Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

LES CONTES D’HOFFMANN (Wed, Oct 6, 2010)

2010-10-06 | メトロポリタン・オペラ
9/24のドレス・リハーサルの鑑賞に続き、今シーズン二度目の『ホフマン物語』です。

時々、ああ、このキャスト、もしくはこの演出の公演ならもう一回観ておきたい!と、
直前にチケットを追加購入することもあるにはあるのですが、
シーズン中に観に行く公演の90%以上は、シーズン開幕の数ヶ月前にチケットを買い揃えてしまうので、
計画を立てた時点では、理由があって特定の日の公演を選んでいたとしても、
実際その公演日がやって来る頃には、全然その理由を忘れてしまっている、ということがよくあります。
それが3月とか4月の公演ならともかく、今はまだシーズンが始まって一ヶ月も経っていないところが、
私の加速度的に進行する記憶力の低下を物語っていて、悲しくはありますが。

そんなわけで、今日はメトに向かう途上、ドレス・リハーサルの内容もなかなか良かったし、
二度目の『ホフマン』を観れるのは、総合的に言って非常に嬉しいのだけれども、
あの、オランピアの幕が残念だな、クリスティじゃなくて、別のもうちょっと力のある歌手が歌っていたら、
もっと全体の公演がしまるはずなのにな、と思っていたら、
座席についてプレイビルを開けた時には、私は歓喜の声をあげてしまいました。

”そうだった!今日からオランピア役はエレナ・モシュクになるんだった!”

そう。また忘れてたんですよ。
それに合わせて、わざわざこの日の公演のチケットを手配したのだ、ということを、、。ほんと、記憶力悪過ぎ。

しかし、記憶力が最低だったおかげで、今、突然にふって湧いて来た、
モシュクを聴けるという楽しみに、俄然わくわく感が増して来ました。
モシュクは今日の公演が正真正銘のメト・デビュー
(デビュー・シーズンという意味だけでなく、メトの本公演の舞台に初めて立つのが今日)です。



それから、今日、私がどんなパフォーマンスを出してくれるだろう?と、
最も大きな期待と興味を持って聴きに来たのは、ホフマン役を歌うフィリアノーティです。
一つには、彼がドレス・リハーサルでは、本公演の初日に向けて声をセーブするため、
特に前半、ややマーキング気味に歌っていたせいもあって、
彼が全編を通して全力で歌ったら、どのくらいの声が出て、かつどれ位スタミナがあるのか、
という点が、若干わかりにくかった部分があるのですが、
初日の公演をシリウスで聴いたところでは、熱さが最後まで持続する歌唱で大健闘していて、
あれに似た歌唱を今日も聴かせてくれるとしたら、これは面白いことになりそうだ、という風に思っているからです。



もう一つは、ドレス・リハーサルの記事のコメント欄の最初の方で情報を交換させて頂いた通り、
『ホフマン』初日の公演が終わって、メディアにポジティブな公演評が出た後、フィリアノーティが、
おそらく、アメリカで公表したのはこれが初めてだと思うのですが(日本ではすでに公になっていたようですが)、
NYポストに、彼が2006年に甲状腺の癌と診断されて以来、手術を含む辛い闘病生活と
すでに契約のある公演には出来る限り登場するため、リハビリを重ねる日々であったことを明らかにしました。
癌であるとわかる前に、メトに登場して歌った『ランメルモールのルチア』では、
彼はヘッズたちからも大変好意的な評を得ていたのですが、
手術後の彼のパフォーマンスは、彼本来の力が出ていなかったわけですから、十分に故あることですが、
精彩を欠いた歌唱が続いていました。
今回のNYポストの記事も、もっと反響があるかと思ったのですが、予想したほどではなく、そのこと自体が、
どれほど彼の病気がNYでの彼の評価の足を引っ張り、遠回りさせたか、ということを間接的に示していると思います。
つまり、ここ数年続いた精彩を欠いたパフォーマンスのせいで、
NYのヘッズたちの”ウォッチすべき面白い歌手”のレーダーから、
彼がこぼれかけていたと言っても良い状態だったわけです。



彼は病気のことについて、アメリカではこれまで全く口を閉ざしていましたから、
その彼の意思は尊重し、また、個人的には、非常に誇り高い行為だと思いますが、
不調の裏にある本当の理由を知らないNYのヘッズが、彼の歌を高く評価できなかったのも、これまた当然のことであり、
その不調も聴き取れずに彼を褒め称えるような頓珍漢なオーディエンスではない、
ということが実証されたのは、唯一の慰めです。

