story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

手紙の後

2020年04月23日 12時08分21秒 | 小説



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ジン君、お久しぶりです。
いかがお過ごしですか?
昨年の秋にお会いして以来、なんだかお会いするのが怖くなってしまい、でも、どうしてもジン君になにか、つながりを持ちたくてお手紙としました。
メールやラインだと、すぐに読んでくれそうだけど、今はまだそのスピードが少し怖いのです。

ごめんなさい。

本当はわたしはジン君の気持ちが嬉しくて、嬉しくて、でも駄目だったの。

わたしの心の中にある怖がりがまた、あの一年前の事を思い出してしまって、頭の中、真っ白になってしまったの。

勝手なお願いですけれど、もう少しだけ、時間をください。
そうして、わたしがあの事件をなかったことに出来たら、きっとジン君とうまくできそうな気がするの。

本当に勝手なお願い。
ごめんなさい。

でもでも、もし、ジン君にほかに好きな人ができたら、かまわないよ。
わたしは恨まない、それは誓います。

なので、もしも今まだ、他に好きな人ができていなかったら、これからもそういう人が出てこなかったら、必ずジン君のもとへ行きますから、少しだけ待ってください。

突然、お手紙を差し上げて申し訳ありませんでした。
お返事ももしいただけるなら、メールでもラインでもなくお手紙でくださると有難いです。
今日はここまで読んでくれてありがとう。
お仕事、無理せず頑張ってくださいね。
お酒はほどほどに、ちゃんと野菜も食べてね。

******

よーこさんへ。
手紙という形で久しぶりにご連絡いただいてすごく嬉しいです。

確かにメールやラインだと、自分がその瞬間に考えてお返事してしまったりするので、僕もお手紙というのはありだと思いました。
お手紙だとゆっくりと何度も読み返し、時間をかけて考え、それからお返事できますね、

父が昔、女の子と文通していたと聞いたことがあります。
きっと、こういう風な時間のやり取りだったのでしょうね。

あの日のこと、今は全然、気にしていないです。
というか、あの日は相当、うろたえましたけれど、、、

でも、よーこさんの辛いお気持ちを考えると、僕は確かに少し急ぎ過ぎたと反省していました。
だから、お手紙をもらってこの半年、悩んでいたことが溶けていくような、気持ちになっています。
本当にありがとう。

僕の気持ちは変わりません。
よーこさん、あなたが好きです。
だからあの時、僕は自分の人生が終わってしまったような気がして、それから昨日までずっと、仕事にも身が入りませんでした。

お手紙をいただいて、たぶん、明日から生まれ変わったかのような仕事マンに戻れると思います。
いつもでいいですから、よーこさんの気持ちが落ち着いたら、ぜひ会ってくださいね。

******

ジン君へ

お返事ありがとうございました。
お手紙できちんと返してくれて、本当に助かりました。
わたし、読んでて泣きましたよ。

ジン君にものすごく、悪いことしちゃった。

必ず、会います。
そんなに時間はかからないと思うの。
だからほんの少し待っててくださいね。

お酒はほどほどに、野菜もきちんと食べてね。

******

よーこさんへ

随分久しぶりになってしまいました。
ごめんなさい。
仕事マンに戻ったから忙しくてお返事もできなかったと言うのは言い訳です。

ただ、お返事をすぐしてよいのかどうか、少しだけ悩みました。
会うのは急がなくてもいいですよ。
よーこさんが本当に落ち着いてからでいいです。

他に好きな人もできてないし、第一、ぼくはもてないし、、
そうそう、あれからお酒の量が増えてしまっていて、少し反省しています。
今は夜帰ってからは缶ビール二本だけにしています。

野菜って、なかなか食べられないですよね。
コンビニのサラダは量が少ないし。
でも、気をつけます。

ありがとう。

******

ジン君へ

まだお仕事、忙しいですか?
なんだか、会いたくなっちゃった・・
会って、いろいろお話をしたくなっちゃった。

じつはわたし、あれからお仕事もやめてしまって
あのとき、ジン君が言ってくれたよね
「そんな会社、辞めてしまえ、仕事なんてほかにいくらでもある」って

その会社を辞めるのになんであんなに悩んだんのだろ・・

気持ち悪い男ばかりの会社、女の人も他人のことなんてどうでも良いというような会社、辞めて正解だったけど両親からはひどく叱られました。

辞めた理由を言えなかったもの

ごめん、書いてたら思い出しちゃった
でも、会いたいな

ジン君、会いたいよ。

******

よーこさんへ

メールでお返事書こうと思ったけれど、お手紙にします。
会いましょう。
いつがいいですか?

