「三省堂」などの教科書会社が、部外者への開示が禁じられている検定中の教科書を教員らに見せて謝礼を払っていた問題で、金品提供の対象人数が全都道府県で延べ約4千人に及んでいたことが明らかになった。生徒に範を垂れるべき教員のルール違反が蔓延していた格好だが、中には教科書採択に関与した教員も含まれ、「謝礼は採択への賄賂ではないか」(教育関係者)との見方も出ている。それでも教員側からは「謝礼は対価だ」「責任は業者側にある」など常識を疑う発言も飛び出し、あぜんとするほかない。
■「少しでも良い教科書を」…謝礼の採択への意図は否定
「ゆとり教育からの転換で分量を増やした教科書となり、先生方がどう考えているか知りたかった」
文科省が1月22日に公表した各教科書会社の謝礼問題点検結果で、金品提供人数が2245人と業界全体の過半数を占めた最大手の東京書籍。同日に開いた記者会見で、渡辺能理夫編集局長は学習指導要領改定後の平成21、22年度に集中的に検定中の教科書を開示し、原則1万円の謝礼を渡していたことを明らかにした。
「(検定中の教科書の閲覧禁止)ルールは知っていたが、検定中ではあっても、少しでも教科書の完成度を高めたかった」。渡辺局長はルール違反を承知の上で不適切行為に手を染めていたことを認めたが、一方で「閲覧と謝礼提供が採択につながると思っていたのではないか」との質問には「直接的なものではない」と述べ、謝礼は採択への“賄賂”ではないとの認識を示した。
小中学校の教科書を発行する全22社のうち、検定中の教科書を見せて教員らに謝礼を提供していたのは10社に上ったが、どの会社も謝礼には採択に便宜を図ってもらう意図はなかったと否定。直接の採択権限を持つ教育長と教育委員計10人に歳暮と中元を贈っていた数研出版でさえ「お付き合いの意味であり、採択を期待する意図はなかった」としている。
■無届けで減給処分のケースも…謝礼は採択に影響力ある「調査員」狙いか
金品提供対象となった教員らは全都道府県にまたがり、文科省が教育委員会を通じて、実際の受け取りや教科書採択への影響の有無などを調査している。
教員が教委に届け出をしないまま、教科書への意見聴取の対価として謝礼を受け取っていれば、公務員の兼業兼職の禁止規定に抵触し、処分される可能性がある。三省堂から5万円の謝礼を受け取っていた教員の中には、減給処分になったケースもあった。
ただ問題視すべきは、謝礼を受けた教員がその後、教科書採択に関与する立場になることだ。
三省堂のケースでは、謝礼を渡された教員53人のうち、21人が検定翌年に実施される教科書採択で、各社の教科書の特徴などを調査して報告書を作成する「調査員」などに起用されていた。このうち6人が調査員などを務めた地区で、同社の英語教科書が新たに採択されていた。
各教委は文科省に「採択への影響はなかった」と報告しているが、疑惑のまなざしを向けられるのは避けられない。
確かに、教員は謝礼を受け取った段階では、まだ調査員などに起用されていないため「謝礼と採択との関係を結びつけ、汚職とみなすことはできない」(文科省幹部)との見方もできるが、ある教科書会社幹部は営業側の“本音”をこう漏らす。
「教科書会社は日ごろの情報収集で、有力な教員の中から調査員候補をある程度目星を付けることができる。謝礼を渡すなどして日ごろから懇意にしておけば、採択でも期待できる」
■優越感くすぐられて教科書会社と接触する教員も
リスクを伴う教科書会社との接触で、教員側にはどんなメリットがあるのか。
「いち早く教科書の傾向を把握することで授業の準備をしっかり行うことができる」「アドバイスした内容が反映されているか確認できる」「子供たちが使う教科書を少しでも改善したい」-。
教員たちからはこんな声が上がるが、一方で、教科書会社から声がかかるのは、有能な教員として一目置かれている証拠でもあり、「優越感をくすぐられて編集会議に参加する教員もいる」(教科書会社OB)。
謝礼については、大半の教員が受領しており、「軽率だった」(兵庫県の中学校長)といった反省の弁も聞かれる。
ただ、三省堂が開いた編集会議に参加し、検定中の英語教科書への助言の対価として謝礼を受け取った長野県内の中学校長は、県教委の調査に「謝礼は英語教育実践への対価」と述べたといい、県教委も「校長自身に問題はなく、懲戒処分に該当する行為はなかった」と問題視しなかった。
さらに県教委側の見識を疑うのは、「検定中の教科書を見た本人を責めるのは酷だ。見せた三省堂側の問題」などと指摘したことだ。教員側の責任を棚上げし、業者側に責任転嫁するものの言い様には違和感が拭えない。
教科書採択をめぐる教育現場と業界との癒着は根深い。平成13年夏の小中学校教科書の採択をめぐって、三重県尾鷲市の教育長が教科書会社の担当者から現金20万円を受け取って逮捕され、15年には教科書選定に関与する東京都教育委員会の指導主事ら3人が教科書会社の社員らと温泉旅行をしていた事実が明らかになり、厳しく批判された。
教科書不正で有名なのは、贈収賄事件で知事や師範学校長ら百人以上が有罪判決を受けた明治35年の教科書疑獄だ。この疑獄をきっかけに、国定教科書制度に転換し、昭和22年制定の学校教育法に伴う検定制導入まで続いた。
少子化に伴い、この30年で4割以上も縮小した教科書市場。営業が過熱し、今回と同様の不適切行為があれば、文科省幹部も「教科書会社の指定取り消しを含め厳しい対応を検討する」と語気を強める。
教科書会社以上に再発防止の鍵を握るのは教員側の意識だ。子供たちが手に取る教科書に、先生たちの不祥事が記載される日が来ないことを願いたい…。』