前回の記事に関連して。
全ての言論を肯定的に受け入れろと言っているのではありません。もとより言論の自由は批判する自由を含みます。受け入れることができないのなら、徹底的に批判すればよろしい。ただし、同じ言論の土俵上で。
「黙れ」
「取り締まれ」
「口を押えろ」
は、ダメ。ルール違反で失格です。これが戦前日本の一番悪いところでした。
同じ轍を踏まない(現に踏んでいない)と言えますか?
前回の記事に関連して。
全ての言論を肯定的に受け入れろと言っているのではありません。もとより言論の自由は批判する自由を含みます。受け入れることができないのなら、徹底的に批判すればよろしい。ただし、同じ言論の土俵上で。
「黙れ」
「取り締まれ」
「口を押えろ」
は、ダメ。ルール違反で失格です。これが戦前日本の一番悪いところでした。
同じ轍を踏まない(現に踏んでいない)と言えますか?
東京都知事選挙が終わりました。予想どおり現職による他候補の瞬殺劇でしたが。
都知事選挙の立候補者は、昔から「変なヤツ」の宝庫でした。私は子供の頃から政見放送が大好きで(笑)、特に都知事選挙は大喜びで観ていました。今回もまたスゴイのが出てましたね。顔をしかめる向きが多いようですが、これこそ「言論の自由」の試金石であると、個人的には思っています。
どんな言論が「良く」て、どんな言論が「悪い」のか。それを決めるのは誰なのか。そもそも決める権限なんて誰か持っているのか。大げさな言い方ですが、民主主義の根源に関わる問題です。
「こんな下品な奴は取り締まれ、何も言わせるな!」
民主主義はあらゆる思想・言論の自由を保障するが、民主主義そのものを否定する自由までは認めない――取り締まられるべきなのは、口を噤むべきなのは、いったいどちらなのでしょう。
様々な選挙に立候補しては、いつも「オカマのどこが悪い、男が男を愛して何が悪い」と訴えていた故・東郷健さん。かつては完全にゲテモノ扱い、変人扱いでしたが、LGBTのこの世の中で評価は一変しています。
Don’t speak too soon, for the wheel’s still in spin.あんまり早く口を開くな恥をかくぞとディラン御大も言ってますぜ。
これもコロナの影響でしょうか、近頃わが国のネット環境整備の「遅れ」を批判する意見が多く見られます。特に中国や韓国との比較において批判する声が強いですね。確かに韓国旅行では、本当にどこでもWiFiが使えると感じます。もっとも、それは仁川~ソウル近郊についてのみの実感ですが、羽田~東京近郊と比較してもやはり整備が進んでいると思います。中国は行ったことがないので分かりませんが、少なくとも大都市圏ではネット環境が良いと聞いています。
そこで、「日本でももっと無料WiFiスポットを」ということになるのでしょうが、ちょっと待った方がいいです。
5Gですよ。5Gが普及したら無線LANてどうなん?ということになりますよね。どうせ遅れているのなら「次」を目指して注力する方が得策なのではないでしょうか。その肝心の5Gも中韓に遅れ気味のようですが、頑張って欲しいものです。
5Gのインフラ整備とデータ定額料金化。それによって一気に世界水準を実現できます。て、ただの自分の願望じゃん(笑) という意見は却下。
PCのテンキーにNumlockってありますよね。これがオンだと数字入力で、オフだと別のキーの割り当て(↑→↓←の方向キーとか、homeとかendとか)になるヤツです。これ常にオンにしときたいのですが、そういう設定は普通には準備されておらず、レジストリを編集するか、フリーソフト(常駐)を使うかのようです。
しかしレジストリの編集はちょっとキモチワルイし(しかもPCによって方法が微妙に異なる模様)、余計なソフトを常駐させたくないし。OSの設定で何とかなんねーのかなぁ?「Windowsの設定⇒デバイス⇒入力」のところで選択させてくれてもいいのに。
そもそもNumlockキーって何のためにあるのでしょう?この切り替えに需要はあるの?ゲームとか?昔はキーが足りなくて方向キーとテンキーを兼用してたのかなぁ?
