収車はお尻から入ってきていました。それでも回収作業ができてしまう、その程度の長さの道路でした。私道もあるので法規通りに頭から突っ込んできても車の方向転換はできますが、車の通行がないのでそのほうが楽ちんだったのでしょう。だから通行人も隣人とモンハ(monja / 修道女。修道院は女子修道院です)だけでした。

妖怪展 スペイン人も来ていました


 それが20年前だったか、野原にブルドーザーが入るようになって碁盤の目ように整地されました。そこに10年前から雨後の筍のようにチャレッが建ち並び、大住宅街に変貌しました。すべて建て売りの屋根裏部屋付きの三階建て造りで、地下はガレージのタイプです。コンパクトだけど使い勝手の易い21世紀タイプのチャレッが“ずら、ずらずらぁ~”と並びました。外見は田園風、ローマ風、北欧風、等とバラエティーに富み、どれもこれもとてもオシャレです。我が家のように古いタイプのチャレッは肩身が狭くなりました。


 一階の上は三階で二階はその中間の横に張り出した、ひと昔前のタイプです。外から見ると二階は空中に浮いているような造りです。敷地は“オシャレなチャレッ”の2倍です。お蔭で階段は緩やかだけど無駄なスペースが目立ちます。それを“ゆったり間取り”と受け入れるのか、“もったいない”と取るのか、を微妙に迷う中途半端な広さの家です。暖房や照明の消費を考えると、機能性、合理性は凄く劣ります。


 そのオシャレなチャレッが並ぶニュータウンは碁盤の目の中心だけにマンションが数軒建ち、その1階に僕が毎日行くスーパーが開きました。メリットは生まれました。うちの前の通りも20倍くらいに伸びました。番地も40番止まりだったのが3倍の120番地まで増えました。でも住宅街の性格は残ったままで通行人は少し増えた程度で、通る車の数も少し増えた程度でデメリットと言うほどではありません。ゴミ回収車も大きな顔して“法規通り”に走るようになりました。それも三台、三種類のゴミ回収車です。チャレッ用のゴミ箱は生ごみ用とプラスチック用のゴミ箱の他に“庭の落ち葉用”が増えて、三分別となったからです。面倒な仕分けになりました。


 このような環境なので、土曜日だけではなく平日の真昼間も人通りはなく静かな住宅街なのです。それと、我々の22軒は家の奥にある共有の庭でも繋がっているので、通り側の玄関から家宅侵入されたら隣へは庭側から侵入は簡単です。とくに夏は庭側のテラスの戸をほとんどの隣人が開けっ放しです。日本人の僕は“日本の安全”が抜けないのか、マドリードでも戸締りはいい加減です。東京は知りませんが、僕の住んでいた地方では戸に鍵はかけるけど「一応閉めました」程度の戸締りでした。


 マドリードでも門は閉めますが、昼間はカギもかけません。夜の戸締りの時に門も玄関も窓もカギをかけます。警備会社のセキュリティは取り付けていません。隣人たちはちゃんと設置して入り口にデカデカと警備会社のワッペンを張っています、神社の厄払いのお守り札のように。僕の家だけ張ってないので、警備会社のセールスマンが勧誘に来ます。(加入すれば)家の保険代も安くなりますよ、一年間はサービス料金ですよ、安心を考えたらタダみたいなものですよ、等々と、でも一切断ります。なぜか?


 この手の仕事は-警備(モニターをじ~と睨む)とか、ネジをしっかりと締めるとか、遅刻しないで毎日出社するとか―単純だけど基本的に重要なことを責任もって務めることです。まず、スペイン人には向いていない、が僕の50年間近くなるスペイン生活から得た感じです。もちろん、中には例外的なスペイン人はいますが、仕事は適当にやっておいてワイン片手にワイワイやる輩が多いのです。僕はそんなスペイン人が大好きなので友達としては最高です。でも警備は任せられません。

安倍首相とフェリペ国王


 今回の空き巣狙いにあった隣人宅にもセキュリティシステムが設置されていました。セキュリティが正常に作動してドロボーは慌てて退散したのなら分かります。でも、その隣の家にも入って荒らす時間的余裕があったのは、作動しなかったか解除されてしまったのです。最近多いのは東欧の窃盗/泥棒/空き巣狙いグループです。ほとんどが民兵くずれです。銃の扱いや扉の破壊などにはプロです。だから彼らにはセキュリティ解除は赤子の手をひねるようなものです。うちの玄関の扉は木製ですが厚い鉄板がサンドイッチになっています。扉枠も金属でカギはコピー不可能のアナログタイプです。


 でもプロは簡単に開けるでしょう。すべての窓、一階も二階も三階も、鉄格子が入っています。でもプロは鉄格子も簡単に壊すでしょう。狙われたらお手上げです。彼ら、東欧の泥棒団は祖国の家族の為にクリスマスプレゼントが欲しいので、スペインへ出稼ぎに来ています。12月になったら皆でポーランドとかルーマニアとかセルビアへ盗品を担いで引き上げて行くでしょう。彼ら、空き巣狙いが大繁盛するのは夏のヴァカンスシーズンです。


