九州の「月の輪熊」は昭和16年(1941)の射殺例を最後に「絶滅」が宣言されたが、その後昭和62年(1987)に祖母山系で猟師によって射殺されたり、目撃談が時々出たりしている。そのつど、関係機関が調査団を出しているが、確認例はないとされる。だが、北海道を舞台に熊を追い続け「熊撃ちハンター」と呼ばれた久保俊治氏でさえ、初歩の頃は、ひと夏かけて毛皮を着て風呂にも入らず熊を追い回したけれどついに出会うことが出来ず、やっと獲れたのは出会いがしらの一頭のみだったという。熊とはそれほど賢く、用心深く、俊敏な動物なのだ。カメラを担いだおじさんたちがぞろぞろと山に入ってすぐに見つかるような相手ではない。私は、九州の月の輪熊は「棲息している」という実感を持っている。この感覚は、猟師の〝勘〟に似て、時々外れるが、あたることのほうが多い。

1987年に祖母山系で射殺された月の輪熊/撮影:高千穂町
「木地師・熊・狼」(碓井哲也著/鉱脈社)より転載