まちや小(ぐわあー)

その先を曲がったら何があるのだろう、どきどきしながら歩く。そして曲がってみて気がついたこと・感じたことを書く。

これが

2013年09月30日 | Weblog
ケータリング。

以下「葉加瀬太郎」さんのブログから転載。

『大阪:梅田芸術劇場

コンサートはホントに様々な人に支えられています。
ツアースタッフは勿論ですがコレとは別に公演地ごとにお世話になる人達もいます。
各地のコンサート・プロモーターが手配してくれる「ケータリングさん」と呼ばれる人達です。

最近では、日本も裕福になったようで、ホームパーティや企業のレセプションでの出張料理サービスを専門に行う「ケータリング・サービス」と言う職種も出来ましたが、呼び名の基本的なルーツは一緒です。
演劇等の世界では「お茶娘(おちゃこ)さん」と呼ばれているようです。
また、大都市で行われる公演の場合、楽屋の食事をこの「ケータリング・サービス」の業者にお願いする事も有るのですが、僕等は区別する意味も含めて、この食事の事は、「ホットミール」と呼んでいます。

今回は、お茶娘な方の「ケータリングさん」の話です。

基本的には、各地のプロモーターが集めているアルバイトの女の子なのですが、既に10年以上も続けている「ケータリングさん」も珍しく無かったりします。
会場ごとに2〜3人の「ケータリングさん」一日中、楽屋にいます。とにかく楽屋周りの準備や雑用を全部、彼女達が行います。

朝9時にツアースタッフと共に会場入りして、トラックから機材を降ろし終え一息入れに楽屋へ戻るとクーラーBOXには冷たい飲み物が用意され、落としたての珈琲が用意されています。
それこそ夏の暑い日に、自分達も9時にワゴン車からクーラーボックス等の備品を搬入し始めるのに、30分と経たないうちに冷たい飲み物と珈琲がチャンと用意されているのですから驚きです。 何か急冷のウラワザが有るのでしょうか???

楽屋の廊下や楽屋の中に何カ所もケータリングセットが配置されるわけです。

お弁当が届けば、スタッフ楽屋、メンバー楽屋、本人楽屋、バイト君用のロビーへそれぞれ分けて運び、当然、弁当の空き箱を片付けるのも彼女達です。
衣装のボタンがとれれば「ケータリングさーん!」、コピー取るのも「ケータリングさーん!!」、爪切り借りるのも「ケータリングさーん!!!」タオルが必要なら「ケータリングさーん!!!!」30人近いツアークルーが、とっかえひっかえ何か有る毎に「ケータリングさーん!」なワケです。

事前に予想出来る事は「手配書」と呼ばれるマニュアルに添って指示されています。

ちなみに、この買い物籠は、2部7曲目が始まったら、用意して下さい。と「手配書」よって指示されたモノで、
ツアマネ北澤君がアンコール前に舞台袖に運びます。
アンコール用ですから「ザックリ」していますが、開演前の本番用は、それこそ水が何本、スポーツドリンクが何本、その内常温が何本、タンブラーに用意するモノや、スクイズボトルに入れるモノ、キャップに穴開けてストローを刺す人もいれば、さらには、キャップを取った後にボトル側に残るプラスチックのリングを切り外して下さい、なんて事も有るワケです。

20年程前にジャクソン・ブラウンの「手配書」見る機会が有りました。それこそ、アチラは全てが契約事でのお仕事ですので、手配書が2センチも有る本になってました。

・珈琲はアッパー何ガロン、ローアー何ガロンの間でキープしてくれ とか、
・40分以上たった珈琲は廃棄してくれ とか、
・サンドイッチは、ビーフ、ポーク、チキン、ターキー、最低4種類 とか、
・Aさんの楽屋に入れる林檎は1/8にカットして皮は剥かない とか、
・Bさんの楽屋の林檎は剥かずにペティナイフを添えて とか、20年前に、ヴィッテルやペリエなど水の指定まで事細かくです。
それはそれは、事細かく指示されていて、本になってて当たり前な感じです。

この、全国にいる「ケータリングさん」の90%はアルバイトなのですが、(残りの10%は、プロモーターの社員だったり、コンサートのアルバイトを集める会社の社員だったり、東京から「ワードローブ」と言うセクションとしてツアーを廻っている場合もあります)アルバイトと言えども、かなりのプロ意識を求められます。

人気者、スパースター、ロックスター、スーパーアイドル、と、呼ばれる人達が目の前にいるワケです。一日中、それもかなりプライベートエリアな楽屋でそばにいるワケです。しかし、個人的に話しかける事もなく、サインして!とか握手して!なんて言ってる人をヒトリも見た事ありません。