しかし、彼が『ホフマン』初日の好評を経て、闘病について語る決意をしたのは、
彼が、本格的なリカバリーへの手ごたえを感じているからではないか?と考えられ、
逆に言えば、それを公にした以上は、あの初日のレベルのパフォーマンスを
彼が残りの公演でもキープしなければならない、また、おそらく、するつもりでいるのだろう、ということでもあり、
件のNYポストの記事が出た後の、最初の公演となる今日の公演は、その点でも注目に値します。



ニクラウス役のリンゼーの歌は、もう何度も書いているような気がするのですが、
役作り、歌唱、演技、すべての面で上手くまとまっているとは思うのですが、
全体的にコンパクトで、しかも、相当ぎちぎちに自分で役を作り上げてしまっているからか、
公演毎にちがった面が現れる、というようなマージン、面白みがなくて、
毎回判で押したような歌唱と演技なのが、贅沢ですが、やや不満としてあります。
なので、特に今日の彼女の歌唱について、他の公演と変わった点があるわけではないので、
彼女をとばして早速フィリアノーティに行きます。

いやー、彼のこんなに元気のある歌唱は、私、初めて聴きました。
実際に、良く声が出るようになっていたり、スタミナが戻って来ている、という実際的な面も当然あるのですが、
何よりも、彼自身がその事実を感じることで、歌に勢いが生まれ、
また、コンフォート・ゾーンよりも、常に少し上に自分をプッシュしようとする、
ハングリー精神とでもいうべきものが、彼の歌唱を非常にスリリングなものにしています。
昨シーズンまでは、やはりプッシュすることに、いくらかの恐怖心があったのでしょう、
こういう歌のスリリングさは去年まで全然なかったですから。
聴いているこちらも、危なっかしくて、恐怖、という、感じでしたし。

昨シーズンまでは、ほとんど聴くことの出来なかった、非常に美しい音が歌唱に混じるようになっていて、
本来はこういう音色を持っている人なんだな、というのも、感じることが出来ます。
(彼を『ルチア』のDVDで観て、初めて知った時の音色と共通したものをライブで初めて感じることが出来ました。)
その美しい音が本来の音色とすれば、まだ、完全には絶好調時の彼に100%戻っているわけではないように思いますが、
これまでのシーズンと比べると、大変な差であることは間違いありません。



音色と同じことはスタミナでも言えて、特にドレス・リハーサルの時と違い、
今回は、しょっぱなのしょっぱなから全力モードでしたので、
最後の幕で、少しスローダウンしたかな、と感じる部分もあり、
スタミナ面では、もしかするとまだ元の85%くらいしか戻っていないのかもしれないな、と思う部分もあります。
それでも、彼はこの『ホフマン物語』を良く手中に収めていて、
最後の最後にばてることはできないのだ、ということを良く理解していて、
一旦スローダウンした後に、もう一度、ラストに向けて力があげていくための余力をきちんと残していたのは見事です。
そのおかげで、尻切れトンボのような印象がなく、
全体的なパフォーマンスへの観客の印象は、ポジティブなまま、維持できました。

先シーズンのカレイヤには少し厳しい感じのあった高音も、
次々と思い切り良く決めていたりなど、
テクニックの面だけでも、この役に関してはカレイヤよりは、数段上な感じがしますが、
(カレイヤは確か初役だったはずで、かつ、ヴィラゾンが突然降板したのを、
初日のたった数ヶ月前に引継いだ、ということで、役の準備をする時間が十分なかったでしょうから、
この役をしっかりものにしているフィリアノーティと比較するのはちょっと気の毒な部分もありますが。)
フィリアノーティのホフマンを魅力的にしているのは、それだけではなくて、役に与えている微妙なトーンです。
昨シーズンのカレイヤのホフマンは、クスリか何かでもやっているのではないか?と思うような雰囲気が若干あって、
私はあの閉塞した感じ、あれはあれで嫌いではないのですが、
直情さゆえに、何度も恋をして転ぶ、ホフマンのロマンティストな面を強調したフィリアノーティの役作りの方が、
多分、より多くの人に受け入れられやすいし、私もこの役作りは魅力的だと思います。
一言で言うと、彼の描くホフマンを、オーディエンスとして嫌いになるのは難しい、そういうことです。