さらに現在使用しているPCでは電卓ソフトの起動キーがあります。こいつも要らない。電卓が必要なときはリアルなブツを叩くし、表計算を使うし。これも無効にしたいのだけど。
Backspaceキーのすぐ右にNumlockキー
Deleteキーのすぐ右に電卓起動キー
これなになんかの嫌がらせ?「ああっ間違えた!」とDeleteキーを連打したつもりが電卓が10個くらい起動したり。使いにくくて仕方ないです。
新型コロナウィルスを契機として、様々な課題が明らかになった日本社会。行政では「デジタル化を進める」と大きく報道されていました。
無論、反対ではありません。反対ではないどころか大賛成、どんどん進めてください。
ただねぇ・・・こうやって「大上段」に振りかぶると大抵おかしなことになるんだよなぁ、行政ちゃん。莫大な予算を湯水のごとく費やして、使いにくい、理想論に走った、閉鎖的な、ガラパゴスなシステムを作り上げてしまうとか。私の最も身近な「行政デジタルシステム」である登記申請システムなど、その代表例なのであります。
もっと身近なところでもまだできていないこととかあるじゃん。そういうところを優先的に整備して欲しいものです。
例えば、住民票や印鑑証明書のコンビニ交付。なんでまだ全市町村が対応しないの?マイナンバーカードのメリットの大きなひとつじゃなかったの?仕事柄、自分自身の印鑑証明書を取得する機会が多いのですが、住所地の自治体が対応していないため、不便なこと極まりないです。
ちょっと調べてみたところ、「都市では対応、田舎では非対応」という傾向にあるようですね。田舎はコンビニ自体が少ないから意味がないと思っているのでしょうか?そうじゃないって、田舎の人も多くは都市に出勤してるんでしょ?勤務先近くのコンビニで住民票等が取得できたらどれほど便利なことか。それができなければ住民票を取るためだけに休みを取らなければならないんですよ?そういう「人々の生活」のあり方に、もっと敏感になって欲しいですね、行政ちゃん。
それにしても非対応の自治体の理由は何なんですかね?コンビニ交付対応するのに労力とか、お金とか、たくさんかかるんですかね?知っている人がいたら教えてください。
このブログでも何度か取り上げてますが、新型コロナの影響で、役所関係の電子申請の利用が拡大しています。
税金は国税庁のシステム、登記は法務省のシステム、社会保険・年金は別のシステム、都道府県はまた別のシステム、公益法人関係も別の大きなシステムでしたね。今回初めて役に立ったマイナポータル、下請け丸投げで近ごろ話題の持続化給付金も別のシステムです。裁判所も全面的にIT化を進めるとのことですが、またもや巨大な別システムが作られるのでしょう。
いやー電子化で実に便利になりましたね、ご同慶の至りであります。
無論、もちろん、皮肉です!(笑)どうしてこうなる、バ〇なんじゃないの?こういうのをまとめて統一的に運用するのがリーダーシップって言うんじゃないの?この国にはリーダーがいないのか?システムを統一しないことで、どれだけ無駄になってんのよ?デンツー丸投げを追求している場合じゃないよヤトーの皆さん。
それもこれもみんな新型コロナが悪いんだ。新型コロナのせいで、〇カがバレちゃった。コロナめー!
ある会社で目玉となる新製品の発売間近だったとします。市場でも注目度の高い期待の製品です。
ところが、それまで自信満々だった開発部のオカズミ主任が真っ青な顔で社長のところに来ました。
「社長、申し訳ありません。新製品に大変な欠陥が見つかりました。このまま発売したら顧客に被害が生じる恐れがあります」
これに対し、どのような態度を取るのが「理想の上司」でしょうか?
A社長「そうか、よく言ってくれた。発売は中止しよう。確かに今まで準備を進めてきて中止するのはわが社に痛手だが、しかし最悪ではない。最悪とは欠陥を黙って発売すること、それによって顧客に被害が出ることだ。そんなことになったらお客様に申し訳ないし、その悪評でわが社は倒産するだろう。だから、あえて君には『正直に言ってくれてありがとう』と礼を言うよ。これに懲りず、もっと良い製品の開発を頑張ってくれ。それで今回の損失を挽回してくれよな(笑)」
B社長「お前が大丈夫だと言うから進めて来たのに今さら欠陥があるとは何事だ!お前は俺を騙してたのか!この準備にどれだけ金をかけて来たと思ってるんだ。その金をどうするつもりだ、お前が弁償するのか?今さら発売中止なんて恥さらしもいいところだ。なんでお前ごときのために社長の俺が恥をかかされなければならないんだ、あぁ!?死ね、死んで償え!○△□※※+@;!!!」
ま、言うまでもないですよね。優しさとか人間性とか言う前に、B社長は早晩会社を潰すでしょう。だってこの件でオカズミ主任が処分されたところで、このB社長の元では、社員は全員、本当のことを言わなくなるでしょうから。新製品の開発も誰もしなくなるでしょう。怖くてできないですからね。一方のA社長に上記のように言われたオカズミ主任、この後、死ぬ気で働くのではないですか?今度こそA社長のため、素晴らしい製品を開発しようと頑張るのではないですか?