 何回も入られているマドリードの都心マンションに住んでいるお爺さんの空き巣狙い対策が傑作です。ヴァカンスを地中海のリゾートで過ごすのが生きがいなので、8月はマドリードの家を空けます。お爺さんお婆さんはマンションの居間に手紙とお金を置いて出かけます。「金目のものはもうありません。どうぞこのお金で勘弁してください。扉は閉めて帰って下さい」とカギをかけないそうです。警備会社への年間費用と居間のお金が大差ないなら、いい手かもしれませんね。ただ、空き巣狙いが手紙を読めるスペイン人だといいのですが、ヤレヤレ、です。


 話は変わりますが、日本の妖怪展があったので観て来ました。江戸時代でしょうか? 妖怪の話を描いた絵巻物がメインでした。“日本のもの”に興味があるのか? かなりのスペイン人たちが見に来ていました。そうそう、安倍首相がマドリードに立ち寄りました。新聞にちょこっと載った程度で、ニュースにはなりませんでした。ちょっと寂しかったです。


 再び、スペインの話にもどりますが、この1028日にヨーロッパは冬時間に換わりました。ヨーロッパの国々が一斉に時間を変えるのはこれが最後です。スペインはこの冬時間を“固定”スペイン時間にするのか、さらにもう一時間遅らせるのか、あるいは夏時間にするのかは来年の春までに決めます。まぁ、アスタ・マニャ~ナ(Hasta mañana / 明日まで)です。現在適用しているスペイン時間は中央ヨーロッパ時間です。本来はロンドン・リスボン時間(冬時間をもう1時間遅らせる)がスペイン人には“自然な”スペイン時間です。この冬の間は、日本との時間差は8時間です。

赤いトマティージョを剥いて割りました


 最後になりましたが、冒頭の写真です。椀に入った赤いのはエクアドルのトマティージョ(tomatillo / エクアドルのトマト)をハンドミキサーで砕いたものです。ドロ~としていますがトマトではありません。もう一枚の写真のように赤いトマトのような姿ですが、皮をむくと桃に似ています。割るとパパイヤみたいですがパパイヤの香りも甘味もなくトマトの酸味がする、不思議な果物?野菜?です。種から赤色が出るので砕くと全体が真っ赤に染まります。


 これをエクアドルの人はミルクに混ぜて飲みます。とても健康的な飲み物のようです。僕はヨーグルトに混ぜました。ヨーグルトがギリシャヨーグルトのような“さっぱり酸味”になりました。面白半分で、ヴァージンオリーブオイルで溶いたトマティージョを焼いた牛肉にかけてみました。肉の味は変わりませんが肉汁が“すっきり”しました。ヴァカンス帰りのエクアドル人から貰ったのでマドリードにはありません。

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ナンバーワンになったら・・・

2018-08-24 11:30:00 | スペイン日記

マドリードで育てた枝豆

 昼間の40度から“30度ちょっと”まで気温が下がったマドリードです。ほっと、一息つきました。夜が20度以下になったので眠れます。明け方は“涼しい”と丸出しの腹にシーツをかけるほどです。8月の中旬過ぎはさわやかな毎日の始まりですが、ヴァカンスを終えた隣人たちも続々と帰って来ました。まわりがにぎやかになりました。彼らを迎えてイワシのバーベキュウをしました。僕は“マドリードの居残り組”なのでヴァカンス話しを聞いてあげるホスト役で夫婦二組を招きました。一組はアイスランドで過ごし、もう一組はマジョルカ島で過ごしました。40度を超えたマドリードに居たのは僕一人でした。クソ!


 さて、その時の話はあとでしますが、冒頭の写真は枝豆です。日本では当たり前の枝豆ですが、これはマドリードの枝豆です。日本へよく遊びに行くスペイン人の友達は夏の東京ではビールです。そのタパスの枝豆が気に入って、種を持ち帰って栽培をしました。彼は種を苗にするための“定温維持発芽カプセル”を持っています。まぁ、ヨーグルト・メーカーみたいなものですね。で、ヴァカンスから戻ったら写真のように葉は黄色く、パサパサの枝豆になってしまいました。ガッカリの彼を励ますために、枝から切り取った豆を一晩水に漬け、ゆでました。ちゃんとビールの友の枝豆になりました。


 その枝豆にハモン・デ・イベリコやチーズなどもつまみに加えて、バーベキュウディナーをしました。イワシはパエジャ鍋に塩を厚く敷いて焼きました。匂いもでず塩梅よく塩味がつきます。残り火でブラジルの“シュラスコ”を焼きました。骨付き牛肉です。それに“クスクスサラダ”も添えたので満腹になりました。ワインはガリシア産の白ワイン・アルバリーニョを6本も空けました。二組の夫婦+僕の5人だったので一人が一本以上あけた勘定です。

涼しくなった夜のマドリード

 マジョルカへ行った夫婦の話です。「透き通る海はいつ行ってもキレイ。だけど、あまりにもドイツ人だらけだった。自分の国にいた気がしなかった」。笑い話ではありませんが、この夏、スペインの地中海の大リゾート・ベニドゥム(Benidorm)でヴァカンスを過ごしたイギリス人夫婦の話です。夫婦は帰国後に「あまりにもスペイン人が多かった」と旅行会社にクレームをつけました。剣幕に負けた旅行会社は半額を返してことを収めました。だから、イギリス人は嫌われます。彼らが“スペインの地中海でのんびりと年金生活”を夢見るのはわかりますが、ロンドンへ旅行に行った日本人が「イギリス人が多い」とクレームをつけるでしょうか?