今シーズンの『ホフマン』は客席があまり埋まっていなくて、せっかくこのような内容の良い公演になっているのに残念ですが、
シリウスなどで放送を聴いたヘッズは多いでしょうから、彼の元気な歌唱を聴いて、驚き、喜んだ人は少なくないはずです。



アブドラザコフは不思議な人で、私は似た印象を、昨シーズンの『ファウストの劫罰』の
ドレス・リハーサル本公演からも感じたのですが、
ピークがドレス・リハーサルの方に行ってしまうタイプの歌手なのかな?と今回も思いました。
歌手の中には、リハーサルのプロセスが一番楽しくて、実際の公演になると、
それを単純に吐き出すプロセスになってしまって、リハーサルほど充実した気分になれない、ということを仰る人がいます。
アブドラザコフに尋ねたわけではありませんが、彼の歌や演技を見ると、なぜか、そのことが頭に浮かびます。
今回の『ホフマン』もドレス・リハーサルの方が、表現・歌唱ともに、最も高みにある感じで、
今日の公演、また後に何度か聴いたシリウスの放送いずれも、あのドレス・リハーサルでの歌唱に比べると、
勢いが薄れ、決まったものをアウトプットしているに近い雰囲気を感じます。



ドレス・リハーサルで素晴らしい歌を聴かせていたゲルズマーワですが、今日は風邪気味か何かなのでしょうか?
登場してすぐの、”逃げて行ってしまった山鳩は Elle a fui, la tourterelle!"での歌声が少し不安定でした。
中盤から後半にかけて、ドラマが盛り上がるに連れ、不調をほとんど感じさせなくさせたのは立派ですが、
彼女の最も好調な日ではなかったと思います。
それでも、彼女の表現力、これは私、やはり素晴らしいものを持っているな、と思います。
例えば、ホフマンのために歌をあきらめることを彼に誓った後、
一人になって、結局ホフマンも父親そっくりなんだわ、、、と嘆く
"De mon père aisément il s'est fait le complice!”という言葉の表情の豊かさや、
死の間際に、父親に”聴いて!お母様よ!”という訴えかける場面の上手さなどに、彼女の優れた表現力を聴きます。

順序が逆転してしまいましたが、キャストで最後にオランピア役のモシュクのことを書いておくと、
彼女の技術は決して鉄壁でも完璧でもなく、むしろ、どちらかというとスロッピー(雑)なところがあるし、
日による出来の差も結構大きいように感じます(後に聴いたシリウスの放送などと比べて)。
ただ、スロッピーと言っても、ネトレプコみたいなスロッピーさではなく、
本人にはきちんと歌う意志があるのに、声が完全には思い通りになってくれないような
もどかしさを感じるとでも言えば良いでしょうか?
ただ、彼女は非常に面白い歌手で、それは、その欠点を十分に補う魅力的な面もたくさん持っている点です。
特に彼女の魅力の一つは、客席に向かってびよ~んと伸びてくるような、
強烈なエラスティックさを持った声質で、これは、もしかすると、
彼女が自分の声の扱いに時にてこずっているような感じがするのと、表裏一体なのかな?という風にも思います。
また、彼女の歌には、独特のキャラクターがきちんとあって、テクニックが完璧ではないのに、
なぜか観客を引きつける力を備えています。
あと、もう一つ言うと、彼女の身体表現における演技能力の高さ。
残念ながら、オランピアは人形の役なので、複雑な感情表現を見せる場がないですから、
ドラマティックな役を任されたときに、彼女がどれ位の演技力を見せるか、というのは、
また別の機会まで判断を待たなければならないと思いますが、
こと、オランピア役に必要な、体の動き、表情、コメディックなセンス、
動きのタイミングの良さ、などは、素晴らしいものを感じます。

最初の二回の公演に登場していないところを見ると、スケジュールにコンフリクトがあったのかな?と思うのですが、
リハーサルから何からに十分参加したクリスティよりも、
おそらく、昨年のHDの映像を見て、何回かスタッフと舞台上の動きをさらっただけのはずのモシュクの方が、
断然、演技が魅力的なのはこれいかに?
こういうのこそ、センスとしか表現しようがないな、と思います。
昨シーズンのキムよりもかわいいオランピアを演じるのはほとんど不可能なのではないか、と思っていたのですが、
キムの漫画から出て来たようなキャラとはまた違う、
より血の気を感じる役作りでモシュクもそれに負けない存在感でした。
キムの方が歌は正確なんですが、モシュクの自由度溢れる歌唱は、
彼女のオランピアの役作りと呼応していた部分もあったのだと思います。

