住職日記

光善寺の住職ken-shinが、光善寺での日ぐらしや思いを気ままに綴ります。

生死(せいし)と生死(しょうじ)

2012-02-15 06:46:49 | 日記
先日の初法座に普段お参りの方が何人か見られないなあと思っていたら、木曜日は診療所の診察日だったそう。波積地区の診療所の診察日は月・木の午後2時から3時までのみ。とても人が集中するんだそうです。
健康に関わることなので、無理も言えず複雑な思いを抱えてしまいます。まさに生死(せいし)の問題だからです。
仏教では生死を(しょうじ)と読みます。私が以前お聴聞したのは、生死(しょうじ)とは、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)の苦しみの世界を生まれ変わり死に変わりすることであるということです。つまり生死(しょうじ)とは苦しみの境涯を指すのだそうです。
仏法をお聴聞するということは、その生死(しょうじ)の世界を超えていく法に出遇うこと。そういう場が、ご法座です。
しかし、現実はお坊さんの話よりお医者さんの話の方が優先順位が高いようです…。