A社長は理想の上司ですが、それでも社内にはB社長のように心根の悪いC係長もいるかも知れません。
C係長「失敗してザマーミロ!あいつ『会社のために頑張る』とか偉そうな言ってて、結局は損失出してやがる。クビになれ、クビ、クビ!あーいい気分だ。今夜は祝杯だ」
新製品の失敗を取り戻すために社内みなで協力して頑張らなければならないところ、こういう態度ではダメですよね。C係長は出世させるべきでしょうか?もちろん、出世なんかさせたら会社にマイナスですね。
こういうモデルケース・教室事例では、みんな問題点に気づくのですよね。そしてみな、自分はA社長タイプだと思っていやがる。現実の問題に直面すると、たちまちB社長やC係長の馬脚を露わすくせに。
イージスアショア。
あまり知られていませんが、一定の森林(山林)の土地を取得した場合、「所有者届出書」を出さなくてはなりません。森林法という法律でそのことが規定されています。罰則もありますので、届出を怠ると過料(一種の罰金)が科される可能性があります。たぶん、それほど厳しく運用されていないと思うので、実際に過料が科された例はほとんどないでしょうが。
この届出義務は、相続で森林を取得した場合でも同じです。というより、森林の売買などまず皆無ですから、所有者の変更はほとんど相続が原因でしょう。
この所有者届出、下記のとおり非常に問題があります。本当に何とかして欲しいです。
問題点1 届出が必要な森林かどうか分からない
所有者届出が必要なのは、およそ森林であれば全部という訳ではなく、「地域森林計画」の対象となっている森林だけです。で、この地域森林計画なるものの範囲が、まるで分かりません。そもそも皆さん、地域森林計画なんて聞いたことありますか?私はこの所有者届出が義務化されるまで聞いたこともありませんでした。世の中の99.9%の人はそんなモン知らないでしょう。「林野行政」に携わっている0.1%の人しか興味関心がないものと思われます。
群馬県では地域森林計画に関する図面をインターネットで一応公開しています。が、まことに奇妙キテレツな図面で、見ても何が何だか分かりません。だいたい、図面上で計画範囲を示されたって、所有者届出の対象森林かどうかなんて分かりませんよ。対象地は地番で公表して欲しいです、地番で。
森林の所有者ならその対象かどうか知っているはず?地元のお父っつぁんはもしかしたら、万が一程度には、知っていたかも知れません。だけど、その肝心のお父っつぁんが死んで相続の場面なんですよ。都会に出て行った息子・娘が知る訳ないでしょう。所有者届出をする、その現実の場面を想定して欲しいものです。
罰則付で義務付けするなら、役所側でその対象範囲を明確にしろと言いたいです。所在・地番を特定して「この土地は所有者届出が必要」と公表すべきです。それができないなら義務付けもするべきではありません。
問題点2 図面が添付書類となっている
森林の所有者届出書には、土地の所在を示す図面を添付しなければなりません・・・と言われたって、森林の図面なんてある訳がありません。図面を作成するために必要なのは?そう、測量です。で、誰が何のために森林を何十万円もかけて測量すると言うのですか?全く測量の機会も動機もありません。したがって、森林の図面なんて所有者は持ってません。市販もされていません。住宅地図とは訳が違うのですよ。
森林の図面を持っているとしたら、むしろ役所側です。上記のとおり、奇妙な地図をインターネット公開しているくらいですからね。図面を持っている役所に「届出」をするに際し、図面を持っていない所有者に図面を添付させる――なんて、矛盾にも程があります。役所は自ら保有している地図を参照すれば良い、それだけの話ではありませんか?
仕方なく法務局備え付けの地図(公図)を添付するのですが、恐らく、役所側でも公図など添付されても意味がないでしょう。森林の公図は周囲に目印・目標になるものが何もないので、いったい「どこの土地」なのか、見てもちっとも分からないからです。それでも他に「図面」らしきものは存在しませんから、役に立たないことが分かり切っている公図を添付してやります。
すると、こう言われます。
役所「あの~周囲の状況が分かる地図はありませんか・・・?」
岡住「それしかありません!」
と、厳しく拒絶します。嫌なら却下しろ、「図面を添付」という届出要件は満たしてるんだ。
以上のような問題点があるのですが、恐らくこれらは解決不可能ですよ。なぜなら、現に役所側が、森林の所在・地番をきちんと把握できていないからです。上記でわざと「(対象地の)所在・地番を公表しろ」と言いましたが、無理でしょうね、把握もしてないんですから。さらに図面上の位置も筆界も地番で確定できず、元々の所有者だって不完全にしか分かっていないでしょう。つまり役所は、自分たちが分からないものを、国民から届出(罰則付)させることで情報収集しようとしているのです。言葉は悪くなりますが、「テメーの不備」を国民に押し付けようとしています。そんな魂胆でいるから、所有者不明土地も相続登記未了土地も増える一方なんじゃないですか?実際のところ所有者届出だって、ほとんど協力が得られていないのではないですか?