もし、あなたがいつでもいいと言うのなら、日曜日のお昼に私鉄駅前のロータリーでお待ちしています。

よーこさん、よろしくお願いします。

******

ジン君、急ぎでメールでごめんなさい。
こっちでは久しぶりですね。
私鉄駅のロータリーは、あまりよいことを思い出さないし、あの人たちに会うのが怖いから、新幹線の改札口でお願いしていいですか、時間はお昼で。

ではお待ちいたします。
よーこ

******

ジン君、そこにあなたがいるの、わかっているの
でも怖くてコンコースに出られない
あの会社の人たちがいる
わたしは改札の向かいのお店の中です

******

わかった、すぐいく
じっとしてて

**********

「おい、ヨーコ、ここで誰かと待ち合わせか」
「うわ、ホンマにヨーコやんけ」
「相変わらず、可愛いやんか」
後ろから声をかけられた・・男たちの声だ。
それも二度と会いたくない奴の声だ。
ヨーコは、その場で動けなくなっていた。

ジンは在来線の改札からその様子を見つけ、走った。
「よーこちゃん!」
ジンが叫ぶと、ヨーコは振り向いたが、彼女を取り囲むスーツ姿の男たちは彼を見つけ、にやにやしている。
「おい、新しい彼氏か、もう”した”のか」
ヨーコは震えながら男たちを睨んでいる。
彼女はその店先にあった花瓶を掴んでいる。
「おい、こいつ、俺らに喧嘩を売ろうとしてるぞ」
「やるんやったら、やってみろ、どうなるか分かってるんやろうな」
ジンはヨーコの前に立った。
息を切らせて、けれど、穏やかに諭す。
「よーこちゃん、それはお店に返してあげて」
店の人が心配そうに見ている。
周りの通行人には手にスマホをもっている人もある。

「この子は、俺の彼女や、あんたらとは関係ないんや」
ジンは叫んだ。
男たちは相変わらずにやにやと二人を見る。
真ん中にいた男が二人を見比べながら低い声を出す。
「おう、そうか悪いことをした、この女は、前はわしらのもんやったさかいな」
ヨーコがジンのうしろから花瓶を再び持ち上げ投げようとする。
「あかんって!」
ジンは振り向いてヨーコを抱きしめた。
「これはお店のんや」
彼はヨーコの手から花瓶を奪い取った。
そのままヨーコを抱きしめる。
男たちには背を向けたままだ。

「ふん、好きもんやさかいなこのオンナ、せいぜいええ思いさせたれよ、ぼっちゃん」
「おう、ワシらがかわりばんこに喜ばせたったさかい」
「泣きながら喜んでたオンナやさかいな」
捨て台詞を残し、男たちは新幹線の改札に消えていく。
笑い声が聞こえる。
ヨーコは震えていた。
声も出さない。

やがて、ヨーコの震えが少し収まってきて、ジンは腕をほどいた。

「よう、我慢しなはったな」
店の主人らしき人が二人に声をかけた。
ヨーコは何か言おうとするのだが、声が出ない。
「すみません、お店の邪魔をしてしまって」
「いやいや、どない見てもあんたらが悪いんちゃうがな、あのオッサンたちや」
「そう言ってもらえると有難いです」
「世の中にアホはおるもんや、アホの相手はせえへんのが一番や」
「はぁ・・」
「お嬢さん、ええ彼氏見つけたな、ついていくんやで」
店の主人はそう言ってヨーコの肩をそっと撫でる。

「お茶でも行くか」
ジンはヨーコに話しかける。
ヨーコはかぶりを振る。
「じゃ、どうする、気分を害したから今日は帰るか、送っていくよ」
またかぶりを振る。
「じゃ・・」
ジンが言いかけた言葉を遮って、ヨーコは小さな声で言った。
「抱いて」
ジンは一瞬、何かわからず、ヨーコを見ていた。
「抱いてって!嫌な男たちのこと、忘れさせてよ!」
周囲が驚くような声でヨーコが叫ぶ。
涙を流したままジンに向かっている。

「うん・・」
ジンは彼女の手を引き、タクシー乗り場へ向かった。

コメント
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