 我々はまだ常識をわきまえています。とは言え、“地中海の宝石”と言われるマジョルカ島やイビサ島はドイツ人に、温暖な地中海リゾートはイギリス人に乗っ取られた!とメディアが囃し立ててすでに10年以上はたちます。今、深刻な問題はマジョルカやイビサの“賃貸マンション不足”です。治安上に必要な警察官、病院に必要な医者や看護婦を本土(イベリア半島)から派遣しますが、彼ら彼女らの住む場所が確保できないのです。見つかっても天井知らずの家賃なので、給料では払えません。外国人観光客がここまで増えてしまうと島では市民の生活にも問題が出てきます。

ゆでた枝豆もつまみに

 イタリアのヴェネチア市民が自分たちの日常生活に支障が出てきたので観光客の締め出しを始めました。“ヴァカンス大国スペイン”もいずれはそうなるので、解決策は“量から質”への方向転換です。まだヴァカンスは終わってないので観光局のデータは出ていませんが、現場のホテルやレストランの報告では、ドイツ人やイギリス人観光客が僅かながら減ったようです。その穴埋めに北欧人が増えましたが、2017年の観光客数を下回るようです。


 昨年はテロ事件や政情不安定で、地中海のチュニジア、トルコ、エジプトを予定していた観光客がスペインへ流れ込みました。ホテルはパンク寸前でした。しかし観光客数のコントロールを始めても、EU国民はフリーパス、スペイン語圏の中南米人もほぼフリーパスなので、しわ寄せはアジア人観光客にくるのではないでしょうか? “トマト祭り”で真っ赤に染まるのは無理になるかもしれませんよ、我々日本人には。観光客ではありませんが、毎日何百人ものアフリカ人がスペインに不正入国します。もう、難民ではありません。出産や治療目当てで来るんじゃないのか?と疑ってしまうほど、旅行会社“マフィア”が送り込んできます。

イワシをパエジャ鍋で焼きました

 アイスランドでヴァカンスを過ごした夫婦の「白夜で眠れなかったうえ、寒かった」にスペインに居た僕らは「当たり前だよ、目の前は北極だよ」と嫉妬交じりの非難を浴びせました。でも景観は写真以上に素晴らしく、その自然に乗っ取った生活を全うしているアイスランド人とその政府の方針に感心をしていました。ひとつ観光を取り上げただけでもその国がポリシーをもっているのは勉強になります。


 ヴァカンスの話で盛り上がったあと、デザートのメロンを食べながら、会話は自然に世界にはいろんな国と政府があるよね~、となりました。ギリシャの借金地獄、ヴェネズエラの無能・マドゥロ大統領、北朝鮮のロケットマン、アメリカのトランプ大統領もひどいよな、でした。ワインでほろ酔い気分の我々の結論は、アメリカは全てにおいてナンバーワン。そのような国が与える世界的影響は計り知れないので、アメリカ大統領は世界中の人の選挙で決めるべし、となりました。ウァハハハァ~。世界ナンバーワンになった国の大統領(首相)はその国の人が立候補するが、投票は世界中の国民がする! こうなると、ロシアや中国はナンバーワンになるのをやめるでしょう。うひぃいい~。酔いました。

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真夏のマドリードで

2018-07-26 12:30:00 | スペイン日記

残りもので作った一品です

 

 マドリードも35度を超える毎日です。上の写真の話はあとでしますが、今、ワインを買いだめしています。スペイン内閣が社会労働党になったので、庶民にできるインフレ対策です。7月は夏ボーナスの時期なので、スペイン中のブティックがバーゲン中です。食料品もつられてバーゲン中です。近所の食料品スーパーのチラシにも“ディスカウント”が増えるので、毎日目を通して“ひと昔の主婦”をやってます(“ネットで注文して宅配”が当たり前になったのでチラシは減りました。ちなみにマドリードのスーパーは50ユーロ(6000円)以上の買い物なら宅配をしてくれます)。


 僕が毎日“水代わり”に一本空にするワインは4ユーロ(500円)です。東京のスーパーで同じワインを1800円で売ってましたが、栓はコルクではなくスクリュウー栓でした。そのクラスのワインは若いので、その年の収穫ブドウの味を楽しんでおまけにフルーティーな香りも楽しめれば十分なので買いだめはしません。手土産クラスのワインを買いだめしています。スペインでは食事に招待されたときの手土産はワインがポピュラーです。その次が前菜の生ハムか食後のデザートです。花も喜ばれます。なので、友達に食事に招待されたら僕もワインを持っていきます。友達の好みに合わせてリオハ(Rioja /スペインで最もポピュラー)かリベラ(Ribera de Duero/リベラ・デ・ドュエロ)の赤にします。食事のメニューが事前に分かっていて、白が合うならアルバリィニョオ(Albariño)かチャコリ(Txakoli)を持っていきます。