以前から頭に来ているこの問題、先日、林野庁の「意見」の窓口に上記趣旨を提出しました。上記よりもさらに「キツく」意見しました。答えは来るかなぁ?「無視する」に3,000点かな。3,000円じゃないよ(笑)賭博は違法です、検察官殿。
【2020.6.19追記】
林野庁から回答が来ました。大意、以下のとおりです。
1対象地の所在地番については令和元年から林地台帳ができたので、それを参照してください。
2図面は何でもいいです。インターネット上の地図におおまかな位置を示したものでいいです。何なら林地台帳に地図が附属しているので、その写しをもらってください。
さて。
林地台帳の整備は朗報ですね。どれほどの精度なのか分かりませんが、今後利用しましょう。今後は、「林地台帳に載っているものは届出する、載ってないものはしない」と峻別してやろうと思います。仮に林地台帳に漏れがあったら、それは役所の責任、こちらは一切関知しません。
それにしても令和元年とは去年じゃないか。所有者届出制度が義務付けされたのが平成24年。こういうのは台帳を整備してからスタートさせるべきで、順番が逆、苦労させられた7年間を返せ。と言いたいところではありますが、一般論として台帳の整備は歓迎すべきですので、黙ってましょう。
地図について。「おおまかなものでいい」←これが困るんですよね。じゃ、これ↓でいいんですかと。「ダメだ」って言うでしょ?
「林地台帳に附属地図があり、写しを取得できる」
だ・か・ら、その林地台帳を持っている先に届出するんだから、地図を持ってる先に届出するんだから、地図の添付は、い・ら・な・い・で・しょ?と言ってるんです。
どこまでも平行線。
【同日、再追記】
早速、当地の林地台帳の閲覧を申請しようとしたら、申請書に次の記載があり、強引に「了承させられる」ようです。
以下の事項を了承する。
・ 林地台帳情報は、森林の土地の所有権等の権利関係の確定に資するものではないこと。
・ 林地台帳情報は、森林の土地の所有の境界の確定に資するものではないこと。
・ 林地台帳情報は、森林の土地の売買等の証明資料として用いることはできないこと。
・ 林地台帳情報の閲覧により得た情報は、申請書に記載した利用目的以外には利用できないこと。
・ 林地台帳情報の閲覧により得た情報を第三者に提供してはならないこと(法人による申請の場合は、内部利用は可)。
チョー逃げてますね(嗤)そんなに自信のない情報なんかと。
それにしても閲覧の様式はあっても、写し交付の様式はないなー、当地では。林野庁がウソをついているのか、当地の市役所が不備なのか。さらにツッコむ必要があります。
健康のため適度な運動は大切です。自他ともに認める運動ギライの私でも、最近は適度な運動に努めています。
しかし気になるのは、「適度」ってどのくらい?調べてみたら次の記事に出くわしました。
この記事によると、世界保健機関等が、有酸素運動について次のようなガイドラインを出しているとのこと。
・ウォーキングなど、中程度の運動を週150分。できれば1回30分を5回に分けるのが理想。
・ランニングなど、激しい運動を週に75分。25分を3回が理想。
・10分未満の運動は1回にカウントせず、できるだけ1週間のうちにまんべんなく分散させる(つまり、1回で90分やっても十分ではない)。
待て待てーい!そんなに運動しなければならないのかえ?「中程度150分/週」と「激しい75分/週」は、「および」?「または」?それによって全然運動量が違うんだけど。「および」だったら私なんか死んでまうで。いや死にゃしないでしょうが、疲労困憊して仕事もほかのこともできなくなります。それではとても「適度」とは思えません。
だいたい10歳の子供でも80歳の年寄りでも同じ基準が適用なのかえ?それもヘンじゃね?