フランスのオペラの一部は、時に、音楽が(ドラマのためではなく)
お飾りを第一の目的として書かれているような印象を受ける箇所があって(というか、多くて、と言った方が良いか?)、
”やってられないよなー、このあほくささ。”と指揮者が思ってもおかしくないような気もするのですが、
このフルニイエーという指揮者は自国の文化への誇りも手伝ってか、
どんな箇所でも、なぜそんなに楽しそうなのか、、?と聴きたくなる位、
元気一杯、真剣に振ってくれているのが、実にほほえましいです。
部分部分に、レヴァインの指揮よりも、しなやかでいいな、と感じた場所も結構ありました。

(写真はリハーサル時からのもののため、オランピア役は今回の公演のモシュクではなく、クリスティです。)

Giuseppe Filianoti (Hoffmann)
Elena Mosuc (Olympia)
Hibla Gerzmava (Antonia/Stella)
Enkelejda Shkosa (Giulietta)
Ildar Abdrazakov (Lindorf/Coppélius/Dappertutto/Dr. Miracle)
Kate Lindsey (Nicklausse/Muse)
Joel Sorensen (Andrès/Cochenille/Pitichinaccio/Frantz)
Dean Peterson (Luther/Crespel)
David Cangelosi (Nathanael/Spalanzani)
Jeff Mattsey (Hermann/Schlemil)
Wendy White (Mother's Voice)
Conductor: Patrick Fournillier
Production: Bartlett Sher
Set design: Michael Yeargan
Costume design: Catherine Zuber
Lighting design: James F. Ingalls
Choreography: Dou Dou Huang
Dr Circ C Even
ON

*** オッフェンバック ホフマン物語 Offenbach Les Contes d'Hoffmann ***

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3 コメント

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待ってました!! (シャンティ)
2010-10-23 23:30:58
10月6日に鑑賞予定とうかがってから、この日のレポが上がるのを毎日楽しみに待っていました(2年前のリゴレットの時は”首を洗って待っていましたが)。彼の好調をmadokakipさんが裏付けてくださり、嬉しいです!!
個人的には 2009-10シーズンに”愛の妙薬”ばかりを歌ったりなど、自分の音域の役を中心に無理の無いスケジュールを組んできたのも よかったのではないかを思っています。
今回の公演はネットで調べたら確かに空席があったので、見に行きたかったです~。(シーズンオープニングすぐだからオペラに飢えた人たちできっと完売だろうと思っていたのですがそうでもないのですね)
モシュックは彼がハンブルグでロールデビューをした時に3役を歌っていました。新国立でも椿姫、ドンジョヴァンニで来日しています。(彼女の高音ピアニッシモがとっても美しく思わず涙が...)
彼が今年もいい歌を聴かせてくれ、観客に喜んでもらっているようでなによりです。
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NHKの放送予定 (シャンティ)
2010-10-23 23:55:43
NHKのハイビジョンで2009-10年のMET公演放送があるようです。
11月22日”トスカ”23日”アイーダ”24日”トゥーランドット”25日”ホフマン”
一応予約はしますが、この中でDVDに落として何度も見たくなるのがあるのか...。
”ホフマン”は今年の公演にして欲しかったです。
返信する
シャンティさん (Madokakip)
2010-10-24 12:16:15
お待たせしました!なんと2週間以上経ってしまっていましたね。遅くなってしまって申し訳ありません。
オペラ・ファン、ヘッズというものは、つい歌唱・演奏内容に厳しくなってしまうものですが、
やはり、ネガティブなことを書くというのは気が重いもので、
良い歌唱が聴けて、こうして嬉しいニュースを皆様とシェアできるほど嬉しいことはないです。

>2009-10シーズンに”愛の妙薬”ばかりを歌ったりなど、自分の音域の役を中心に無理の無いスケジュールを組んできたのも よかったのではないか

そうですね。
それから、彼の場合、しばらく休業することも出来たかもしれませんが、
あえて、不評を取るリスクを犯しながら、舞台をつとめ続けて来たのは、結果として良かったのかもしれませんね。
スタミナなどは、やはり実際に舞台で演技しながら歌うことで、色々調節できたり、パワーがついていったりするものだと思うので、、。
また、彼と同じ境遇の人が全員彼と同じようにトンネルを抜けられるかというと、決してそうではないと思いますので、
リカバリーに関しては、彼の努力はもちろんですが、運も彼の味方をしているな、と思います。
これからの活躍を期待しています!
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