 招待客の中にスペイン人以外もいたらルエダ(Rueda)にします。前の二つは癖がありますが、ルエダはポピュラーな白です。バーベキューならビール代わりになるロゼですが、ロゼはスペインではロサード(Rosado /ピンクワイン)と呼ばれます。そして「ロゼと言えばナバーラ(Navarra/ スペイン北東に位置するバスク州とアラゴン州に挟まれた州。州都パンプローナは牛追い祭りで有名)のロサード」でアルコール度はビールのダブルモルツ程度です。ロゼはひと昔「おんなこどもの飲み物」と比喩されていたので“軽い”のが自慢でした。それがそれなりに良い特徴なので良く冷やして夏に飲むには最適です。ところが最近はアルコール度の高いロゼが主流なので、グラスに氷を入れて僕は飲んでます。大人数で和気あいあいに飲むときに中にはアルコールに弱い人もいるので、その時にはピッタリです。

ワインは地下室で寝てます

 話は長くなりましたが、この“手土産クラス”のワインの買いだめを僕はしているわけです。社会労働党政権のトラウマ(前ブログ)ですが、値段は30ユーロ以上のワイン(日本的感覚で5000円クラスのワイン)にしています。このクラスのワインは「3本買って2本の値段」バーゲンが多いです。単純に3本×30ユーロ=90ユーロ(1万円ちょっと)が60ユーロになります。手土産に2本持っていけます。すでに、10本以上をストックしました。ところで、ワインを買いだめしても貯蔵がネックではないでしょうか? 僕の場合は幸いアトリエが半地下なので年間を通して温度差が地上よりも少ないので貯蔵ができます。でも、マンション住まいの友達や東京の友達は部屋にクーラーがあるとはいえ、ワインの貯蔵に適しているとは言えません。


 マドリードにもワイン貯蔵サービスはありますが、あくまでも高級ワイン用です。バーゲンワインを預けたら、預かり賃だけでバーゲン買いした意味がなくなります。マンション住まいの友達ホセ君は一日分の新聞紙で一本を包んで冷蔵庫の一番上に寝かしています。やはり友達のフェルナンド君はミニワインクーラーをトイレに置きました。他に置くスペースがなかったのですが、スペインはトイレと浴室は一緒なので壁は台所のように天井までがタイル張りです。寝室に置くよりはましなので、トイレに行くついでに一本持ってきます。


 彼らから比べたら僕はワインの貯蔵に関しては恵まれています。が、誰も僕にワインを“預かってくれ”とは頼んできません。よっぽど信用がないのでしょう。すでに30年間寝かせてあるワインもあります。僕がスペインの地を踏んだのが1970年です。その年を記念して買っておいたリオハワインを2000年に21世紀を記念して開けました。香りも味も当時のままでした。懐かしいワインの香りに釣られてその時のスペインの土地の匂いも蘇りました。


 歳月と言うのか、自分と流れたスペイン時間を「ある時、ふと、一人で、味わう時の友」には寝かしておいたスペインワインがピッタリではないでしょうか・・。それも自分でその時のためにと寝かしておいたワインなら、ここまで一緒に生きてきた同胞感がして、身に浸み込む度合いが濃くなります。おまけに、子供の頃の写真が黄ばむようにワインラベルも古ぼけて、時代遅れとなったそのデザインにも思わず涙がにじみます。ワインを寝かす魅力は、自分の歳月に耐えて添ってくれて、その上に美味しくなってくれる。それの栓をあければ“その時代”を醸し出してくれる、手品師だからではないでしょうか。

カサド氏

 話は変わります。前回のブログに書いたように政権が交代したので、野党に下った国民党(ペーペー/ 保守系)に党選挙がありました。ラホイ前首相に替わり、新党首には37歳のカサド(Casado)氏が選ばれ、次期首相候補です。これで、スペインの四大政党の党首は30代、40代の若手党首(男)となりました。次回の総選挙では彼らの中からスペイン首相が出ます。このようにEU国の首相は若くなりました。ひと昔は自国内を動いていれば用は足りましたが、サミットが増えたのでヨーロッパ内を駆けずり回るフットワークの軽さも21世紀の首相には必要となりました。ロシアのハッカーが怖いので、ネット会議が減ってしまったのも原因かも知れません。


 話は庶民レベルに戻りますが、7月下旬に入ったら家の周りが驚くほどに静かになりました。朝食を食べていても開け放った窓から隣人の声が入って来ません。都心から離れているとは言え“森の中の静寂”みたいです。皆、ヴァカンスに出かけてしまいました。お陰様で8月下旬までは“マドリード酷暑”さえ耐えれば“落ち着いたマドリード”を味わえます。問題は“ドロボー”とバルやスーパーのヴァカンス休みです。でも、戸締りを怠らず、ネット注文は大手スーパーで、そして家呑み、これでどうにか過ごせます。でも、残り物が増えるのもこの時期で、冒頭の写真の話になります。


 皿の中心はチャーハン風ですが、残りご飯をニンニクとネギを加えてひまわり油で炒めました。味つけは塩だけです。ニンニクはスペイン人の友達が自家栽培したのを貰って、家のサンルームで干しました。このニンニクは熱が入ると上手に油を吸い“ほこっ”とします。あのニンニク臭さはありません。その上に載っているのは麩です。周りは切り干し大根です。マドリードへあそびに来た日本の友人から自家製の切り干し大根を貰いました。その人の田舎では大根を太目に切って干します。戻し時間が長いのと水がかなり茶色くなるのでマメに替えるが手間と言えば手間です。