超高級ホテルのベルボーイが荷物を持ってくれつつエレベーターに同乗しドアが閉まった瞬間に「握手して下さい」って目をキラキラさせた場面に立ち会った事も有りますが、それでは「ケータリングさん」勤まりません。
プロモーターのチケットセンターや、ロビーのアテンダント、goods販売、これらのアルバイトを経験しつつ「この娘なら!」と引き抜かれてケータリング担当になる事が多いようですから、プロ意識が高いのも頷けます。

このタダでさえハードルの高い「ケータリングさん」に、我が葉加瀬ツアーは、更なる無理難題を平気な顔で突きつけます。
コレをクリアするのですから、葉加瀬現場の「ケータリングさん」はスゴイです。

この、無理難題が何かは、コンサートにいらした方は、気付いているかも?ですが、いずれこのブログで、、、』

※ここまでとはいわないが、近いものは出来る。それが「もてなし」。しかし、ここに書かれている「ケータリングさん」は素晴らしい。

分かっている

2013年09月30日 | Weblog
そう思ってること、それが一番危ない。

なにかをする。その時は第三者の目で確認、それが大事。

そうでないと「おかしい」とか「間違っている」ことが、「おかしい」、「間違ったまま」になる。

例えば、一人でなにかをしてると、その世界に入ってしまい、間違いを間違いとおもわなくなることがある。

これが危ない。

必ずサポート(違う人の目で見るなど)を!

楽しい

2013年09月30日 | Weblog
面白い、そういったことをしようとして、で、それをするのに足りないものがあったら、それは自前(自費)で用意する。

これ、当たり前のこと。

ちなみに今回(10月のイベント)は必要なものを購入するのに現時点で300,000円以上使った。これ、もちろん自腹。

だが、それでいいのだ!






甘えない!

2013年09月30日 | Weblog
1年間の話だが、いいこと言うな。

『高田延彦氏 “絆”ムードに違和感「他人に頼り切るのは迷惑」

東日本大震災からはや1年3か月以上、原発問題はいうまでもなく、津波被害の復旧さえままならないこの国の現状に、多くの日本人が閉塞感を感じている。その反動だろうか、「夢」や「絆」といった誰も文句のつけようがないポジティブな言葉が、世間を覆っている。

新刊『覚悟の言葉~悩める奴らよでてこいや!~』(ワニブックス)を上梓したばかりの元格闘家の高田延彦氏は、その現状に違和感を感じているという。以下、高田氏の言葉だ。

「もちろん、夢や絆という言葉が嫌いなわけじゃないんです。そういう言葉には、もともと良い意味しかありませんから。でも一方で、ポジティブな意味だから、みんなが、それをムリヤリにでも受け入れて、全員、右へならえをしなきゃならないっていう雰囲気は、どうなのかな?」

「私個人の気持ちでいえば、友達が多ければ良いとは思えないし、『夢を持て』って合唱したって、持てない人は持てないわけだから……あんまり、ポジティブを強要されると、追い詰められてしまう人たちだっているんじゃないでしょうか。私もそうです。いま夢なんか持ってないし、友人だって、他人に自慢できるような数じゃない」

「どうしても前向きになれない人は、あるがままで貫き通して生きても良いと思います。同じ意味で、繋がりたいポジティブな人は、そうやって生きれば良いわけだ。経済的な意味でも、政治的な意味でも、危機的な状況にあるからといって、一つの生き方だけが正しいってことにはならないはず」

「“親友”はいらない」
「いま輝いていないとしても、それでも生きる」

一見、誤解を生みそうな言葉を次々と口にする高田氏だが、あえて時代の流れに逆行する真意はどこにあるのだろうか。

「親友はいらないといったのは、“親友”という言葉に代表される他人という存在に頼り過ぎるのはいかんのではないか、という気持ちがあるからです。苦しい時代になってくると、誰もが他人に期待したくなる。期待したくなるぐらいのレベルならまだしも、頼り切ってしまうのは単純に迷惑でしょう。

他人に期待しすぎるとは、見方をかえれば、自分では何もやらないのと同じです。まずは、苦しいけど一人ずつで頑張ろう。それぞれの人が、それぞれの立つ場所で、自分のできることとやるべきことをやることが大切なのではないでしょうか」』

※他人に頼らない・甘えない、それが出来ない・しない。あるのは「強要」と「右へ習え」。それがこの国の多くの人々の考えと行動。