左のコップがチャト
マドリードには夜中に着きました。台所で、チャトに冷えた白ワインを注いで一気に飲みました。喉が渇いていたのでビールが欲しかったのですが老体の「ワインのスペース」が減るので白ワインにしました。喉が潤ったので、流しでチャトをすすいで、いつもの安ワインの赤をたてつづけに2杯飲みました。胃の奥が「マドリードへ戻ったぁ!」と叫びました。
それからすでにひと月が経ちました。その間は、更新中の居住許可証の受け取りやスペインの健康保険証の更新、ネットバンクでできない納税(地方税は分割にすると銀行引き落としができない。知らなかった)などの雑用で、友達とバルへ行ってないのに日は過ぎました。たかが、ひと月留守にしただけです。クリーニング屋からは夏服を引き取りに来いとの催促、これは忘れていました。床屋にも行きました。往復50キロなので頭を刈ってもらいに車で行きました(もちろん近所にもあります。念のため)。ハイパーマーケットに食料品を買い出しに行ったり、宝くじも買ったり、新しいプリンター探しに行ったり、やることは次から次へと出てくるものです。庶民は毎日のことで精一杯なのに、戦争もしようとする連中の気が知れません。
雑用に次ぐ雑用ですが、何に一番時間がかかったと思いますか? 郵便局(コレオ/correo)でした。たかが日本への速達一通ですが、出すのに1時間も待ちました。いつも12月は中南米人で混むのは知ってます。かれらが国へクリスマス・プレゼントを贈るので郵便局は小包の扱いで混みます(用紙に記入した上での無税申告、など)。ネットと宅配のお陰、それと不況のお陰で移民者の半数は祖国へ戻ったので混雑は緩和されました。が、今回はスペイン総選挙とぶつかりました。投票日は12月20日ですが、クリスマス・バカンスを取ってる連中は郵便投票です(これは書留なので用紙に記入です)。局員が一人に費やす時間がいつもの倍なので、行きつけの郵便局は中に入れないほどの人込みでした。ヤレヤレでした。
「チャト」はワイン・コップのことですが、もう10年は使ってる僕のは傷だらけです。今でこそ、マドリードのバルもワイングラスですが、EU(ヨーロッパ連合)に入る前は、チャト(chato)と呼ぶコップでした。水飲みコップを横半分にカットした「風呂おけ」タイプのチャトを僕は愛用しています。もう一つ、コップのかたちをそのまま半分のサイズに縮小した「縦長」もあります。何万円ものワインを味わう人はワイングラスですが、数百円のワインで一日を終える僕らは、チャトです。スペイン人オヤジのバルでは「ウン・チャト(un chato)」と言えば、黙って赤ワインとタパスのアセイツナ(aceituna/オリーブ漬け)がでました。日本のオヤジのコップ酒みたいなものです。
毎日水代わりに飲んでる赤ワインのランクはクリアンサ(crianza)です。2年寝かせた赤ワインで、生産地はリベラ・デ・ドゥエロ(Ribera de Duero)です。一本600円~700円です。バ―ゲンで400円になったら箱で買い占めます。ワイナリーの知名度やブドウの不出来を問うようなカテゴリーのワインではありません。リベラ・デ・ドゥエロの味で酔えれば、それだけで幸せです。クリアンサのカテゴリーのリベラ・デ・ドゥエロを前に「香りうんぬん」は野暮です。味が「ど~ん」していればいいので、葡萄はテンプラニージョ(tempranillo)です。
「味がど~ん」とは何か?と貴方が問うなら、目をつむり鼻もつまんで飲んだ時に醗酵した葡萄の味を舌がストレートに感じたら、それです。日本で漬物を齧るのと同じです。リオハ・ワイン(Rioja)のような前書きは不要です。リザーブのカテゴリーなら目を開き色を楽しみ、鼻で香りも楽しむのもワイン魅力の一つですが、毎日飲んでるワインのカテゴリーは気楽なクリアンサです。
リベラ・デ・ドゥエロのクリアンサ
日本でもワインを飲みました。イタリア産、フランス産、ドイツ産、チリ産、オーストラリア産と多彩なのが嬉しくて、味も美味しかった。日本のワインを飲みそびれました。日本酒の豊富さ、焼酎の芋、麦、黒糖のバラエティさ、そこに世界中のワイン、日本は飲兵衛の天国ですね。東京ほどではありませんが、マドリードにも外国のワインはあります。ただ、街のバルでは見かけません。スペイン人や中国人のやっている日本レストランではカリフォルニア産の白ワイン「寿司」を勧めるけど、スペインの白ワイン・アルバリーニョ(Albariño)のほうが寿司には合います。
世界一の葡萄耕作地をもつスペインではやっぱり地元のワインです。東京のレストランや銀座のバルでは安くてもワイングラス一杯1000円前後でしたが、そのレベルのワインはマドリードのバルでは300円くらいです。一杯1000円はマドリードではリザーブかその上のグラン・リザーブが飲めるワイン代です。ワインの味そのものは世界のどこで飲んでも変わらないと思うけど、違うのは飲む雰囲気です。スペインへ戻り、この土地が造ったワインをその土地の人間と飲むのが一番美味し、と感じました。マドリードの味気ない空気もワインの味の一部です。それと、東京では毎日が仕事だったので、リラックスできなかった。マドリードでは朝から「ほろ酔い気分」で居られるのとは大きな違いでした。
でも、そろそろ「朝湯朝酒」から足を洗らわないとアル中になりそうです。え!アンタはもうアル中だって!? でもひとこと言わせてもらえれば、スペインではワインやビールは酒(アルコールの意味)ではありません。ここで言う「アルコール」はウイスキーやジンやコニャックです。そうそう、日本での食事は「取り合えずビール」で始まりますね。その後に5000円や一万円のボトルを開けるなら、そのテスティングをする前に「パンのひとかじり」を勧めます。これで口の中の「麦アルコール」の味が消えます。
以前にも書きましたが、家の前は修道院です。入口は教会になっています。教会に付き物の「鐘の塔」は入口から離れていて、我が家の斜め向かいに建っています。僕の寝室から直線で20メートルも離れていません。その鐘が、「夜明けの8時」にけたたましく鳴り続けました。実際は5分くらいだったのかも知れませんが、寝ていた僕には30分にも感じました。クリスマス・イブの10日前だったので、キリスト教の暦では大事な日だったのかもしれません。キリスト教の時間では昼間だったのかもしれません。でも、人迷惑なことです。12月のマドリードの日の出時間は8時半です。