 それが戻ったら適当なサイズに切り、香りの強くないタイプのオリーブオイルで炒めました。このオリーブオイルはギリシャから遊び来た友達のオリーブ畑で収穫したオリーブを家族で絞った“優しいヴァージンオイル”です。麩は戻した車麩を四等分にして焼き目を付けました。これは日本から持ってきました。潰れると元も子もないので箱に入れたら、本来は軽さが売り物の麩がカップ酒の重さになってしまいました。

牛肉の煮こごりをたっぷりと吸いました(上:太い切り干し大根、下:車麩)

 炒めたこれらを、スペインではファルダ(falda)と呼ぶ牛の腹肉を醤油とダシ汁と砂糖で煮込んだ時に余った“煮こごり”と一緒に煮つめました。これもファルダを食べた残り物ですが、残っていた小さいファルダも切って混ぜました。忘れずにトウガラシも入れました。“太”切り干し大根は口に入れると、周りは“カリッ”ですが中は“ほぁ”です。鼻から抜ける香りは大根です。麩にはたっぷりと牛の脂が浸み込んで、スキヤキみたいでした。


 ヴァカンスで友達が居なくなると困るのは食べ物が残ってしまうことです。この残りもので作った一品も残ってしまいました。翌日の昼には麩の煮込みだけでビールを二缶開けてしまいました。晩は夏のワイン:ティント・デ・ヴェラノ(Tinto de verano)で切り干し大根をつまみました。静かなマドリードの夜ですが、25度ではまだ眠れません。

ティント・デ・ヴェラノ

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雷雨のスペイン:野心家ペドロ・サンチェスと人種差別のキム・トラ

2018-06-11 13:00:00 | スペイン日記

ラホイ前首相

 

 

 たった3日間でスペインの政権が交替をしました。右派の国民党政府から左派の社会労働党政府に替わりました。6年半かけてスペイン経済を立て直した国民党(ペーペー/ PP)のラホイ首相(Rajoy)に社会労働党(ペーセオ/ PSOE)のペドロ・サンチェス書記長(Pedro Sánchez)が内閣不信任案を国会に出したので、ラホイ首相は「はい、そうですか」と辞めました。と書いても不思議でない、あれよあれよ、という展開でした。その裏には計り知れない政党間の駆け引きがあったのでしょうが、表面しかわからない我々庶民にはそう映りました。


 不信任案が出された原因は国民党の汚職事件です。「グルテル事件(caso Gürtel)」と呼ばれる汚職事件の判決が先月5月に出て、有罪でした。この時とばかりに社会労働党が内閣不信任案を出した訳です。不信任案が国会で可決されたのはバスク民族党(PNV/スペイン北東)の寝返りが決め手でした。その前に国民党の2018年国家予算案の下院の通過を助けたのがバスク民族党で、その見返りに特別予算(バスク新幹線の開通資金)を得ました。ラホイ首相が「わが同志バスク民族党、有り難う」と喜んだ、その一週間後に国民党を裏切って社会党の出した不信任案に賛成票を入れました。国会はタヌキとキツネの化かし合い、とよく言われますがその通りでした。社会労働党も似たような事件で訴訟をおこされています。その判決(有罪は確実)が出た時には反撃を食らうでしょう。


 歴史を積んでいる政党は傷を抱えています。うちはクリーンだ、と威張れるのは(今のところは・・)、スペインではシウダダノス党(Ciudadanos)やポデモス党(Podemos)などの歴史の浅い政党です。全国規模では少数派ですが、あまたある民族党も傷を抱えています。今回も「棚から牡丹餅」で政権を取った社会労働党ですが、前回もそうでした。スペイン経済を強くした国民党のアスナル首相の続投は確実視されていたのが2004年総選挙でした。その選挙運動期間中に起きたイスラム原理主義派の「マドリード爆破テロ」にショックを受けた国民は国民党をひっくり返してしまいました(イラク戦争に参戦をしたアスナルへの報復テロでした)。社会労働党のサパテロ書記長が首相になりましたが“棚ぼた”ではまだ用意ができていませんでした。サパテロ政権は迷路を歩み、住宅バブルを生んでスペイン経済はクラッシュしました。史上最大の出業者が出て、国民党のラホイ政府になりました。

 今回はテロではありませんが、自分の政策失敗ではなく党の失態で失脚をしたのがラホイ首相です。彼はガジェゴ(Gallego/ガリシア人/スペイン北西)ですがその血のせいか、仕事には熱心ですが口下手です。演説では、ステーキを噛みながらしゃべるな、とからかわれていました。不得意な演説は下書きを読んでいました。ラホイ首相はスペイン経済立て直しでは合格点ですが、政治一般では及第点にすれすれでした。その経済一辺倒政策のすきを突いたのがカタルーニャ民族党による独立運動でした。

サンチェス首相の新内閣

 さてペドロ・サンチェス新首相ですが、彼は社会労働党の歴代首相のように演説が上手です。それにグアポ(guapo/色男)です。社会労働党は党員の半数以上が女性なので、書記長はある程度の男前ではないとなれません。政治的能力よりも見た目です。先のサパテロ首相にも女性ファンが多く、内閣の半数以上が女性大臣でした。彼女らは就任早々シャネルやルイヴィトンのドレスをまとってボーグの表紙を飾りました。税金を派手に使い国庫は空にしたサパテロにつられた国民も、バブルで踊りまくり貯金を空にしました。ド~ンと借金が残りました。先に書いたように、これではいけない、と質素をモットーとする国民党に替わった訳です。この50年近くのスペイン生活で社会党では必ずインフレになるのを学びました。僕はその対策の一つとしてワインの買い込みを始めました(笑)。