で、元ネタ的なものを見つけて確認しました。このNHSとは、イギリスの国営医療サービス事業だそうです。
こう書いてあります。
・do at least 150 minutes of moderate intensity activity a week or 75 minutes of vigorous intensity activity a week
orですよor、「または」。そして冒頭には、Physical activity guidelines for adults aged 19 to 64とあります。19歳から64歳の大人向けのガイドラインだということです。年齢に関しては上記日本語記事でも、「一応補足すると、ここで紹介している運動量の基準は、65歳までの人向けです」というカッコ書きがちょこんと書いてありました。「一応補足」じゃねーよ、重要情報ですがね。
以前の記事(「新型コロナの『目安』をめぐって」)でも批判的に書きましたが、「または」なのか「および」なのかを取り違えたら大きな誤解を生じます。上記日本語記事の方、どうしてそこに無頓着なのかなぁ?確かに良く読めば「または」を前提とする書きぶりのようですが、たった三文字「ま・た・は」と加えれば何も疑問を生じないのに。
こういうところが、昨今の情報リテラシー低下(情報発信者側でも受信者側でも)の原因であるように思えてなりません。って、論旨が違った。運動ですよ運動。中程度で150分/週です。
え?150分?週5日運動するとして1日30分・・・それでも十分キツい(泣)
新型コロナウイルスの蔓延がやや落ち着いて来たと思ったら、「アフターコロナ」「新しい生活様式」というような話が盛んになって来ましたね。
私自身が現時点で新型コロナ問題を総括するとしたら、下記2点に集約して言いたいものです。
1 ウソやデマが酷いです。ウイルス以上に早く、深く社会に蔓延しました。いや多分、昔から酷いのでしょうね。それがコロナで浮き彫りになっただけ、ということだと思います。
「政府や政治家はウソつきだ!」と責めるマスコミ自身がウソとデマの塊。コロナで日本は壊滅する、感染爆発する、世界中の笑いものになっている、政府の支援はマスク2枚だけ、PCR検査がぁあああ・・・低俗なセンセーショナリズムの煽り記事を、どれだけ目にしたことでしょう。以前はマスコミのウソもバレるまでに時間がかかりましたが、コロナに関しては状況の変化が早いため、すぐに、次々にウソがバレています。
2 マスコミのウソやデマを受けた日本国民様・・・絶望的ですね。どうしてそれを軽信するかなぁ?どうしてウソをシェアするかなぁ?どうしてデマをリツィートするかなぁ?どうしてそれを自覚できないのかなぁ?と。人々はSNSというオモチャを手に入れ、嬉々としてウソとデマの拡散に勤しんでいますとさ。私も長いことFacebookを使って来ましたが、「愚か者の祭典会場」になってしまったのでキッパリやめました。
コロナあんまり関係ないって?(笑)でも私の中ではコロナと言えばウソとデマですよ、完全に。こんな「捏造社会」は恐いです。新型コロナの数百倍も恐いです。戦争などの方向に向かったら一気に、でしょうね。アベなどという「たかが政治家」は大して恐くはありません。マスコミ+国民がタッグを組んだ「デマ集団」こそが恐いのです。
けれども・・・悲しいことに、現実がこうなのですから、そして私個人にはこの現実を変える力もないのですから、「そういうものだ」と覚悟して、精々警戒しながら付き合って行くしかないのでしょう。独り醒めて何かを叫んだところでどうにもなりません。もうあきらめました。
これが私のアフターコロナの新しい生活様式でございまーす。
注)「コロナの感染拡大がウソだ」と言ってるのではありませんよ、念のため。そのくらい読解して下さい。こんなことまで注記しなければならないなんて…
現在はかなり減りましたが、かつて多重債務問題が大きかった頃、自己破産の手続きを数多く受託しました。その頃から思っていたのですが、「破産」という言葉、あまり良くないですね。個人については特に良くない、というより、手続きの実態とも合っていません。
法人の場合、破産したら法人そのものが解体され、保有財産などがあれば処分した後に消滅します。文字通り「ご破算」となり、ゼロになるわけです。
