変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




しかし、感性の差というものは何て扱いが難しいのだろう?
多様性。他との差別性、即ち優位性。
うん、大事だ。

おいらの精神的先達の中に、韓信という武将がいる。漢帝国の創始者である
劉邦の片腕である。
才能にあふれ忠義に篤いこの男は、結局は劉邦の奥方の謀略に沈んでいく。
背水の陣に代表される韓信の功績も、劉邦の思惑も、当時しては当然の謀
だったに違いない。
人の世の切なさよ。

最近、「海猿」という映画が話題を呼んでいた。話題になっているのは続編だ
という。1作目を借りてきていたので、今日はそれを鑑賞してみた。
一人で見ていたおいら、何の憚りもなく号泣ですわ、マジで。
何とも感動的ではないか!
邦画はこういうのを上手く表現すると思う。とても満足感のある2時間だった。

この感動が分からぬ人がいるのだろう。
勿論、逆も然り。
漢という世界帝国樹立の立役者の功績、これを貶める一連の行為にしたって、
目先の価値観で裏切った、近視眼的浅はかさと軽蔑する者もいよう。
より大所高所的な視点から、危機の芽を事前に摘んだという考えも成り立つの
かもしれない。

どっちの立場をとってもいいんだろうけども、自らの立場というか、考えを持つ事
が重要だ。何事も異なる視点で見れは違った評価が出る。どれも理解できると
すまし顔していたって、自分の主体が無いじゃないか。

そう思うと、ただ「海猿」って面白いじゃん、だけで終わらせるのではなく、何
に共感し、そこから何を感じ取ったのか、整理せねばならぬだろう。そうして
こそ、その2時間は血となり肉となる。このスタンス、これ即ち成長への約束。

・・・ホンマかいな。
めんどくせぇ。。

今日の夕食に出掛けたレストランに、少年達が大勢で訪れた。中学生かな。
小僧どもの態度とマナーの悪さに辟易としながらも、おいらだって20云年前を
思うと偉そうなことは言えた義理じゃない。
しかし、大人として子供の傍若無人を黙認するのもいかがかとも思う。
ディナーのブルース。
知らんフリして早く食べて、味も分からんままその場を立ち去るのか。
ちょっとくらいのリスクがあってもちゃんと指導して、自分の心を充実させて
更に悪ガキどもをちょっとは更生させるのか。
・・・は自由だーー!
でも、キレたガキに刺されても、法律は少年しか守ってくれへんで。

などというオチが付きそうで何も出来ない大人達。おいらを含めて。

なんなんだろうねぇ。
やっぱ、大人が悪いのかな。おいらみたいな。。。

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