キム・トラ・カタルーニャ州首長

 さて、もう一人の“時の人”はキム・トラ(Quim Torra)です。カタラン人(catalán /カタルーニャ人)以外は劣った民族だ、とナチのような人種差別をするのがキム・トラで、彼がカタルーニャ州首長になりました。絵にかいたような極右翼です。カタルーニャ州が独立したらスペイン人も含めた外国人を追放するつもりです。「スペイン中央政府からいじめられているカタルーニャ州」を演じていたのがカタルーニャ独立派で占められたカタルーニャ州議会です。でも、挑発に乗らず正攻法で攻めてくる中央政府に苛立ってとうとう本性をあらわしました。ヨーロッパ連合レベルでみると、極右翼のカタルーニャ州独立問題に油を注ぐのがベルギーの右翼やドイツの旧ナチです。


 やっと組閣にこぎつけたイタリア新政府ですが、力を持つのは右翼です。まるでガラスの皿に入った小さなヒビが拡がるみたいです。それは欧州議会の非効率に嫌気がさした「イギリスの脱会」のように、いずれかヨーロッパ連合の分解危機を生みます。それでなくてもスペイン、イタリア、ギリシャの地中海国とドイツやオランダの北の国とでは「共同体」の認識に温度差があるので、イギリス抜きのヨーロッパ連合の世界的イメージは旧ドイツ帝国になりかねません。


雷雨の菜の花の野原

 再びスペインのことですが、社会党に国会を乗っ取られてまだ一週間もたちませんが、国民党の反撃が始まりました。下院を可決した自らの予算案を上院(過半数以上が国民党)で否決にして再び下院へ戻すつもりです。そこでバスク民族党へ与えた特別予算を切り取ります。復讐です。スペイン男の恨みは女性の恨みよりも怖いです。正直、6月は、このブログのタイトルのように毎日が雷雨で、気温が下がります。「540日(610日のこと)まで衣替えはするな」はスペインの諺ですが、国会は衣替えをしてしまいました。

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10年遅れて光ファイバー

2018-04-19 10:00:00 | スペイン日記

フェリア

 ことの始まりは3月の半ばの平日でした。ルーターに異常を知らせる赤ランプが点きました。固定電話も不通です。携帯でモービィスタ-電話局に電話をしました。音声ガイドに従って固定電話番号を入力すると「お客様の地区は電話回線の復旧工事中です。復旧しましたら連絡をします。ご迷惑をお詫びします」と、これも音声ガイドで答えてきました。  表に出ると、家の前の歩道にある数軒先のマンフォールから黄色い梯子の先が顔を出していました。近づいて、作業服のおっさんに「モービィスタ-の人?」と聞くと、「そうだよ」でした。「どうしたの?」「雨で電話線が水浸し。水をくみ上げて、修理中です」「どのくらいかかるの?」「今日中は無理。早くて明日中、まぁ、明後日だね」。つまり、明後日は週末なので、4~5日間はネット難民です。


 隣人のホセさんに「ネット、繋がってる?」と聞きました。「繋がってるよ」の返事に僕は「え~?」となりました。再び、マンフォールへ行っておっさんに聞きました。「光ファイバーは大丈夫なの?」「お宅は銅線?」「そう」「銅線は水に弱いけど、ファイバーは大丈夫」。ガ~ン。近所でまだ光ファイバーにしていないのは僕だけでした。でも金曜日の夕暮れ時に復旧して土曜日にテクニコ(técnico/ 修理人)が家に来ました。


 名前はホセさんですが、彼が回線を調べても電話が繋がりません。マンフォールから出た電話線はやはり歩道にある配電盤に行きます。その配電盤から各家庭の門にある電話線ボックスを通って家に入ります。そのルートの“我が家の銅線”には故障はありません。どうやら、復旧工事後の接続間違いなのか、我が家の銅線に我が家の電話番号が乗ってない(?)ようです。「こんな復旧工事をした奴は誰だ!」とブツブツ言いながらホセが中央センターへ接続の確認へ行きました。再び戻ってきて配電盤に電話番号を入れてやっと電話は復旧しました。


 行ったり来たりのホセは「だからマドリードは嫌なんだ」とぼやきます。訳を聞くと、かれは長い間カナリア諸島(Islas Canarias /モロッコの大西洋側にあるスペイン領)のランサロテ島(Lanzarote)の勤務でしたが、最近マドリードへ転勤になりました。「あっちはおおらかで時間に追われないし、いつも暖かい。マドリードはせかせかしすぎだよ」と、今すぐにでもランサロテ島に飛んで帰りそうでした。僕が「(銅線を)光ファイバーにするよ」と言うと、彼がモービィスタ-に電話をしてくれました。彼に2ユーロ(250円)のチップを渡しました。