しかし個人については、破産したからと言ってゼロにはなりません。一定の財産は処分されず手元に残されますし、もちろん、破産者は破産以後も「生きて」行くことになります。むしろ個人破産では、債務を免責することによって経済的に再生することが手続きの主眼です。ゼロにすることが目的なのではありません。それなのに「破産」という破壊的・破滅的な言葉を使うのは、どうもふさわしくないというか、無神経というか、そう感じます。
経済的に「再生」と言いましたが、破産に近い手続きとして「民事再生」という手続きもあります。個人の民事再生(個人再生)では、一定の債務の支払いは残りますが、その他の債務は免責されます。
破産=全部免責
個人再生=一部免責
ということです。一部免責なので、その分、手元に残せる財産は破産よりも個人再生の方が大きく、ローン付きの住宅なども残すことができます。免責が認められない理由(免責不許可事由)も破産よりも民事再生の方が緩く、ギャンブル等でこさえた借金は破産では免責不可ですが、個人再生では一部免責が受けられます(あんまり強調したくはないですが)。
個人の場合、破産であっても経済的再生が目的なのですから、名実ともに民事再生に一本化したらどうかと思います。民事再生手続一本の中で「免責率」をもっと柔軟に運用すれば良いのではないかと。事情次第では現在の破産同様100%の免責を認め、免責率が低くなればその分条件を緩やかにする、などの制度設計はできないものでしょうか。現在の法制度では、「破産が認められるか否か(ゼロか100か)」ですし、個人再生でも免責率及びその条件は画一的です。破産から個人再生へ、その逆への手続の移行もできません(それを希望する場合には、申立てをし直すことになります)。
実際のところ、個人破産と個人再生は手続的にも共通点が多く、「似たような手続き」と言っても過言ではありません。裁判所の担当も、多くの地裁では「破産・再生係」ですしね。十分実現(法改正)可能なのではないでしょうか。
私たち司法書士が不動産取引に立ち会う場合、「人、物、意思」の確認をすることが必須です。要するに、本人確認・物件確認・意思確認ということです。
物件確認は脇に置いて、本人確認と意思確認について。両者は別のことなのですが、どうも混同されていることが多いように思います。「不動産を売る(買う)というこの人は誰なのか?」が本人確認であり、「この人は本当に不動産を売ろう(買おう)としているのか?」が意思確認です。「免許証を見せれば本人に間違いないだろ!それ以上ウルサイことを言うな!」などと難癖を付けられることもありますが、確かに本人確認はそれでOKだとしても、免許証を見せられたってパスポートを見せられたって、意思確認にはなりません。「この不動産を売る(買う)契約をしましたか?代金は全額受領(支払)しましたか?」などの質問をし、実際に売買契約書・領収書等を見せてもらい、所有権移転登記に必要な書類等の意味を説明して、署名捺印をもらう。このようなプロセスを通じて司法書士は意思確認を行っています。
さて、上記の意思確認は当事者に対面して行うことを当然の前提として記述しています。言うまでもなく、意思は人の「内心」にかかわることであり、面談してあれこれお話しすることが重要です。時には会話の中で当事者の意思に誤解があることが分かり、取引中止に至ることもあります。認知症その他の問題で、当事者の意思が確認できないという事態もあります(この場合もやはり取引中止です。やむを得ません)。
このような意思確認、電子取引を行う場合には、どのようになるのでしょうか。
以前の記事で、電子署名の問題点を少し書きました(「マイナポータルと電子申請」)。近頃、新型コロナの影響からでしょうか、にわかに電子取引に注目が集まり、その結果、これまであまり話題に上ることのなかった電子署名への不満が噴出しているようです。
ハンコから脱却しても「電子署名」という遺物が日本のIT化を妨げる
要するに、「電子署名なんてもう古いよ、(電子取引には)使いにくいよ」と。その意見には賛成ですが、加えて私が言いたいのは、電子署名は本人確認の手段ではあっても意思確認の機能はない、ということです。
電子取引によって当事者が顔を合わせることもなく、バーチャル空間のみで取引が完結する――イメージとしては誠にスマートですが、その陰で当事者の契約意思がないがしろにされてしまう恐れはないのでしょうか?電子署名で確認、生体認証で確認、二段階認証で確認etc……でもその確認て、結局「本人確認」のことですよね?本人に間違いなくても、その意思に間違いはないのですか?当事者は取引内容を理解して、誤解のない契約をしていますか?電子取引における本人確認と、意思確認とが混同されていませんか?