 僕の固定電話はスペインのモービィスタ-電話会社(Movistar)、ネットはフランスのオレンジ電話会社(Orange)、携帯はイギリスのボーダホン電話会社(Vodafone)です。なぜこのようにバラバラなったのかは忘れましたが、自分の胸に手を当ててみるときっと景品付きの甘い勧誘に釣られたのです。この際、モービィスタ-の光ファイバーにしてネットもスマホも同社にまとめることにしました。

光ファイバー用の溶接機

 モービィスタ-が「固定電話無料+ネット50メガ+スマホ2ギガで月60ユーロ(7500円)のお得なセットはいかがですか?」と勧めるで、すぐに釣られて電話で契約をしました。僕は昼の定食もセットメニューを選ぶ性格なので引っかかり易いのです。「電話番号は今までのままで」と注文を付けると、モービィスタ-で電話会社の乗り換えはしますが「その後の解約はお客様でして下さい」だった。結果的にはこれが失敗で数日が無駄になった。


 即解約にして新電話番号が最短でした。携帯は「新しいSIMカードを翌日の午後以降に最寄りのモービィスタ-・ショップで受け取って下さい。明後日から使えます」だった。ファイバーは「雨で工事が遅れているので早くて2日以内、遅くても一週間以内」だった。ところがここはスペイン、ことがスムーズには運んだら奇跡です。新しいSIMカードを今まで使っていたサムスンのガラケーにセットして、シークレット番号も入れました。ところが“携帯回線ブロック解除ナンバーを入力せよ”と出ました。初めて耳にする“解除ナンバー”ですが、携帯が使えないとお手上げです。


 翌日再びショップへ行くと「以前がボーダホンだったので、そこで解除してください」と言われ、近くのボーダホン・ショップへ行くと「あ~、それは“解除屋”でやって下さい」とたらいまわしにされました。“解除屋??”なんだぁ?それは? リベラァル・モビル(liberar movil / 直訳すると“携帯の解放”です)と言う仕事があるのを初めて知りました。大通りに胡散臭そうなデジタル商品ショップがあったので、そこで聞くと裏通りにある“解除屋”を教えてくれました。時間は昼休みの閉店まで1時間もありません。


 早足で探して行った“解除屋”は怪しげな小さい店でした。ショーウインドーに並んでるのは中古のスマホで壁にはパソコンの部品やスマホのアクセサリーがぶら下がってます。どうみても堅気の仕事人には見えない先客と話しながら店の人がすぐに解除してくれました。携帯が繋がるのを確認して8ユーロ(千円)でした。その“解除人”は30代の中南米人でしたが、盗品のスマホも解除するでしょう。スマホ用の格安バッテリーもあり、ノートパソコンも修理するので、いい店を見つけました。


 僕はボーダホンと別のスマホも契約してます。もっぱら“ナビ”と“あまり友達になりたくない人”用に使ってます。持ち歩きは小さいガラケーだけです。これもきっとボーダホンの契約持続キャンペーンのプレゼントだったと思いますが、10年以上も使ってます。でも今回の事でキャリア提供の端末は乗り換えると新品を買わせるように、同業者内での取り決めがあるのが分かりました。

ロセタ

 携帯のほうが一段落したと思ったら今度はネットです。「オレンジ社からの乗り換えをしてますが、いったんモービィスターの銅線用ルーターをセットして貰ってから乗り換えを終えます。その後に光ファイバー用のルーターに取り替えが可能になります。2日以内に銅線用ルーターを宅配します」と連絡を受けました。届いたルーターを接続してもネットは繋がらず固定電話も再び不通です。


 またモービィスターに電話をすると翌日に他のテクニコが来ました。今度はアルフォンソさんです。点検後再び中央センターへ行き、繋がりました。チップに2ユーロ渡しました。その数日後、やっとファイバーを敷くテクニコが来ました。今度は30歳前の若いアレックスさんでした。歩道にある大型配電盤からファイバーケーブルを我が家へ敷きますが、間にある2軒の隣人宅の電話線ボックスを通さなければなりません。門の内側にあるので、隣人宅に入れさせてもらい我が家の門のボックスまでに届くのに2時間かかりました。


 ボックスとボックスの間は地中のパイプにケーブルを潜らすので、沈んだり浮かんだりの繰り返しです。ここからポーチと呼ばれる前庭の地下に埋まってる樹脂製のパイプにファイバーを通すのですが、すでに銅線が入ってます。それも電話回線が3本入る太目です。90年代に2本の電話回線を入れました。一本は電話用、もう一本はファックスとインターネット用でした。今はWi-Fiが普及したので一本は解約をしましたが電話線はそのままです。門から玄関までは1213メートルくらいですが、アレックスが誘導用ケーブルを入れても通りません。玄関側のパイプから入れてもだめです。


 あきらめたアレックスの答えは「上の責任者に連絡します」だった。「責任者が来てもパイプに通らないと地上に敷くので、カナレタ(canaleta/溝)を用意したほうが賢明ですよ。今回のファイバー敷工事は新規契約なので割安だけど、裸の状態で敷いたファイバーケーブルが故障した場合の修理代は高額になりますよ」と脅かされた。つまり、裸のケーブルに着せる服は僕が用意するのです。門までは電話会社がやるが敷地内の設備は客持ちで、それにファイバーを入れて電話やネットに電話会社が繋げるのです。