対面し、表情や顔色を窺い、質疑応答など会話を交わす中で理解度や熱意を測る…等々の(バーチャルではない)リアルのプロセスは、契約意思の確認を果たす機能をこれまで担ってきました。電子取引において、このような意思確認機能の代替手段は、今のところあまり検討されていないように思います。形式的に契約書にサインさえすれば、それで「意思確認OK」というわけには行きませんよ。消費者契約などでは特にそうです。これは電子署名であろうが他の本人確認手段であろうが、同じことです。本人確認と意思確認は別物である、この認識からスタートしてもらわないと困ります。
電子取引は定型取引、B to B取引などでは現状でも制度構築可能なのかも知れませんが、不動産取引など個性の大きい取引、意思決定の慎重さを求められる取引、消費者取引などでは、時期尚早であるように思います。そういった取引に必須の意思確認の方法が、未だ確立されていないので。
【2020.6.9追記】
上記リンクで引用した野口悠紀雄さんの記事ですが、よく読むとなんだかメチャクチャだな(^^;;
電子署名を利用した電子取引の話と、行政手続の話と、マイナンバーへの情報の紐づけの話と、仕訳されず混乱しています。なので「電子署名は古い、使いにくい」とけなす一方で「もっと使え」と言ってみたり。「カードリーダーさえあれば」って・・・そのあたりがウゼーと言われてるんじゃないんですかい?もしかしたらよく分かってないんじゃないか野口先生、と思わせる記事です。
それにしても、結局、電子署名は行政手続ファーストで制度構築されて来たので、電子取引への応用は(お題目だけで)あまり考えられて来なかったのですよね。マイナポータル的な行政手続での利用は今後も拡大傾向でしょうし、それはそれで「まぁ、いいかな(電子署名のウザさをガマンしても利便性が向上する)」と思います。電子取引については、電子署名ではない別の仕組みが必要な気がします。
ネット上のニュースで、「次亜塩素酸水」の危険性を指摘する記事を読みました。
自治体が配布し、大量に商品出回る「次亜塩素酸水」の危険 科学者「一番怖いのは...」
まことに記事中の先生方のおっしゃるとおりであると思いますが、世の中ではどうも、「次亜塩素酸水」と「次亜塩素酸ナトリウム溶液」の混乱に加え、それを空間に「噴霧する」か、ドア・家具・備品等の「清拭に使う」かの混乱もあるようです。2×2で4通りの混乱ですかね。
ただ実際問題としては、「噴霧」は「次亜塩素酸水」及び「次亜塩素酸ナトリウム溶液」どちらでもダメでしょうし、「清拭」は(吸い込んだり、目に入ったりしないよう気を付けて使用すれば)どちらでもOKでしょう。そもそも、次亜塩素酸水であれアルコールであれその他の消毒液であれ、空間に噴霧する(体内に吸い込むことになる)のはマズいですよ。そのくらい分りませんか、常識的に。「消毒液を飲んだら良くない」というのと、ほぼ同じことですよ。
さらにそもそも、なにゆえ空間に噴霧しようとするのですか?新型コロナなら特殊な環境以外では空気(飛沫核)感染しません。エアロゾル(飛沫核より大きく飛沫より小さい)感染の可能性は言われていますが、日常生活で、コロナウイルスを含んだエアロゾルが大量発生する可能性がどれだけあると思っていますか?さらにまたそもそもそもそも、発生してしまったコロナウイルスを含んだエアロゾルを消毒液の空間噴霧で消毒できると思ってますか?ドアや家具、備品等に付着した飛沫は、消毒液(次亜塩素酸水でも次亜塩素酸ナトリウム溶液でもアルコールでも、何なら石鹸水でもいいです)を浸した布又は紙で「拭き」ましょう。人から人に直接飛ぶ飛沫はマスクやフェイスシールド等で防御するしかありません。
「新型コロナが恐いから消毒液を吸い込むのも辞さない」なんて、バ〇ですか?「ハレー彗星が近づいた」からとタイヤチューブで空気を吸うのと同じに見えますよ。
ハレー彗星接近で「空気がなくなる」自転車のチューブが完売!?
もう何度言ったか分かりませんが、もっと冷静になりましょう。落ち着いて、頭を使って考えましょう。
本日、誕生日を迎え53歳となりました。
振り返れば苦しい後悔ばかりの人生、思い通りには行かなかった人生ですが、唯一誇れることと言っては、53年生きて来て「今がいちばん幸福」と思えること。その幸福を支えてくれる妻、家族、周囲の方々には感謝しかありません。
あと7年、60歳までは全力で精進努力して行くつもりです。その先はだんだんペースダウンして、のんびりした老後を迎えたいと考えております。
あーこんなこと若い時には1ミリも考えたことなかったな(笑)こんな心境を迎えることが不思議でなりません。人間は自然に年相応の考え方をするようになるものなのかも知れませんね。
でも、まだまだ、のんびりするには早過ぎる。
これからもどうぞよろしくお願いします!
みなさん特別定額給付金はもう申請しましたでしょうか?