 マンションは設備が整ってるけど個人住宅は何かと面倒です。カナレタも聞きなれない言葉なのでアレックスに書いてもらいました。まだ銅線のネットは使えるので裸の状態でのケーブル敷はやめましたが、はて? お隣さんはどうしてるのかなぁ? と覗いてみました。左隣(フェルナンドさん宅)は樹脂製チューブを花壇の上に敷いてあります。右隣(エミリオさん宅)はなんと!裸で玄関まで敷いてあります!大胆なエミリオです。アレックスにも2ユーロ渡したら、ニッポン人?とニッコリとしました。若いスペイン人は漫画の影響でハポン(Japón)よりもニッポンを使います。

セマナ・サンタ

 そんな訳で翌日に東急ハンズのような日用品センターでカナレタを買いました。一本が2メートルの四角いチューブのようなものですが、上が蓋になってます。それを7本買いました。その翌日に責任者のおっさんテクニコ・アントニオさんが来ました。彼が持ってきたのは細めの誘導ケーブルで長さもアレックスの倍はあります。僕も手伝いましたが1時間もかからずにパイプを通り、誘導線を敷きました。カナレタは使わずにすみました。ところがアントニオは「わしの仕事はここまででファイバーは他のテクニコが来て敷くから」と道具を片づけ始めました。「(社に)戻ったら準備万端と報告するので、早ければ今日の午後、遅くても明日には他のが来るよ」と言うアントニオに「必ず報告してよね」と、チップ2ユーロを渡しました。


 ところが、そのアントニオが帰った後に不通になりました。銅線に傷でもついたのでしょうか? 困ります。再びモービィスターに電話をして、すぐ直すようにせっつきました。翌日にテクニコ・フアン・カルロスさんが来ました。結果を先に言うと光ファイバー工事は彼で終わりましたが、4時間もかかりました。アントニオが敷いた誘導線にファイバーを繋げて引きますが、パイプを入ったところで詰まります。フアン・カルロスは銅線を抜いてしまうと万が一の場合に“回線なし状態”になるのを嫌がります。


 最悪の場合はカナレタを使って地上に敷けばよいので、僕が責任を取るので銅線を抜いて貰いました。再び引っ張り続けるとやっと玄関脇のパイプに地下を通ったファイバーが顔を出しました。それを再び床下の管に潜らして台所の壁の管から出てきました。歩道のマンフォールから台所まで地下に潜ったり地上に出たりを繰り返してやっと繋がりました。


 このファン・カルロスは昔、マドリードの東芝で働いていたので、僕が日本人とすぐに分かったようです。今は“離婚ホヤホヤ”だそうです。“新婚ホヤホヤ”は聞きますが、離婚にも“ホヤホヤ”があるのですね。東芝のあと、奥さんのお父さんの会社で働き、離婚でモービィスターに移りました。まぁ、離婚の原因は知りませんが、アルゼンチン生まれの48歳のスペイン人です。全くアルゼンチン訛りのないスペイン語を話すので訳を聞くと、二十歳の時に両親と引き上げて来ました。4時間もあれば色々な人生話で盛り上がります。


 台所の壁にロセタ(roseta )と呼ばれる分配器みたいな箱を取り付けますが、その中に素っ裸にしたファイバーをグルグル巻きます。ファイバーグラス線は毛よりも細いけど丈夫です。それが数層にコーティングされてます。それを層別にそいでいき繋げるのはかなりデリケートな作業です。アントニオがしなかったのが納得です。そのファイバーグラス線の“溶接機”が3000ユーロ(40万円)だそうです。ハンダで繋げていた銅線とは大違いです。それが終わり、光ファイバー用のルーターをセットしてから、中央センターと接続のやり取りがありました。

フェリア

 すでに親しくなったファン・カルロスが「トミオさんは300メガを契約した? 」と聞きます。僕が契約したのは50メガです。ところがうちの回線に届いてるのは300メガでした。それだと基本料金が上がります。再びモービィスターからの電話に僕が契約内容の再確認をすると50メガまでに下がりました。これから次の仕事へ向かうファン・カルロスに3ユーロ渡しました。


 これで終わりましたが、ひと月まではいきませんが3週間以上はかかりました。電話でのやり取りも疲れましたが、何人のテクニコが来たのでしょうか? それにも疲れました。ひと昔から比べるとスペインのモービィスター電話会社はサービスのレベルが良くなりました。テクニコも訪問時間に遅れる場合は連絡が入りました。やっとネットも正常に使えるようになったので、あとはオレンジ社とボーダホン社の解約と、新しいスマホの購入です。その間に、バレンシアの火祭りがあり、ヨーロッパは夏時間になりました。


 お騒がせプイデモン前首長はドイツで捕まり、仮釈放の身でそこに居ます。そうそう、プイデモンの愛称が“プッチィ”なので日本ではプチデモンと呼ばれてます。かなり昔にプッチィと呼ばれるバイクメーカーがスペインにありました。そしてセマナ・サンタ(Semana Santa/聖週間)があり、セビージャの4月祭り“フェリア”(Feria del Abril)が始まりました。あっという間過ぎた23月ですが、マドリードは長雨が続きました。うんざりしました。今回はちと長くなりましたが、次回も宜しくお付き合い下さい。

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