私は比較的早期にマイナポータルから電子申請したため、もう振り込まれました。同時期に電子申請をお手伝いした知り合いの持続化給付金も、いち早く振り込まれたとのこと。「遅い」とか「分かりにくい」とか散々文句言われていますが、国も地方自治体もなかなか頑張ってるなというのが、私の印象です。
今回のこれら給付金・補助金等の申請のため、マイナンバーカードや電子申請の利用が格段に進んだのではないでしょうか?私は以前から電子申請推進派ですので喜ばしいことだ思っていますが、ここに来て、「なんでマイナンバーを活用しないんだ!なんでマイナンバーが普及してないんだ!なんでマイナンバーが様々な情報と紐づけされていないんだ!」と、にわかにマイナンバー教徒が増えています。だけどさ、「マイナンバーなんて国民を監視しコントロールする手段だから国に騙されるな絶対使うなアベガージミンガー」と青筋立ててたの誰ですのん?この国の国民様の伝統芸「手のひら返し」は相変わらず芸術的な見事さですが、それへのdisりは程々にして、今回のマイナポータル及び電子申請経験から感じたことを3点ほど。
1 いきなり本番の混乱
マイナポータルはこれまでほとんど利用機会のないままいきなり本番、国民一人10万円という大型運用に突入してしまいました。ちょっと思ったのは、事前に「練習の機会」があればもう少しスムーズに行ったのかも、ということ。例えば、「マイナンバーカードを作って申請すれば全員に2,000円プレゼント!」みたいなキャンペーンを事前にしていれば、マイナンバーカードも普及していたでしょうし、申請の練習もできて一石二鳥だったと思うのですよね。
え、予算?
キャンペーンやっても実際に申請するのは、多くてもせいぜい国民の2割程度、1億3,000万人×0.2=2,600万人くらいでしょうか。2,600万人×2,000円=520億円。どうせ普及広報・宣伝のために相当のお金をD通に払ってんでしょうから、500億円かけて国民の2割に普及させたとなれば万々歳なんじゃありませんか?
知らんけど。
2 スマホでお手軽申請!・・・?
マイナポータルはスマホでもPCでも利用できます。政府筋は「スマホでお手軽に」なんて盛んに言ってますが、周囲の人に聞くと、スマホでは苦戦、PCではラクラクという例が多かったようです。
スマホの小さい画面で複雑な手続き、「開始から終了まで」長くかかる手続きをするのは、限界があるんじゃないかなぁ。スマホにはスマホの特性があるし、PCにはPCの特性があるということです。当たり前のことを言ってますが。
それでも今回の特別定額給付金程度の手続きであれば、スマホでもまだ何とか可能かな。しかし、これ以上複雑な、長大な手続きになると、無理だと思いますよ。だいたい、なんでもかんでもスマホでできると考えること自体、能天気です。手続きに見合った「道具立て」はどうしても必要なんじゃないでしょうか。
3 電子署名の限界
マイナンバーカードを使う電子申請では、電子署名という技術を使います。簡単に言えば「本人確認」のための技術なんですが、私はこの電子署名に常々限界を感じています。あまり専門的ところに踏み込むのは避けますが、電子証明書の発行主体、電子証明書の保管方法、特別なハード・ソフトを必要とすること、電子証明書の有効期限、等々に疑問を覚えます(電子証明書というのは電子署名に必須の電子ファイルです)。
例えば、Amazonや楽天などのショッピングサイトでも本人確認は重要な問題ですし、現に本人確認は行われています。だけど、電子署名は使っていませんね。電子署名を使わない本人確認の方法は可能ということです。
国(法律)は、電子申請でも「書類に印鑑を押す」という旧来の枠組みに囚われてしまっているのではないでしょうか?近頃、国は「印鑑廃止」ということを声高に言いますが、「印鑑という文化」そのものから自由になれていないと感じます。発想の根本的な転換により、電子署名という「電子的印鑑代替手段」に頼らない、もっと柔軟な制度設計が可能なはずです。
給付金の申請のような「一方的な」手続きであればまだいいのです。これが、契約のような「双方向的な」手続きでは、「一個の電子ファイルに当事者双方が電子署名する」という印鑑的な発想から離れないと不便極まりない。従来の制度に代わる新しい仕組みが必要である……などと考えていたのですが、昨日の日経に下記の記事が出てました。
私ごときが考えることなんか、頭のいい人はとっくに考えていたのね(^^;;
このあたり、国も努力しないと置いて行かれるよ。物理的な「印鑑廃止」で済む話じゃない、「書類を作成して当事者が印鑑を押す(それを電子署名で代替する)」という文化そのものを打ち破らないとダメですね。